ごく当たり前な日常 十一

 市川駅前 飲み屋街 表通り


 深夜を過ぎた時間帯にも関わらず、現時点では此処ここの飲み屋街は依然として人が減っていく様子は見られない。寧ろ徐々に人々は増えていく一方だった。


 ある人は酒を求めて酒場へ、ある人は新たな出会い求めてナンパや店に出向き、ある人は客を求めて客引きをし、ある人は使えそうな働き手を求めてスカウトをし、ある人は他人の懐から金品を求めて掏摸すりをするなど、様々な人々が集まり、此処の飲み屋街は人間の『欲望』で溢れかえっていた。


 だが、そんな飲み屋街にも関わらず、少し変わった『欲望』を抱く者が居た。


 それは喧騒めいた飲み屋街にはそぐなわない『場違いな存在』だった。


 しかしそんな存在なわりに、此処の空気に溶け込む、というよりかは、その存在を見事に殺していた。目の前を通り過ぎ行く人々に対して、何かに怯えるように、自らもその存在を掻き消すことを意識しながら。


 その存在は本来、この場にはいない存在だった。自分の意思で此処に訪れたわけでもなく、自分の意思で帰ることも出来ない。


 その存在は心の中でもだえ続ける。


 帰りたい、帰りたいと。


 その存在に対して誰も彼もが肯定も否定もせず、目の前を通り過ぎて行く。


 その存在には、『暗部あんぶ』な一面があることを知る由もなく。


 己の『欲望』を満たす為に、享楽きょうらくにふけることを優先した人々にとっては、その存在は有象無象うぞうむぞうなものに過ぎなかったのだ。


 ある一人の男を除いて。


 漆黒の黒いローブを身にまとった、まるで『死神』の姿を思わせるその『黒い存在』は、飲み屋街にあまり影響を与えることはなかった。


 現時点での話しでは。

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