第8話「おきつねさまの神頼み」
『……日輪の輝く天の下へある限り。そなたは、人の姿でこの社に縛られ続ける』
術者が、勅を以って妾の前で唱える。妾の身体は縛られ、尾は地面に貼り付けられておる。
『神として、人の世を眺め続けよ。それが、☓☓の願いである』
一部は聞き取れなんだ。じゃが妾は、それを良しとした。
何故そうしたのかは、もう覚えてはおらぬ。きっと、本気で抵抗すれば、逃げられた筈じゃ。それでも、妾は。
「……もうよい」
疲れ果てた身体を地に臥し。それだけ呟いて、夢も見ぬまま眠った。
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新しい『社』のせいか、妙なことを思い出してしもうた。
此の頃には、妾はあの冷蔵庫とは別れて、『船』の中の社に移されておったの。これが船の中かと思うような、たいそうな社での。
きちんと鳥居と本殿があっての。なりは少なくとも神社じゃった。神主はおらんかったがの。妾も、そんな場所に祀られるのは、実のところはじめてでのぅ。人の子で言うなら、下宿住まいが急に一戸建てになりよったよな感じかの。
それで、体がびっくりしてもうたんじゃな。
……別れが堪えとったんじゃないか、じゃと?まぁ、別れというのは、どこにでもあるもんじゃ。長いこと生きとるとな、慣れるんじゃよ。
ただ、慣れて。心に穴が空くようになるんを、何とも思わんようになる。それでも、穴は空いとることに変わりはないんじゃがな。じゃからまぁ、そう言われると、そうなのかもしれん。
なりは神社なのに、詣でる人間は少なかった。あのおなごと、数人くらいが足を運ぶような按配での。しかも、誰もかれも信仰が薄いのやら、妾の言葉はよぅ届かんかった。
人の子に祀られるのは、悪い気はせん。じゃがの、そうありながら誰にも声が届かんのは、少し寂しい。真っ当な神なら、それが最初から当たり前なんじゃろうが。
……まぁ、それで良かったと思うたことも、あったんじゃが。
ある日のことじゃった。
「かけまくもかしこき……えーと、以下省略」
なんか雑なんじゃが。
いつものように、あのおなごが詣でに来よった。回を重ねるごとに、礼儀が雑になりよる。叱らんといかんのじゃが、声が届かん。姿も見せられん。
きちんと祀られとったおかげで、力はかなり溜まっとる筈なんじゃが……
「宇宙船ももうすぐ竣工ですし、一応『代表者』としては御礼を申し上げた方がいいのかなぁ、と思いまして」
まぁ、この『船』とやらについては、妾は何もしとらんのじゃが。そもそも何がどうなっとるのか、ようわからんし。それに、誰にも『頼まれんかった』からの。
考えてみれば。此処に来てから妾を詣でた誰もが、『神頼み』をせんかった。望みを口にし、悩みを吐くことはあっても。妾の力でそれを叶えようとはせんかった。
声が届かんのも、当たり前だったのかもしれん。この場所の誰も、妾を頼ってはおらんのだから。
「わたしは、神様に祈ることはしませんけど。それでも貴方を此処にお連れして、よかったと思っていますよ?」
そしておなごは、声も聞こえん筈じゃのに。見透かすかのように、そう云うた。
「……ありがとうございます、この船を見守ってくれて。総責任者として、心より感謝します、と」
……ん?
なにやら、聞き捨てならん台詞が聞こえたような気がしたんじゃが。
妾の狐耳が鈍っとらんなら、この娘は……この娘が、妾をここまで連れてきたような口ぶりじゃったんじゃが?
「いやー、艦内宗教論争に縺れ込んだときは、どうしようかと思ったんですけど、お陰様できちんと話が纏まって良かったです。信仰の拠り所が必要、って話がわたしにはどうもピンと来なくて。『撤去されそうな神社とか貰ってくればいいんじゃないですか?』って適当言ったら、本当にそうなるとは……」
おんしか。おんしが!妾を!こんな場所まで!
「……でも、『貴方が』此処に来てくれて、本当に良かった」
どうせ声も届かんし、軽く祟ってやろうかと考えとった矢先。続いた言の葉と、安堵の顔を見て。
妾は、その考えを少しだけ思いとどまったんじゃ。
まぁ、祟るのは何かあってからでよかろうと。
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