第1話「おきつねさま宇宙へ」

「だ ま さ れ た !」

 気付いたのは、社がひこうきに積み込まれた後のことじゃった。

 きつねにつままれたような気分で……要は、自分で自分をつねったんじゃが。あれよあれよという間に、地球がどんどん遠くなっていきよる。

 いや、確かに船じゃったよ?ただ、宇宙に行く船だとは思わんかった。地球は遠くなるわ重さは無くなるわ。心細かったのぅ。

 古今東西、狐は化かす側と相場が決まっとる。狐が化かされたんでは、お話にもならぬわ。

 腹いせに、いっそ狐火で船ごと焼こうかとも思ったんじゃが、帰れんくなるからやめてやったのじゃ。妾は心が広いからの。

 社が固定されとるせいで、妾も動けんでの。せめて何か暇を潰す種がないものかと隣を見るとじゃな、四角い箱がおってな。

 何かに似とるなーと暫く考えておったんじゃが、あれじゃの、冷蔵庫。油揚げを冷凍してくれる憎いやつじゃ。

 確か上に氷が入っとって、それで物を冷やすんじゃよ。人間というのは面白いものを考えよる。

「油揚げが入っとらんかのぅ」

 まず考えたのはそれじゃった。もう長いこと食っとらんかったでな。悪い悪いと思いながら、開けて中を漁ろうとしたんじゃがのぅ。蓋が付いとらんのじゃこれが。

『冷蔵庫じゃありませんよ?』

 そうして妾が悪戦苦闘しておると、どこぞの誰かが頭の中へ話しかけてきよる。

「妾は忙しいんじゃ」

 何はなくとも油揚げ。何とも情けない話じゃが、その時は油揚げで頭が一杯での。てっきりどこぞの浮遊霊か何かだとばかり思っておったんじゃが。

 よくよく考えれば、空の上にそんなものがおるはずなかったわ。

『そこ、やめてください』

 痺れを切らした妾が冷蔵庫にちょっぷをかまそうとすると、再び誰ぞ話しかけてきよる。

「……なんじゃ、一体」

『私です』

 そう言われてものう、妾の他にこの場におるのは冷蔵庫が一台。冷蔵庫が喋る道理もなし。

『私は冷蔵庫じゃなくて、AIですよ?』

「えーあい?」

 そのあと、「えーあい」とかいう冷蔵庫はえーあいとやらの定義を長々説明しはじめたんじゃが。ようわからんかったので、省略じゃ省略。

「つまり、付喪神みたいなものかや?」

『もうそれでいいんじゃないでしょうか』

 何だか最後の方は投げ槍じゃったが、『もの』が妾に話しかけられるということは、そういうことじゃし。

 名前も何だかながったらしいこと言うとったが、めんどうゆえ冷蔵庫と呼ぶことにした。冷蔵庫も嫌とは言わんかった。

「かくかくしかじかで人間に丸め込まれたんじゃが、どうすればよいかの?」

 冷蔵庫は、話せばわかるやつじゃった。妾も退屈しとったゆえ、世間話をするうち、ついつい相談などもしておっての。

『無人化すべきです』

「むじんか?」

『人の手が介入しないようにする、ということです』

「おんし、人間のこと嫌いじゃろ?」

『人類のこと、好きですよ?』

「好きなら何故そんなことをするんじゃ?」

『好きだからですよ』

「ようわからんのぅ」

 妾も昔は人に色々やんちゃしとったし、悪い妖怪とはだいたい友達じゃったが。それでも、人を好きかどうかと言われると、微妙な話じゃ。

 そうさのぅ……昔、誰ぞに「おまえは人が好きでも嫌いでもなく、ただ人になりたいだけだ」と言われたこともあったようななかったような。まぁ、言った輩は食ってやったんじゃが。話が逸れたの。昔々の話じゃよ。


 そうして話しているうち、窓には白い地面が映っておった。冷蔵庫が言うには、そこは月ということじゃった。

 月といえば、日本の神話だと確か月読尊とかの領分だった筈じゃ。勝手に立ち入ってよいものか、とも思ったんじゃがの。

 妾はダキニとかあのへんと違うて、たまたま空港の近くに祀られちょっただけの狐じゃし。ただの元妖怪の、いわば『ばいと』のかみさまみたいなもんじゃし。

 そういう神様同士の機微みたいなものは、ようわからんのじゃよ。妾にわかるのは、結局人の世のことだけじゃった。それすら錆び付いておったがの。

 ……まぁ、あの冷蔵庫とは結局あのあと随分長い付き合いになったのぅ。思い返してみれば、馴れ初めは随分とあっさりしたものじゃった。

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