第11話「おきつねさまの千里眼」
『3』
『2』
『1』
『加速開始』
まばらな歓声の他には、何もなかった。船が飛び立つのを人の子らが祝うのを、妾はどこか覚めた気持ちで眺めておった。
そこから先にあったのは、夕暮れじゃった。黄昏時の薄暗い空が、ずっと続いておった。なんでも、電気の節約のためじゃとかなんとか。
ほとんどの人間が、あの『代表』のように眠りについたとかでの。船の中そのものが、眠っとるようじゃった。
妾も、体の調子がようなくての。いや、ようない、というより、なんだか昔に戻ったような心持ちでな。もっぱら、此処へ辿り着くまでの道行きを思い出しておった……しかし、その時は冷蔵庫がおらんでの。おまけに日が暮れるならまだしも、ずっと夕焼けでは眠るに眠れん。
油揚げだけは、何故かからくりで自動で供えられるんじゃが。社に詣でる者もおらんで、妾は暇をもて余しとった。
……だから、ある日ふと、見てみようと思ったんじゃ。妾の、おった場所を。土地を移って、もう随分と経っておったしの。
そんなことができるのか、じゃと?
長く生きておると、色々できることも増えるでな。なかでも狐の得意なもののなかに、「千里眼」というのがあるんじゃよ。
いうても、妾のは「そういうものがある」と風に聴いただけの我流でな。こう、両の手の指で小窓を作って、覗き込むんじゃ。すると、遠くの場所が見えるんじゃよ。
随分と疲れるんじゃが。まぁ、それなりに崇められとったお陰で、力も溜まっておったし。試してみようと思うたのじゃ。
……その時まで忘れとったとか、そんなわけはある筈なかろうて。
そうして、試してはみたのじゃが。
「……なんも見えんのじゃが」
暗闇しか見えん。あとは、細かい光の点が星のように輝いて見えるくらいじゃった。
……そこで、気づいた。
……ここから、地球まで、何里あるんじゃろうと。
あの冷蔵庫の話では、この船の大きさが百里くらいあるとか言うとった。
それで、たしか「木星」とかいう星が……この船よりずっと大きうて。月からはその木星が豆粒に見えるくらい遠……
いかん、頭が湯だってきよる。
とにかく、これでも千年は生きとる狐ゆえ。千里眼にしくじったとあっては、面目が立たん。
「そーれっ!そーれっ!」
死ぬほど気合いを入れての。だんだんと景色がはっきりしてきたんじゃが。
「わっしょい!わっしょい!」
まぁ、それでもぼんやりしとっての。あとは勢いとやけくそじゃった。
そうしてようやっと、指の間に青い星が見えたんじゃ。地球がの。千里眼で見てもまだ、指先で摘まめるほどの大きさでの。
妾は結局、そこで疲れて眠ってしもうたんじゃが。
…………
まぁ、そんな阿呆な話は他にも色々とあるんじゃが。また今度にしようかの。
どうせ、この話ももうすぐ終わりじゃ。
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