第12話「おきつねさまと別れの時」
妾は力を使い果たして、眠っておった。
数年か、数十年か。ことによると、数百年ということもあるやもしれぬ。
ただ、けたたましい音で目が覚めての。警報というか、なんというか。空襲かと思うた程での。社を焼かれるかと思うて、しゃっきりとしたんじゃが。
『誰がどこでどう聞こえているか、わからないので。全艦放送で流してます』
そのあと聞こえたのは、『代表』の声じゃった。しかし、姿が見えん。それも、あちこちから響いてきよる。
『私は現在、船体後部のスリープルームに居ます』
そして、その声は。今までに聞いたことの無いほど、切羽詰まっておる様子じゃった。
……生命が尽きんとする音が、聞こえるかのようじゃった。
少しの静寂。息を呑む音。
『これから話すことを落ち着いて聞いてください。減速開始時に、動力炉が爆発しました』
夕暮れの天蓋に、『船』の形が映ったんじゃ。ただ、錨のような形の筈が、何かが足りん。と、いうより。
船の後ろ半分が、離れていきおる。
……そして。空の上に、大きな暗い裂け目が走っておる。
『現状を報告します。本艦は主動力炉の爆発に伴い、主推進機が脱落し、居住区のある前部と、スリープルームのある後部に分離しました……移動は事実上不可能です。このままいくと、どんどん離れていきます。まったく、居住区が吹き飛ぶならまだしも、前後でまっぷたつになるような事態は想定外ですよ』
全く、実感がわかぬ。ただ、割れた空と。何処からともなく聞こえる言の葉だけが。それが伝える押し殺すよな緊張だけが。ただ事ならぬ何かを伝えておった。
『……誰も反応が無いので、ここから先は、独り言モードで。サテラちゃんも起きませんし。多分コレ、船そのものの欠陥ですよ。炉心の材料のせいです。仕入先ミスりましたかねー……加速時に出力を弄ったおかげで設計外負荷がかかって、それが太陽系外の環境と作用して『劣化』を早めた。そんなとこじゃないかと思いますけど、確かめる方法はありません。なんかラジオみたいで、ちょっと楽しくなってきましたよ、これ』
「……言うとる場合かや」
最後の方は、ばかに明るい口調じゃった。
そう。ときにはばかに明るくて、呆気ないもんじゃ。
人の、終わりというものは。
妾には何もできん。いや、きっと。誰にも何もできん。
星を割るような力になぞ。神でも届くまいて。
『独り言なら、私も参戦しましょうか』
それはあの、『冷蔵庫』の使う声じゃった。
『ええ、お願いします。流石に生きている人間が一人は、寂しいもので。ついでなので、今後の方針を話しましょうか。今『起きて』前半分の居住区に居る人は、頑張って生きてください。ただ、万一、生きた人間がこの船に居なくなっても、まだ、このメインシステムがあります。遺伝バンクと、そこから受精卵を作る設備があります。だからまだ、居住区だけでの『ミニマムサクセス』は可能です』
『今や私は、この船全体を司る立場、船の魂のようなものですからね。居住モジュールには補助機関と『帆』があるので、性能は劣りますがコース変更もできます』
『冷蔵庫』は、いつの間にやら偉くなっとったようじゃった。船の魂、ときよったか。他の話は、妾にはようわからんが。
『……ただ、多分。今のコースで到達可能な移住先の環境は、『人類そのまま』だと無理です。主推進機がないと、減速に時間がかかりますからね。母船を拠点に、惑星改造する計画もありましたけど。多分、そこまでの余剰はありません。エネルギーも機材もありませんから』
『解決策は存在します。環境を変えられないなら、人間の方を変えればいい』
『やっぱり、あなたをこの船に組み込んだのは正解でした。躊躇いなく禁忌に手をつけてくれるから』
『私は、人類のことが大好きですから。だから、人類のためなら何でもします。ですが、改造のためにはサンプルが不足しています』
『ええ。ですから、そこは、神様にでも頼みます』
垂れ流される話。ただ、『代表』の最後の言葉だけは、何かが違っておった。ぼんやりとした祈りではなく。何か、縋るあてでもあるかのような言い草じゃった。
『神様か、何かわかりませんけど。この船を見守り続けた、貴方に』
あやつには、見えんと思っておったのじゃが。
「……よもや、見えておったのかや」
『いいえ、私が『見せて』いるんですよ?』
冷蔵庫の声。
『いやー、AIのログを解析したときは、びっくりなんてものじゃありませんでしたけど。ギリギリのところで、保険が役に立ったといいますか』
「相変わらずじゃのぅ……」
『そういう人なんですよ』
『まあ、困った時の神頼ザッみ、ということで』
『代表』の声だけが。遠ざかるように、雑音がまじりはじめる。
妾にも、薄ぼんやりとじゃが、何が起きたのかはわかりはじめておった。ようやっと言葉を交わせたと思うたら、こんな今際の際とはの。
『間もなく、リアルタイム交信圏外です。どうか、良い旅を』
『……ええ。ザザッまぁ、わたしは無期限でコールドスリープしながら、こっちは本来の目的地目掛けて航行するだけなんで。ザッ的地に着いたら、そのうちでいいので迎えに来てください。代謝を一割以下に落とすから千年くらいは大丈夫だと思いますけど、ザッきればなるべく早めに』
『念のために翻訳しますが、『長い眠りにつくだけで死なない』だそうです』
「完全に今際の際のむぅどだったんじゃが!?」
少しの、不自然な沈黙の後。
『…………神様って、思った通りお茶目なんですねぇ。まぁ、今まで、ありがとうございました。それと、色々とよろしくお願いします。そちらも、良い繁栄を』
「……達者での」
色々言いたいことはあった筈じゃが。口から溢れたのは、その一言だけじゃった。妾は結局、この船を護れんかったんじゃから。言う資格もあるまいて。
その別れの挨拶に答えはなく。声が、途切れた。
妾は久方ぶりに大きく大きく息を吸うた。草の匂い。土の匂い。偽物の世界。
……それでも。妾の今の居場所は、ここなのじゃと。
"日輪の輝く天の下へある限り。そなたは、人の姿でこの社に縛られ続ける"
遠い遠い昔。妾を社に縛っておったものは、とうに解けておった。
この、千里眼でも届かぬ彼方で。古の呪が力を保てよう筈もない。
"神として、人の世を眺め続けよ。それが、ひとの願いである"
身体が肉の重みを持ち、地面の上へ舞い降りる。おそるおそる、社の境から踏み出す。尾の又が裂ける。
今の妾には、願いがある。力がある。
身体中に、不思議な力が巡っておる。まるで、昔へ戻ったかのような。
「……そうか、贄か」
そこで、合点がいった。
この船では、人死にが出ておる。それが贄として妾の力となった。以前の昔へ戻るような気怠さも、おそらくはそのせいじゃろう。
……そして、つい先程の出来事で。きっと、また。人の子らが妾の力に収まった。今の強さならば。祈るものが、もう居らんでも。
肉の器のままで人と交わることすら、できるじゃろうて。
『私が認識できる、現在この船で活動状態にある知性体は貴方だけです』
どういうわけか。最初から、あの冷蔵庫には妾が見えておった。
じゃから、もしかすると。あの『代表』には、この結末が頭の隅のどこかにはあったのやもしれん。どこまであの小娘の掌のうちかは、もうわからんことじゃが。
『なので、貴女が、この船の主です』
冷蔵庫が。否、この星船の魂がそう告げておる。
『さぁ、何をしましょうか?』
「決まっておろう。約束は、約束じゃからの」
妾の役目は、この船を。人の子らを。護り導くことなのじゃから。
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