超番外編「おきつねさま in キュッチャニア・下」

 えらく間が空いた気もするがの。妾達が連れて来られたのは、プレハブ小屋じゃった。

『ここは、総統府だそうです』

「妾の社よりボロい気がするんじゃが」

『総統の気分で建て替えるとかで、プレハブなんだそうですよ』

 妾達が「そびえとましん」とやらから積み下ろされると、モモンガとやらがわらわらと出てきよる。

「きゅーきゅーきゅきゅ」

「きゅーきゅ」

 ……言葉がようわからん。

『歓迎されているみたいですね』

「そんなことより、帰りたいんじゃが……」

「きゅー、きゅきゅー」

『総統を満足させれば、交換に宇宙船でも何でもやる、と言っています』

「言葉がわかるのかや!?」

『いえ、キュッチャニアのマザーコンピュータがです。ついさっき、制御権を奪って、詫びを入れさせました。骨董品ですが、その分素直みたいですね?』

「おんし、何でもできるのぅ……」

『今や、キュッチャニアの大半は間接的に私の制圧下にあります。貴方が傀儡になれば、この国は思うままですよ?』

「こんなとこ支配して、どうする気なんじゃ……」

 さらっと物騒な単語も聞こえた気もするんじゃが。

『戦略シミュレーションって、弱い国で始めた方が燃えますよね』

「ぷちっと潰されるわ、ぷちっと」

 そうこうしとるうちに、なんかでかい、ももんが?の親玉みたいなのがプレハブの中から出てきよった。モモンガより一回り大きくて更に丸い謎生物なんじゃが。ただ心なしか、頬がこけて、げっそりしとったの。

「きゅぶぶ」

『これはキュッチャンと言う存在だそうです』

「きゅっきゅー」

『食用にするためには、加工が必要だそうです』

「その、まざまざ金平糖とやらに、通訳を頼んでくれんかの」

 食ろうても不味そうじゃし。

『マザーコンピュータです。えーと……何ですか!この通信規格!馬鹿にしてるんですか!圧縮しなさい圧縮!』

 冷蔵庫は、金平糖とやらにキレとった。きゅっちゃんとやらは、黙ったままじゃったゆえ、何が起こっとるのかはわからんかったが。

『お待たせしました。えー……汝は狐乞いの儀式で訪れた、救国の狐である、と』

「どちらかと言うと、救国より傾国なんじゃがのぅ」

 狐的には、国は傾かせてなんぼじゃし。

『歓迎のしるしにパレードをするから、見て欲しい、と』

 実は、ここだけの話。妾、お狐ひえらるきー的には、割と下の方なんじゃが。

 じゃから、ちやほやされて悪い気はせんかったゆえ。なりゆきを見守ろう、という気持ちもあったんじゃな。

 ……妾が何もせなんでも、このまま放っておくだけで傾国できそうな予感も正直しとったし。

 ぱれぇどとやらについては、ようわからんかったが、冷蔵庫曰く、祭りのようなもの、という話じゃった。おまけに出てくるのも、鉄の機械の塊ばかりで、正直5分で飽きておった。冷蔵庫ならこういうのも好きかと思うたが、

『ネットワークにつながらない兵器って苦手なんですよ』

「そんなもんかのぅ」

 理由はようわからんかったが、反応は芳しくないようじゃった。

『喩えるなら、あなたの尻尾が勝手に意志を持って動いてる感じですかね』

 高位の狐になると、そういうこともあると聞いたよな気もするが。

「ようわからんのぅ……結局、あれはなんなんじゃ?」

『今からわかります。これから火力演習だそうですよ』

 そう言うた途端、鉄の棒のようなものから、火が噴き出てのぅ。ひゅー……と火の玉が飛んで行ったんじゃ。

「ああ、花火か。花火なら知っとるわ」

『いや、あれは花火というよりは……』

 火の玉は、あれよあれよという間に遠くの森の方へ飛んでゆき……

「なんか煙が出ておらんか?」

 弾の落ちたところから、燃えておる。郊外のどんぐりの森が。

『キュッチャニアが、炎上している』

「きゅきゅきゅーきゅ」

「なんと言うとる?」

『反乱だそうですよ?』

「やっぱり、何もせんうちに傾いておる……」

 いや、妾のための祭典で傾いたんじゃから、いちおう傾国したことになるんじゃろか……

『いつの間にか、外が大変なことに……』

 総統府の窓の外には、ももんが?がみっしりと詰まっておった。ちょっとしたほらぁじゃった。

「……あのももんが?とやらは結局なんなのじゃ」

『キュッチャニアモモンガはキュッチャニアの固有種です。しかも、今回は主食のどんぐり畑の破壊により凶暴化しているようですよ?』

「それは、妾でいうと油揚げ製造工場が爆破されたようなものかのぅ」

『ああなるんです?』

「ああはならんのぅ」

 おきつねとしては、もっと高度な復讐をしたいところじゃ。

『このままだと、おんぼろプレハ……総統府が崩壊した途端、流体と化したモモンガが色んなところから入り込んできて押しつぶされますね』

「逃げ……逃げるんじゃ!」

『私は、既にネットワーク上にバックアップを退避させましたよ』

「妾は……」

 そうじゃった、社が!社から動けぬ!

『この手の理不尽は、貴方の方の専門では?何か思いつかないんですか?』

「うぅむ……何か、わかるようなわからんような違和感はあるんじゃが……あと一歩のところで、いまいちようわからんのじゃ……」

『とはいえ、キュッチャニア的には平常運転らしいですよ?ただ、おきつねが来てバランスが崩れているようですけど』

 そうこう言っとる間にも、モモンガの数は増え……みしり……みしり……とモモンガが貼りついとった窓にひびが入りはじめておった。

『バランスで言ったら、このプレハブも似たようなものですね。衝撃が少しでも加われば……』

「へくちっ」

『そんなベタなーー!!』

 小屋が崩れ、モモンガが押し入ってくる。

「わ、妾のせいなのかや!?」

『………』

 冷蔵庫の視線が痛いながらも、

「かくなる上は、一匹でも多く狐火で……!」

 と、覚悟を決めたのじゃが。

 モモンガ達は、妾たちには目もくれず、総統の方へ吸い寄せられて行きよった……

『覚悟し損ですね』

「言うでないわ」

 総統とやらが、棒を持ったモモンガに囲まれて、叩かれておる。

「きゅー!きゅぶぶー!きゅぶー!」

『あのように、部下に自分を諌めさせることで、己を律しているのだそうで。立派な方ですね?』

「どうなのかのぅ……」

 本人(?)はどうも、本気で嫌がっている気がするんじゃが。

 それと、さっきのモモンガ大移動でようやく違和感の正体に気付けた。

「……この国、土地の神格がおらん」

『共産圏ですからねぇ』

「????」

『……簡単に言うとですね、人類が神様を見限った土地なんですよ』

「それは……悲しいことじゃのぅ……」

 人の子が神との関係を終わらせる。そこに何があったのか、妾には想像することしかできんが。きっと、ただならぬ事情があったのじゃろう。

 と、妾も一瞬、しんみり思ったんじゃが。

「……そもそも、ここに来てから人の子を見とらん気がするんじゃが……」

『よく考えるとそれが原因かもしれませんね……』

「狐も寄り付かんわけじゃ」

『それと、反乱は収まったようです』

「結局、なんだったんじゃこれは」

『……レイドバトルみたいなものですかねぇ』

「なんじゃそれ」

 冷蔵庫の言うことはようわからんかったが、ともかく棒を持ったモモンガの波が引いていく。

 総統とやらは、ボコボコにされて綿菓子みたいになっとったが。辛うじて生きておるようじゃった。

 そして、やけにはっきりとした口調で。

「や、やってられないきゅー……せめて、おきつねさまを揉ませるきゅー」

 そんな世迷言を呟いておった。

『揉ませろ、と言っていますね』

「通訳されんでもわかるわ!」

「挨拶みたいなものきゅー」

『挨拶みたいなものだ、と』

「おんし、わかってやっとらんか?」

 というかむしろ、

「なんでしゃべれるの黙っとったんじゃ?」

「ひ、人見知りきゅー……」

『人見知りだそうです』

「そもそも、こやつ人なのかのぅ……」

 妾も狐なのじゃが。

『それを言ったらそもそも、この騒動、半分以上貴方が原因ですよ?』

 かなりの割合で、このきゅっちゃんとかいう謎生物?の自業自得という気もするんじゃが。

「おんしも、金平糖とやらにちょっかいかけとらなんだか?」

『のーこめんとです。まぁ、マザーコンピュータは代わりに折檻しておきますから』

「……余計に事態をこじれさせてはおらぬか?」

『まぁまぁ、ひともみで済むなら安いものじゃないですか』

 そうこうしておる間にも、きゅっちゃんとやらの顔色が紫から土気色に変色していく。

 ……まぁ、人の子であろうとなかろうと、こうして限りある命が死にかけておるのを放っておくのは、寝覚めが悪いものじゃ。後悔というのは、長い命であるほど尾をひくもの。

 そして仮にも、妾、社に縛られてからは、神として崇められるものじゃしな。

 よかろう。それが、末期の願いというならば、聞き届ける務めもあろう。

「い……一回だけじゃぞ?」

「きゅー……」

 そうして、謎生物の腕?前脚?がのび、妾の体の……

 モフ……

 尻尾。妾の尻尾に当たっておる。

『何処を揉まれると思ったんですか?』

「……のーこめんとじゃ」

 そうして、総統は息を引き取った。とても安らかな死に顔じゃった。


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 翌朝。

『総統に挨拶していかなくていいんですか?』

「……息絶えておらんかったか?」

『今朝方、新しいクローン総統がリスポンしたそうで』

 突っ込むのも疲れてきとったので、妾はそのまま流した。

「……それで、これはなんじゃ?」

 目の前には、大きな、銀色のぬぺっとしたトウモロコシのような何かが転がっとった。

『今朝、マウンテンサイクルから採れたてほやほやの宇宙船だそうで。FTL(超光速)機関付きですよ!』

「なんでそんなもんが取れるんじゃ……」

『制御は私がしますから』

「妾はもう、突っ込む気力も起きんわ……」

 さらばじゃ、キュッチャニア。もう二度と、来ることも無かろうて……。

 こうして、妾たちの旅は終わったのじゃが。

『でも、律儀に宇宙に戻るんですね』

「本編の途中じゃしの」

 この帰路の途中、またようわからん存在と出会うことになるんじゃが。それはまた、別の話じゃの……

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おきつねさま in Space 碌星らせん @dddrill

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