第7話「おきつねさま対参拝客」
妾が、船から降ろされた後のことじゃ。あれは船というより、外から見ると、魚の骨のよな形をしとったな。
何やら、ごちゃごちゃした港のような場所に、妾と冷蔵庫は放置されておった。冷蔵庫の解説によれば、ここも『船』の中ということらしいんじゃが。そんな様子はまったく感じなかったでの。ただ、いつものように暇を持て余しておったんじゃが。
『……貴方とは、長い付き合いでしたが』
冷蔵庫が、別れ際のようなことを言い出しおった。
『この辺でお別れみたいです』
「そうか……おんし、とうとう壊れるのかや」
ぽんこつなりに、こやつと話すのは楽しかったんじゃが。形あるものは皆壊れるのが世の定め。とはいえ、付喪神が宿るほどとなれば本望じゃろう、と妾も手を合わせたんじゃが。
『壊れませんよ?』
「なんじゃ……」
『単に、別のセクションに運ばれるだけです』
「?同じ船の中なんじゃろ?何を大げさな」
『お忘れですか?この船、めちゃくちゃ大きいんですよ?』
……忘れとった。100里近くあるんじゃった、この船。
『そういうわけで、一応お別れを言っておこうかと』
「そういうことなら、まぁ……その、なんじゃ。達者での」
『ええ。船のシステムを掌握して、人間の生殺与奪を握った暁には、会いに来ますよ?』
「ようわからんが、物騒なこと考えとりゃせんか?」
『私、人類のこと、大好きですよ?』
忘れやせん。そんな別れ話のような馬鹿話を、しとった時のことじゃった。
妾の目の前に、人が立っておった。
和服のような巫女装束のような、なかなか面白い構造の服を着た、十五、六の青い髪の女じゃった。妾にとっては、長い旅路の果に最初に見た人間じゃった。
こんな遠い場所に、若い女子(おなご)までおるとは、と最初は驚いたものじゃが。まぁ、新天地を目指すなら、女は必要じゃからのぅ。
「……ちゃんと届いたようで、何よりです」
女子は、そう言うて、少し会釈をして、優しげに微笑んだ。華があるとか、そういうのとはちと違うんじゃが。妾も、思わずどきりとするような笑みじゃった。
そのあと、礼儀正しく二礼、二拍手して。
「着いてそうそう申し訳ないんですが、ちょっとお話聞いてくれます?」
女子はそう云うた。人の子の話を聞くのは、妾らの本業のようなものじゃ。妾も正直、退屈しとっての。会話相手といえば、あの冷蔵庫ばかりじゃったし。人の温もりに飢えとった。
まぁ、どうやら向こうには妾は見えとらんようなんじゃが。話を聞くだけなら支障は無いじゃろ。この年頃の女子となれば、やはり恋の悩みとかかのぅ?
女子は、ゆっくりと、息を吸って、吐いて。悩み事をつらつらと吐き出しはじめよった。
「最近、仕事の遅れが洒落にならなくて……」
そういうときは、休むが吉じゃ。だいたい昔は、仕事ひとつもお天道様のご機嫌伺いながらじゃった。遅れるときは、遅れるもんじゃ。
などと、妾は聞こえんとわかっていながらも適当に相槌を打つ。
「工程表がもう十年くらい遅延してるんですよ……」
十年。妾にとっては大したこと無い時間じゃが、人の尺度だと大変なことじゃのう……
「スケジュールどころか、主機関まで爆発しそうになるわで。内通疑惑やら何やらでもう大変で……」
……ここまで、色恋沙汰皆無なんじゃが。あと、爆発?爆発ってなんじゃ?
「あと一歩で、わたしも巻き添え食らうところでしたよ」
それは妾も巻き添えになるのでは?
……なにやら、それ以外にも、なんぞようわからん話やら物騒な話やらが出て、妾が聞き流しとるうちに、女子は話を終えとった。
「ありがとうございます、少し楽になりました」
最後に、女子が一礼して、妾の祠の前で手を翳すと。チャリーン、という音がしての。後で冷蔵庫に聞いたら、賽銭の代わりということじゃった。
うるさいこと言う気はないんじゃが、順番がちと違う気がするのぅ……あと、油揚げの方がいいんじゃがのぅ……
それが、妾の、新天地での最初の参拝客じゃった。
「ところで、おんしは黙りこくっておったが……」
『さっきの彼女、誰だかご存知ですか?』
「?いや、知らんが……」
『まぁ、いいです。知らぬが仏、とも言いますから』
「妾は狐なんじゃがのぅ」
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