第9話「おきつねさまは名探偵?」

 そんなこと言うとったら、結局その後で何かあったわけじゃが。言霊というやつかの。近頃は、『ふらぐ』とも言うんじゃったか。

 ある日、例のおなごと分厚い油揚げと、酒を持って来よった。何やら、神妙な面持ちでの。伴も連れておった。

 そして、開口一番。

「艦内で殺人事件が起きました。犯人を教えてください」

 こう言うての。まぁ、頼られるのは、悪うはない。悪ぅはないんじゃが……

 そのな?妾にもな?出来ることと出来んことがあるのよな?

「だからどうして神頼みになるんですか!」

 伴にも見事にツッコミを食らっておった。背が高くて色黒で、たぶん異郷の出なんじゃろうが、常識があって利発そうな顔立ちじゃった。

 名前は結局聞けんでの。何か仮の名前を付けた方が良いかもしれんが……まぁ、『伴』でよかろ。

「ほら、建ってるものは親でも使えと言いますし?ちゃんと準備もしてきたんですよ?」

「微妙に諺のニュアンスが間違っている気もしますが。そもそも我々、親居ませんよね……」

「そんなことより、早く始めましょう」

 例のおなご……いちいち面倒ゆえ、こちらは『代表』とでも呼ぶかの。代表は何やら紙と穴の空いた銭を持ち出しきよった。

 そして、広げた紙の上に、銭を置いて、指で押さえとった。

 よくよく見れば、妾にも見覚えがあるものじゃったの。そう、それは……

「コックリさん、コックリさん……犯人を教えてください」

 こっくりさんじゃった。

「何が悲しくて宇宙時代に謎のオカルト儀式をしないといけないんですか!」

 伴が突っ込んでおった。妾も色々とツッコミたいところじゃったが。

 しかし、でかした、と褒めてやらねばなるまい。

 人に言の葉が届かんでも、銭を一枚動かす程度なら、朝飯前どころか油揚げ前ゆえ。この方法なら、妾も手出しできよう。


 ……まぁ、最大の問題は、妾が犯人を知らんことなんじゃが。話すだけでも違いはあろうて……

「あれ、知りません?コックリさん」

「流石に、極東の儀式までは知りませんとも、ええ」

「起源的には、『ターニング・テーブル』の一種なんですが。まぁ、小動物とか、タヌキとかとか、そういうを呼び出して、お伺いを立てる遊びですね」

 …………

 ……

 まぁ、あれよの。人の子の営みに、関わりすぎるのも、あれよ、なんじゃしの。

「こっくりさんこっくりさん……聞こえていたら返事をしてください……」

「『いいえ』から微塵も動こうとしないみたいですが」

「これは逆に考えて、聞こえているということでは?」

 まぁ、聞こえてはおるんじゃがの。『代表』も妙なところで勘が鋭いのぅ……

『こっくりさんこっくりさん』

 しつこいのぅ。じゃが、極厚のあぶらあげと、さっきの酒をもう三本くら積めば許してやらんでも……

『私です』

「おぬしかや」

 聞こえてきよったのは、久方ぶりに聞く、あの冷蔵庫の声じゃった。

『お久しぶりです』

「てっきり、もう居らんようになったとばかり思うとったんじゃが」

『いえ、本体があるのは此処から100km……もとい、30里くらい離れたところなんですが。ちょっと特例でアクセス権限を貰ったので、遠隔(リモート)で話しかけてみようかと。人間には聞こえないチューニングなので内緒話も大丈夫ですよ』

「????」

 30里離れたところから……話しかける?

 ようわからん単語が沢山混じっておったが、たしか、電話、とか光ふぁいばぁとかいうのが、そういうことが出来るんじゃったか。社の近くで地面を掘り返しとったゆえ、さわり程度は知っておる。

『リアルタイムの手紙と思ってください』

「式のようなものかの」

 陰陽師なんぞが使っとったやつじゃな。

『もうその理解でいいです。今回は、緊急事態ということで』

「ああ、あの殺人事件とかいうやつの話かの。犯人を聞かれて困っとったんじゃが」

『……犯人?』

「違うのかや?」

『……』

 そこで、冷蔵庫はだまりよった。

『例えばの話ですが。包丁で刺されたら、包丁が犯人ですか?』

「難しい質問じゃな……」

 例えば、呪いを受けた器物。思いが宿ったもの。付喪神。そうしたものが、人の行いに影響を与えるということは、まぁあるでの。しかし、それが『もの』のせいかといわれると、なかなか困るところじゃ。

 その時は、なにゆえそんな質問をされたか、ようわからんかったんじゃが。

『……この船で人死にが出たことは、事実です。しかし、厳密な意味では犯人はいません』

「なんじゃと?」

 そこから始まったのは、妾には、ようわからん話じゃった。ようわからん単語と、ようわからん理屈が並んでおった。ほんに、話じゃった。

『……工期が遅れていたこと、その結果ミスが発生したこと。工程の複雑な欠陥と合わさり、それが本人の命を奪ったこと。殺人事件というより、これは労働災害の部類ですね。それに、私達は『結果』をいじれても、『過程』の責任までは専門外です。私達は、責任は取れません。それは人間の仕事です』

 そして、冷蔵庫は。そう言って、話を締めくくっての。

「妾は逆に、責任をとるためにあるようなところがあるからのぅ……」

 ようわからんゆえ、適当に相槌は打っとったが。多分、この『冷蔵庫』の言うとることと、妾がさっき思ったことは、同じなんじゃろう。

 『もの』が人を殺すことはある。それでも『もの』には、責任がとれん。謝ることも、償うこともできん。

 だから、誰かが代わりにやらんといかん。そして……その『誰か』を間違うと。

 余計に人が死ぬ。

「……教えてやらんと、いかんかの」

 あの『代表』には腹に据えかねるところもあるが。それとこれとは別の話ゆえな。

『いえ、多分、わかってますよ?あの人』

「じゃあ、何であんなことするんじゃ……」

『だから、『過程』の問題なんですよ。『船の中で人が死んだ』事実を最大限に利用する気ですかねー』

「利用、じゃと」

 引っ掛かりは、覚えた。じゃが、妾にはもう、察しはついておった。

「……次に、続かんようにするためかの」

『はい。だから、ああして騒ぎ立てているのではないかと』

 誰かの死を忘れんために。無駄にせぬために。そうして人の子は、誰かの終わりを穢すことがある。

 それを妾は、知っておる。遥か昔に空いたはずの、心の穴が痛んで仕方のうての。

『合理的ですね』

「……限りある、命じゃろうに」

 それが、今尚繰り返されているということが。

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