第3話「おきつねさまと月面都市(下)」

「……つまり、月は地球の周りを回っとって、地球が太陽の周りをまわっとる。これでいいんじゃな!?」

『合ってます。義務教育課程の話ですね』

「妾、義務教育とか知らんし。しかし、月の都というのは、随分と寂しいところじゃのぅ……」

 妾と冷蔵庫は、何も無い部屋に詰め込まれとった。その頃には、冷蔵庫のしつこい説明のおかげで、妾も幾らか今の状況が理解できるようになっとったの。

『ここは、ただの資材集積所です。計画のスケジュールを参照しましたが、年単位で遅れが生じているようですね』

「つまり、数年はここに放って置かれる、ということかや」

『軌道確保の都合もありますから、そうなりますね?』

「退屈じゃし、寝るかのぅ……」

 数年程度、妾の生きてきた時間と比べれば、ほんの一瞬のことじゃ。妾が、そう考えとった時じゃった。

『退屈なら、見ますか?私達の乗る船』

 冷蔵庫が、そう口にしたのはの。まぁ、何処が口かもわからん奴じゃったが。

「ここ、窓も無いんじゃが……」

『ネットワークに接続して映像を拾います。どうせ、肉眼じゃ見えませんから』

「……?目が!妾の目がーっ!」

『そこ、プロジェクターですから。覗き込むと危ないです……って、もう遅いみたいですね』

 なんとはなしに覗きこんどった冷蔵庫の穴が、ぴかぴか光っての。何も無い壁に、何やら四角い絵を写しだしたんじゃ。

「……絵が動いとる。これ、あれじゃろ。映画とかいうやつじゃろ?」 

『木星圏からのリアルタイム映像です。今の時期は一時間くらいの遅延がありますけど』

「……もくせい?」

『火星の外側です。ついこの前、説明したじゃないですかー』

「映画ではないのかの」

『ここに写っているのは、一時間前に実際に起こったことです』

「なぜ一時間寝かすのかのぅ。どうせなら、すぐに見せてくりゃれ」

『…………』

 なにやら冷蔵庫の視線(?)が痛いんじゃが、そこに写っとったのは、巨大な傘のようなものじゃった。

 最初は、ただの変わった形の傘だと思っとった。じゃが……そうではないことに気付いたんじゃ。背景に何も無いせいで気付かんかったが、んじゃ。

「……これ、大きさは、どれくらいあるのかの」

『全長、約300km。完成予定は20年後です。でも、絶賛炎上&遅延中らしいですよ。作業工程表がまっかっかです』

「さんびゃっきろ、というのはどれ位かの」

『昔の単位で言うと、76里。直線なら東京……江戸から、名古屋……尾張くらいまでの距離ですね』

「東京と名古屋くらいは知っとるわ!……ん?」

 妾は気付いた。この傘のようなふざけた形のものが、東京から名古屋ほどの距離の大きさということは、妾の社は、どれくらいの大きさになるのか、と。そして、

「…………これを、人が作ったのかや」

『はい。これが人類文明の集大成。恒星間移民艦隊旗艦、『アルファ』です。正確には、人類とAIの合作、と言ったほうが良いのかもしれませんが』 

「……こんなものを作れるならば、妾の力など、もう要らぬではないか」

 妾はその時、少しだけ……ほんの少しだけ、恐ろしくなったの。千年以上の時を生きて初めて、人の子のことを恐ろしく思うた。

 妾が食っちゃ寝しとった間に、あれらは、どこまで遠くへ行ってしまうのかと。妾はいつの間にか、何処かへ置き去りにされてしまうのではないか、との。

『貴方は、必要とされたからここに居るのでしょう』

 じゃが、冷蔵庫はそう答えた。

「必要……なのかのぅ、妾」

『あの船は一つの世界です。船自体が新天地そのものでもあります。貴方が何かは、今の私の容量ではよくはわかりません。でも、貴方は旅の荷物に選ばれたんですよ』

「妾的には、地球でのんびりしたかったんじゃが」

『きっと、貴方は人類に気に入られているんだと思います。私と違って』

「ふくざつじゃのぅ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る