第2話「おきつねさまと月面都市(上)」

 月の都、というのは昔から随分と色々な話の種になってきたものじゃがの。まさか本当にできとるとは思わなんだ。

 アレじゃよ?浦島太郎の話しとったら、いつの間にやら本当に竜宮城が建ってて、そこへ連れてかれるようなもんじゃからな?

「まさか本当に月の都に来ることになるとはのぅ……」

『月の都じゃなくて、月面都市『静かの海』ですよ?2089年、アポロ着陸120年に合わせてオープンしたそうで。月の首都はまた別にありまして、こちらは2069年に』

「別に歴史を聞いとりゃせんわ」

 冷蔵庫がまた煩くなりはじめての。ちょっぷを入れるふりをしたら黙りよった。

 アポロってアレじゃろ。ギザギザの付いたチョコの菓子じゃろ。偶に社に供えられとったから知っとる。

 ……何ゆえそれが月に着陸したのかは知らぬが、最近の人の考えることはようわからん。

「ところで、ここが目的地なんじゃろうか……」

 何やら船に載せられる、と聞いとった気がするんじゃが。いや、もう載せられたといえば載せられたんじゃが。

『ここは中継地点です。私達の最終目的地は、月を経由して木星軌道上で建造中の移民船です』

 思わず口から転び出る妾の不安に、律儀に答える冷蔵庫。何やら、こやつとの付き合い方が段々わかりつつある気がしたの。

「いみんせん?それはあれかの、移る民の船と書くやつかの?」

 問題は、その答えの内容の方じゃった。移民船。妾は船としか聞いとらんかったでな。移民船といえば、人を運ぶ船じゃ。ただ船に載せられるよりは、人に祀られるならばその方がよいゆえ。妾にとっては珍しい吉報じゃった。

 まぁ、何処へ移民するかは知らんがの。

『恒星間移民計画の一号船です。もう百年くらい前から進んでるそうですよ?』

「知らんのぅ……」

 妾的には、百年前とか超最近なんじゃが。

『貴方も大概呑気ですよね?』

「曲がりなりにも神ゆえな」

 そも、何故妾が人工物と話せておるのかが割と謎なんじゃが。ただの冷蔵庫にしてはいろいろ不自然じゃと、この時には流石に妾も気付いておった。

 妾は思った。こやつはただの冷蔵庫ではない。喋る冷蔵庫なんじゃと。

『神というのは何かわかりませんが、AIの一種なのでしょうか?』

「多分違うの」

 『えーあい』とやらは、なんぞようわからんが。

『定義を修正しておきますね』

 喋る冷蔵庫の方も、妾を何やら勘違いしておったらしいし、お相子だと思っとった。

「ところで、『こうせい』ってなんじゃ」

『…………』

 ところが、そう口にした途端、冷蔵庫の妾を見る目が急に冷たくなりよった。冷蔵庫だけに。

『こうせいとは、太陽たいようのような、じぶんでひかほしのことです』

「なんか唐突に凄まじくおちょくられとる気がするんじゃが!?」

 説明してくれとるゆえ、ちょっぷで黙らすのも気が引けたんじゃがの。

『この銀河ぎんがには二千億にせんおく恒星こうせいがあるといわれおり……』

 結局、説明し終えるまで止まらんかった。

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