第4-4話 間奏、君が望む世界なら
――そして、俺は進学した高校で、『
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
その言葉に、あ然として振り返る、いつかの俺と同じ立場の同級生。
その顔を知っている。忘れない。忘れるはずがない。
あの七夕の日、涼宮と白線を引いていた男。涼宮は暗がりでしか奴を見ていないから気づいていないようだが、後から鶴屋家経由で手にいれた監視カメラの写真で確認をした俺らにしたら見間違えようがない。
こいつは、間違いなく、あの日の、ジョン・スミス。
中臣の姉とともに、三年前に姿を現した、『未来人』の片割れだった。
……だが、そいつは、あまりにも平凡過ぎた。
涼宮に話しかけたりもしていて警戒はしたものの、せいぜいその内容は、ちょっと後ろの席に可愛い娘さんがいるから仲良くなれたら嬉しいな、程度のものでしかない。なんらかの意図があるようには感じられなかった。
入学早々意気投合した国木田というクラスメートによれば、そいつはキョンというあだ名の男らしい。
正真正銘この街の人間で、鶴屋の情報網においても、何ら異常なところは感知されていない、大日本中流小市民の代表格のような気だるいだけの一男子高校生。
周辺情報では叩いても埃は出ず。ならば、直接接触をしてみるのみだ。
俺はキョンとかいう『未来人』と同じ中学出身だった国木田のツテで、奴のランチ仲間に飛び込んだ。
いよう、キョン。お前、この前涼宮に話しかけてたな。
「ああ。それがどうした」
わけのわからんことを言われて追い返されただろ。
「その通りだ」
相変わらず読めないポーカーフェイス。ぼんやりしているんだか眠いのだかやる気がないんだか。
「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん、やめとけ。涼宮が変人だってのは充分解ったろ」
そして、俺は涼宮の三年間の経歴を伝える。
ここまでの情報を把握している人間に対して、涼宮の力に興味がある人間ならば探りを入れてきて当然だ。それ以上何か掴んではいないのか。あるいは、なぜお前はそこまでのことを知っているのか。どんな立場か。さあ、食いついてこい。
――が。
キョンの奴は、適当な相槌を打つだけで、ことさらに情報を引き出そうとはしてこなかった。
のれんに腕押し糠に釘。
「キョンはね、昔から、変な女の子が好きなのさ」
昼食後、国木田がご丁寧に説明してくれた。
「キョン自身は常識人だけどさ。どこか、そういうのが退屈なんだろうね。最近はそういうこと、言わなくなったけど。だから、涼宮さんとは、お似合いかもしれないよ?」
◆ ◆ ◆
それからしばらく。キョンは、全くもって、平凡な高校生であり続けた。
報告を解析した『機関』の結論も、「少なくとも今の時点での彼は、涼宮に関するどの勢力にも所属しない一介の高校生」。
つまり、こいつは本当に、単純に、涼宮の変人っぷりに気になるところがあって話しかけて、どこか何かが噛み合ってしまっただけの人間らしい。
「協力しなさい」
「何に協力するって?」
「あたしの新クラブ作りよ」
キョンと涼宮のやりとりを眺める。あの七夕の日と同じように、奇妙で、どこかきちんと成立したやりとり。
何が違うのかはわからない。だが、こいつは、東中で一回デートの後に切り捨てられた犠牲者たちとは、扱いが別であるらしい。
もしかしてだが、キョンよ。おまえが、「そういう存在」なのか。
「ほんと、昨日はビックリしたよ。帰り際にバニーガールに会うなんて、夢でも見てるのかと思う前に自分の正気を疑ったもんね。このSOS団って何なの? 何するとこ、それ」
「ハルヒに訊いてくれ。俺は知らん。知りたくもない。仮に知ってたとしても言いたくない」
涼宮という天岩戸のお姫様を、外へ引きずり出す裸踊りをやらかしうるのは、おまえだというのか。
おまえは、きちんと涼宮の傍で、一般人として、奴の味方でいてくれるのか。
俺ができなかったみたいに。俺がやりたかったことみたいに。
だとしたら、俺がやるべきことは、決まっている。
「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」
「――
この物語は、悲劇になるべきじゃない。
周防七曜と俺の話のような。中臣みたいなのが暴走しちまうような。そんなものは介在しない、もっと平和で、シンプルで、ポジティブなストーリーになるべきだ。
「彼に、閉鎖空間のことを伝えます」
「構わんが。俺のことは伏せてくれよ、古泉」
「もちろん。あなたは彼の愉快なクラスメートの一人であるべきだ」
涼宮の日常を、今の世界を守ることが、『機関』の目的なら。
この街を護ることが、鶴屋家の目的なら。
「……最強の《神人》が生まれます。今度こそ、世界は塗り替えられるかもしれない」
「キョンのやつが、その鍵になるって?」
「ええ、おそらくは」
「なら、大丈夫じゃないか? きっとあいつは――」
そのどちらもに助けられてきた俺は、影から、涼宮とキョン、この二人のやかましいクラスメートとして、学校生活を影に日向に盛り上げてやるべきなのだ。
「よう、元気か」
「元気じゃないわね。昨日、悪夢を見たから」
だから、キョンよ。あんまり、ひねくれてツンツンしてばかりだと後悔するぜ。
ロバート・へリック先生だって言っている。時のある間に薔薇を摘め、だ。花がいつまで咲き続けるだなんて思うなよ。失ってああ、実は俺はあいつが好きだったんだな、とか後悔をこね回すような奴には、おまえはなってくれるな。そんなのは、どこかのお調子者の女好きなクラスメートだけで十分だ。
「ハルヒ」
「なに?」
「似合ってるぞ」
ああ、まあ及第点だろう。それでいいんだよ。
宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、そんなものが目の前に現れなかったとしても。
おまえが不承不承そんなことを口にすることこそ、あいつの望んだ世界なのだから。
そのためになら俺は、
エンドレスエイド 津軽あまに @Under-dogs
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