第1-3話 魔法使いに大切なこと
一人で飯を食うのは苦にならないものの、やはり教室中の皆が賑やかに机をくっつけてランチをする中、ぽつりとぼっち飯をやるのも何なので、昼休みになると俺は席が近くだった中臣という奴と机を同じくするようになっていた。
中臣はクラスの男連中では比較的大人びた優男で、小学生と見まごうほどの童顔なクセに他の級友よりも余裕のある言動をするものだから女生徒からは人気のある存在だった。おまけに、実家が金持ちらしく、たまに黒塗りリムジンからえらくダンディな執事のおっさんが迎えに上がってくるという浮世離れのボンボンときたものだ。
ある意味で涼宮と対抗できるかっとんだ設定の持ち主である。そんな奴と女生徒人気は下から数えた方が早い俺との接点はというと、まあ、これがよくわからない。
強いて言えば、人との距離の取り方が似ているのだろうか。
中臣は若い癖に人当たりのいい紳士だったが、いつも話を聞いてばかりで自分のことを語ることはほとんどなかった。聞かれてもないのに自分の話ばかりするほかの連中とは大違いだ。女性陣から色々なことを訪ねられても、のらりくらりとやりすごしている。
年頃の男子生徒なら女子と話せるってだけで必死になろうところ、あいつにはそんな様子が全くない。そんな様子がまた奴がモテる原因になるんだから、世の中理不尽にできている。顔がいいっていうのは七難隠すと思うよ、本当に。
対して俺はと言えば、まあ前の学校でのことについてはトップシークレットで口をつぐんでいた。俺の方は中臣のように小洒落た話術はないので、昔のことを訪ねると急に機嫌を損ねるアップダウンの激しい男扱いされてしまっているのだが。まあ、こればかりは仕方ない。
ともあれ、俺と中臣はいつの間にか腐れ縁として、クラスの中で妙な関係性を作っていたのである。まあ、中臣が女子生徒除けに俺を使っていたという説も否定できないところではあるのだが。
涼宮の話が出たのは、その時のことだ。
「涼宮さんのこと、好きなの?」
OK。表に出よう。それは決闘の意志ありと見なすぞ中臣よ。
ゆで卵の輪切りを飲み込んで拳を握った俺に、中臣は心底不思議そうに言葉を続けた。
「違うの? 彼女のこと、気にしているようだったから」
そりゃあ、あれだけ奇矯なことをしでかせば、嫌でも目に入るだろうが。
そう。入学から数カ月。涼宮は、俺の予測通り「爆発」、凄まじい奇行を連発した。
一つ。朝登校したら、教室中の机が全部廊下に出されていた。
一つ。深夜のうちに妙な呪文の書かれた札が校舎中に貼られていた。
一つ。校舎の屋上に星マークをペンキででかでかとペイントした。
聞いて驚け、それが全て、俺の後ろの人間の姿をした台風の目、涼宮の仕業なのだ。
夜の校舎窓ガラス壊して回ったり、盗んだバイクで走り出した方がまだ青春の煮詰まりの結果として理解できなくもない。しかし涼宮のそれはどうみてもそういうものとは一線を画したオカルト混じりの行動だ。
かくて涼宮の存在はその美貌も相まってクラス中、学年中どころか、学校中、地域中の噂となった。ここにきてようやくクラスメートも涼宮の自己紹介の意図を理解した。ああ、この子は、徹頭徹尾本気で「そういうもの」と接触しようとしているのだと。
「でも、あんまり涼宮さんのこと避けないよね?」
おまえの目は廃道になったトンネルか。どこからどう見ても俺は涼宮との接触を回避しているだろうが。
「ほら? 涼宮さんのアレな色々見ても、驚かないじゃない」
……まあ、ああいう手合いは初めてじゃないしな。人間初見の謎の物体は将来予測の手がかりがないから危険性を過度に試算するが、似たような経験があればそれを元に判断できるだろう。それだけの話だ。
「ふうん?」
なんだよその顔は。珍しいじゃないか。おまえが人の話にそんなに食いつくなんざ。普段は話しかけられても適当にスルーしまくるクセに。
「あれ? ばれてた」
ばればれだよ。どんなAランクの女の子からのお誘いだって、根っこじゃ興味ないですって顔してやがるぞ羨ましい。おまえみたいなのは大人になって焦りだしてから誰にも相手されずに神殿で魔法使いに転職しちまえばいいんだ。なんでも遊び人レベル30でなれるらしいぞ。
「魔法は間に合ってるかなあ? まあ、気をつけるよ」
中臣はそういって笑うと、不機嫌な顔をして教室に入ってきた涼宮を一瞥した。
俺にはおまえこそ、涼宮をしきりに気にしているように見えるがな。
……ちょっと待て。つまりは、そういうことか? 悪友がライバルにならないか確認すべく、雑談交じりでその危険性を確認した?
なんだ中臣よ。おまえ、随分可愛いところがあるじゃないか。いや、相手が涼宮だという点については友人として止めた方がいいような気がしないでもないが終始女の子に興味ありませんみたいな奴が本気になっているのならそれはそれで悪いことじゃい。
それに、涼宮だって恋愛の一つもすれば、宇宙人、未来人、異世界人みたいな次元違いの存在はさておいて、現実に興味を持つんじゃなかろうか。
どんなにあがこうとも、俺らが生きるのはこのクソつまらない物理法則と不合理が支配するこの世界だ。だったら早いうちに妄想は卒業して、現実を迎え入れるに越したことはない。
それができない人間に、世界は残酷だ。
窓の外を見る。墓石の列と、立ち上る煙。
今日も世界から弾きだされた命が空に消える。
まったく、涼宮絡みのことを考えると、いつも思考がつまらない方向へ向いてしまう。こりゃあなんかの呪いの類かね。俺は溜息をつくと、弁当箱の中身を空にした。
背後で、不機嫌そうに涼宮が席につく音が聞こえた。くわばらくわばら。
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