夢酔独言幻想奇譚日誌

山田まさお

第1話

拝啓

 心せわしい年の暮れ、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。

 平素はひとかたならぬ御愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。


 ――ふーむ、これはいかんのぅ。


 自分の手慰めで、習慣付けている日誌なのに、ついつい心が躍り、仰々しい冒頭になってしまった。


 人が皆寝静まっている明け方近いが、未だどっぷりと漆黒の逢魔が覆う社長執務室で、経費削減のために中古市場で新しく買い求めた、本格革張り椅子をぎしぎしと音を立てながら、凭れ掛かり、頭を抱えて机に突っ伏して、軋ませながら思わず独り唸ってしまう自分が居るではないか。


 ――ふーむ、考えてみれば無理も無いことかのぅ。


 今日は一年の忙しい締め行事がやっと終わったところなのだから、自分に接する態度も恭しくなって、他人行儀になるってぇもんだ。

 然し、よくよく冷静になり考えてみれば、今年一年は近年稀に見るほど、非日常的な事件が多々あって、我等は邂逅し、否応無しにずるずると巻き込まれ、引きずり込まれ、本日も一日てんてこ舞いにきりきり舞い、猫も杓子も借りたい多忙な一日で色々な出来事があった。


 そうだ、思い出したぞ。今、日誌を書き付けている万年筆を握り締めた、熱い指先が自由気侭に動いている最中、ふと思い出しただけで、三社祭神田神輿での衝突。

 猛暑の中で大汗垂らしながら、縦横無尽に我侭の暴虐武人、刃を振り翳す神保町女王に立ち向かい、一矢報いた事件に、ぎらぎらとした目付きで、手薬煉引いて、(お客)獲物を待ち構える店主が犇く、古書店フェステバル秋の陣に、玩具店経営危機一髪、倒産の憂いに晒され危なかった。


 だが、今となっては好い思い出であろうな。


 一回りも、二回りも大きくなれたってもんだのぅ。


 まあ、相も変わらず、腰回りは貧弱な体付きだが、心は大きくなれたに違いない。


 幸せが訪れた分だけ、心が豊かになっただけで満足とすべきである。


 糞ッ! 本当に思い起こすだけで腹立たしいが……


 ――まあ構わないか。


 どちらにせよ今年も終わりである。明日も一日頑張ろうではないか。

 頑張りたまえ我!


 敬具

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