第5話

 四月十一日


 寒春の年度は過ぎ、少々気温が上昇し始めた、初春の宵風に、我の荒んだ心は癒された。


 すみません、もう二度と致しません。

 我の給料全額削除は、勘弁して下され。


 唐突に書き付けるのは、幾らなんでも混乱するだろうな。

 我の痴態を赤裸々にするのは、吝かでもないが、気恥ずかしい。

 ましてや改めて日誌に、自らの手で書き付けて、記録に残すともなると余計に恥ずかしい。


 穴があったら入りたい。


 入って埋まって、そのまま生涯を穴の中で永年と暮らしたい。

 身形は老人なので、土に埋まるのは問題ないが、別な問題があるな。

 我は肉体死しても魂は死せずだ。

 やあ我は上手いことを言った。

 だがその代償は大きかったな。あまりにも自虐的過ぎるので、少々心が痛んだ。


 話は戻るが、何故我は照れているのか。

 それは経理担当婆あと、五月蝿い若手のホープにしてやられた。


 我の習慣で、朝の寝起きは腰痛に、関節痛が併発し、毎度四時起きなので、三階ですやすやと寝息たてながら、馬鹿面見せて寝ている、阿呆な鹿角ファミリーを目覚めさせぬように、そっと我は起きて、起こしてはならぬと、秘かに気遣いをしながら、かぐやを散歩させて、ポキポキ。

 と関節を鳴らしながら、公園で準備運動し、家に帰って食卓の座に着き、小食の我は半膳ほど食し、お茶飲みながら、かぐやの毛並みを優しく愛でていた時である。

 朝の平穏な朝食時、五月蝿ィーズの面々からに唐突に言われた

 。

 社長三太の来月給料は、全額削除カットです。

 今回は許しませんからね。


 青天霹靂とはこのことである。

 何故我がこのような仕打ちを受けねばならんのだ?


 訴えかけると、鬼のような形相で睨まれて、長い付き合いです。貴方の考えていることは全てお見通しです。

 と言われれば負けである。


 千年以上も一緒に居ると、流石に我の隋も、甘いも知り尽くしているのであろう。

 これは一本取られた。古女房も千年だと怖すぎる。


 まあ、実際ダンサーは我の女房ではないのだが……


 それによくよく考えてみれば、経理は我の管轄外だ。

 全てはこやつの胸先三寸で、裁量されておる。

 悔しいが朝から土下座して、何とか金一万円をゲッちゅした。

 節約せねばならぬ。外は暖かいのに我の懐はさもしい。嗚呼如何に?


 皆が巻き込まれないように、黙々と白米を口に放り込んでいる。

 まるで流れ作業の現場を、見学しているみたいである。


 薄情な奴等め。大体トナカイの分際で温かい白米を食うなかれっ。


 腹を下さんのか?


 所詮雑食だな。小動物もむしゃむしゃと食える訳である。

 我の魔力が復活したら蛙に変えてやる!


 覚えておれッ。


 何か不満でも?


 と、ぎょろり、と一睨みされたので、おいちい、おいちい。ダンサーの作るご飯はいつも美味なり。

 と褒めて、山積みされた卵焼きの山に箸を入れ、頬張る我であった。

 卵焼きが苦いのは気のせいか、はたまた元々愛情が入らず、憎しみと、憎悪が篭っていたから苦いのか。


 人生とは苦いものなり。


 結局、この日一日も会社でペッたん、ペッたん。と判子捺し作業。


 小さいパソコン相手に眼を剥き、しょぼしょぼさせながら、決済を済ませ、悪戦苦闘の連続。

 仕事終わりのご飯をもりもりと食し麦酒が殊の外美味かった。歌舞伎揚げを肴に片手に麦酒。屋上で揺り椅子に揺られながら夜風が疲れた体に元気をくれた。

 霞がかりの月雲も、あれはあれで味あるものなり。真の肴なり。


 明日猛一度土下座して、お母サンタにお願いし、お小遣いの交渉を行おう。


 我は煙草の煙を風にくゆらせながら、思わずぽろり、と本音を吐いて逃がしたものである。

 ――月と兎を愛でる侘び寂びを知り尽くした外人なり

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