第5話
四月十二日
僕は本日の朝六時テレビの前で齧りつく様に正座して、不定期で放映される番組を楽しみに観ていました。特撮子供用番組、虹色戦隊戦場の思春期! を視聴します。
東京はお年寄りの聖地巣鴨を部隊にして、普段は下町で団子屋を営み戦時には虹色戦隊に変身し大活躍。視聴率は三十%とこの時間で脅威の数値。リーダー(社長)ブラック。目付きの悪い女社長です。常に葉巻をもぉもぅと吹かし、権謀術数を好み人を貶めることになんら抵抗がなく、如何に自分の力を使わずに人を扱き使い悪を倒すのかに重きを置いている。得意技はスタンガンと睡眠薬に下剤。決め台詞は新興宗教造って税金かからない経営に乗り出したい。サブリーダー(副社長)ブルー。元証券マン得意技は乗っ取り。駱駝煙草を噛み煙草し、ぺっぺっと唾吐く柄の悪さ。得技は潜入操作に情報操作はお手の物だ。決め台詞は金で買えないのは愛だけだ。菓子作り主任兼メカニカル担当パープル。中年になり少々麦酒腹の出始めで筋肉体質正統なガテン系統。現在禁煙中の為周囲の煙に悩み常に苛々病で心が病んでいる。気に入らなければ誰彼構わず殴り飛ばす。特技は擂粉木すりこぎの蛸殴りと配達用トラックでの跳ね飛ばし。決め台詞はおうヨ! 売り子のピンク。元男性新宿二丁目出身既に上半身と下半身に体の四肢の至る所は手術終了。総額二千五百万円。そんじょそこらの女性よりも綺麗である。男性の心を知り尽くし狩り尽くす中世的な人間。特技は酒焼けた歌唱力。決め台詞はパイプカットしてやるわよ。雑用担当レッド。元虹色戦隊追っかけお情けで入隊を許されたティーム一の下っ端。特技は暗記して買出しに出掛けること。口癖は合点でさぁ! そんな彼らは日々僕らの住んでいる地球を守っています。頑張れ虹色戦隊、負けるな虹色戦隊、守ってくれ僕らの巣鴨を! ふぅー。今週も神の演出だった。特に特撮映像は画期的で圧巻の一言。まさかあんな演出方法があるとは、監督の手法には脱帽だ。まさかリーダーブラックが戦いに疲れ出家を考えていたとは、然もブラックと恋愛関係、パープルの娘でそれを知らなかった事実、以前から虎視眈々とブラックを狙っていたピンクが妬み嫌がらせ、付き合いを許さぬパープル。チーム内はぎすぎすとした殺伐な空気で遂に引火し皆は内輪揉め。サブリーダー(副社長)を自分から解任したブラックは店を去る。二重スパイでそれを知ったレッドが寝返り、アルバイト店員のぴちぴち女子高生と間違い、パート店員の皺くちゃ老婆を人質にして擂粉木を遣い脅しながら、敵方のチーム外資系に走るなんて許せない。二転三転する物語。急雲風を告げる展開に、疑心暗鬼ではらはらドキドキするストーリーとは、今回も想像できなかったです……来週が早くも楽しみだ。
テレビを経済専門のニュースにすると、一緒に見ていた鬼火がふっと何処かへと消え去りました。僕はこう見えて社会人。遊びと仕事を両立させています。偉いですかね? いえいえ、之も人間世界で生きる上で欠かせない情報ですから。
――世知辛い世の中になったものですねぇ。
掌サイズの小さな魑魅魍魎が本日も食卓を所狭しと暴れては、食卓にある卵焼きやひじきに鯖の塩焼きを我先にと頬張り、奪い合い貪り尽くしています。さながら戦場の様子です。三太さんの一振りで逃げ去り又姿を現して食す姿は可愛いく微笑ましい光景ですね。本日も雑用仕事で大忙し。細々としたお使いを頼まれました。会社の門扉を飛び出すなり庭の掃除をしていた梅さんに出会いました。僕はこんにちはと挨拶すると、あらららっ、米津斗コメットちゃんじゃないのぉ。と気持ちよい笑顔を向けてくれます。あらららっ、お買い物カイ大変だねえ。お小遣いあげよっかぃ? いらないだって、偉いねえ、そうだお菓子食べるカイ遠慮は要らぬよ食べていきな。とまるで孫扱いです。
赤星梅さんは黒須玩具店の大家で、ここら一体の大地主さんです。弊社裏手にある老舗喫茶芭婆バーバーの右隣に屹立しているコーポアカシアに住んでいます。勿論この家屋も梅さんの所有物です。コーポアカシアってのは昭和初期に建造された、木造家屋三階建ての少々古びた建物です。周囲を赤茶けた煉瓦塀が囲み、苔生した緑と赤の対比が見事です。足を訪れて最初に愕くのは、まるでこの場所だけ時が停止しているかのような観念に囚われることです。築山に泉水、松ノ木竹林梅ノ木にけやき柿木が植えられて、風情ある四季の様々な色合いを見せてくれます。都会のど真ん中なのに、広大とまでは行かない広さが良いですね。梅さんは口煩く掃除好きなので、事あるごとに蔦が絡んでいる、弊社の赤煉瓦造りの黒須玩具店外壁を切ろうとしては、口角に泡飛ばし、三太さんと口喧嘩しています。この為に生きて、喧嘩しているような元気な方で矍鑠としていまス。そしてその正体に驚かないで下さい。実は妖怪ぬらりひょんなんです。そうこうしている内に、ささっ、入った入った、と家に引き擦り込まれ縁側の框に座らされ、そそくさとした様子に慣れたご様子で姉さんお客さんだよ、お茶下さいな、米津斗ちゃん連れて来たよ。と叫びながら結局は自分の手で手早く用意したお茶菓子を出されました。焼き(みた)団子らしです。僕はお使いがあるのにと思いながら、御構い無くと言いながら、ささっと立ち去ることが出来ないお婆ちゃん思いの僕は、お尻を浮かせモジモジと忙しなく動かし、落ち着きません。コピー用紙が足りないのです。シャーペンの芯が無いのでス。ビスマルク紙しと大和紙の陰謀です。その裏に存在しているのは三太さんです。しかしながら焼き団子の美味しさに損な些細な出来事は消え失せ飛んで無くなりました。美味しいですね梅さん。あたりきよぉ米津斗ちゃん、そいつぁ家の松姉さんが拵えた自慢の一品だよ。あらあら梅随分な物言いね。歌舞伎と印刷された暖簾をくぐり、松さんが現れてきました。今日も着物の御召し物がお似合いです。二人揃って桃色茶色の縦縞模様はお似合いでした。思ったことがうっかり口に出てしまい、梅さんが照れながら背中を強打してきます。女性ですからやっぱり乙女ですね。然しお蔭で僕は気管支に団子が詰まり呼吸不全に陥りました。ははっ、お約束ですね。
松さんは笑いながら、はいコメットちゃんお茶飲んでね。と静々と如実なく用意してくれました。ごくごくと飲み干す僕。一安心です。舗喫茶を切り盛りしている、芭婆バーバーの松さんは梅さんの双子の姉なのです。驚きですよねぇ。顔は瓜二つなのに性格は真逆です。梅さんは三太さんに似て一見すると短気ですが、三太さん以外には誰にでも優しいです。松さんは温厚で滅多なことでは怒りません。松さんが怒ると鯰の頭を押さえている要石が吹き飛び、富士山が噴火する規模らしいので要注意みたいです。
そういえばお店はお休みなのでしょうか?
疑問を聞いてみたところ帰ってきた答えがこうです。
今日は早仕舞いさ。一足先に梅が満開に咲いてるからねえ。梅見だよ、知ってるかい米津斗ちゃん、昔は桜じゃなくて梅が花見の醍醐味だったんだよ。それが江戸初期に移植されてから桜が看板になったんだよ。そうだったんですか、でも梅の花も綺麗ですね。そうだねえぃ。嬉しそうな表情を浮かべる梅さんの横顔を見ながら、直ぐに僕は梅ノ木を見詰めました。何だか失礼な気がしたからです。
暫し誰も口を開かない静謐な時間が訪れました。
やがてどたどたとした足取りで、勝気そうな目付きの小学生が現れました。ピカピカの真新しい黄色い帽子にお下がりのランドセルに縦笛差し込んで、その辺に放り投げて、僕の膝に座るなり残っていた焼き団子片手に掴み頬張りながら、ただいま梅さん松さんと言います。お帰り祭子ちゃん。と僕達三人は声を揃えて言います。いそいそと松さんはランドセルを片付けて、梅さんはちゃんと片付けなさいと叱ります。文句を言いながら舌だし祭子ちゃんは僕の寝癖を隠す様にして帽子を頭に被せにっこりと笑います。コメット今日の虹色戦隊戦場の思春期! 見た?
勿論見たよ。レッドが裏切るなんて思わなかったよ。ふん、だからあんたはお子ちゃまなんだよ。あんな卑劣で矮小で小心者の男なんて、鼻から裏切り要因に決まっているじゃないのさ、大体パープルの武器を奪うこと自体が既に弱者の証拠よ、それに奪われたパープルも管理能力がなっていないのよ、泥酔して公園で寝ているなんてヒーローとして駄目駄目じゃないの。と、ああだこうだ唯々諾々滔々と鉄砲水の如くに語りだします。まったく祭子ちゃんのパープル好きは相変わらずだね。と頭を撫でながら僕は静かに話を聞いています。女の子の御喋りに付き合うには相槌を打つのが一番です。
はひふへほの五段活用が効果的です。はぁ? ひっ! ふっ…… へっ? ほぉ~。と言い方と強弱を工夫し、微妙に変えれば喜怒哀楽に使用できますのでお勧めです。祭子ちゃんも舌が快活になり滑らかに滑り始めました。曰く、パープルは禁酒すべきだ、健康に気を遣うべきだ、体を鍛えて腹を引っ込ませるべきだ、丼勘定を止めるべきだ。愛すべき中年の鑑とも呼べる魔性の親父なんですねぇ。まぁ無理もありません。祭子ちゃんの御両親は祭子ちゃんが小学校に上がる前に、不幸に会い存命していませんから。親戚とは仲が悪く、頼りになるのは血の繋がっている歳の離れたお姉さんが二人です。自然と親の愛に飢えてパープルに父親像を重ねて憧れていたのでしょう。ご両親の記憶は微かに留めているだけに過ぎません。泣けてきますね。
松さんが新しい焼き団子とお茶を、祭子ちゃんお八つだよと出してきます。どうだい?ピカピカの小学一年生の生活は。と梅さんが尋ねてきます。ふん皆餓鬼ねサンタクロースが存在していると思っているんだから。大体皆将棋なんてダサいと思ってんだもの。
びくりと体を硬直させ、祭子ちゃんを膝に抱えたまま、僕は框からぴょぃんと飛び上がりました。三太など居ないと知っている一寸おませな小学生。将棋を趣味にしている硬派な小学生。そして僕は正真正銘サンタクロースのトナカイ。
何これ新手のアメ車? と祭子ちゃんは辛辣な合いの手を冷めた口調で放ちます。事情を知っている松さんは、あらまぁと口元を押さえ、可笑しそうに忍び笑いを堪えていました。梅さんは足元をばたばたさせて苦しそうに大笑いしていました。
子供扱いされたと勘違いしたのか、祭子ちゃんはむぅと不機嫌そうに頬をぷっくりと膨らませながら、だってサンタなんていないでしょ? あんなの空想上の未確認生物よ、居たら世界経済に大打撃だわ! と後を続けたので松さんも流石に笑い、梅さんは引き笑いになり過呼吸で酸欠になりました。ふんだもう知らない、そうだコメット一局将棋指そう。あたし振飛車覚えたんだ! ごめんね祭子ちゃん僕まだ仕事があるんだよ。と慌てて思い出した用事を言い訳にそそくさと逃げ出しました。松さんは僕が逃げ出す姿を見て泣き笑いで涙まで出てます。梅さんがお土産にと笹に包んだ山盛りの団子をそっと渡してくれました。これ皆で食べてね、梅が強引に連れて来たんでしょうから、あたしからって言えば三太さんに怒られないから。細やかな心遣いに感謝です松さん。
対局忘れんなよコメット。と叫ぶ祭子ちゃんに今度ねと言い残し、逃げ出すように駆け出し、檜造りで黒味を帯びた門扉を潜り抜けた僕は、すっかり綺麗な茜色の夕闇に包まれた神保町の町並みを失踪します。ぽつぽつと灯り始めた街灯の灯火は明るくもあり、どこか儚げで幻想的です。人いきれの疲れた息遣い、底抜けに明るい仕事帰りの鼻歌を尻目にしながら、僕が秘かに同調している、憧れのレッドみたいに寸時に空覚えするほど優秀とはいきませんね。祭子ちゃんには内緒ですぅよ。びゅんびゅんと人を抜かし疾脚す僕です。疾風の速さで、ひらひらのスカートを穿いていた、会社勤めの女性を猛烈に愕かせてしまいました。僕の脚前の本領発揮ですね。馴染みの文房具屋で必要備品を買い揃えて、三太さんは相変わらず偏見爺かい? 変化しません。そうかいそうかい。と笑いながらパイプ煙草を吸っている、昔のアニメ世界から飛び出して、現実世界に交じりこんで暮らしている、まったく違和感の無いお爺さんと世間話を交わし、万事抜かりなく買出しを終わらせ帰社しました。すっかり陽は落ち漆黒の世界に包まれていました。怖いですねぇ。
三太さんは大目玉で怒り心頭。小言をねちねちと青筋立てて顔は赤ら顔の見事な黄金比率。頭に血が上りすぎて倒れなければいいんだけど……、と心配しながら黙って焼き団子を差し出すと、おお、これは美味しいのぉ、見事な焼き団子なり甘塩じょっぱいのが絶妙な配合なりさぞかし名のある巨匠に違いない。コメットや何処で買い求めた? 三太さんこれは松さんのお手製です。うん、左様か、さすが松殿、美味か美味か、美味なり。と納得しすっかりご満悦で独り占めです。
ブリッツエン兄さんが、三太の旦那はお菓子が好きだなぁと苦笑し、ヴィクセン姉さんが糖尿病になってインスリンが手放せなくなるわよんと眼を細めて笑います。父さんが殿私めにもご相伴を。ならんこれは我の健康食じゃいっ、若者には毒じや、猛毒じゃ、食ったら肺腑が腐れ爛れるぞっ。何をトンチしてるんザマスか、之だけの量食べきれないでしょうが。と母さんが奪い、プランサー兄さんが糖尿病の怖さを教えて叱っています。
恨めしげな目付きで焼き団子に視線を送りますが諦めた模様です。わらわらと集まり始めた妖怪の歯車や九十九神にも分配され、あっ! と言う間に無くなりました。大家族の食事は豪快ですね。最近少子化で見なくなった光景なので羨ましいでしょう。
今日も色々と大変だったけれど、明日も頑張ろう。
長くなりましたけれど本日は之にて。
――米津斗
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