第2話

四月五日


二十四節気。清明春らしく様々な花が咲き乱れるような季節になりました。本日は一寸と晩い春一番の影響で、西高東低のどんよりとした雲低が果てしなく広がる一日です。

もう少しで春の柔らかい気候が訪れることを考えると、うきうきとし出します。若葉に萌芽の香りは心地好く、鹿の荒ぶる野生の本性は隠せません。天気が悪いのにおかしなものですねぇ。最も獣だから季節の変化を敏感に嗅ぎ取っているのかもしれません。

今日は仕事終わりに三太さんに連れられて、お供は僕に父さんにドゥンダー兄さんの計四人で夜の繁華街に連れて行かれました。之が夜の魔都六本木ですか。僕は初めての煌々と輝くネオン街に度肝を抜かれ丹田が寒くなりました。

僕の丹田は元々小さく寒いのでどうしようもありません。忙しげに行き交う人の並木通り。外人さんが多く怖くなり少々下着が濡れかけたのは此処だけの話です。怪しげに光るネオンに吸い込まれるように何時しか二人には置き去りにされ、頭を丸刈りにし沢山のピアスをしているお兄さんから君かぁいいね、一人で何してんの? お兄さんと一緒に遊ばない? と親しげに話しかけ、僕の小さなお尻を優しく撫でてきます。ひっ! と悲鳴をあげるとようやく僕を置いてきたことに気付いた猪突猛進の二人に肩を捕まれ、怪しげな地下のバーに連れられて、沢山の綺麗端麗玲瓏の女性達がいらっしゃーい、と一様に声を揃えてわらわらと僕達に寄って来ます。

あの人達は酔っているんですかね?

確かにお酒臭いです。三太さんは我も会社経営に忙しく中々貴様達を構っている暇は無い、本日は無礼講の大盤振る舞いじゃ、気にするなと叫びます、父さんは承知仕りました大殿と調子のいいことを言ってご機嫌伺い。ドゥンダー兄さんも、大殿憎いね、よっ太っ腹! と一緒くたになって調子に乗っています。三人は水でも飲むみたいにがばがばと酒を煽っては、煙草の紫煙をこれでもかと吐き出し、吐息酒と香水臭いお姉さんの肩に手を回し、さり気無く払い除けられて、せがまれて果物の盛り合わせを頼んでは鯨飲し、銘々に鞄自慢やら筋肉自慢に貧弱自慢をして女性がえー凄ぉい! と面倒そうに相槌打っています。僕は呆れるしかありません。休肝日はないのでしょうか?

僕は人一倍鼻がいいので混ぜっ返しの匂いに耐えられませんでした。損なこんなで朝まで四件の梯子。何しろ寄った先から帰さないわ! と何が嬉しいのか分からない嬌声張り上げ胸をグイグイと押し付けられるものだから、三太さんは相好崩し鼻の下伸ばしてご満悦です。僕は所詮鹿ですからもちょっとほっそりとした足が好きなタイプです。

毛並みが艶々したほうが後ろ髪魅かれます。皆髪を染めてるのでがっかりです。

途中僕が物珍しいのかちやほやされると、もう二度とコメットの奴は連れて行かん! なーにぃがぁあ可愛い顔の坊やだ! と凄まじいぃ形相になり三太さんにねちねちと帰宅するタクシーの中で責め立てられました。

ドゥンダー兄さんは寝たふりで知らん振り。 父さんも右に倣えです。

 嗚呼、明日のお勤めが怖いです。

――コメット

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