第9話

四月十六日


 本日も晴天の一日なり。

 柔らかな木漏れ日がほっこりと射し、心地好い陽が続き心はうんととおくに飛んでいきそうな日です。何処かに出掛けたいですが仕事をしなければ。朝から雑用作業に忙しく仕事に追われています。キューピッド姉さんの玩具開発の手伝いをしては怪しげな新商品が出来上がりました。特殊印刷で擦ると若葉のツンとくる香りが夏の訪れを告げようとしています。ですが僕はこの匂いが大嫌いです。産まれも育ちも雑草が鬱葱と生い茂る森林に草原の家畜ですが、すっかり都会色に染まりぬいた軟弱な都会シティー若者ボーイです、反射的に吐き気がしてついつい顔を顰めてしまいます。嵌め窓の硝子に描かれた聖母像の細工を眺めていると蔦の隙間から零れる眩しい日差しを顔に受け、目をすっと細めながら外から楽しそうに笑って遊んでいる声を聞くとついつい溜息が反射的に漏れます。

 ――土曜日だってのに少々退屈です。

 キューピッド姉さんは苦笑しながら無理すんねえ、苦手な臭いなんだろうが、そこで休んでなと気を使って言ってくれます。僕はお言葉に甘えて少し休むことにしました。姉さんの甘い桃ジュースをコクコクと飲み、紫色の怪しげな液体を煮詰めている試験管を眺めていたらふとした疑問が浮かんだのでジュースを両手で持て余しながら尋ねてみました。

――姉さんは今の仕事楽しい?

楽しいさ。コメットは楽しくない……まぁそうだよねえ、糞つまらない雑用は楽しくないもんなあ。違うよ姉さん僕は楽しんでやってるよ、単に聞いてみただけだよ、兄さんだったら今の暮らしをなんて思うのか気になってさ。姉さんは仕事の手を休めてステンレス製の机に腰を乗せ桃ジュースを一息に飲み干します。強靭な机がギシギシと悲鳴をあげて湾曲し拉げかけているのはさておいてこう言います。

ルドルフ兄さんのことかい、だったら簡単さ、心の中になんでも溜め込んでそのダムが決壊したら急に居なくなるさ、今回もそうだろうね、最も今回の逃避行は少しばかり長いけれどね。

――そうだよね。

そうだよ、ルドルフ兄さんは頼りになるけれどその、あれだからね、心が強いんだけれど一度折れると回復に時間がかかるからね。まっ、でえじょぶだよ、ひょっこりと帰ってくるさ。その日を待とうか。最初からふと耳を澄まして聞こえるのは笑いさんざめく子供の他愛無い楽しげな遊び声……ではなく、三太さんの罵詈荘厳に虎町三人衆のからかい声に付き合わされて悲鳴をあげている江戸四天王の悲鳴でした。之は危険です。

僕は姉さんに付き合ってくれてありがとうと言い残し、急ぎ足で階段を駆け下りました。歩くのがもどかしいので階段を三足飛びで跳ねながら外に飛び出すと、そこ退けそこ退け三太が通るぞ。と威張り散らし悠々と凱旋してのしのしと歩きます。まぁ実際はよろよろですが。遠くから多彩な音を奏でているのは、車の通行音に子供達のきゃあきゃあと上げる悲鳴と逃げ去る駆け足です。。近くではぶつぶつと呟く三太さんの悪態罵声。どうじゃあコメット我の腕前見たか? 

はて? 僕が収集した情報をざっと整理する限りではどうやら子供達に逃げられたみたいですが。それでも必死になって子供達相手に仕返しする三太さん、天邪鬼ですね。

いつしかころりと太ったお月様が楽しそうに煌々と黄色い光を発しています。

真ん丸いお月様は僕達を嘲り笑っているのでしょうか?

――コメット

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