第31話

 帰り道。しばらくの間、二人は無言だった。

 紀里は、一体なんと連に声をかけたらいいのか解らなかった。

 先程、あの男に見せられた連の過去はあまりに酷いものだった。今、その光景を思い返すだけでも、悪寒と震えが止まらなくなる。

 でも、連はあんな事を実際に体験したのだ。その心痛は察するに余りあるものだった。

「ごめんな……」

 何か言わなきゃ。そう思って口をついて出た言葉はこれだった。

「なんで……紀里が謝るんだよ」

 連は優しく微笑みながら言った。

「だって、ウチ見てもうたし」

「見せられたんだろ。紀里に非は何もない。むしろ、あんな記憶見せちまって……こっちが謝らなきゃいけないくらいだ」

「そんな……」

 しかし、もううまく二の句が継げなかった。

 太陽は傾きかけている。もうすぐ、街は赤く染まるだろう。街の外れの静かな通り。あと少しで駅前に着く。そこからは家の方角が違うから別行動だ。

「俺は、あの時、凛を助ける事が出来なかった」

 連は紀里の方を振り返らず、歩みを止めることなく言った。

「俺が『正義の味方』になれば、凛が喜ぶ、だなんて本気で考えている訳じゃないんだ」

 街は異様に静かだ。それとも、自分が連の言葉以外の物を無意識に排除しているのだろうか。

 連の言葉だけが、世界に響いている様だった。

「あのとき、俺は凛を救えなかった。今だってあの時の事を思い返したら、不甲斐無さで本気で死んでしまいたくなる。どうして俺だけが生きているんだろう、ってな」

 紀里は泣いちゃだめだと思った。今、自分が泣いてはいけない。そう思った。


「だから、生きる理由が、目的が俺には必要だった」


 連は言った。


「それが『正義の味方』だったんだ」


 目の前に居るはずの連が遠い。


「みんなを守る」


 連の背中だけを見続ける。 


「俺は、そんな『正義の味方』であり続けねばならないんだ」


 連は振り返る事なく歩き続けた。だから、どんな表情をしていたのか、紀里には解らなかった。

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