第20話
「なんで、ついてくる」
「情報を出したのは、ウチやで。ここでほっぽり出したら無責任やろ」
紀里は明るいグレーのブルゾンにジーパンというボーイッシュな私服だった。普段は何の変哲もないブレザーの制服だから私服は新鮮に感じられた。
二人は『スラム街』を歩いていた。
花霞市の西にある無法地帯。そこが『スラム街』だった。
とはいえ、『スラム街』というのは、花霞に住む不良達が冗談でつけた愛称だ。公共の機能が働いていないとか、極端に不衛生だ、なんて事はない。きちんとゴミ収集車は回るし、消防や警察だって来る。
しかし、主に廃屋や廃工場が多い事が原因となって不良達の溜まり場になっていた事は事実だった。そんな現状を揶揄して『スラム街』と呼ばれているというわけだった。
「『スラム街』は女には危険だ」
連はそう言って、紀里を帰そうとした。しかし、紀里は頑として譲らなかった。
「女やからとかそういう発想は好きじゃない」
紀里はスタスタと先を歩く。
「女やって守られるばかりやない」
そう言って肩にかけたバットケースを連に突き付けた。いつも持っているのだろうか、それ。
『スラム街』の中。シャッターの閉まった商店や何のテナントも入っていないビルが多くなる。そんな建物の周囲に屯している学生達。身なりは完全に不良のそれだった。
街全体が、雑然として淀んでいるように感じられる。こんな空気が諍いを呼び、その諍いがまた嫌な空気を助長する悪循環が続いている。そんな街だった。
連はここ数日、この辺りで情報を求めて歩き回った。マキナによって目覚めさせられた者が力をふるうとしたらこんな場所なのではないかという思いがあったからだ。
しかし、予想に反してずっと空振りが続いていた。超能力を得て、暴れた等という情報は得られなかった。
もちろん、そんな奴らが本当に居ないなら、それはそれで喜ばしい事だ。何も〈リアライズ〉を得た者は問答無用で叩きのめそうなんて考えているわけではない。しかし、こんな力を得て、大人しくしている者ばかりとも到底思えなかった。
何の情報も得られず、仕方なく紀里に情報を求めたのが、昨日。
そして、紀里からもたらされた情報を元に動こうと家を出た途端に紀里に捕まったのだった。「いつから待っていたのだ」と聞いたら「待つのは得意なんや」と答えになってない答えが返ってきた。そういえば、こいつは元ストーカーだった。
そして、紀里を振りきる事も出来ず、共に『スラム街』にやって来る事になってしまったのだった。
「『黄金城』というのは、アレの事だな」
連が指を指す。
その先に見えていたのは、『金』で出来た豪華な建物の事だった。
曰く『黄金城』。この辺りでは知らぬものは居ない有名な屋敷だった。
見た目は豪華という他ない。形状で言うなら典型的な「金持ちの屋敷」。石造りの堅牢そうな建物。学校くらいの規模はある豪邸だ。
そして、塀と大きな庭を越えた向こうにある屋敷の外壁のほとんどが金で出来ていた。それが本物なのかどうか、連には判断がつかなかった。現実的に考えて、全てが純金なのだとしたらいくらになるのか解らない。
ともかく、悪趣味な屋敷である事は間違いなかった。この屋敷がどこにあったとしても目立って仕方がないだろうが、『スラム街』の中にあっては、それは一層顕著だ。まるで田舎町に国会議事堂があるようなものだ。何故こんな所に屋敷を構えたのか判断に苦しむ。
「そう、あそこには『未来が見える男』が住んでるらしい」
「未来……ただの悪趣味な屋敷じゃなかったんだな」
あの屋敷の存在は当然知っていたが住人の事までは知らなかった。
「なんか占い師らしい。当たるって評判の。こんな力の事を知らんかったら、ただの胡散臭いおっさんですましてるとこやけど」
「その占い師も超能力者かもしれない、という事か……」
「あくまで噂やけどな」
「他に当てもないんだ。言ってみる他ない」
もしかしたら、占いで情報をくれるかもしれない。その時点で、そいつは超能力者確定だが。
「ならさっさと済ませるって……何してんの?」
「待て、信号を見ろ」
紀里は歩行者用信号に目をやる。信号が点滅し始めた所だった。
「まだ点滅やから渡れるで」
「いや、それは既に横断歩道内に侵入していた時の話だ。だから、ここは待つ」
なんていうやり取りをしている間に信号は赤に変わった。
ほとんど車の通らない短い横断歩道だ。はっきり言って赤信号で渡っても全く支障が無さそうである。今も車が通る気配は全くない。
「あんた、堅いな……赤信号は絶対に渡らない奴はたまに居るけど、こんな距離の点滅信号で渡らない奴初めて見たわ」
連はしれっと言った。
「ルールだからな」
そんなやり取りをしている間に、信号は緑に変わっていた。
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