第10話

 咄嗟に手を翳したのも見えていたからではない。

 先程も、なんとか反応出来たのは、目の前の透明人間はあくまで「透明」なだけで、音や体温のような気配までは消せていなかったからだ。だから、激しい動きがあれば、半信半疑でこそあれ、反応する事が出来たのだ。

 キンッ

 金属同士がぶつかる音。

 次の瞬間、ドサッと何か重い物が地面に転がる音がする。そして、足元に目をやった一瞬後に、それは現れていた。


 丸い金属の筒のような物……。


 金属バットの先だ。


 それはまるで金属バットが鋭利な刃物で切断されて落ちたような――


 そして、連は自分の身体の異変に気がつく。


 咄嗟に翳した右手。


 その手が鋭利なに変化していた。




 その奇妙な現実リアルを連はあっさりと受け入れた。

(これが俺の力……)

 右腕は、まるで最初からこういう物であった様にまで感ぜられた。

 鋭い刀に変化した右手を真っ直ぐ正面に向ける。

 そして、改めて自分の右手を観察する。

 制服のブレザーの長袖の下から伸びたの長さはおよそ五〇センチ。長袖の先から五〇センチ見えるという事は少なくとも元の自分の右腕の長さよりも長くなっている。

 刀は日本刀のようだった。昔、居愛の達人だった祖父がまだ生きて居た頃に、一度だけ本物を見せてもらった事がある。

 その時、見た名刀の一振り。

 それにこの右手はそっくりだった。

 そして、今、ほとんど触れただけで、金属バットを切断した事を考えれば、尋常ならざる切れ味と言える。

 もとに戻そうと考えれば、すぐに右手は元に戻った。逆にまた刀にしようと思えば、すぐに刀になった。どうやら切り替えは自在なようだった。

 左手も同じように意志を込める。右手と全く同じように刀に変化した。

 これで最低限の動作確認は出来た。

 この力で、付近に居る透明人間を捕まえなくてはならない。

 連は、とりあえず「何故こんな力を手に入れたのか」とか「何故こんな事になったのか」は後回しにすることにした。本当に透明人間が居ると解った以上、野放しにすれば遥に危険が及ぶ。

 そして、向こうも『透明人間が居る』という事実を露呈させてしまった以上は、ここで俺を始末しようとする可能性が高い。

 連はそう考えた。

(可及的速やかに透明人間を捕まえる)


 その直後――


 キィン!


 またも金属音が響き渡る。

 透明人間が驚いて距離をとろうとする気配を感じる。

 それはそうだろう。


 透明人間は不意をついて背後から殴ったつもりだったのだろうから。


 正面からの攻撃は出鱈目でも刀にした両手を使えば、この切れ味だ。攻撃は防がれてしまうだろう、と踏み、背後から強襲した。


 しかし、その考えは連も読んでいた。


 連は自分の背中を刀に変えていた。


 両手が出来て背中が出来ない道理はない。

 ただし、両腕両足以外の部位に作れる刀は、微小の「棘」のような物で、金属を切断するほどの鋭い切れ味はない。せいぜい、『鎧』と言ったところか。

 それでも、何の変哲もないバットのダメージを緩和する程度の力はあった。『鎧』をつけていたから、ダメージゼロというわけではないが、生身よりかは随分とましだ。

 背中の服はズタボロだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 連は素早く動いた。

 透明人間相手に長期戦は不利だ。

 『鎧』を使った不意打ちは何度も通用しない。


(チャンスは一回……!)


 背後から殴られたという事は、背後に透明人間が居るという事だ。

 連は右手を刀に変えながら振り向く。

 身体の中心を軸にコマの様に回転し、

(とらえた……!)

 伸ばした刀の先が虚空にある何かに確かに触れた。


「うおおおおお!」


 そのまま、右手を、文字通り、伸ばす。


 刀を伸ばせる距離は何も五〇センチが限界ではない。


 連は直感でそれを感じ取っていた。


(自分の力だ! 使い方くらいわかる!)


 透明人間に刀の峰を当てたまま、力任せに回転を続ける。

 やがて六メートル以上伸びた右腕が、公園の茂みに生い茂る木々の一つに触れる。

伸ばした右手で透明人間と木とを結ぶ一本のラインを作る。

 刀にして伸ばした右手と胸の前で交差するように左手を構える。真上から見れば、両腕はXの形で交差しているだろう。

「ふっ!」

 その体勢のまま、左手を刀に変え、伸ばして木に当てる。

 透明人間はまるで巨大なハサミに挟まれているかのような体勢になった。

「捉えたぞ」

 そのまま、刀を少しずつ短くしながら木に向かって走る。結果的に左右に逃げ場のない透明人間は突進する連に押し付けられるようにして、木に叩きつけられた。

「ぐっ!」

 木と衝突し、透明人間は声を上げる。

「え?」

 連はその声を聞いて、驚きを隠せない。

「まさか、おまえ……」

 木に叩きつけられた為か、透明人間の姿が少しずつ露になる。先程のバットの時もそうだったが、透明化がとける時は少しずつだ。その様子はまるで、塗料が液体になって剥がれおちる光景に似ていた。

 露になった透明人間の顔を見て、連は言った。


「おまえ……女?」

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