雨上がりの空
ああ、まったくもってついていない。
ざぁざぁと音を立てて降りしきる雨を眺めながら、若葉はひとつため息を吐いた。
今日は朝からついていなかった。あると思っていた予備のインクを切らしていて買いに出る羽目になったのがひとつめ。屋敷を出る時、既に空模様は少し怪しかったのだけれど、小間物屋に行って帰るぐらいは大丈夫だろうと思って出掛けた。帰り道、下駄の鼻緒がぶつりと切れて、直すのに手間取ったのがふたつめ。そして、とうとうぽつぽつと雨粒が落ち始めたと思ったら、あっという間に酷い降りになった現在である。
どうしたものか……と近くにあったので避難した街外れのお堂の中、格子越しに空を見上げて、若葉はもう一度ため息を吐いた。雨はまだ止みそうにない。
微かな風と共に室内へと入り込む水気を含んだ冷えた空気に、知らずぶるりと肩を震わせた。日中は暑いぐらいだが、雨が降ればさすがに肌寒い。すぐに戻るつもりだったので、軽装のまま外出した己を若葉は悔いた。
ああ、本当についてない……、
キィ……と小さく軋んだ音がした。はっと顔を上げれば、見覚えのある顔と目が合う。あれ? と意外そうに瞬いた瞳に、自分の眉間に盛大な皺が寄るのを自覚した。
何でこいつがここに来ますか……!
つい先日その存在を認識したばかりの神代の当主、浅葱の姿を前に若葉は胸中でもう一度本当に今日はついてない……! と叫び声を上げた。
* * *
好きか嫌いかで言えば、どちらかというと嫌い寄りなのだと思う。
嫌い、というよりは苦手。更に言うならよく判らない。若葉にとって浅葱という少年はそんな存在だった。
そんな相手と、ざあざあ降りの雨の中、お堂の中で雨宿り。……何の冗談だ。
ますます眉を寄せた若葉に、浅葱は格子戸に手を掛けたまま、んー……と首を傾げた。そして。
「……うん。お邪魔しました」
「ちょっと!?」
その反応はどういうことなのか。思わず反射で手を伸ばし、がしりと服の裾を掴む。相手はきょとんとした表情で振り返った。
「え、だって俺がいるのいやそうだから、どっか別のとこ行こうかな、って」
何でもない調子でそう返され、思わずぐっと言葉に詰まる。自分の感情に正直にそんな表情を浮かべてしまった自覚はあったが、しかし。
若葉は浅葱から視線を外して、ちらりと外を見やった。相変わらずの土砂降りだ。見れば浅葱の着物は既にあちこち濡れてしまっている。彼の短い黒髪からぽたり、と落ちた滴に、若葉の眉間に再び皺が寄った。
「馬鹿じゃないですか!? こんな土砂降りの中、また外に出ようだなんて馬鹿なんですかっ? さすがに馬鹿でも風邪引きます!」
というか、本当は馬鹿が風邪を引くのですよ! 貴方、絶対引きますよね!? いいからここにいたらどうですかっ。
一息にまくしたてられて、浅葱はきょとん、と瞬いた。理解までの間に、もういちどぱちりと瞬く。そして。
「うん、判った。ありがと」
判りやすくふんわりと笑んだ浅葱に、若葉は慌てて掴んでいた服の裾を放した。
「べっ……別に! そもそもこの場所だって私のものというわけでもないですし!」
つん、とそっぽを向くも、浅葱はうん、と頷きを返すばかりである。そうして、然程広くもない室内で、自分のすぐ近くに浅葱が腰を落ち着けた頃になって「……あれ?」と若葉は内心で首を傾げる羽目になった。おかしい、どこでこうなったのだろう。
まぁ、いい。どうせ雨が止むまでの辛抱だ、と結論付けて若葉は気付かれないように小さくため息を落とした。
浅葱、という名の少年。代替わりした、新しい神代の当主なのだという。それこそ何の冗談かと問いたくなるが、それが事実だというのだから現実はなかなかに世知辛い。
神代の前当主は、こちらははっきりと嫌いと断言してしまえるような人物だったので、代替わり自体は別に良かったのではないかとすら思っている。新しい当主にも、さして興味はなかった。
けれど。
ちらり、と若葉は隣へと視線を投げる。自分とそう年も変わらない、ごく普通の少年。
吾妻の当主の、常磐の、幼馴染なのだという。
その事実が、何故だか苛立たしい。胸の奥が重くなるような感覚に、若葉は視線を逸らしてぎゅっと瞳を閉じた。
ああ、何なのだろうか、本当に。別に、幼馴染ぐらい、常磐にだっているだろう。それが随分と年の離れた相手だったから、ちょっと意外だっただけだ。―― 気安い様子の常磐の姿に、ほんのちょっと驚いただけだ。
そう、ただそれだけのことなのに、あの日からずっと胸の奥にある重いものが消えない。仕舞いには眠りまで浅くなる始末だ。
土砂降りだった雨は、今はもうその勢いはなく、けれどしとしとと振り続けている。特に会話もない空間の中、響くのは雨音だけで。規則正しいそれに、ついうとうとと眠気を誘われる。
―― と。
不意に、ふわり、と目元を撫でたぬくもりに、若葉はゆるりと瞼を開いた。すると、何故か距離を置いていたはずの浅葱の顔がごく間近にあって、一瞬思考が止まる。そのまま時が止まること数秒。
「……何やってるんですか……っ!」
「あ、ごめん。寝てるのかと思って」
まったく悪びれずにそう言って、浅葱がすっと手を引く。寝てるのか、って……だからってわざわざ近寄って触れたりするのはどうなのかと若葉は問いたい。というか、妙に手慣れたその仕草は何なのだ。
「目の下、隈が出来てるみたいだから。ちゃんと寝てるのかな、って」
「……余計なお世話です」
意外に、他人をよく見ている。それが、逆に腹立たしい。
「最近、ちょっと寝付きが悪いだけなので。貴方が気にすることじゃ……」
「何か悩みでもあるとか?」
「……貴方、他人の話聞きませんね」
以前出会った時から何となくそんな気はしていたがこの少年、割と他人の話を聞いていない。
誤魔化そうとしたわけではないけれど、曖昧にしてくれる気はあまりないらしい。浅葱の視線が己に固定されているのを感じて、若葉はため息を吐いた。今日何度目だろうか。ああ、でも……浅葱に関係なく、ここ最近ため息の数は増えている。
「別に……何でもないですよ」
ふい、と視線を逸らして若葉は言った。
原因なんて、判りきっているのだ。
「何でもないです。―――― ここ最近で、私に出来ることが少なすぎる、っていうのを再認識してるだけなので」
今更すぎて、隠すことでもない。
視線を逸らしたまま、若葉は淡々とそう言葉を吐き出した。
神の役目というものは何だろう、と若葉は考える。吾妻の神であるところの自分に司る力はあれど、実際に出来ることは案外少ない。
何のために自分が吾妻にいるのか、若葉には判らない。―― 判らなく、なってしまった。
だって、自分に出来るようなことは、常磐にだって出来るのだ。それも、自分よりもずっと効率よく、ずっと丁寧に事を運び収める。
雑務は基本的に使用人たちがする。当主の決裁が必要な書類はあれど、己の決裁が必要なものはそうない。事務的な仕事を手伝おうにも、そのほとんどを常磐が裁いてしまう。彼は随分と手際が良いのだ。
異能を持っていても、神と呼ばれていようとも。自分に出来ることは、驚くほどに少ない。
そんなことをつらつらと感情的になるでもなく告げれば、それまで黙って聞いていた浅葱はこてりと首を傾げた。
「え、そんなこと言ったら、俺なんてもっと仕事できないぞ」
「貴方の話は聞いてないんですよ」
あと、それは威張って言うことではない。
あまりにも堂々と言い切った浅葱に、若葉は呆れきった視線を投げた。誰がそんな話を聞きたいと言ったか。
「貴方は当主になったばかりでしょう。そんな状態であれもこれも仕事が出来てたら、それこそ詐欺というものですよ。馬鹿なんですか」
何もかも、最初から出来る人間などいない。そんなことも判らないのかと告げた若葉に、浅葱はうん、と頷いた。
「ありがと、若葉」
「…………何に対するお礼ですか、それは」
「うん? 励ましてくれたんじゃないのか? 出来ないことはこれから学べばいい、ってことだろ?」
「……はぁ。もうそういうことでいいです」
どうも調子が狂う。常磐に、お前みたいな態度は浅葱には無駄だ、と言われたことがあるが、それも何となく理解出来てしまった。不本意だが。
自分の物言いが優しくないことぐらい、若葉だって判っている。けれど浅葱は、自分の刺々しい言葉の中から、必要なところだけを綺麗に掬い上げてしまうのだから性質が悪い。照れ隠しに紡いだ言葉も何の意味もなさないだなんて、いっそ馬鹿にしていないだろうか。
がくり、と脱力した若葉の頭を、浅葱が手を伸ばして撫でた。だから何でこういうことをするのだ、この男は。
「あ、ごめん。つい癖で」
「何なんですか。どういう癖ですか」
「弟とか妹が多かったから、つい。あと最近、琥珀の頭もよく撫でてるから……」
そんな情報は特に要らなかった、と若葉は思う。小さい子たちと同じ扱いというのは、やっぱり馬鹿にされているような気分になる。その手を振り払うことをしなかったのは、思いの外丁寧に撫でてゆく手が気持ちいいなと思ったからではない。決して。
「若葉は頑張ってるよ」
脈絡のないその言葉が嬉しかったなんてことも、ない。絶対。
若葉が何も言わないのをいいことに、そのまま頭を撫でながら浅葱は言う。
「さっき、自分で言ってただろ。最初から出来る奴なんていない、って」
「……それは貴方の話でしょう。私は貴方よりももっと前から吾妻にいて……」
「うん、でも今出来ないって思うんなら、そこからちょっとずつ学ぶしかないだろ?」
「……っ」
それは紛れもない正論だったので、若葉は返す言葉に詰まった。確かに浅葱の言う通りなのだ。出来ないと嘆いて終わりにするのでなければ、そこから学ぶしかない。
大丈夫、と浅葱は言う。大丈夫、と言って、頭を撫でる。
「何を、根拠に……」
「本当に何も出来ない奴は、思い悩むことさえもしないよ」
何も出来ないなんて、そんなことはないのだと。
「あと、まぁ……俺の意見だけど。カミサマがいてくれるだけで、俺は嬉しい」
一緒にいられるのなら、手を繋いでいられるのなら。
きっとなんだって出来る、と浅葱は言った。
何なのだ、と若葉は思う。その自信はどこから来るのかと。
「……それは、貴方の話でしょう」
「うん。でもきっと、常磐兄も似たようなもんだと思う」
「え?」
「似た者同士なんだ、俺と常磐兄」
訊いてみたらいい。きっと俺とそう変わらないことを言う。
そう口にして小さく笑った浅葱は、ふと視線を外へと投げて「あ」と声を上げた。
「雨、上がったな」
いつの間にか、雲の切れ間から陽が射していた。
* * *
格子戸を開けて外へと出た瞬間、また浅葱が「あ」と声を上げた。
今度は何だと浅葱の見ている方へと視線を投げれば、通りの向こう側から歩いて来る人影が見えた。大きいものと、小さいものと。小さい方の人影が先にこちらに気付いて、ぱたぱたと駆けて来る。
(―― あ)
それが誰なのか、若葉が認識したのと、相手が口を開いたのはほぼ同時のことだった。
「浅葱」
柔らかな声が、少年を呼ぶ。ふわりと、花がほころぶみたいに笑うその表情に、若葉は瞳を丸くした。
琥珀。
神代の家の、カミサマ。
会ったことはそう多くはない。けれど若葉が見た琥珀はいつだって硬い表情をしていて、笑顔なんて見たことがなかったのだ。
ぱたぱたと走り寄ってくる琥珀を見て、ああ、と思う。
ああ……そんな風に笑えるんですね。―― 笑えたんですね。
きっとそれは、浅葱が琥珀へと与えたものなのだろう。素直に、そう思う。
ぱたぱたと走り寄って来た琥珀に、浅葱がひらひらと手を振る。
「迎えに来てくれたのか」
「うん。……でも、雨止んじゃったけど」
傘を手に空を見上げながらそう言う琥珀の頭を、自然な仕草で浅葱が撫でる。本当に癖なんだなそれ……とそんなことを思った若葉を他所に浅葱がふんわりと笑う。
「や、来てくれて嬉しい。ありがと、琥珀」
散歩しながら帰ろっか、と言う浅葱に、うん、と琥珀が嬉しそうに頷いた。
「あー、こんなとこで雨宿りしてたんスね、若様。真主様がどんどん街外れの方に歩いて行くから何事かと」
琥珀から遅れて、ひょろりと背の高い青年が姿を現す。こちらも見覚えがある。確か、神代の世話役……と若葉が認識したのと同時に相手も若葉に気が付いたらしい。あれ、と声が上がった。
「えーっと……若葉様?」
「え? あ、ほんとだ。若葉もいる……」
今更のように気付いたらしい琥珀の反応に、いっそ笑ってしまった。本当に浅葱しか視界に入ってなかったんだな、と思う。別に不愉快だとは思わなかった。
「あー……若葉様もここで雨宿りしてたんスか?」
「ええ。……言っておきますけど、先にここにいたの私ですから」
何となく主張しておけば、はぁ、と相槌を打たれた後に、ああ、だから……と続けられた。
「それで吾妻のご当主様も街にいたんスね」
意味の判らないことを聞いた、と思った。
吾妻の当主、という単語が指し示す人物はただ一人だけ ―― 常磐だ。
それはいいのだけれど、その彼が街にいたというそれは意味が判らない。今日の彼に、外出の予定はなかったはずだが。
「……あれ? 一緒に街に来たわけじゃないんスか?」
問われたそれに、ふるふると首を振る。そんな訳はない。若葉は、一人で外出したのだ。え、なんで……と呟いた若葉に、きょとんと琥珀が首を傾げる。
「なんで、って……若葉を迎えに来たんじゃないの?」
自分が浅葱を迎えに来たように、常磐も若葉を迎えに来たのではないかと、それ以外思いつかないけどと告げる琥珀に、若葉は再びふるふると首を振った。それは、ない。きっとない。だって、声も掛けずに屋敷を出たのに。
「うん、多分それが正解だろ」
なのに、何故浅葱までがそれを肯定してしまうのか。え、え、と首を振り続けるしかできない若葉に、浅葱は笑った。
「若葉が思う以上に、常磐兄は人を良く見てるし、懐に入れた奴には甘いんだ」
あんな無愛想な顔の割には、と完全に余計なひと言が付け足されたのは、幼馴染故の遠慮のなさからだろうか。
え、と再び呟いた若葉の頭を、浅葱は撫でる。
「若葉が頑張ってるの、きっと常磐兄も知ってると思うぞ」
だから、と更に続けられた言葉。
「面倒臭そうな顔するくせに、頼られるのが嬉しいっていう人だから。頼ったら、きっと喜ぶ」
やってみな、と笑みを含んだ声と共に、すいっと指を差された。それは、先程琥珀たちもやって来た通りのある方向。そこに見えた人影に、若葉は再び瞳を丸くする。
ゆったりとした足取りで歩み寄って来る男の姿を、若葉が見間違えることはない。
「じゃ、俺たちは先に帰るな」
「またね、若葉」
「え、ええ……また……」
混乱する若葉を置いて、神代の者たちは帰って行った。遠ざかってゆく背中を見送って、若葉は視線を通りへと戻す。頭はまだうまく働いていない。
え、あれ……? と混乱しているうちに、人影は若葉のすぐ目の前までやって来た。身長差のせいで見上げる位置にある顔は、見慣れたものでしかなくて ―――― 判ってはいたが、吾妻の当主、常磐のものだ。常磐はちらりと小さくなった浅葱たちの背中を見やった後、また若葉へと視線を戻した。
「……浅葱がいたのか」
「え、あ、はい。たまたま……雨宿りの場所が、一緒になって……」
「そうか」
素っ気なく頷いた後、常磐は若葉が手にしていた荷物をひょいと攫ってゆく。帰んぞ、という声に反射のように従って歩き始めたところで、あれ? とやっぱり疑問が首をもたげた。
「あの……常磐? 何か、用があったんじゃ……?」
「今済んだ。だから帰んぞ」
「え」
「何だ? 俺がお前を迎えに来ちゃおかしいのか」
何ということだろう。本当にそれが正解だった。思わず固まったが、いえ……と返事が出来ただけ上等なのではなかろうか。
ふるりと首を振った若葉の顔を、振り返った常磐が覗き込む。朝よりも顔色はいいな、と頷かれて、ぽんと頭を叩くように撫でられた。
「かおいろ……」
「お前、最近調子悪かっただろ。どっかで倒れちまいそうな顔色してたくせに、一人で出掛けたとかいう話を聞いたんでな。雨も降ってたし迎えに出てみただけだ」
「え、と……」
言葉は判るのに何を言われているのかが判らなくて、若葉は困惑する。常磐兄は人をよく見てる、という浅葱の言葉を思い出した。ああ、確かにその通りだ。その通りだと、認めざるを得ない。
気付いているとは思わなかった。そんなに自分に興味はないのだろうと思っていたから。けれど、そうではなかったのだと。
「常磐」
名前を呼ぶ。当たり前のように、何だと応える声。そうだ、いつだってこの人は真っ直ぐに自分を見てくれていた。今更のようにそんなことに気付く。
「ありがとう、ございます……」
小さく途切れ途切れに礼の言葉を述べた若葉に、常磐は僅かに片眉だけを跳ね上げた。それは不愉快ではなく、驚きを示す表情だと知っている。伸ばされた手が、くしゃりと若葉の頭を撫でていった。俺がしたいことをしただけだ、気にすんな、という声。ああ、確かに、甘い。
帰んぞ、と再度促す声に、今度はきちんとはい、と応えた。揺れる大きな背中と、その向こうに見える雨上がりの空。ため息は、もう口から出ない。
頼ったら、きっと喜ぶ。
笑みを含んで告げられた言葉を思い出す。喜ぶかどうかなんて、判らないけれど。
書類の纏め方、とか……教えてください、って言ってみようかな、とそんなことを思った。出来ることを、少しずつでも増やしたい、と若葉は思う。
いつの間にか、胸の奥にあった重いものは消えていた。
* * *
「もー……ちょっと、ほんとに一人で外出すんのやめてくれませんかね、若様」
「んー……善処する」
なんスかそのどっかの朱緋様みたいな言い方!? と喚く千歳を見上げて、浅葱はうん、とひとつ納得したように頷いた。そして、そのままおもむろに千歳に真正面から抱き付く。
「え、ちょ、なに……若様、どうしたんスか?」
「んー……迎えに来てくれてありがとう、の感謝を込めて、ぎゅーっと」
そんな感じ、と説明になっているのかいないのかよく判らないことを言いながら、浅葱は千歳に抱き付いている。対する千歳は一瞬固まっていた。
「……はっ! ちょっと待って俺しっかり!? これ割と通常運転でしかない若様だから!」
「うん? 千歳は時々わけ判んないこと言うよな」
「それ、そっくりそのままお返しするッス! てか、若様何でそういう思考と行動が直結しちゃってるんスか……」
「え、思いついたら即実行、っていう……家訓みたいな?」
「多分、ちょっとは躊躇った方がいいやつッス。それ」
心の底から呟いた千歳だったが、それは浅葱には伝わらなかったようだ。不思議そうに首を傾げられた。
「そか? あ、ほら、琥珀も来い」
ん、と広げられた腕が何のためのものか、なんて、問い掛ける方が馬鹿である。目的がはっきりとし過ぎているそれに、今度は琥珀が固まった。
「若様、それ、真主様には致命傷を与え兼ねないッスよ……? あー、ほら、固まってるじゃねッスか」
千歳の忠告に、あ、ほんとだ……と今更気が付いた浅葱が呟いた。しばし思案するように小首を傾げる。
「んー……嫌か? 琥珀」
「い……」
「『い』?」
「いや、とは……言って、ない」
遠目に見てもはっきりと判る程の真っ赤な顔で、琥珀が言った。声は消え入りそうな程に小さかったが、浅葱には問題なく届いた。なので、自家のカミサマの言わんとするところを、浅葱は余すところなく察する。
「つまり、恥ずかしい、と」
「…………もう、ちょっとお前、そういうところがほんと……」
肯定は返されなかったが、呻くように呟かれたその声は、肯定したも同然だろう。
うーん、と浅葱は考える。浅葱としてはぎゅーっとしたかったのだが、それが厳しいというなら仕方ない。
「あー、うん。判った。代わりに頭撫でるから、こっち……」
「だ……っ!」
「『だ』?」
「抱き、つかない……とも、言ってない……っ」
真っ赤な顔をしたまま、けれど先程よりは力のこもった声で言い放った琥珀に、一拍の間を置いた後、浅葱はよし判ったと抱き付いた。迷いも遠慮も微塵もない。そのままぎゅーっと抱き締めることしばし。
「…………もう好きにして下さいッス……」
遠い目をした千歳の呟きは、届かなかった。
カミサマ談義 真樹 @maki_nibiiro
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