繋いだ手と手 3

 何というか、あれだ。

 浅葱は思う。


 最初から判っていたことではあったが、このカミサマはものすごくあれだ。逆らっちゃいけない感が半端ない。ある意味でひどく神様らしい神様だ。

 とりあえず、笑ってるけど笑っていない笑顔がこわい。丁重に、の意味を考えると余計にこわい。  

 良くも悪くも場を支配してのけた朱緋に、けれど浅葱が覚えたのは「うわぁ……」という、感嘆なんだか何なんだかよく判らない感想のみだった。  


 恐怖は、なかった。それは確かだ。浅葱のそういった感情は、随分昔に擦り切れている。  怖くはない。ただ、カミサマなんだなぁ……と思う。そこには【異能】に対する畏怖も有りはしない。浅葱は【異能】など欠片も持っていないし、そもそもの興味さえも薄かった。  

 けれど ―――― それでも。  

 そこに、線を引きたいわけではないのだ。  


 浅葱はゆるりと視線を転じて、こちらに背を向けたままの琥珀を見た。振り返らない背中に、ふむ、と少し考えて。  

 首を傾げること数秒、すぐにまぁいいか、といつものようにそう結論付けた浅葱は、壁伝いにゆっくりと立ち上がった。立ち上がれたことに、少しだけ安堵する。


「……黒服の人たち、連れて来たんだ?」  


 琥珀がぽつり、とそんなことを訊いた。朱緋がひょいと肩を竦める。


「別に僕ひとりで構わない、と言ったんだけどね。護衛として連れて行け、って爺共が聞かなくて。当主は『何かあったら朱緋を止めてね。相手じゃなくて、むしろ朱緋』なんて失礼なことを言っていたけど」  


 そしてあいつらは「無理です!」と断言して首を真横に振っていたわけなんだけれども。  


 失礼だと思わないか? と、何故か笑顔で朱緋が問い掛けた。  

 いや、ちょっと……どうだろう? と、浅葱は内心で首を傾げた。  

 当主の言動もかなりあれだが、どちらかといえば黒服の言い分の方が理解できるような気がする辺りに、朱緋の人間性が垣間見えている。彼とは初対面の浅葱からしてそうなのだから、旧知の仲である琥珀などは、思わないときっぱり即答していた。いっそ清々しい。


「お前を止めるなんて無茶、私もやりたくはないよ。死ねと言われた方がよっぽど気が楽だ」

「おやおや、御挨拶だね、琥珀」  


 言ってくれる、と楽しそうに朱緋が笑う。笑っているのに目が笑っていない、アレな感じの笑顔ではなく、ちゃんとした普通の笑みだ。幾分大人びてはいるものの、ああいうところは子供らしく見えるなぁ……なんて、暢気な感想を抱いた瞬間に、当の本人と目が合った。  

 立ち上がった後、そろそろと歩み寄りを開始していた浅葱に、朱緋は一瞬だけおや? といった表情になった。その後に、ひどく面白そうな目線を寄越された意味はよく判らない。とりあえず敵認定はされなかったようだ、と浅葱はその視線を受け止めてそう判断を下した。その後は、それ以上の追及を放棄する。今は、他のことを考えている余裕もない。  

 邪魔をされるわけではなさそうだからいいか、と思ったのが浅葱の結論だ。  

 そんな浅葱の内心が伝わったわけではないだろうが、ふぅん……と呟いた朱緋が、楽しそうに笑った。くすりと、琥珀に対して少しばかりの意地悪さを乗せた笑みを向ける。


「死ね、なんて言わないけどね。ちょっとばかり、お前の憎まれ口に対抗してみようかな、という気にはなったよ」

「……は? 何を……」

「とりあえず、琥珀。お前、後ろを振り向いてごらん」  


 おもしろいものが、見えるよ。


「……っ」  


 びくり、と。  

 小さな体が、強張ったかのように硬直したのが、浅葱にも判った。  


 浅葱からは、琥珀の表情は見えない。だけど何となく、泣きそうな顔をしてるんじゃないかな、と思った。物陰で膝を抱えて小さくなっていたその姿と、目の前の何かを拒絶するような頑なな背中が、何故だか重なって見えたのだ。  

 嗚咽さえも飲み込むように、声を殺して。震えながら、自分を守るように身体を丸めていた姿。  

 俯いた表情は、きっと朱緋からも見えない。背中はこちらに向けられたままだ。袖口から見え隠れしている手が、ぎゅうと握りしめられていた。  


 全部、怖いのを我慢している時の反応だ。琥珀は今、怯えて、怖がっている。  

 ここで、何が怖いのか、と訊いてしまえる程、浅葱は空気が読めないわけでもない。敢えて読まないことは多々あるし、たまに素で絶望的に読めていないこともあったりするが、今回はそのどれでもない。今は空気を読む時だろう、とさすがの浅葱でも判る。  

 ただし。


「ほら、簡単なことだろう? ちょっと後ろを向くだけだ。僕を止める無茶に比べたら、さほどの労力でもないはずだよ」  


 浅葱の思考の外側で、何故だか嬉々とした様子でそんなことを言い出しているカミサマがいたりするので、いろいろ台無しといえば台無しだったが。  


 空気が読めないわけではもちろんなく、読んだ上で敢えて無視してのけるいじめっ子。浅葱は朱緋をそう認識した。浅葱の脳内では、カミサマと呼ばれる子供たちが軒並み残念なことになっているが、それももはや仕様というものである。  

 いじめっ子はくすりと笑いながら、俯く琥珀の顔を下から覗き込んだ。


「―― 怖いのかい?」  


 直球だった。  

 真実だけを真っ直ぐに貫いたその言葉は、それ故に胸を強く抉る。余計な装飾もない分、逃げ場も存在していない。そう思える程の直球を、からかうような調子なのにどこか真摯に、朱緋は琥珀へと投げかけた。  


 怖いのか、と。  

 後ろを振り返ることが ―――― そこにいる、浅葱を見ることが。


「……っ!」  


 ぎゅうっと、一際強く握り込まれた拳が見えた。  

 返事は、なかったけれど。  

 俯いた視線と、震えた肩と拳、それから呑み込んだ声。その全部が、答えだった。  


 振り向かない背中。

 それが、答えだった。  


 馬鹿だなぁ……と、浅葱は思う。馬鹿だなぁ、と俯いたはちみつ色の頭を見ながらひとつ息を吐いて、それからまたそろそろと歩を進めた。もう、手を伸ばせば届く距離に琥珀がいる。  

 朱緋と目が合った。先刻よりも余程間近で、夕焼け色の瞳が瞬いている。暮れてゆく空の色が、ゆうるりと弧を描いた。  

 どうする? と訊かれたような気がした。浅葱はそれに、迷うことなく言葉を紡ぐ。


「いいよ、振り向かなくても。俺がそっちに行くし」

「えっ……」  


 思っていたよりも近くから声が聴こえたせいだろう、琥珀が絶句して思わず顔を上げた。驚きに見開かれたはちみつ色の瞳を見やって、浅葱はこてりと首を傾げながら言い放つ。


「というか、もう来たし?」

「そのようだね」  


 笑いを噛み殺し損ねた声音で、朱緋が言った。喉の奥でくつくつと笑いながら、緩く握った右拳で口元を隠している。


「だから言っただろう? 琥珀。振り返ったら、おもしろいものが見えるよ、って。―― というか、その怪我でよく動こうだなんて思ったね、君も」

「んー……」  


 割としみじみとそんなことを言われて、浅葱は客観的に自分の状況を見直した。  


 まず、一番重症なのはどう考えても左肩だ。抑え付けた右手の下から、今もじわじわと血が滲み出ているし、さっきから動かそうとしても全然動かない。二度に渡り盛大に壁に叩き付けられた背中は、多分広範囲で痣になっている。ついでに、どうやら足も捻っているらしく、鈍い痛みを訴えてくる。さっき歩きながら気が付いた。足元が覚束なかったのはきっとそのせいで、後は単純に血が足りていないこともあるのだろう。  

 散々痛めつけられた喉は当然の如く痛むが、どうにか声は出るようなのでそこは良しとする。掠れている上に大声も無理だが、聞き取れない程ではないだろう。問題ない。  

 総じて、無事とは言い難い状態になってはいるが、浅葱が下した最終結論は「まぁいいか」である。  

 生きている。だから、何の問題もない。己が多少赤く染まっていたりボロかったりするぐらい何ぼのものだ。


「あと、さっきからどうも痛覚が死んでるらしくてさ、あんまり痛くもないからいいかな、って」

「何も良くはないし、問題は山積みどころかむしろ雪崩を起こしてるような気もするけれどね。―― まぁ、それは後にしようか」

「ありがと。うん、後にして」  


 今はこっちのが優先、と浅葱は琥珀へと視線を戻した。驚いた表情のまま固まっている琥珀は、おそらく思考ごと固まっているのだろう。  

 うん、と浅葱は頷く。優先事項はこっちだ。間違ってない。見た目は自分の方が重症だけど、実情は琥珀の方が何だか重症だ。何が、と言われれば内側の部分が。  


 カミサマ、と呼ばれている。屋敷の人間が、琥珀をそう呼んで線を引く。  

 明確に引かれたその境界線を、気にしないふりをしながら誰よりも気にしているのが琥珀だ。  

 人を疎み遠ざけながら、嫌いになりきれない。心のどこかで焦がれている。そんな矛盾に満ちた、けれどやさしい子供。  


 馬鹿だなぁ、と浅葱は再び思う。この小さなカミサマが何を怖がっているのか、多分浅葱は正確に理解している。理解して、その上で馬鹿だなぁ、と浅葱は笑った。笑って、手を伸ばした。


「……あ」  


 否、伸ばしかけたところで、視界に入った色彩に咄嗟に手を引いた。  


 自分の手のひらを染めた赤色。左肩から指先まで血の伝った跡のある左手も、そんな左肩を押さえていた右手も、どちらも思わず引いてしまうぐらいにべったりと赤い。渇ききっていない血が、陽光を僅かに反射していた。  

 全身、それはもうくまなくぼろぼろになって汚れている自分はもう今更だが、このまま琥珀に触れるのはさすがにちょっと浅葱も躊躇う。しかもこのカミサマ、着ているのが白を基調とした装束だ。触れたら最後、それはもう綺麗な血手形が取れるだろう。軽く怪奇現象だ。  

 血塗れの自分の手を見下ろし、えーっと……どうしよう、と考える浅葱の前で、琥珀は泣きそうにぎゅっと眉を寄せて再び俯いた。その様子に、あ、と浅葱は自分の失敗を悟る。  

 うん、今絶対こいつ誤解した。ものすごく、ものすごーく自虐的な誤解した。理解してため息を吐きたい気分になったが、ため息を吐いたら多分更なる負の連鎖が発生する。多分、というか、絶対。  


 俯いたはちみつ色の旋毛を見下ろして、それから浅葱はもう一度己の両手を見やった。まんべんなく赤い。何となく天を仰いで、意味もなく手のひらを握ったり開いたりを繰り返すこと数秒。ああ、うん、もういいか、と浅葱は躊躇いを放り投げた。  

 浅葱は、カミサマとの間に線を引きたいわけじゃない。遠くから眺めているよりは近くにいたいと思うし、手だって伸ばしたいのだ。


「後でちゃんと全部綺麗にしてやるから、今は文句言うなよ」

「は、え、―― は?」  


 せめて、と思って前置いた言葉は、完全に琥珀の理解の範疇外にあったようだ。目を白黒させる琥珀に構わず、浅葱ははちみつ色の髪ごと琥珀の白い頬を包み込んだ。気を遣うこと自体を彼方に放り投げたせいで、当然の如く浅葱の手のひらから琥珀の頬へと移った色彩に、ああやっぱりと内心でちょっとだけ眉を顰めて。


「え? あさ、ぎ……?」  


 誰がどう見ても混乱真っ只中の琥珀の額に、己の額をごちりとぶつけた。  

 ごつ、と思ったよりも良い音がして、浅葱の目の前で一瞬火花が散る。自分でやっておいて何だが、普通に痛かった。琥珀は痛みよりも驚きの方が先立ったらしく、硬直したままぱちぱちと瞬きを繰り返している。そして。


「…………いたい」  


 今更のように呟いた琥珀に、浅葱は真面目くさって頷いた。


「だろうな。俺も痛い」

「……何がやりたいの、お前」

「んー? いや、琥珀が馬鹿なこと考えてそうだなぁ、って。くだらないこと考えてるんじゃないぞー、って、鉄拳制裁? みたいな?」

「意味が判らない」

「で、俺もちょっと馬鹿やったから、相討ちでもしとこうかと」

「もっと意味が判らない」  


 憮然とした様子ながらも律儀に言葉を返す琥珀に、浅葱はふっと笑みを零した。  

 大丈夫。琥珀は、何も変わっていない。浅葱が知っている琥珀のままだ。  

 人が嫌いで、でも人を嫌い切れない、不器用でやさしい小さなカミサマだ。


「……あ。何かお前、熱くね?」

「……は?」

「うん、ほら絶対熱いって。熱出てるだろ、お前」  


 未だにぴたりとくっついたままの額から伝わってくる熱が、どうも平常よりも高い気がする。おそらくは気のせいではないその熱さに、浅葱は眉を顰めて軽く琥珀を睨んだ。


「調子が悪い時はちゃんと言えって言っただろ」

「き、聞いてない……けど」

「……あれ? あ、悪い。いつも弟に言ってたやつだった、それ」  


 もしくは妹に。カミサマの扱いは、浅葱の中で分類的にそんなものである。


「お前、あんまり身体丈夫じゃないんだからさ。んー……、結構熱高いな。食欲あるか?」  


 というか、しまった。この後琥珀を風呂に放り込もうと思ってたのに、熱があるんなら止めた方がいいんじゃなかろうか、と血に汚れた頬と髪の毛を見て浅葱がやや難しい表情になる。それを至近距離で見ていた琥珀は、ぽかんとした表情になった。


「お前、なんなの……」

「うん?」

「お前、ほんと、なに……わけ判んない。変だ」

「うん、よく言われる」  


 何でだろな? とこれまでの記憶を振り返りながら浅葱が首を捻った。いっそ暴言のような琥珀の言葉であったが、根本的なところで開き直っている浅葱には通用しない。  


 琥珀には、もう判らなかった。目の前のこの少年が、何故今までと何も変わらない、いつも通りの態度を貫けるのか。  

 浅葱の前で、【異能】を振るった。神と呼ばれる、その理由となる力。―― 人ではない、と。明確に線引きされる理由の力。  

 頭で知っているのと、実際に目の当たりにするのは違う。これまで浅葱は、琥珀が【異能】を扱う様をきちんと見たことはなかった。 怖くない、とは言われたけれど、人ではない力を扱う自分を見れば、きっと怖がるだろうと。そう思っていたのに、現実はこれだ。いつも以上に近い距離で、何故だか熱の心配をされている。わけが判らなかった。


「なに、なんなの。なんでお前……怖がらないの」  


 さすがにくっ付けていた額は離したものの、それでも十分に近い位置にあった琥珀の顔がぐしゃりと歪んだ。泣き出す、一歩手前の顔だった。


「いや、助けて貰っといて、何で俺がお前を怖がらなきゃなんないの?」  


 よく判らん、と不思議そうに首を傾げる浅葱の方が、琥珀にはよく判らない。  

 恐れと怯えの滲んだ視線を向けられることには慣れている。違うのだと、線を引く。理解できないものは怖い。人は、本能的に怖いものから距離を取ろうとする。  

 その感情の流れは、判りやすい。これまでずっと琥珀が目にしてきたものだ。それなのに。


「……っく……お前、変だ。私は【異能】を、持ってて……」

「知ってる。琥珀は神代のカミサマだもんな」

「人を、殺そうとしたんだぞ……?」

「や、その前に俺が殺されそうになってたんだけどな」  


 それを助けてくれただろ、お前、とあっけらかんと口にされた台詞には、裏も表もなかった。  

 何の嘘も、恐れもなく。打算もなく ―――― 自分の神としての有りようを目にしてなお。  

 助けてくれてありがとう、と。  そんなことを、言うのだ。


「怖くない。……って、前にも言ったような気がするけど」  


 記憶を掘り起こしながら、浅葱は言った。  

 カミサマの力のことなんて何も知らないけど、カミサマのことは知ってる。だから怖くない、とあの時の自分はそう言ったはずだ。  

 カミサマの力を実際に目にした今も、その気持ちは変わらない。  


 だって、琥珀だ。  

 目の前にいるのは、琥珀だ。知らない誰かじゃない。  

 だから、もう ―― 理由なんてそれで十分じゃないかと、浅葱は思うのだ。


「怖くない。だから、泣くな」

「……泣いてないっ」  


 熱がある、ということを差し引いても目が潤みすぎている。その状態で何を言うかというような強がりだったが、浅葱はそっか、と言ってぽん、と琥珀の頭を撫でた。うん、大丈夫、可愛い。問題ない。  

 満足気に頷いたところで、今度は頭の天辺にべとりと張り付いた赤い色彩に、あ、という表情になった。しまった。問題はあった。


「悪い。汚した。とりあえず、手布濡らして……」

「―― その前に、君の手当の方が先だと思うよ」  


 呆れきった声が、その場に割り込む。そういえば。


「……いたんだっけ。籐条のカミサマ」

「割と直球で失礼だね、君。いるよ。現在進行形で」  


 存在を認識するのを忘れていました、などと、おおよそカミサマに向ける台詞ではなかったが、朱緋は怒るでもなく苦笑をひとつ寄越しただけだった。  

 そんな朱緋の様子が意外だったのか、琥珀がまじまじと朱緋の顔を見やる。計らずしも普段の朱緋の振る舞いが透けて見えるような琥珀の反応だ。お前も普通に失礼だね、と朱緋は笑い、ひょいと肩を竦めた。


「呆れが一周回って、何だか楽しくなってきたところだよ」

「なに、それ……」

「さて、何だろうね。それはさておき、琥珀。どうするの、彼」

「え?」

「お前を宥めて丸め込む余裕はあったみたいだけれど、そろそろ顔色が尋常じゃないことになっているよ?」

「……え?」  


 何か聞こえが悪いな、丸め込むって……といつも通り淡々とした声音で呟いた浅葱を、琥珀はそろそろと見上げる。陽光の下、浅葱の顔色は青を通り越してもはや紙のように白かった。


「ちょ……、待て! お前本気で勘弁して! 他人の心配してる場合じゃないだろう!」

「え? 他人じゃなくて、琥珀の心配ならしてる」

「……そうじゃなくて!」  


 丸め込むと言うよりは、無自覚に誑そうとしてるというのが正解かな、と朱緋が呟いた。そうかもしれない……とうっかり琥珀は同意しかけたが ―― 問題はそこではない。


「怪我! だいじょう……ぶ、じゃ、ないな! 見れば判るから、大丈夫とか問題ないとか言うなよ!」

「いや、うん、落ち着け?」

「お前は慌てろ! 落ち着きすぎだ! これだけ怪我してるんだから、せめて痛がれ! 人として!」  


 何やらよく判らないうちに、カミサマに人としてどうこうなんていう説教まで受けている浅葱である。よく判らなかったが、よく判らないままにぱちりと瞬いて、それからうん、と頷いた。  


 うん、大丈夫。これが、琥珀だ。  

 強い【異能】を持つ、神代のカミサマ。  

 だけど、ちゃんと他人の心配のできる、やさしい子供だ。  

 ほら、やっぱり怖くない。むしろ頭を撫でてやりたくなる。  


 浅葱の欲望は、割と行動に直結している。自覚がないわけでもないが、直す気もさらさらない浅葱は、素直にその衝動に従ってもう一度琥珀の頭を撫でた。  

 ―― 否、撫でようと、した。


(あ、れ……?)  


 ぐらり、と世界が回る。視界が、ちかちかと明滅した。


「―― 浅葱っ!」  


 泣きそうな声が、自分の名前を呼ぶ。

 ああ……だから言ったのに、と。どこか呆れたような声を聴いたのを最後に、浅葱の意識はゆっくりと闇の底へと沈んでいった。

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