第18話 緊張

 移り変わる外の世界を見つめたまま、篝さんは足を組み替えた。


「もう一度、聞かせてもらおうか?」


「はい、何度でも」


 音無零士がわたしを助けてくれた事は事実。しかし、何度話しても篝さんは納得がいかない様子でわたしの話を聞き返しては口をパクパクさせて分析している。


 その間にも都がわたしに構って欲しいのかわたしの髪の毛をぐいぐいと引っ張り、痛がっているわたしを見てはけたけたと笑い、わたしに叱られるとわんわん泣く。


 窓から視線をわたしと都の両方に移して篝さんは溜息をついた。


「毒を盛られたのも誰の仕業かは分からない。音無が何故この電車に乗っているのかも分からない。どういう事だ?読まれているのか、こちらの行動が」


「そうですね、バーテンダーが個人的な恨みでもってわたしを殺そうとしたなら話は別ですけど、そんな事まず無いでしょうし、音無零時がわたしの命を助けた事に関してはただの偶然としか……勿論、この電車に乗っているのは何かの偶然にしては出来過ぎていますけどね」


 篝さんはまた外の世界に視線を移し、足を組み替えた。話が憶測の域を出ない以上は目的地への到着をただ待つしか無い。篝さんの眉間にしわがよる。


「篝さん、しわが出来ちゃいますよ」


「うるさい」


 カートを引いて女性スタッフがわたし達のいる車両に入って来た。二十代後半といったところだろうか、わたし達の席まで向かって来る。


「何かお一つ如何ですか?」


「ですってよ篝さん」


「ふん、すまないがコーヒーはあるか?」


「勿論です、温かいものにされますか?それとも冷たいものに?」


「アイスを頼む」


「かしこまりました。お連れ様は?」


 にこやかな笑顔だ。この仕事に誇りとやりがいを持っているんだろう。


「わたしもアイスコーヒーを、この子にはオレンジジュースなんかがあれば嬉しいんですけど」


「ございますよ」


 ペットボトルを三本貰い、代金を払うと次の車両に向かって行った。何とも機械的な対応ではあったが、その対応に対して不快感は不思議となかった。マニュアル通りの運用というやつなのだろうか。


 毒が盛られている可能性を感じ、トラウマになっているんだなと少し驚いた。


 アナウンスが入ったのはそれから数十分後の事だった。目的地に到着。アンダーグラウンドノース。此処でわたし達は音無派の連中と接触する事になっている。相手がどの様な服装なのか、何名なのか、信頼できるのか否か何一つ分かってはいないがそれでも彼等を此方側に引き入れる事で戦況は有利になる。


 駅のホームに降りる。古き良き時代と言うものを連想させるレトロな雰囲気がある場所。音無がわたし達を監視している気配もない。流石にわたし達の素性まではバレていない様だ。少し安心。


「しかし古風だな」



「そうですね」


「派手な歓迎も無い様だ、一先ず宿に向かおう」


「あてでもあるんですか?」


 篝さんがにこりと笑った。


 それでこの宿である。名前は女豹。何ともまぁ如何わしい雰囲気が漂う旅館だ。お偉いさん達がこぞって集い、旅館黙認の上でとんでもないパーティーを開いていても何もおかしくない様な、そんな所だ。入り口で黒装束の女性四、五人とすれ違う。香水がきつい。


「ここって?」


「異性同士が、あるいは同性同士が愛を育む場所と聞く」


「はぁ……」


 日本人はこういった如何わしさも兼ね備えていなければならないらしい。確かに以前調べた時、所謂そういうお店にいるのは日本人か白人だけだとネットで統計が出ていた。篝さんがわたしと都を取って食おうとしているのではなく、単純なる興味からココを宿に選んだんだと信じてわたしは入店した。


 受付を済ませて部屋へ。部屋の前を通る度に聞こえてくる聞き慣れない声に戸惑いながらも聞こえていないふりをする。都があまりに気になったのかいきなり誰が何をしているかも分からない部屋を開けようとした時は思わず変な声が出た。


「先にシャワーを浴びて来てくれ、わたしは座敷間さん達に連絡する」


「分かりました。今日じゃないんですね、音無派に会うの」


「本来の予定であれば当日会うはずだったが、音無の事もある。予定変更だ」


「了解」


 そさくさとシャワーを浴びた。その間に考えた事は音無零士との会話と、なんとも言えない心の揺れ動きについてだった。


「何を思い出せって言うのよ」


 誰かが答えてくれる訳もない。しかし口に出さずにはいられなかった。わたしは何かをしっかりと忘れている。


「上がったよ篝さん、篝さんもどう?それとも都先に入れちゃう?」


 言いながら服を着てわたしはシャワー室を出る。返事が返ってこない。


「篝さん?都?」


 おそるおそる出て行くと、知らない男が二人。


「動かないでくれ!頼む!」


 篝さんを拘束しながら男は叫ぶ。もう一人の男は都を羽交い締めにしている。


「言う通りにしておけ、その方が私達の生存率も上がる」


「勝手に喋るな!殺されたいのか」


 何もかもが終わった。そんな表情を浮かべている男二人に対してわたしは無力だ。


「お前達座敷間の連中だろ?どうやって音無零時とコンタクトを取った!」


「なんの話よ?」


「とぼけるな、俺はお前達と同じ電車に乗ってたんだ。途中でお前と音無が接触して話し合っていただろう?俺たちを炙り出して殺そうって魂胆だったんだな!」


 話の流れからしてこの二人が情報提供者の二人なんだろう。しかし今となっては協力を仰げそうにない。篝さんを抑えている男の眼は血走っていてもう後戻りが出来ない事を知っている様にも見える。


「落ち着いて、わたし達は貴方達を迎えに来たの。信じて」


 血走った眼がわたしを捉え、それから篝さんに視線を落とした。後ろで都を抑えている男がおどおどとこの状況を見守っている事から、血走っている男だけをどうにかすれば状況は変わる気がした。


「信用出来るか!おい!その娘をぶん殴れ!俺達を罠にはめようとした罰だ 」


「話を聞いてよ、本当に!わたしは、わたし達は敵じゃないわ」


 わたしの言葉は彼に届くことは無く、グチャグチャになった感情が牙を剥いた瞬間にわたしは初めて立ち会った。篝さんを突き飛ばしてわたしの方に走って来る。間合いを一気に詰め、右の拳を固く握りしめた。筋肉が強張っているのが手に取るように分かり、不思議とどこを狙って来るかが把握出来た。


 重心を傾けて左手で一発目をいなすと彼はバランスを崩しこちらに倒れ掛かってきた。すかさず足を払う。数秒間宙を舞い、地面に頭を打ち付けた時にはもう、彼の意思は忘大和ワスレヤマトには存在しなかった。



「さぁ、どうするの?お友達みたいになりたい?」


 息が上がって声は上ずっているものの、今の光景を見ていたもう一人の目の前にいるのは大人の男を一捻りにした女学生にしか見えない。この状況に切羽詰まったのか目が泳ぎ口が開きっぱなしだ。


「や、やっぱり殺すんだ!僕は悪くない!悪いのはお前達や音無だ!僕は悪くない!僕は悪くない!」


 自分に言い聞かせて意識が飛ぶのを抑えているその横に篝さんが立った。それに気が付いている様子は無い。篝さんはジーンズの下からハンドガンを取り出し、男のこめかみに押し当てる。


「貴様達が思っている様な事は一切無い。と言っても、貴様はもう信じてはくれないだろうがな」


「ひっ!殺すのか!ほら!やっぱり殺すんだ!」


 更に強く押し当てる。


「成瀬宮を離せ」


「打つなよ?」


「離せ」


 有無を言わさず都を解放させた。が、まだ篝さんが男のこめかみから銃口を離す気は無い様だ。


「打つな、打つなよ!離したじゃないか!!」


「だからどうした?」


「あ、あぁぁ!!」


「バン」


 極限状態に陥った男は失神した。


「なかなかの身のこなしだったな、斑鳩」


「……はい」


「どうした?」


「いや、その」


 何故あんな事が出来たのか自分でも謎だ。












 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘大和の民意 小村計威 @Keii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ