第7話 アンバー・ミリオン
07
わたしが何故、この
OZが判定出来ない物、見付けられない物はこの世で愛と
故に、これは愛だ。などと人間の様に錯覚する事はない。そしてもう一つ。忘れないで頂きたいのが、OZ、Monocle等は全て
忘大和の運営に不利になる事は決して暴けず、偽りの日本で生きる事が許された
「だから、こいつが
ドランガーは自らの腰に巻いているバックパックからキットを取り出し応急処置を簡単に済ませると、わたしとサマンサの話に加わった。しかし、内容が内容なだけに現場担当の彼には難しい内容になってしまい、わたしとサマンサの
つまらなかったのだろう。そう思う。
「ロスタイム。君の見立てだと、こいつは
「はい。というか、それしか考えられません」
「私のOZでは、深く潜れそうもない。なにせ複雑に組まれたパズルだ。誰でも簡単にかい潜れる物ではない。良く調べてくれた。感謝する」
わたしは
フライハイト、リベルテ、リベルタ、スヴァボーダ、ブリヴィーバ、ツーヨウ、と様々だ。
いずれも
「なんなのこれ……」
「姉御、新入りが勝手に潜るからこんな事になったんじゃないですかね?」
サマンサが怒鳴り声を上げたのは、わたしが彼女と出会ってからという物、この時が最初で最後だった。
「馬鹿にするのもいいかげんにしろ!!我々は中央情報局だ。こんな真似をして無事で済むと思うなよ!」
返事はない。また様々な言語が墓地を満たし、少しずつ音量が下がっていく。すると、液晶に一人の男の子が現れた。
「やぁ、サマンサ・ラマンダ。ドランガー・ゴイル。そして、ロスタイム・パラドクス」
男の子、見た目からして恐らく二十歳前後。声は高めで切れ長の目が特徴的だった。
「誰だ貴様は」
「ふふふふ、そう怖い顔をしないで下さい。しわが増えますよ?折角の美貌が台無しになるのが老いではなく、僕が理由になるのはごめんです」
「心配無用だ。答えろ、貴様は……」
「音無、零士……貴様が我々の同胞を襲ったテロの首謀者か?」
「うーん、まぁそうだね、端的に言うと仰る通りです。端的に言うと、ですけど」
「人を小馬鹿にするのもいいかげんにしやがれ!お前自分が何をしたか分かってるのか?」
ドランガーの虎髭が逆立ち、意思を持って音無に威嚇している様にわたしには見えた。
「別に小馬鹿になんてしてないですよ。テロでしょ?そうです。僕が主導でやりましたよ?そこに居るロスタイム・パラドクスは無事だったみたいですけど」
残念がっているのか声のトーンが落ちた。
「残念だったわね」
「全くですよ」
「音無零士、貴様の目的は?」
「あ、忘れるところでしたよ。思い出させてくれてどうもありがとうございます。僕、いや、僕達の目的は」
民族浄化です。その青年は堂々と、大真面目な顔でそう言った。
「何を言い出すかと思えば、馬鹿げた話だ。今のこの御時世、民族浄化を
「当然です。民族浄化ですよ?出来るわけがない」
戯けてみせる音無にわたし達は完全に乗せられている。彼のペースだ。
民族浄化。一九九〇年代に生まれた負の言語の一つ。ホロコーストと大体の意味は同じだが、民族浄化はよりポピュラーな言語として使われてきた。簡単に言うなら
そんな言葉を恥ずかしげも無く。真っ直ぐに。青年は言ってのけたのだ。
「僕は、この世界を憂う小説や漫画なんかに出て来る登場人物とは違います。憂いていても何の解決にもならない。だからといって黙っていても一向に世界は『平和』になる一方だ」
「これ以上貴様と話していても意味が無い。大人しく我々に平伏せ、貴様だけで民族浄化だなんだと吠えたところで何も変えられない。本当に物事を変えたいのなら、人としての尊厳を忘れるな」
わたし達は墓に映し出された音無零士をまじまじと見つめ、彼の一挙手一投足を余すこと無く観察する。その中に手掛かりがあるかも知れないから。
「人であると謳う前に、どうしようもなく僕達は動物である事を忘れないで頂きたい。二足歩行を可能にし、その手に武器を握り、炎を操り、空を飛び、月面に着陸出来たとしても、僕達は動物でしかない」
不敵な笑みを浮かべる青年はとても綺麗だ。わたしにそういう類の趣味があるわけではないが、それでも、青年は綺麗だと思ったし、触れてみたいと思ってしまった。
「ロスタイム・パラドクス、君はそちら側の人間ではない。近い内に会おう」
「貴方がジェロニモ?」
そうだ、と音無は答えた。
「挨拶がてら見舞いに行ったんだけど、その時はまだ寝てたからね、だから君と会うのはこれが二度目だよ」
嬉しくないわ、とわたしが冷たくあしらうと、彼は微笑みを浮かべてこちらをじっと見つめ、
「つれないね、寝ている時の君はとても綺麗だったよ」
などと歳上の女性を馬鹿にする。話を変えるべくわたしは思いついたかの様に病院での事を訊く事にした。
「キャミィをあんな風にしたのも貴方?」
またしてもそうだ、と音無は答えた。
「彼女は本当に普通の人間だったね。自分がいかに恵まれているのかを知らずに周りの人間に気を遣っている様でいて、実は自分を一番、何よりも、誰よりも、愛してる。そんな女性だった」
確かにそうだ。キャミィはそういう人間だった。わたしも心の中ではそう思っていながら、友達としての彼女を手放す事は出来ずズルズルと関係を保ったまま大人になり、再開した。
「察しの良いい中央情報局の皆さんならもう分かってると思う。僕が何処にいるのか。会いに来てくれ、歓迎するよ」
すると青年は液晶画面から姿を消し、代わりに数字が表示された。二十、十九、十八、と秒数は減っていく。
先に気がついたのはサマンサだ。わたしとドランガーを交互に見てからわたしの腕をぐいっと引っ張り、
「ドランガーを運ぶぞ!」
と、声を荒げた。わたしは此処で漸く理解し、ドランガーの元に駆け寄った。わたしとサマンサで彼を立ち上がらせようとするが不可能だった。余りにも重過ぎる。
六、五、四、刻一刻と迫る時間がわたしとサマンサを思考の外へと追いやろうとするが、わたし達はどうにか踏みとどまり、この巨漢を引き摺るという原始的な方法にいたった。
俺を置いて行け。なんて映画のような台詞はドランガーの口から出はしなかった。死にたくねえよ。それが彼の精一杯。
全てを諦め。わたしは走馬灯を待つ。何を呼び覚ましてくれるのだわたしの無意識よ。せめて辛い思い出ではなく、単純に楽しかった物だけでいいからね。死が間近に迫り、わたしは異常な程冷静に終りを待ち続け、数字が三から二、二から一と変わるのを瞬き一つせず見つめる。
横でサマンサが何かを叫んでいる。しかしもう今更何が出来るのだろうか。呆気ない人生だった。本当に。
零。
爆音。
わたし達は死んではいなかった。最後の最後で一瞬目を瞑ってしまったわたし。目を開けると先程でのクライムアクションさながらの緊張感溢れる爆破までのカウントダウンを表示していた墓には、ケタケタと笑うピエロのキャラクターがラッパを思い切り吹いているアニメーションが投影されている。
Voiceonlyの文字がピエロの下に音もなく現れ、音無青年の甲高い笑い声。
「死ぬと思ったかい?残念。そんなに簡単にこの物語は終わらせないよ。それでは、さようなら」
辺りは静寂を取り戻し、後に残った警備員の死体の処理と、これからの予定をどうするか考えているとサマンサのOZに通信が入った。
苛立った表情を浮かべながらもその口調は冷静そのもの。どうやら上からの連絡で、今さっき起こった事についてお叱りを受けているらしい。
何度も謝罪を口にしたサマンサは通信を切ると何事もなかったかの様に、
「これからアンバーの所に行く」
「姉御……またですか?」
ドランガーの顔が歪む。そしてわたしはといえばアンバーという名前に何故だか懐かしさを感じる。
「二度振られているとはいえ、今回こそ協力が必要だ」
「振られてる?」
中々の曲者でね、とサマンサはため息まじりに答え、ドランガーにアンバーへのアポイントメントを取るよう指示を出した。
ふと、キャミィの事を思い出した。そして『アンバー』を思い出す。
真っ直ぐで、不器用。わたしが学生時代から捻くれていて、キャミィ以外あまり他の女学生が近寄ろうとして来なかった中、彼女は転校して来て直ぐわたしとキャミィの友達になった。
いつだったか、わたしが女学生のグループに呼び出されて袋叩きにされた時、アンバーが颯爽と駆けつけ女学生グループを蹴散らした。
彼女は勉強もスポーツも全てを完璧にこなし、他の女学生から好意の目で見られ、数々の好意を欲しいままにし続けた美少女。
「アンバー?アンバー・ミリオンですか?」
転校して来て数週間後、またしても転校してしまった彼女。中央情報局とアンバー、わたしには彼女とサマンサ達を繋げるピースが欠けていた。
「そうだ新入り。アンバー・ミリオン博士。表向きはただの引きこもりだが、奴は化け物だ」
「化け物?」
「
あの美少女がそんな大それた事をこなして尚生きている。それが不思議だった。
「彼女は、わたしの学生時代の友人です」
「分かってる。だからこそ、今回は協力してくれるだろう」
キャミィ、アンバー、わたしの知らない所でわたしの友人達が社会とセカイに関わっている事がとても奇妙に思えてならない。
わたしがアフガンで平和から離れ健やかに暮らしている間に、彼女達はそれぞれがそれぞれの立場で平和と向き合っていたとでも言うのか。まるで、わたしだけが平和から逃げ出した子供の様に思えて恥ずかしくなって、今、こうして平和とどの様な形であれ向き合えている事に内心ほっとした。
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