第6話 ポッターズフィールド

 06


 忘大和はヘルスィ・パラドクスが創り出した理想郷だ。そして全世界では忘大和の空間で起こっている様子を見る事が出来る。


 出来る、という事は見なくても良い。という意味を含んでいるのだが、昨今の人類は何かを疑うだとか、判断するという事に滅法弱くなってしまったようで。


 昔は隣にいる人間が突然ナイフを振り回したり、これまた突然道路や線路に飛び出したり、自ら命を絶ったりしたのに。


 誰もがそれを忘れ、あぁ、僕も私も忘大和で暮らしたい。などと言う始末。そんな連中が山ほど電脳ネットで個人的な意見と社会的な思想なんかを交えながら自己発信しているのを見ると虫唾が走る。


 そう感じる。これはわたしだけなのだろうか。


 馬鹿馬鹿しくて見る気にならないが、今日の忘大和はどんな状態だとか、忘大和の中の人は誰なのかとか、興味関心はそんな所に向くばかり。


「今日もまた新たな忘大和国民が増えたな新入り」


 ドランガー・ゴイル。中央情報局が誇る諜報の専門家スペシャリスト


「そうですね。ねぇ、ドランガー、わたしを新入りと呼ぶのは止めてくれませんか?」


「新入りに新入りと言って何が悪い。なぁ?姉御」


「わたしに振るな。それよりも先ずはあの墓地の事を整理したい。そう思ってるのは私だけか?」


 わたし達は今、車の中だ。運転しているのはOZ。ブレーキをかけるタイミングが酷く、そこからの急発進で体調は最悪。やはり少しピーキーだ。


「姉御だけじゃないですよ。俺も新入りもそれは考えてます」


「でも、あれは一人で出来るような作業じゃないですよね?」


 そう。あれは一人で出来るようなそんな物ではない。


音無零士おとなしれいじ……」



 無縁墓地ポッターズ・フィールド。何故サムはここに来たのか。それを確かめるべく、わたし達は警備に許可を取りそして墓を見て回った。


「ロスタイム・パラドクス、ここが君の来たがっていた場所だ」


 そこは殺風景な場所だった。白い花が咲いている。キャミィなら何の花か分かるんだろうなと思ったら涙がこみ上げてきた。


「大戦の英雄や、暗殺者まで幅広い死者を弔う為に建てられた墓だ。此処に眠る人間を偲ぶ者なんていねぇ」


名無しの権兵衛ジョン・ドゥの墓。とでも言うべきか」


 墓の一つ一つを見て回る。数百年前の物ばかりで、サムに繋がる何かがあるとは思えない。


「OZ」


 ネックレスの中の住人は気だるそうに応答する。


「ご主人マスター、お困りかい?」


「そういう事にしておくわ。サムは本当に此処に?」


「僕を疑うのかい?自分で弄っておいてそれは無いんじゃ無いかな……もう一度言うけど、弟さんは此処に居たよ」


 OZに嘘が嘘を言っている訳でもなさそうだ。


「やぁ、お困りの御様子だね。何かあったのかな?」


 突然背後から声がして、わたし達は後ろを振り返る。ドランガーが素早く骨董品アンティークを抜き放っていた。


「おっと、気は確かか?ドランガー・ゴイル。銃を向ける相手を間違えると大変な目に遭うよ?」


 そこにタキシードを着た男が立っていた。男は何処からかシルクハットを取り出し深々と被る。


 男はMonocleを付けていて、わたし達を観察する様にじろじろと見る。


 少しだけ不気味な空気が流れた。それを破ったのは我等が姉御、赤髪の美女。


「お前は誰だ?」


「良い質問ですよ、サマンサ。私は忘れ去られた記憶。伽藍堂の存在。まぁ、ジェロニモ、とでも言っておきましょうか?」


「ふざけるなよ?」


 これまた何処からかジェロニモを名乗るタキシード男はショットガンを取り出し、わたし達に向け、


「本気ですよ。じゃなかったら中央情報局の方々相手にこんな事出来ませんからね」


 緊張が走る。やはり、此処には何かがある。この男が一般人ではない事は分かってるし、仮に一般人であったとしてもショットガンを持っている時点でこの世界では犯罪者だ。


「おい、タキシード野郎。殺し合いをやろうってんなら相手になるぜ?」


「そんな銃で何が出来る?私はただ話し合いがしたいだけだ」


 男は、ケラケラと笑いながらジリジリと間合いを詰めてくる。


「貴方がジェロニモ?」


「そうだよ。ロスタイム・パラドクス。君はそちら側の人間ではない。私と共においで」


「生憎彼女は我々にとって重要な人物でね。渡すわけにはいかない」


 サマンサの低く獣の様な声がジェロニモに突き刺さる。彼女が本気を出せば言葉でもって人を殺せるのではないかと思える程、鋭利な声だ。


「一筋縄ではいかない。という事ですかね、良いでしょう」


 ジェロニモが手を叩くと、警備の男達が此方に銃を向けて現れた。


「お前達、何の真似だ!?」


 ドランガーが問う。


「俺達は自由になりたいんです!」


 警備の男達の内、一人がそう答えた。


「ははは、面白くなってきたね。どうする?ドランガー・ゴイル殿。同胞を殺すか?」


「姉御」


「構わん」


 短いやり取りだった。ドランガーとサマンサは全く同じタイミングで動き始めた。


 伏せろ。とサマンサに言われ、咄嗟に反応するが上手くいかない。


 サマンサはわたしに覆いかぶさる様にして庇ってくれた。


 銃声。


 その後で生き物が生き物としての機能と役目を強制的に失い、無惨に倒れ込む音がした。時を同じくして、わたしは呼吸が出来なくなっている事に気がつく。


「大丈夫か?ロスタイム」


「く、苦しいです……」


「撃たれたか!?」


「いや、その……貴女の……胸が……」


「す、すまなかった」


 窒息死の一歩手前でわたしは生還を果たした。身体中が空気を求めている。それに応えている間に、状況は変わっていた。


「さぁ、タキシード野郎。吐いてもらおうか」


 ジェロニモの胸倉を掴み眉間に銃を突き付ける。映画の中でよく見かけるシーンが目の前で実際に繰り広げられている。


 大抵こういう場合、掴まれている方は口を割らず、苦い思いをするのは胸倉を掴んでいた方になる。


「はははは、何を?」


「惚けるな!貴様は何者だ!」


「私は……わた、わたし、わたわた……私……は」


 ジェロニモを名乗る男は小刻みに身体を震わせ、言葉も上手く発する事が出来なくなった。とても不気味な光景がそこにあった。


 ドランガーは少し硬直した後、ジェロニモの拘束を解き此方に振り向いた。


「離れろ!」


平和ピース!」


 ふざけた叫び声と共に、閃光が辺りを包み込み、爆音がわたしの耳を蹂躙し、爆風がわたしの身体を激しく撫で回した。


 またしても、わたしの息の根を止めようとするのはサマンサの豊満な胸だった。流石にサマンサも無言且つ素早くわたしから離れ、ドランガーの元に駆け寄る。


「姉御……無事ですか?」


「お前のお陰だ。動けそうか?」


「まぁ、何とか……それよりタキシード野郎を」


 わたしとサマンサは恐る恐るジェロニモの破片に近づいて行く。


「これは……」


「成る程。此処にやはり何かある。あるいは、何かがあった」


「そうですね」


 わたし達の眼前には、機械人形アンドロイドの破片が散らばっていた。


「これは?」


 ジェロニモの頭蓋骨から飛び出した記憶端末メモリーカードを抜き取る。


「姉御、そいつ……」


機械人形アンドロイドだ」


 二人は自分達が巻き込まれている事態が改めて異質な物であると認識したようで、


「その記憶端末メモリーカード借りてもいいですか?」


 何をする気だ新入り。とドランガーが傷だらけの身体を引きずりながら聞いてきたので電脳ネットに潜るんですと簡潔に伝える。


「勝手な事を……」


「いい。やらせろ」


「姉御?」


「彼女は元よりこういう時に役に立つ人間だ。守られるだけの女じゃない。そうだろ?」


 わたしはしっかりと、はいと答えた。


「OZ」


「話は聞いてたよ、調べてみる」


 記憶端末メモリーカードをOZに近づけるとネックレス状から獣の顎の様な形に変形して飲み込む。


 サマンサが悪趣味だなとぼやいたのが聞こえたが構うことなく作業に没頭する。


「読み込みは終わったよ、後はご主人マスターの出番だ」


「ありがとう」


 わたしは電脳ネットに潜るべく、左手で腕時計を外し空中に投げる。すると時計は重力に逆らい空中浮遊。わたしが天才ピアニストが鍵盤に指を優しく置く様に腕時計に触れると、腕時計は粉々になりながら各パーツが液晶とキーボードの様に変化する。


 腕時計が創り出したパーソナルコンピュータの画面には先ほどOZが読み込んだ情報データが無数に表示されている。


 直ぐに無差別的に選ばれた何の意味もない情報である事が分かった。


 戦争、紛争、内戦、クリスマス、バレンタイン。


「ご主人マスター、何を探してるの?」


「手掛かりよ、枝を張るの。悔しいでしょ?こうも先回りされてたら」


 更に潜ると今度は非核三原則、GHQ、マンエイ、ニッカツ、侍、日本、ヒロシマ、ナガサキ、天ぷら、寿司等の詳細やそれに付随する事件などで多くを占めている事が分かった。そして、


「サマンサ、ドランガー、これを見て」


 わたしは見つけた。


「何か分かったのか?」


「はい、こいつが何処から来たのか、それが分かりました」


「新入り、上出来だ。それで、何処からきた?」


 それは、この世界で究極の希望。究極の平和として君臨し続ける。狂った世界。


「こいつは忘大和の国民ユーザーが操ってた機械人形アンドロイドです。」


「忘大和……だと?」


「はい。わたし達の敵は平和の中から現れたんです」


 記憶端末メモリーカードの最深部にはこう記されていた。


 We look forward to you who


 サマンサは舌打ちをして、粉々になった機械人形アンドロイドの破片を蹴飛ばした。


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