第8話 三顧の礼を旧友へ
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わたし達を乗せた車が到着とても静かな町だった。木々が生い茂り、噴水のある広場で女達がわたし達を見つめている。
それもその筈。
「サマンサ……やっぱり、わたし……」
「なんだ?」
いや、なんでも。ただ少し、ほんの少しだけ、この緑色の制服が恥ずかしいだけ。トリビュートにいた頃は、制服は渡されていたが働いている場所の性質上そんな物に袖を通す機会はなく、用意された部屋のクローゼットの奥深くにしまい込んでいたものだ。
中央情報局の制服は何というか、こう、スマートと言うか、破廉恥というか、上の命令でこのデザインなのだとすれば、男共の欲望丸出し。悪趣味だ。
「オフィスカジュアルがお望みか?ロスタイム、君はもう私達の仲間だ。郷に入っては郷に従え」
「貴女の着てる服が良いです」
「これは新人が着れる服では無い。なかなか似合ってるぞ?着慣れてしまえばどうという事はない」
間も無く三十路の独身女性が着るとなると、この制服がいかがわしい物でしかない。ような気がする。
「さてと姉御、三度目の正直ですね」
「お前は博士と相性が悪い。ジェロニモ、音無零士の襲撃が無いとは限らないから見張っててくれ」
「了解です。俺もあいつと会話するのは御免ですからね……新入り、頼むぞ」
「ロスタイムです」
とても静かな町の中をわたし達は歩く。何人か人とすれ違った。ひそひそとわたしの格好を見て話している気がしてならない。
Monocleで見てくれ。わたしはとても正常な人間だよ。ただ年齢に見合った服を着れないと言うハンデを背負っているだけなんだ。
そして、多分、丁度、十人目の町人とすれ違った時に気が付いた。
「この町、男性が居ないんですか?」
わたしの前をかつかつと美しく歩くサマンサが振り返る事なく頷いた。
「正確には、女が支配する町だ。男性は労働力と子孫繁栄の為に雇われているだけ、家から出る事は無い」
「そんな……政府も
「社会的バランスを保つには、こういうエッジの効いた町や風習を残す方が楽だからだな。男性に性的被害を受けて心を傷付けられた女性達は此処に辿り着く。此処では彼女達に危害を加える者もいない。そして女性は残酷さと母性を均等に天秤にかける事が出来るからな、報復と称して男性を殺したりはしない」
つまりは此処は女性が支配する町であり、女性達の天国なのだ。雇われている男性も何か酷い仕打ちを受ける事はなく、単純に働いている。という感覚で生活を送れているらしい
「さっきから我々を見ていたのは何も君の制服が性的な何かを刺激するだとか、卑猥だとか、異常者扱いされていた訳ではない。彼女達が見ていたのはドランガーだよ」
とんだ被害妄想だった。でも、彼女達がわたしを見ていないのなら心が楽だ。男性しか居ない町にアンバーが住んでなかった事を心の底から感謝する。
「さて、着いたぞ。アンバー・ミリオン博士の家だ」
この町のどの建造物よりも小さな小屋。此処にアンバーが住んでいる、らしい。
「姉御、何かあったら呼んで下さい」
大男はそう言うと、小屋を背にして仁王立ち。サマンサは心配するなと言って彼の背中に拳をこつんとぶつけた。
「ロスタイム、
わたし達、
右手を扉に翳し左眼を左手で覆う。わたしの個人情報がMonocle経由で扉に送られ、アンバーと
無言で小屋の扉が開き、わたし達の前に少年が立ちはだかる。
「少年、邪魔するぞ」
「ダメです!」
「もう許可は下りてるんだ。通してくれ」
「ダメです!」
少しずつ少年とサマンサのやり取りが熱を帯び始めた。この少年もアンバーに雇われたのだろう。そして、良くして貰っているからかとてもアンバーを大切にしているのが見て取れる。
「その辺で止めておいた方がいい、カトレア」
声の主はわたしの知るアンバーだった。
「アンバー様、こいつら性懲りもなくまた現れたんですよ?何故許可を?」
カトレアと呼ばれた少年は憤慨しているが、アンバーが頭をぽんと叩くと渋々わたし達を客人として迎える事にしたらしく、
「再三再四遠路遥々お越し頂きありがとうございます。お入り下さい」
「久し振りだね、ロス。会えて嬉しいよ」
アンバー・ミリオン。わたしの旧友。その綺麗な赤毛も褐色の肌もとても魅力的で昔と変わらない。
「久し振り。わたしも会えて嬉しい」
「くくく、まさかロスを巻き込むとはね。サマンサさんも結構エグい事するもんだね」
「なんと言われても構わない。今日こそは力を借りるぞ博士」
髪を面倒臭そうにかき上げ、わたしとサマンサを交互に見比べる。
「今日は気分が良い。それに一応サマンサさんには三顧の礼を尽くして貰ったのだから、古き良き時代に習い、話を聞いてやるくらいの事はしなくちゃね」
「恩にきる」
「ただし、悪いけどあの大男だけは入れないよ?すぐ頭に血が昇るからねぇ男ってのは」
だんまりを決め込んでいたカトレア少年がそんな事無いですよと講義をしてまたしてもアンバーに頭をぽんと叩かれた。
小屋の中は思った通りの狭さで、そこに本や映像記録媒体がそこらかしこにばら撒かれている。それ以外の場所は綺麗に保たれていてアンバーは小屋の真ん中にある小さなソファに腰掛けるとカトレアに飲み物を出すように命じた。
サマンサは今起こっている事を事細かに説明した。わたしがテロで唯一生き残った事。ジェロニモ。音無零士の存在。
全ての話をアンバーは真剣に聞く。途中途中自分の頭の中を整理しているらしく、サマンサが言った事を復唱したり、聞き直したりしながら。
「以上だ」
「ロス、貴女は一体何に巻き込まれたの?」
「分からないよそんなの」
「名高い中央情報局のエリート、サマンサ・ラマンダが常に後手に回り、不男は負傷。民間軍事会社からロスを引き抜いて、
「我々としては、
「心中お察ししますよ、サマンサさん。そこで私の出番って訳ね」
そうだとサマンサは言う。アンバーは鼻歌交じりに何か考え事を始める。ここでふと、わたしは思った。
アンバーに何が出来るのだろうか、と。わたしの知るアンバー・ミリオンという女性は清楚にして可憐。そして何より変わっていた。
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