第14話 原田と広

忘大和の民意


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 実を言うと、忘大和ワスレヤマトの街並みはとても汚い。道にゴミが落ちていたり、誰かが道端や日陰で横になっていたり、路地で人種の違いから袋叩きにされたりしている人も居る。わたしの国とは大違い。平和の導き手ピースメーカーのお陰で平和になったわたしの世界とは。


 その導き手達が運営する忘大和は外から見ると嫌気が指す程の理想郷だった。選ばれし者達のみがそこで暮らす事を許され、日本人として暮らす。わたし達の国では考えられない戦争をしない国。戦争を生み出さない国。しかし、そんな国でさえ、我等が愛すべき国家は自由とアメリカンドリームの名の下に星条旗を振り、平和を重んじる国を軍事支援国家に迄押し上げてしまった。


 平和の為にと考えられたありとあらゆ最新技術と日本人と真面目さは戦争という非日常の中で大いに活躍して多くの国を支援した。何度負傷しても医療技術とテクノロジーで戦線に復帰する兵士達。最新鋭の武装。そしてそれを扱う戦争屋達。今まで考えられなかった様な勢いで、世界が敵とみなしていた国々が白旗を上げざるを得ない状況に陥っていく。一つ、また一つと国は焼かれた。


 不揃いだったパズルのピースが見事にはまり、世界は良い方向へと漕ぎ出していく。多くの犠牲と哀しみを積み上げて。そしてそれをひた隠しにし、更には仕方がないと切り捨てて。


 しかし、賭け事と一緒で上手くいく事があれば、そうもいかない時もある。PMCの蜂起。と言うよりも暴走。


 原因は最大の軍事支援国家にして全世界が依頼を求める軍事会社、日本の存在だった。PMCは苦渋を舐め過ぎたらしい。侮辱され過ぎたと言ってもいいかも。今の今まで戦争を否定してきた国にあっという間に取って代わられたのだから。故に、彼等は多くの借金を抱え込みながらも軍事力として核を保有する様になる。どの国のPMCでも核を持たない会社は無くなった。どうやって手にしたのか、それだけは幾ら調べても出てこなかったけれど、誰かが、きっと誰かが売り捌いたのだ。


 どういう意図があったかは定かではないけれど。


 兎に角、核が出回った。抑止力としての核が、軍事力に変わった瞬間。当時のPMCとしては新設の会社でミスが起こってしまう。核が放たれたのだ。


 後は簡単。撃ったから撃ち返し、撃ち返したから撃たれる。以前、電脳ネットの海の中で昔の有名な文豪が残した小説をコミカライズした作品で主人公が言っていた「堕ちるのって簡単だな」、と。仲良しこよし、お手手繋いでどの国もしっかり痛み分け。気が付けば、どこからともなく現れた平和の導き手ピースメーカーが覇権を握り、お偉い方がそれに縋り付いて擦り寄って今に至る。


「詳しいな、斑鳩イカルガは」


 少年は興奮気味に言う。すぐ隣で話しているのに、距離感が掴めないのかとんでもない声量だ。始めは子供を絵に描いたような子供を演じているだけかも知れないと思った。仮に例えそうだとしても、この子はこの子。わたしは幻滅なんてしはしない。正に純真無垢な子供達イノセント・チルドレン


「別に大したことないわ。ここに来る前、わたし社会不適合者だったから。学校の授業もそっちのけで電脳ネットに潜る日々だった」


 この話題に対しても凄い勢いで食いついて来る。純粋と言えば綺麗だけれど少し可哀想だなと思ってしまう。


「その位にしておきなさいよ、ヒロ。斑鳩だって、何も全部が全部話したい事でもないでしょうから」


 わたしが小さな溜息を一つ吐く、広はそれを見てがっくりと肩を落としてしまったので頭を撫でてあげた。するとまたさっき迄の広に戻る。


「確かに全部が全部話したい事でもないし、聞いてもつまらない事もあるからね。ごめんね?広」


「これは年長者としての警告だけれど斑鳩も私も女だからね、女性の扱い方一つで世界は変わると心得た方が良いわ」


 大袈裟だなと思ったけど、篝さんの表情は真剣そのもの。わたしも広もなんだか可笑しくて笑ってしまった。


 何が可笑しいのか、とでも言いたいのか首をかしげる。その仕草がまた可愛らしいのだ。篝さんはリアルは幾つなのか分からないけれど、男性だったらきっと放ってはおけないだろう。参考にしなければ。


「あっ、原田!」


 原田こと、原田団蔵ハラダダンゾウはわたし達、座敷間組のNo.2。丸坊主でトッコウフクと言うらしい何とも派手な羽織を着こなしている。座敷間さんと原田さんが始め二人だけでこの忘大和と言う嘘だらけの楽園で正しい道を歩もうと必死に人を集めたんだ。その方法は少し強引でも、それでも自分達の為、そしてわたしやミヤコの様に迷い込んだ人々を救済する為には仕方ないと思う。


「広!何呼び捨てにしてるんだ?原田さんだろ?」


 いつもの如く「いいじゃないか、原田さんだと他人行儀だし」と、広。サムもこの子の様に純粋な時があった。母さんが作る肉料理を摘み食いしてしまって怒られた時に広みたいに調子の良いことを言ってたなと思い出す。そして、あの味を思い出しながら試行錯誤して作り上げたロスタイム・パラドクス作の肉料理は、なんともとも複雑な味わいだった。苦くて、しょっぱくて、辛い。なんとも複雑な味わいだった。


「原田さん、お疲れ様」


 篝さんは軽く会釈をする。わたしも習って軽く会釈。ぎこちなかったようで、原田さんと篝さんに笑われてしまったがまぁ良しとしよう。中学、高校とわたしがどれ程女性としての素養を得る事から遠ざかっていたのかはこの有様を見られてしまえば一目瞭然だ。キャミィ・ティアは常に流行に敏感で見た目と性格も含め可愛らしい子だった。そして、アンバー・ミリオンは綺麗。天才。少しだけ性格に難あり。


 二人共わたしにない物を持っている。


 神よ、余りに不公平ではないか。わたしには何も無いのか?いや、そんなことは無い。わたしには今、かけがえのない仲間達がいる。篝さん。原田さん。広に都、そして座敷間さんとグループのみんな。


 何故、今までわたしは忘大和ワスレヤマトを疑わなかったのだろう。毛嫌いしていたから。ヘルスィが関わってるから。でも気が付けば此処にいて、此処にはわたしが探し求めていたリアルがある。此処に来た理由?そんな物はどうでもいい。そう、どうでも。


 わたしは当時の学生服を着こなしている。容姿もまぁそれなり、悪くもなく良くもない。何を隠そう、わたしのこの身体は学生時代のそれだ。女性的な身体つきになる前のまだ未成熟なわたしの身体。この世界では自らの姿、性別を偽る事が出来る。


 忘大和にとっては良い国民であればそれで良いんだと言ったのは確か原田さんだった気がする。


 どんなに争いを起こそうとも原田さんや座敷間さんはこの世界から追放される事はない。それは忘大和側がその行いを日本という国の枠組みから逸脱していないと、そう認識しているからこその容認。という事らしい。


 と言うのも、日本では学生運動が盛んに行われた時があったし、考えかの違いからテロだって起こった。という過去がある。こうした経緯、というか過去があるが故に、わたし達の行いは彼等のルールから外れていないらしい。


 何ともまあ腐ってる。ヘルスィ・パラドクスと同じくらい。歪んでいるのだ。


「さて、座敷間からの伝言だ。彼奴らに奇襲をかける、とさ。自由の為に」


「また何人もの人が犠牲になるのね」


「仕方ないよ篝さん。それもこれも自由の為だもの」


「そうだ。篝、斑鳩、誰も失わずに何かを成す事は出来ない。分かるよな」


 この国でわたし達は自由の為に生きるんだ。何を犠牲にしても。





 








 

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