第15話 本屋にてカオス
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作戦会議は夜中から始まった。集まる場所はアクアツリーロードと呼ばれるこの街のメインストリートの真ん中にある小さな本屋。文庫が置かれているのが一階。漫画が置かれているのが二階。レトロな音楽が流れてる。なんて曲だっけ、そう思ってたら思い出せたのは演奏者の名前だけ。
客は一人もいない。座敷間グループの皆、広、篝さん、原田さん、誰一人として口を開けず黙り込んでいる為、空気が重たい。わたしにとっては初の作戦会議で、何かを発言するべきではないなと判断してそこら辺にあった本を手に取る。
外の世界ではデットメディアなんて言われているし、紙ベースの本を手に取るのは初めてだった。驚愕の真実、第二十四巻。と帯に書かれているのを見てこの本を元あった場所に戻す。本は一冊で終わる物を読むべきだ。そう言ったのは確かアンバーだった気がする。当時、その言葉が何故だか説得力に溢れていて、誠に勝手ながらアンバーの拘りを今に至るまで守り抜いている。物語が引き伸ばされたり、人気が出てしまって出版社側から無理に続きを書いて欲しいなんて言われたら続いてしまうものもあるのだ。それがどうも好きになれない。勿論、そういう作品だけではないのも知ってはいるけれど。
「斑鳩、何か欲しい物でも?」
篝さんが張り詰めている空気に耐え切れなくなったのか声を掛けてくれたので、わたしは二十四巻を手に取る。
「あぁ、それか。中々良い話だ、グロテスクな描写が多いが、気にならないなら読むといい。此方の感情を掴んで離さず楽しませてくれる」
「わたし、本は続き物読まないの」
「そうか、何か理由でも?」
その問いに答えようと口を開けてから気が付いた。ここにいる全員がこちらを見ている。そこまで気になるというのか、わたしの拘りが。いいだろう、ならば教えてあげる事にしよう。
「学生時代からそうなの、本って一冊の中で全てが完結してるから美しいと思う。人の命もそうでしょう?」
アンバーの言葉をそのまま使ってわたしは答えた。すると一瞬間を置いて一斉に笑い始めた。原田さんは腹を抱えてげらげら、広は涙目になりながら床を激しく手で叩き、皆は顔を見合わせては笑い、肩を組んでは笑い、この人達ならいつまでも止まる事がなく笑えるのではないか、そう思った時、
「さぁ、始めるとしようか」
座敷間さんの声が空間を切り裂くと、皆から笑顔が消えた。
「斑鳩、拘りが強いと長く生きらんねんだ。覚えとけ、あとお前等は笑い過ぎだ」
わたしと、メンバーの皆はこくりと頷く
「座敷間の言う通りだ。俺達だって初めはそうだったろ?拘ってたろ?この世界に対しても、外の世界に対してもな。しかし、俺も笑ってしまったから大きな事は言えないがな」
座敷間さんが切り裂いた空間を何事も無かったかのように縫い合わせ、場の雰囲気を調整した原田さん。こう言う所が彼がこのグループで座敷間さんの相棒で居られる理由なんだろうな。関心。
座敷間さんが話を始めた。
「音無達の勢力がどういう訳か拡大してる。どうも怪しい。俺が考えるに
少し楽しそうだな、そう感じた。座敷間さんの言葉に反応した誰かが明らかな不正に対して怒りを露わにすると、伝染病の様にその怒りの感情が皆に移っていき、あっという間に音無グループと
伝染する暴走、その奔流からは誰も逃れる事が出来ない様で身を任せる。身を委ねる。
五分か十分が経ち、わたし達は誰からとも無く落ち着きを取り戻し、何事もなかったかの様に本を片付け始めた。誰もが無言で。座敷間さんがすっと右手を挙げ、わたし達は座敷間さんに意識を集中する。はっきり聞こえる程大きくそして大袈裟に座敷間さんは深呼吸。
「ここから2ブロック先に音無派の奴等が隠れてるらしい。2ブロック先だ」
原田さんが気怠げに、
「2ブロック先と言えば俺達の縄張りだ。そんな所に奴等が何の用だと思う?」
偵察?と答えた篝さん。誰よりも早く答えた篝さんに尊敬の眼差しをおくるメンバーだったが、どうやら違う様だ。何故なら、座敷間さんが挙げている右手をぱたぱたと振り、否定したからだ。
「どうやら音無達の中に裏切り者が居るらしくてよ、そいつらがコンタクトを取ってきたのさ。こっちにつきたいってな」
本当だとしたらこれは好機だ。音無派の動きは神出鬼没で此方は悔しいけれどいつも後手に回っていた。彼ら側からしたら裏切り者でも、此方側からしたら情報提供者、言うなれば同志なのだ。だがしかし、それをまるっきり信じて懐に迎え入れる程、わたし達も馬鹿ではない。接触する必要がある。吟味する為にも。
大まかな趣旨を話し終えた座敷間さんはわたし達の反応を見ている。座敷間さんは原田さんと違い筋肉隆々という訳ではないし、背も男性の平均身長と比べたら低いくらいだろう。そんな彼だが指を一つ意図的に動かすだけで誰もが注目し、話し始めれば誰もが聞き入る。そして最後にはその存在感が周りを支配して、錯覚してしまう。
何故単眼巨人なのかと言えば、それは座敷間さんの特徴的な髪型のせいで前髪長く、右眼しか此方からは見えないからである。音無派の人達も、座敷間さんを単眼巨人と呼んでいるらしい。案外気に入ってる名前らしく、自ら名乗りこそはしないが、ふとした時に誰かに呼ばれるとニヤリと笑う。とても分かりやすい所もお持ちなのだ。
「今回は、顔を知られてない人間が接触するべきだな」
そう言ったのは原田さん。座敷間さん達はもう殆どの人が音無派に顔を知られている。罠だった場合を考えるとリスクが大きすぎるのだ。顔が知られていない。つまり、わたしや割と新人の篝さんなら話は別。
「此方への亡命希望者と素性を明かさず接触して事の真相を突き止め、本当に音無派を裏切るのなら喜んで迎え入れる。ですか」
篝さんは的を得ていた。
「そう。篝の言う通りだ。違かったらそりゃ、血祭りに上げるしかねぇな」
不敵な笑みを浮かべる座敷間さんを見て原田さんが笑う。つられて一人、また一人と笑う。
大きくなる音。
笑い声。
壁や床を叩きながらお腹を抱え笑う。
そんな中、わたしは笑わなかった。
というよりは笑えなかった。
何をどうしたら笑えると言うのだろう。きっと今笑っている人は、人を殺める重みを忘れてしまった人だと思う。
例えば、鈍器。相手の頭に振り下ろして西瓜みたいにぱかりと割る。例えば、刃物。相手の身体に入っていく感覚を自分自身が感じながら相手が徐々に息をしなくなるのを見守る。例えば拳銃。
ぱぁん。終わり。とても軽々と人を殺める事が出来る。重いのは銃本体だけ。発砲自体は意思さえあれば簡単。
銃の重さを忘れた奴が戦争を起こす。ふと、言葉が思い浮かんだ。誰かに言われた言葉なのか、それともテレビか電脳の中で見聞きした物なのかは分からないけれど、何か特別な意味を持ってた言葉の様に思える。
心が一瞬だけ騒ついたが、次の瞬間には落ち着いた。
何を考えていたのか、思い出せなくなった。
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