第5話 中央情報局の二人

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 サマンサはキャミィに追い出された二日後にまた現れた。わたしは、待ってましたと言わんばかりに言葉を紡ぐ。お元気でしたかサマンサ・ラマンダ。お綺麗ですねサマンサ・ラマンダ。


「と、言うわけです。サマンサ・ラマンダ。いえ、サマンサ。わたしは貴女方を尊敬しています。協力させて下さい」


「前とはえらい変わりようだな。何か企んでいるのか?」


「とんでもございません。わたしはただ……」


「姉御、こいつが?」


 トロールを絵に描いたような馬鹿でかい人間がわたしの背後にいる。そう感覚した時には既に遅く、


「戦場なら死んでるぜ、お嬢ちゃん」


「戦場なら、ですよね?」




 響き渡るナースコール。




「はっ、面白い!姉御、こいつはなかなかの上玉だ」


「見込みがあるだろ?この平和な世界で反抗心を忘れていない。珍しい種類の人間だ」


 御謙遜を。わたしは貴女達が思っているよりもずっと一般的な成人女性だと自負しています。


 虎髭を生やしている馬鹿でかい声の馬鹿でかい男は自分の履いているズボンで手を拭くと、


「ドランガー・ゴイル。中央情報局諜報専門家だ」


 右手を差し出してきたので握手を返し軽く挨拶を交わす。


「ロスタイム・パラドクス、元トリビュート所属の一般市民です」


「戦闘経験は?」


「実践はまだ。仮想現像ヴァーチャルでなら仕事の合間に何度か」


仮想現実ヴァーチャルでも経験があればましな方だ」


 トロール、虎髭、もといドランガー・ゴイルは腰のホルスターから骨董品アンティークを取り出し、曲芸師がナイフで遊ぶようにくるくると慣れた手つきで扱う。


 わたしはこれが暴れないかどうか心配でその場から動けなくなった。


 ドランガーは一息ついて、


「持ってみろ」


 ゴツゴツしていてずしりと重たい。実物を見たのも触るのも初めてだ。しっかり握ってから少し驚いた。手に馴染む。


「案外重いんですね」


「それを重たいと感じられる事を誇りに思え、そしてこれから二度と銃を手に取るな。銃の重さを忘た奴が、戦争を起こす」


「銃の……重さ」


 わたしには分からない何かを、ドランガーは背負っているのだろう。言葉に重みがある。


「それで、私達に協力すると?君には平和の導き手ピースメーカーから次の就職先が与えられたはず、これ以上何を求める気だ?」


「アーリントンに行きたいんです」


 ドランガーはそんな場所に何しに行く気だ、とでも言いたそうな顔をしている。サマンサはというと、わたしの要求の意図を探っているようで、眉間のしわが少しだけきつくなった。


 サムが、弟が最期に行った場所。


 そこは国立戦没者墓地アーリントン。そしてまたの名を、


無縁墓地ポッターズ・フィールド?そんな場所に何がある?」


 わたしにも分からない。それでもそこに行く事で分かるかもしれない。だからこそ、わたしは、少なくても今は、中央情報局を利用する意味がある。


「わたしの弟が、二年前死んだんです。死因は本人の意思によりプロテクトがかけられてて見る事が出来なかったんですが、最期に立ち寄った所だけは履歴が残ってて」


「それが無縁墓地ポッターズ・フィールドだってのか?馬鹿を言え」


「あそこは私達が管理してる。一般人が通れる訳がない」


 サマンサの言う通り。簡単に言うと、無縁墓地ポッターズ・フィールドは縁故者が居ない人達が入るお墓だ。


 そして昨今のとても平和且つ清潔な世界においては、中央情報局が亡くなった人達の情報を管理しているのだ。


 理由は不明だが、何処かの狂った人間が死者と機械人形アンドロイドのハイブリッドを造って世界を統治しようとした。


 そしてそれはアメリカの誇る特殊部隊により未然に防れ、未知との遭遇の時と同じように闇に溶け込ませ、存在自体を消した。という説が電脳ネットの世界では専らの噂。まことしやかに語られている。


 二度と災厄を繰り返さないように。政府は墓を守っているのかも知れない。


「貴女の言う通りです。一般人ではあそこには入れない。でも確かにあそこに居たと、わたしのOZが突き止めたんです。間違いありません」


「テロとの関係がある。と?」


「いえ、分かりません。正直なところ、あのテロの時もわたしは生きるのに必死でしたから、関係があるないの判断基準が定まりません」


「ふむ、無理もない。私でもその場で正確に物事を判断できたかと問われたら返答に困る」


「ただ、私が眠っている間に誰かがお見舞いに来ていて、看護師に聞いて名簿を見たらそこにはジェロニモと名前が書かれてた。それだけです。わたしが持っている情報は」


 ジェロニモ。二人は顔を見合わせる事なく同じ事を考えている様だ。流石は中央情報局。ジェロニモだけでも察しが付くらしい。


「やはり君を一人にしておくわけにはいかないようだな。ロスタイム・パラドクス、君はあのテロの中で奇跡的に生きていた。そして君を見舞いに来た誰かがジェロニモという痕跡を残した。偶然にしては出来過ぎているな」


 確かにサマンサの言う通り。わたしにジェロニモなんて名前の友人はいない。テロとわたしに会いに来た誰かは確実に無関係ではない。


「姉御がここまで言ってるだ。お前も大人しく俺達と一緒に来い」



「スカウトって事?」


「そうだ。私達は君というあの場に居た貴重な生き残りを手放したくない。そして君はアーリントンに行きたい。双方の状況を鑑みれば我々が組むのは道理だと思うが?」


「確かに、そう。じゃあ交渉成立ね」


 駄目だよ?、と声がわたし達のいる病室に響く。聞き覚えがある声だ。


「キャミィ……」


 扉の前に立っているのは、キャミィ・ティアだった。口元が緩み、薄く笑みを浮かべている。膝はガタガタと震えていて、その手には銃が握られている。


「ただの看護師じゃないみたいだな?姉御」


 分かってる、そうドランガーに吐き捨てたサマンサはキャミィに近づいていく。


「君は何処でそんな物を手に入れた?」


「駄目、駄目駄目駄目駄目駄目!私は守らないとならないの!」


 童顔で可愛らしいキャミィはもう其処にはいない。何かの箍が外れている。キャミィ、貴女ってそんなに八重歯が尖ってたのね。今の今まで気が付けなかったわ。


「姉御!精神安定数値が異常値だ」


 Monocleでドランガーは彼女の情報を暴き続ける。きっとあらゆる数値が常人のそれを大きく上回っているか、下回っているかの極端な数字の羅列が踊り狂っている事だろう。ここで初めて、私の方がキャミィより健康状態、精神状態共に問題がない事になった。


「キャミィ、落ち着きなさい。大丈夫だから、その銃を離しなさい」


「駄目、駄目よロス!そっちに行っては駄目!」


 銃口はわたしの方を向き、彼女は引き金を引いた。が、サマンサが彼女にタックルを仕掛けた為に標準は定まらず、一瞬宙に浮いたキャミィはそれでも引き金を引く。


「新入り!伏せろ!」


 ドランガーの声に身体が反応するまで数秒かかった。何とか姿勢を低くする。


 ぱあん。


 乾いた音が病室に木霊し、銃弾が放たれた。ドランガーはわたしを押し倒すと、その上に覆い被さりわたしを守ったくれた。


 静寂サイレント


「姉御、無事ですよね?」


「無論だ。わたしよりこの看護師の心配をしてやれ、反動リコイルの所為で腕が吹き飛んだ。打ち所が悪かったな。もう死んでる」


 銃の重さを、キャミィはどう感じていたのだろうか。今となっては聞くことも出来ない。


 気付くと確かに血の匂いがした。これはキャミィの血、そしてドランガーの肩から滴り落ちてわたしの額にぽたぽたと落ちてくる血の匂い。


「あ、ありがとう」


「気にするな、新入り」


「そう……。もうどいてくれるかな?」


「気にするな、新入り」


 息がかかる。不快。


「新人をからかうな。さて、騒ぎが大きくなる前にここを出よう」


 火災感知器が久し振りに煙や熱を感じ取り、仕事だ仕事だと張り切ったのだろう。勢い良く放水が始まり。わたし達はびしょ濡れになってしまった。


 ドランガーはサマンサの指示に従いわたしから離れ、そしてキャミィの持っている銃をぶん取った。


 わたしはキャミィに命を狙われた事がショックでならないが、涙は不思議と流れなかった。代わりに、内側から込み上げてくる物を堪えきれずにベットにぶち撒けた。


「キャミィ……どうして?」


「無駄だ新入り。死人は何も語れない。それに、その看護師が何を考えていたかを考えてる時間もない」


 病院の彼方此方で警報が鳴り響き、患者も看護師達もパニック状態になっている中、わたし達はその場を後にする。


 歩きながらサマンサは言った。


「君は何かとんでもない物を敵に回したようだな」

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