第4話 違和感と嫌悪感

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 不愉快極まりない忘大和の新たなる国民を発表するだけの映像が液晶に映し出される。固唾を飲んで見守るギャラリー達が何かを叫んでいる。


 わたしの父親、ヘルスィ・パラドクスは平和の導き手ピースメーカーお抱えの開発者クリエイター。それを知ったのは、わたしが成人してからの事だったと思う。


 ヘルスィは飲めないくせに酒を飲み、酔っ払ってはわたし達を怒鳴りつけ、泣きべそをかいてるわたし達を母に任せて酒を飲み、タバコを吸うような典型的な『父親』だった。


 そんな環境下でも子供は親を嫌う事は難しいもので、わたし達は父親が滅多にない休みを使っておもちゃ屋さんに連れて行ってもらうだけで嬉しかったし、これがなんとも哀れだが、愛してた。


 ヘルスィ・パラドクスは人間として何かが欠けている。


 大人になったからこそ、わたしはそう思う。


 何かが欠けた男が家族を放置し、職場の女と快楽に溺れながら創り出したのが忘大和ワスレヤマト


「凄いよね、電脳世界に日本を創り出すなんてさ……私のお父さんだったら自慢しまくるのになぁ」



「父とは子供の頃余り会ってなかったから自慢も何もないの。それにわたしにとっては……」


 消したい過去でしかないんだよ、キャミィ。貴女みたいに何も知らずに凄いなとか言えるのって純粋なのかも知れないけれど、無神経だと思うんだよね。出かかった言葉を呑み込む。


「ロスにとっては?」


「ううん。なんでもない」


こん。こん。と扉を叩く音がわたし達の友達ごっこを終わらせてくれた。


 キャミィが戸を開けると、そこに現れたのは私達より少し歳を重ねた女性。赤髪を後ろで束ね、眉間には少しシワがよっている。仕事が出来る人なんだろう。それと同時に出来過ぎる為に声を掛けてくる男性もおらず、本人から好意を伝えたりもする事はない。そんな強い女性に見えた。


 整った顔立ちの彼女はキャミィを視線にすら入れずにわたしの方へ向かってきて、


「ロスタイム・パラドクスだな」


 と、無表情で問いかけてきた。


「はい。そういう貴女は?」


 無表情で返した。


「サマンサ・ラマンダ。テロについて聞きたい事がある」


 キャミィが学生時代から変わらない可愛らしい顔から、仕事の顔に戻ってサマンサを止める。手続きをとって下さい。まだ彼女は目覚めたばかりなんです。とかなんとか。が、それを気にする素振りをこの女は見せない。


「サマンサさん。彼女は殆ど無傷ですけど、それでもここの患者さんです。いきなり入って来て何なんですか?」


「君には関係ない。これは私達とロスタイム・パラドクスの問題だ」


 その声はとても鋭く、そして綺麗だった。


「失礼ですが……」


 キャミィの反論をわたしは制止した。


「いいよ、キャミィ。それで……サマンサさんは何者?一応わたし、PMCトリビュートの人間なんですけど」


 お分かり?と上目遣いで示しサマンサを見る。


「会社を通せ、か。その心配はないロスタイム・パラドクス。君の会社は解体された」


「誰に?」


 平和の導き手ピースメーカーにだよ、とサマンサは言う。当たり前だろ。と言わんばかりの口調で。


「何の権利があってそんな事を……」


「君達トリビュートはテロを未然に防ぐ事が出来なかった。それにより我々の仲間も、一般市民も死んでしまった訳だ。そんな中で、お前だけが生き残った」


「仲間って……貴女は中央情報局の?」


 キャミィはわたし達、非一般人の会話に入ってくる事が出来なくて、ただその場を静観するしかなかった。


 無理もない、これは平和の裏側の人間達の話。


「そうだ。ロスタイム、君は自由だ。就職先については後日平和の導き手ピースメーカーが新しい物を見繕ってくれるだろう」


「ちょっと待って下さい、社長に連絡を……」


「社長?おかしな事を言うなロスタイム・パラドクス。聞くが、君は社長の顔や名前を知っているのか?」


 知りません、と答えわたしはサマンサとの会話が不快な物に思えてきた。あしらっても、煙に巻こうとしても食らいついてくる。格が違い過ぎる。


「だろうな、君の所属していたトリビュートだが、あれは民間軍事会社などではない。あれは平和の導き手ピースメーカーのリソース組織。上の人間なんて存在しない。単純に守られてたのよ、貴女達はね」


 守られていた。護られていた。ダレに?


 わたしのセカイが少しずつ音も無く壊れていく。


 砂時計のようにサラサラと足元が底に吸い込まれていって、『わたし』の個性アイデンティティが全て剥がれ落ちていく。


 消え失せていく。


 失われていく。


「こ、これ以上はやめて下さい!中央情報局だかなんだか知りませんが迷惑です!!」


 キャミィはサマンサを押しやり扉から追い出した。また来る。そう言い残してサマンサ・ラマンダは去っていった。


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。わたしらしくもない。取り乱してセカイを遮断してしまうなんて。


 わたしは守られていた。


 今の今までどこの誰かもわからない連中に勝手に守られ、そしてその中で満足していたんだ。それが恥ずかしくて、悔しくて、液晶の中でまるで神のように崇められているヘルスィの姿を見て久し振りに殺したくなる程の怒りを覚えた。




 ヘルスィからアフガンにいる私に連絡が来たのはあの日が最初で最後だった。


 出る気は無かったが同僚がどうしても出ろと言うので仕方なく電話を取った。液晶開示を求めてきたが私はヘルスィの顔は見たく無かったので拒否を選択し、電話に出た。


[ロス、元気か?]


 ヘルスィは父親のように私を気遣う。余計なお世話だ。


[元気よ、貴方に心配される意味が分からないけど]


[すまない]


 謝ればいいという物でもないだろうに。


[要件は?わたし忙しいんだけど]


[サムの事だ]


[サム?どうしたの?]


 忘れもしない。ヘルスィが言った言葉をわたしは決して忘れはない。


[実は言ってなかったが、アフガニスタンにお前が渡った後、サムを引き取ったんだ]


 聞けばサムたっての希望だったという。それが嘘か誠かよりも重要なのは、ヘルスィ・パラドクスという人間が自分は父親だという自覚を持っている事だった。


[何してるか分かってる?わたし達はもう貴方の子供じゃないわ!]


[それでサムの事だが……]


[話を聞きなさいよ!]


[亡くなったよ、数時間前に]


 サムが死んだ。それも今日。


 わたしが弟の死を知ったその日、五月五日は子供の日であり、わたしとサムの誕生日だった。


[それだけ伝えたくて、あと、誕生日おめでとう]


 これがサプライズプレゼントだとしたら、わたしは見事に驚かされたわけだ。電話越しだろうと異常者に構っているだけで自分も異常者になり兼ねない。それを察してわたしはヘルスィとの通話を切断した。


 本当にサムが死んだのか、ひょっとしたらヘルスィのついた嘘かもしれない。でも嘘をつく意味がない。とするならばやはり死んだんだ。


 ヘルスィと過ごしたから。


 緑色の病院内を車椅子に無理やり乗せられて移動する。わたしみたいに軽傷ですんだ人間でさえ、精神治療セラピーやリハビリをしなければならない。


 この一ヶ月間は地獄だった。突如としてわたしから何も奪い去ったテロと平和の導き手ピースメーカー。そして、明らかに関係があるであろうジェロニモ。


 二つを繋ぐと自然に同時多発テロセプテンバー・イレブンの首謀者に行き着くわけだ。


 何故なら、ジェロニモはかつて目標にアメリカ側が付けた記号コードだから。


 今頃になってこの平和が全てを牛耳るこの世界でテロを起こすつもりなのか、だとしてもそれを成そうとする人間がどれ程少ないかは容易に想像がつく話で、きっと片手で数えられるくらいのものだろう。


「ロス、平和の導き手ピースメーカーからの手紙、届いたよ」


「ありがとう。後で見るからその辺に置いてて」


 手紙の内容は実にお節介で、長々と今回のテロについて書かれた手紙で次の就職先まで幾つか用意してくれるというものだった。


 わたしは無心でその手紙を引き裂いた。


 リハビリと精神治療セラピーを月の前半で終わらせ、後半は電脳の海へ潜り世界と繋がる事で暇を潰し、キャミィの愚痴を夜な夜な聞く日々の繰り返し。


 死亡者リストを漁ると簡単に弟の名前と顔写真が出てきた。ヘルスィにそっくり。凛々しくそして謎めいた雰囲気を醸し出している。死因を調べると、


 本人の希望によりお見せする事が出来ません


 と弾かれてしまう。わたしにすら見せたくない死因だという事か、それとも昔のサムはわたしの中だけに存在していて、始めからサムはわたしを嫌っていたのかもしれない。


 アフガンにいる間は忙しかった。だから時間を持て余す事はなかったのだが、何もする事がないというのはこうも退屈なものなのか。けれど、そのお陰でわたしはサムの死について考える時間と向き合う決意が出来た。


「OZ、サムタイム・パラドクスが最後に行った場所を調べて」


 独り言にしては大きく、誰かに話すにはベクトルが向いていない。そんな声に反応するのがOZと呼ばれる端末だ。これはMonocleと同じく製造元が平和の導き手ピースメーカー


 昔、機械人形アンドロイドがアメリカや中国、その他多くの国を巻き込んで人類に対して戦争を仕掛けた事があったらしい。それからというもの、人工知能や機械人形アンドロイドは見直され、修正され、淘汰されて最後に残ったのがこのOZという訳だ。


 人類の為だけに思考し、提案する。とてもクリーンな人工知能。


 多くの派生があるOZだが移り変わりが激しく、その分劣化も激しいので、わたしは自分で改造しているのだが、どういう訳か少々ピーキーな仕上がりになり過ぎた。


「サムタイム・パラドクスって……君のおとうとじゃないか、弟の居場所も分からないのかい?」


 首から下げてるネックレスがわたしに話しかけてくる。


「いいから調べて。いる場所なら分かるの、今いる所は天国よ。そうじゃなくて、何処にいたのかが知りたいの。理解出来た?」


「勿論さ!僕に任せてくれ」


 OZは無言でサムタイム・パラドクスを探し続ける。監視カメラ、通信履歴、あらゆる物を元にサムの足跡を辿る。


 手持ち無沙汰なわたしは前髪を弄る。大分前に切ってそれから伸ばし続けていた。そろそろ切らないと。


ご主人マスター、貴女の弟が最期に訪れたのはアーリントンみたいだね。これは面白いよ」


「アーリントン?国立戦没者墓地に何の用?」


「それが分からないから楽しいんじゃないか。行ってみよう」


「行けないわ」



「何故だい?」


「分かってるくせに……貴方が見つけ出した痕跡を追おうにも、あそこは中央情報局の監視下にあるでしょ。わたし達だけでは行けないの」


「あははごもっとも……しかし困ったな、弟の死について何か分かればと思ったんだけど……」


 人工知能が困り果てる。見事に。自然に。


「OZのお陰で道が見えてきた、ありがとう」



 弟の死の真相を追う事。何もかもなくなった今、それだけがわたしに残された、生きる意味なのかも知れない。ともすれば、やるべき事は決まってる。



 

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