第9話 忘大和へ
09
緑色の制服を完璧に着こなし、登校早々多くのファンを作った褐色の転校生。彼女の名はアンバー・ミリオンと言うらしい。
如何やら、わたしとキャミィのクラスに転入してきたらしい。わたしは転校生の挨拶。自己紹介。を聞くよりも重要な情報で溢れている
本来、屋上に出る事は不可能で学校が独自の配列と偏った知識で編み出した暗証番号によりセキュリティロックが掛けられているのだが、わたしにかかれば簡単に開けられてしまう稚拙なコードだった。
この空間だけは平和から隔離された空間なのだ。そう思える事がわたしの喜びだ。ヘルスィから解放されたような、そんな感覚にわたしは酔い痴れていた。
そこに何の前触れも無く彼女は現れたのだ。褐色の肌、綺麗でそして神々しくも感じられる赤い髪。そして何より、わたしには当時無かった胸の膨らみ。彼女が現れた時、わたしは少しだけ呼吸を忘れて見入ってしまった。
「担任に君を探して来てくれと頼まれた。キャミィ・ティアさんと何故だか私が君を探すメンバーとして選出されて今に至るんだが、こんな所で何をしてる?」
「あ、うん。学校をさぼってるんだ。わたし決められた事を守るの苦手なの」
そう言ってわたしは胸元からペンダント型のOZを取り出し、起動させた。
「ご
「別にいいでしょ?勉強は出来てるんだから。さぁ、始めましょう」
「はぁ……了解です。今日は何から?」
「そうね、戦争について。テキストで読む戦争と同じハリボテの物は除外して。本当の戦争、真実だけを読み解くとしましょう」
わたしの声に反応したOZは文字盤と液晶を交換に浮かび上がらせる。そして、わたしは
「なにをする気?」
「現実逃避、かな」
わたしな
そして辿り着く、無数の本棚とレトロな音楽が流れる場所。此処がわたしの秘密基地。わたしだけの空間。
手に取るのは戦争についての本。核戦争、世界大戦、紛争。わたし達が触れる事の出来ない世界の話。でも確かに現実に存在していた話。
誰もが核の恐怖に触れ、誰もが被曝してしまった。そしてその被害から人々を救い出したのが
最先端の技術、医療を駆使して次々と問題を解決していった彼等は、気がついた時には政府を支配していた。
「OZ、此処まではいつも見てるから、入ってこない様にしてくれる?」
「すみませんご
「貴方のエゴに毎回付き合わされてるわたしってどう?間抜けじゃない?」
とんでもない、とOZは人の様に返答した。わたしは構わず文字盤を叩く。打ち込んだ単語は[戦争、核、特殊部隊]の三つのワード。
液晶が検索していますと自己主張を繰り返す。そして直ぐにエラーで弾かれる。
「これは検索してはいけません。って訳ね」
「みたいだね、奴さんにとっては都合が悪いらしい……あ、ご
「何?」
「お客さんみたいだ」
全く気付かないうちに、わたしの鍵付きの部屋に勝手に侵入して来た不届者は、さっき目の前に居た褐色の転校生だった。
「どうやって此処に?」
「どうって、君を追って来ただけ」
わたしの鍵付きの部屋に、この子はいともたやすく入って来た。彼女はわたしの部屋を見渡す。多くのデータが集められ纏められて本棚に綺麗に収まっている。
此処にわたし以外の人が来たのは初めてで、わたしはどうしたら良いのか分からなくなる。
「私はアンバー。アンバー・ミリオン」
「どうも。わたしはロスタイム・パラドクス」
恐らく、この学校始まって以来の、そして今後も現れる事が無いだろうと思うしか無い程の美人。アンバー・ミリオンは綺麗だ。
「教室に戻ろうロスタイムさん。皆が待ってる」
「待ってるのはキャミィだけだよ、アンバーさん。わたしは学校で勉強なんかしなくても自分で補える位には頭が良いの」
小さい時、母さんがわたしを褒めてくれた。絵を描いた時、本を読み終えた時、失恋した時、そしてテストで初めて百点を取った時。それ以来、わたしはわたしなりに褒められるという事への欲求は強くなり、見栄を張る事もしばしばある様な、とても子供な学生になってしまった。
そう自覚しておきながら、悔い改める気が無いのがわたしという人間の個性。学校に居るのは父親に会いたくないから。母さんが居ない家に帰りたくないから。弟に振り回されたくないから。だからこの全寮制で尚且つ女学生しかいない中高一貫校を選んだのだ。
「何を調べてるの?」
「戦争について」
「何の為に?」
「わたしは自分で見た事、感じた事を信じて生きたいの……悪い?」
不思議と素直に自分自身の事を話せてしまう。
「それは分かった。貴女が自分の趣味に没頭するのは構わない。でも、私も先生に頼まれた身なの。悪いんだけど、教室に戻ろう?」
「優等生ね。尊敬するわ」
「ううん。そんなんじゃない。私は単純に、楽に生きたいだけ、貴女みたいに学校と言う社会を無視しようとしたり、反抗的な態度を取ったり、戦争を起こした大人達みたいに人を殺したりしない。私はもっと楽に生きたい」
これがアンバーと言う女学生の全てだった。楽に生きる。それは簡単そうに見えて実はとても難しい生き方。わたしは自分らしく生きる為、ヘルスィや政府の思い通りにならない為に、自らの生き方を選択した。正直な所、この学校においてそう言った感覚を共有出来る人間は居なかった。
キャミィは今年の流行の服は五十年程前の服なのと言ってモールに出掛けては服を買い集めるいつの時代にもいる普通の女の子だし、他の生徒に至っては早く大人になりたいと嘆くだけで非行に走る者も、学校側に何かを抗議する者も居ない。
そんな中でわたしとアンバーは何だかとても、妙に同類の様に感じた。
「でも、こうして学校をサボるのも楽に感じるんじゃないかしら?」
「うーん、そうねぇ、確かに楽」
「ならいっその事こうしない?」
「私は貴女を見付けられず、結局昼まで探し続けたって事にする?」
初めて会ったとは思えない程、わたしとアンバーはお互いの考える事を理解し合えた。
勿論、この後キャミィに見付かり、担任こ説教よりも厳しくお叱りを受けた。
「それでね、それでね、ウチの学校だと全学年で二十組はいるんだって!」
キャミィがいつもの様に少し興奮した様子で話している。その内容をわたしは途中まで聞いて放棄した。なんと言うか、わたしには難しい内容だったから。
代わりにアンバーが興味津々に話を聞いているのだが、あのアンバーが興味を示す内容となると少しだけ話を聞いてみたいと思った。
「先輩達はどうなった?」
OZが作り出した文字盤に昨日提出だった平和についてのレポートを纏めながら、わたしは聴き耳をたてる。
「え?そりゃ結婚した人もいれば、別れちゃった人もいるんじゃないかな?」
「そうなのか」
少し沈んだ声でアンバーはそう答えると黙り込んでしまった。
「何々?アンバーって好きな人いるの?教えてよ!」
「当たり前だろ?私だって一応は恋をする」
我が校内で一番綺麗な子は誰だと聞かれたら全員がアンバー・ミリオンの名前を挙げるだろう。
「誰?先生とか?」
「私が好きなのは、ロスだよ」
アンバーの褐色の頬が赤く染まる。わたしは不意を突かれたので思わず顔を伏せた。
「嘘?嘘、嘘?本当なの?」
キャミィ、頼むから今だけはその好奇心旺盛な貴女の個性を心の中に仕舞い込んで今だけでいいの、今だけはこの空間から身を引いて欲しいと、そう思った。
はじめは何かの冗談だと思ったが、彼女の沈黙が続けば続くほど、ついさっきの発言が真実味を帯びてきた。
世の中には沢山の愛が溢れていると母は言っていた。だからわたしは気にしなかったのかも知れない。きっとそうに違いない。
でも、まさか自分が恋愛対象に見られているなんて分からなかった。どのタイミングで恋をしたのだろう。わたしは、単純に嬉しかった。
「準備はいいかな?」
わたしは答える。
「何だか意味がわからないけど」
「心配しないでいい。ちゃんとあっちに行けるから」
わたしは今、サマンサと共にアンバーの住む小屋の地下にいる。それだけではなく、カプセル状の狭い空間に閉じ込められているところだ。
「もう一度確認するけど、これで本当に
「心配症だねロス。大丈夫だよ」
「いいですか?アンバー様が作った物ですよ?
カトレアが憤慨する中、アンバーはわたしとサマンサの入っているポットの最終調整を済ませている。
「博士、大変申し訳ないが、我々が
「全く……至れり尽くせりですねサマンサさん。何を伝えればいいのかな?」
「済まない。此処に誰も近づけさせるなと」
「分かった。それじゃ、二人共。もう一度だけ説明するよ?今貴女達が入っているポットで貴女達の情報を吸い出して
Spareとは
「あっちに着いたらまずは名前を決めて。流石にロスタイム・パラドクスで活動してたら敵に見付かるだろうから」
ポット内の通信端末を介してサマンサとわたしにアンバーの声が響く。
「分かっている。ロスタイム、君はあちらにいる間、
「
「それじゃ、転送するよ。ロスもサマンサしんも気を付けて、何処に飛ばされるかは分からないから」
ポット内に水が入ってきた。これがわたし達を水没させ殺す為に流し込まれている訳ではない事は分かってる。けど、それでも密室に水が溜まっていく中でじっとしているのはとても気持ちが悪かった。
わたしは何故だか少しずつ父親に近づいている。大嫌いな
「ヘルスィ、貴方も関係してるの?」
だとしたら、わたしは貴方を殺すしかない。きっと。
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