第12話 成瀬宮と座敷間
〈
頭の中に直接響く声。唐突に朝を告げる雲雀、喚き立てる目覚まし時計の様に絶えずわたしの
目を開けるとそこは暗闇。開けたのではなく目を閉じたのではないかと思える程、視界は悪い。手探りで辺りを探索すると何かに当たる。
自然と舌打ちをした。どうやら鉄格子の中にいる様だ。
ここは何処なのか、ここは誰もが知ってる平和の象徴、
わたしは着ていたコスチュームを全部剥がされていて、産まれてきた時の姿だ。まだ発育が始まったばかりのデザインなのだろう、わたしの本来の身体つきよりも線が少し丸みを帯びている。つまり、これがアンバーの趣味、という訳だ。
〈早く名前を設定して、ネームレスじゃ怪しまれる〉
「誰によ」
〈いいロス。貴女は現実世界と電脳を二日程行き来してたんだ。そこはとても繊細な場所。頭に貴女が受けた損傷は現実世界にも影響を及ぼす〉
「って事は余りこっちの世界に余裕はない。って事ね」
〈そう。後、今の貴女も余裕は無い〉
「みたいね、此処はどこ」
分からない、とアンバーは悔しそうに言って急に通信を遮断した。わたしは何故そうしたのか理解した。この暗がりに居るのはわたしだけじゃない。
「誰」
驚きを隠せず、わたしは思ったよりも大きな声を上げた。
「あの、えっと……ごめんなさい」
声は女の子だった。しかし、声はすれども姿は見えず、暗闇に隠れて怯える女の子がわたしのすぐ近くにいる事だけは感覚した。
「謝られる様な事された覚えないけど……ひょっとして貴女が脱がせた」
「ち、違います。私じゃなくて
「座敷間って」
「知らないんですか。そ、そんな人がいるなんて……えっと、座敷間はこの
洗脳して勢力を拡大していくのが座敷間グループのやり方なのだと言う。つまり、わたしとこの子の置かれている状況は中々思わしくないのだ。
思えばトリビュートで働いている時もそう言った記事を見かけた事があった。洗脳は掛からないと思っている人間ほど掛かりやすく、人は簡単に支配され洗脳されていると言う現実を認めるまでには相当の時間を有するし、それ自体を認めてからの人生を歩む事も辛い現実と向き合い続ける事になる。
らしい。
次第に目も慣れてきた。彼女も裸の様だが体を小さく丸める事でなんとか貞操を保っている。
「えっと、あの、ごめんなさい。私、
「あ、うん。宜しくね成瀬宮さん。わたしは……ちょっと待ってね」
話を聞いていたのか、素晴らしいタイミングでまた脳内に目覚まし時計の音が響き渡り、わたしは成瀬に背を向けアンバーと更新を図る。
〈話は聞いてたけど、思ったよりも悪い状況ね〉
〈そんな事より名前を決めさせてよ、どうするの〉
〈Monocleを使って。そしたらOZとリンク出来るから、後はOZに名前を告げれば終わり〉
〈了解〉
〈ロス、サマンサさんの事だけど何度呼び掛けても返事が返って来ないの。ひょっとしたらそこに居るかも〉
〈了解〉
いつもの様にMonocleを起動させる。自分の手で目を覆うとわたしという存在を認識した。それからアンバーの言う通りOZが起動した。
本日はなんの御用でしょうか、とOZ。
〈OZ、とても自然体ね。貴方らしくないよ?〉
〈誠に申し訳ありません。ですが、わたしは初めからこう言った言葉でしか言葉を紡げない様に設計されていますので〉
心の中で違和感を感じつつ、OZと会話を試みる。話せば話す程、わたしの知るOZではない気がしてならなかった。わたしが弄って作り上げたあのOZではなく、機械的なただの道具〈ツール〉でしかない様だ。
本来、道具としての機能さえ果たせればいいのだが、わたしは業が深いので誠に勝手ながら道具としてでは無く、親愛なる隣人としての役割を担って欲しい。そう思ったし、何よりも他人から与えられた物をただ喜べる程わたしは柔軟ではない。
だからこそ少しだけ心の中にノイズが走る。
〈わたしの名前を斑鳩に設定して欲しいの〉
畏まりました、他人行儀なOZが素直にそう言った。
この
「わたしの名前は斑鳩。気が付いたらここに居て、衣服をひん剥かれていた」
サマンサとは連絡が取れない。
この状況を打開する方法はないか、この世界から一旦ログアウトしたとしてもSpareはこの場所に残るわけだから意味はないだろう。
足音が近付いて来る。暗闇の中を迷わずこちらに向かい歩いて来る。おそらく一人だ。
「誰」
先ほどよりも抑えた声だったが、成瀬宮は怯えて縮こまってしまった。横目で合図を送り謝罪する。
足音はぴたりと止まり、代わりに不気味な笑い声がわたしと成瀬のいる暗闇の空間に響く。
「驚かせたか、悪い悪い。それにしてもお前達も不運だな……」
成瀬宮が恐怖のあまりわたしの手をぎゅっと握る。この小動物の様な女の子と比べるとわたしの学生時代とは何と可愛げがなかった事か。
「不運、そうね。確かに不運だわ」
ケタケタと笑う男。わたしと成瀬宮を前にこの男は何を思うのだろう。
「で、お前達、音無派か」
「違うわ」
「ふん。じゃあ聞くが俺達派か」
「それも違うわ」
男はわたし達を捕らえている優位性からか、あるいは元からそう言う人間なのか、わたし達を観て変に興奮している様だ。初めはその視線が忘大和と言う仮想現実内で向けられている物だと気にも留めなかったが、男は一言も喋らずにわたし達を見つめ続ける。
それに耐え切れなくなり、わたしは成瀬宮の様に身体をくねらせ自分を隠した。
「やっと認識したか。自分が何処にいるのかを」
「えぇ、お陰様で……わたし達をどうする気」
「気になるか、そうだよな、別に良いんだぜ。現実に帰ってもよ、帰れるなら、だけどな」
帰れるなら、その言葉が引っかかったがわたしは此処で逃げる訳にはいかない。それに今は成瀬宮も危険な状況下にある。
「え、嘘……」
「成瀬宮さん、どうしたの」
「帰れない……現実世界に帰れないんです……」
「だから言ったろ帰れるならってよ」
男はそう言うと鉄格子を思い切り蹴った。固い音が響き、わたしも成瀬宮も身体を強張らせる。少しずつ恐怖がわたしの身体を支配し始めている。
「いったいどういう事、何をしたの」
動揺。
「おいおい、自分の立場をわきまえろよ。俺を誰だと思ってる。この状況をどう理解してる」
「……わたしとこの子に危害を加える気ね、何故こんな事をするの」
質問を質問で返すのはナンセンスだが、今は状況を整理したい。この暗闇も、鉄格子も、わたし達に有利に働く物は何一つ無い。ならばせめて、少しでも情報を収集する必要がある。
目の前の男は座敷間で間違い無いだろう。小物にしては賢くネジが外れてる様に思える。仮に座敷間でないとしても、この状況を愉しみながら頭の中で別の事を考えている様なこの男、只者ではない。現に、この忘大和から出られない様な細工が施されているのだから。
「一つ間違えて欲しくない所があるなぁ。お嬢さん達を捕らえたのは俺達だ、それは間違いない。だが、
え、と成瀬宮が声を漏らす。彼女が声を発しなければわたしが発していただろう。
「あなたがやったのでなければ、誰がそんな事をする必要があるの」
「この世界は政府御用達の世界一平和な国、それがこの忘大和だぜ。俺達一般人が何か出来る訳がないだろ」
「そう、じゃあ、何の為にわたし達にこんな事を」
「この俺、
男は最近の映画では滅多に観られない位、わざとらしく自らの名前をわたし達に明かし、わたし達の前から姿を消した。まるでBGMでも掛かっているかの様な堂々とした足取りで。
足音だけが暗闇を支配して、わたしと成瀬宮は急に寒さを覚えお互いの身体をすり寄せた。
嘘みたいだけれど、温もりを感じた。
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