第13話 罪
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「たすけて、たすけてよぉ……早く、お外に出たいよ……」
まただ。
座敷間さんの話によれば、この忘大和自体がログアウト出来ない仕様との事だ。普通ならログアウトして、現実世界で身体を休める。それが出来ないわたし達は気を失うか、座敷間さん達がくれる
「都、まだ分からない?わたし達は罰を与えられて然るべき存在でしょ?……罪さえちゃんと償えたら座敷間さんも出してくれるって言ってたでしょ」
虚ろな眼でわたしを見る都はどういう訳か座敷間さん達を信用しない。わたしはそれが心配なのだ。ずっと一緒にいるからこそ、わたしは都と一緒に罪を償いたい。なのに都ときたら何一つ自分の非を認めようとしないので、座敷間さん達も
「斑鳩は変わったね……はじ、初めて会った時はカッコよくて、あの人達に抵抗して、強くて、優しかったのに……」
「都……どうして分からないの?何回も言ってるでしょ?わたしはあの時、正真正銘の馬鹿だったのよ。何で忘大和に来たのかは忘れてしまったけど、確かに馬鹿だった。うん。馬鹿だった。座敷間さんが折角声を掛けてくれたのに……貴女もいい加減自分の非を認める事ね」
都は笑顔だ。この笑顔は自分の非を認めずわたしの言う事を単に聞き流している時の笑顔。都は座敷間さん達の話になると最終的にはこの笑顔をわたしに向けてそれ以上の会話をシャットダウンする。
きっと都は今みたいに自分の限界を超えないようにやけに大袈裟な笑顔を向けて色々な人達が自分の中に入ってくるのを拒絶していたんだろう。
「斑鳩はさ……一人っ子?」
「何?突然」
「ご、ごめん。気になっただけなの」
「弟が居るよ」
「そう……なんだ。弟さんとは仲良いの?」
「良くないよ」
「え、そ、そうなんだ。何で?」
「わたしが拒絶したから」
さっきの貴女みたいに。
「そ、そうなんだ……ご、ごめんなさい!」
「謝らなくていいよ、謝る事じゃないでしょ?」
「……でもっ」
会話はそこで終わった。そして、ツカツカとわたし達の居る部屋に向かって来る足音。
今日も赤毛の髪を後ろで纏め、白いシャツとタイトなジーンズ姿の女。どういう訳か座敷間さんに気に入られているらしく、わたし達二人の世話を任されている。
「
「斑鳩、そうやって敵意を丸出しにしないで、破廉恥だから」
「どこが破廉恥なの?貴女の方が破廉恥よ、わたし達は座敷間さんに助けてもらってる。我が物顔で生活してる貴女は何様なの?」
都はまたぶつぶつと小声で話し始めた。
「私は座敷間さんの指示に従ってるだけ。喜んで、貴女は罰をしっかり受けた。罪を償えたのよ」
そう言ってわたしを見る篝の眼は優しい色をしている。
本当に良い人は瞳の色が違う。母の口癖だ。今の今まで忘れていたのだろうか、あるいは罪を償うまでの間、神様によって取り上げられていた記憶をここまで耐え抜いた御褒美に返してもらったのだろうか。
「聞いた?都」
「た、たす、助かったの?」
「何言ってるの、罪を償えたのよ」
「罪?」
「そう、罪よ。わたし達はこの暗闇で耐え抜いたの。素晴らしい事だわ」
都は右手を自分の顔の前に持ってくると指を咥え、音を立てながら噛み始める。これはこの何週間の間で都が自我を保つ為に獲得した一つの技術だ。
「もう良いのよ、都。篝さん、早くここを開けて」
ハリウッド女優の様な抜群のプロポーションの篝。独特の動きでこちらに近寄り鉄格子の鍵を開ける。
「よく頑張りました。斑鳩、都。上で座敷間さんが待ってるわよ」
わたしは左足を外に出し、篝に協力してもらって何とか外界に出た。
「罪って」
わたしにぎりぎり聞こえたのは、都の精一杯絞り出した声。わたしは彼女に手を差し出す。散々抵抗した都だが、結果的にはしっかり罪を償ったのだ。そんな彼女だからこそ座敷間さんも認めてくれた。
だからこそ、わたしは都と一緒に外に出ないといけなかったわたしが伸ばした手を都は握る事なくきつい表情を浮かべてこちらを見る。
「罪って……何?」
「都……?」
「篝さん。斑鳩。教えて下さい。罪って何ですか?」
「都、止めて。篝さん、都は疲れてるだけで、本当は分かってます。何が罪なのか」
わたしと篝の時間だけが静止した。わたしは篝が下す決断を瞬時に理解したし、篝もわたしが何をしようとしているのかを理解している。折角罪を償えたのにも関わらず問題を引き起こした都に半ば苛立ちながらも、わたしは篝の機嫌を伺う。
「罪って何!?わた、私は!ただこの
「恥を知りなさい成瀬宮都。貴女何を言ってるか分かってるの?」
「篝さんの言葉に耳を貸してはダメだよ斑鳩!」
「貴女はそこにいなさい」
力一杯鉄格子を閉め、都はその音に驚いて悲鳴を上げる。その悲鳴を聴いて篝が口元を緩め、そして甲高い声で笑い始めた。篝が高いヒールを片方だけ脱いで、鉄格子をヒールでガンガンと叩く。徐々に激しさを増す。都は訳のわからない言葉を必死に叫ぶ。何かを紡ぐ様に。あるいは、何かを繋ぐ様に。
都はわたしの事を瞬き一つせずに見つめ続けている。その瞳は強い意志と隠し切れない恐怖がない交ぜになっている様に感じ、わたしはその瞳の色に恍惚を覚えた。何時までも見ていられる様な気がした。
篝と都が狂った様に笑い合い、静寂が訪れた時、ふと都の言葉が頭を過ぎった。
「罪って何?」
篝に聞かれない様に小さく呟いた。
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