ネトゲにハマりながら描いたシナリオ。絵は全然違う場面。宮廷料理バイト。
プレビュー
「仕方ないだろう、レナードくん。今の『無』との接触で分かったはずだ。あれは、通常の理に生きる人間がどうこうできる領域じゃない。……『狂気』という名の武器を持って、概念の淵でダンスができる連中でなければ、三秒と経たずに自我が溶ける」
ミハエルの視線が、隣に立つ二人の女へ向けられた。
フィオラ=アマオカミが、深紅のスリットドレスを優雅に正し、溜息を吐く。彼女の黒竜としての重厚な霊気は、虚無に侵食された宇宙空間をしなやかに繋ぎ止めていた。
「あと無と最前線で相対するのはやっぱりサリサとミハエル、あなたとわたしじゃないと無理そうね。量子化で何とかなるとはいえ失敗した時がね。性格まで変わってる事があるし、他の可能性のわたしと」
フィオラの手が、自身の胸元に置かれた。そこにあるのは、竜神としての核だが、今は奇妙な不確定性を孕んでいる。
「量子化して存在を逃がしている間、わたしたちは『可能性の海』に漂うことになる。……そこには、私であって私でない別のわたしが無数にいるのよ。一度でも波長を間違えれば、ここに戻ってきたとき、中身が別人になっていてもおかしくない。……黒竜の誇りを失った、だらしない私が戻ってくるくらいなら、まだ消滅した方がマシだわ」
「そ。わたしの聖魔相入も他人が気軽にまねできないしなー」
ミハエルが、他人事のように愚痴る。彼が行ったのは、自身の内面にある極限の『善』と、修羅の如き『悪』をあえて衝突させ、その反発で生じる特異点を盾にすることだ。少しでもバランスを崩せば、一瞬で廃人になるか、あるいは世界を焼き尽くす魔王へと変貌する。
「ミハエルさん……。あなたはいつも、そんな恐ろしい綱渡りを、当たり前のようにこなしてしまうのですね」
空夢風音が、すがるような目でミハエルを見つめていた。その手は、いまだに鞘を握りしめたまま、白く強張っている。
「わたしたち、霊波動を鍛えてきたはずなのに。……あそこでは、その力さえ、ろうそくの火みたいに、ふっと消されそうになりました。……情けないです。公爵の騎士として、何も守れなかった」
「風音、あんたのせいじゃないわ。あれは、剣技や霊気の量で測る相手ではなかった」
水鏡冬華が、弟子の肩に優しく手を置いた。冬華の瞳は、幕末から続く千年の時間を切り抜いてきた静謐さを湛えているが、その足元の影は、いまだに虚無の気配を嫌って激しく明滅していた。
「聖魔相入、そして量子化……。それは、もはや人間としての、あるいはいのちとしての『境界』を超えた技。……ミハエル、貴方はまた、誰にも届かない場所へ一人で行こうとしているのね」
「まあ、バカの極みだよねー」
サリサ=アドレット=ティーガーが、猫のようにしなやかな動作でミハエルの背中に飛びついた。白いライガーの耳が、悪戯っぽく揺れる。
「ねえ、量子化で別人のわたしが戻ってきたら、ミハエルはどうする? すっごい清楚で、男嫌いで、ミハエルに爪立てなくなるような面白くないサリサになっちゃったらさ」
「それはそれで……いや、やはり今のサリサの方がいい。喧嘩相手がいなくなるのは寂しいからな」
ミハエルの冗談に、ブリッジにかすかな笑みが漏れる。だが、それを打ち消すように、フレデリック=ローレンスが重い足音を立てて歩み寄った。
「笑えねえよ。……俺はマジで、自分が『消える』のを間近で見たぜ。漆黒の穴の中から、俺を呼ぶ俺の声が聞こえたんだ。『こっちの方が楽だぞ』ってな。……滅炎剣も滅氷剣も、あの瞬間はただの鉄屑に見えた」
フレッドの緑色の瞳は、いつになく真剣だった。彼はナンパな軽薄さの裏に、強烈な生の執着を持っている。それが、今回は牙を剥かれたのだ。
「公爵、お前さんが傭兵を雇うってんなら、俺は反対しねえ。だがな……。俺たちが無力だってんなら、俺たちは何を鍛えりゃいいんだ? 結局、お前一人に全宇宙のケツを拭かせるのか?」
「父さん……」
ラルスが、ミハエルの手を小さな手で握りしめた。少年の瞳には、英雄としての父への崇拝と、それ以上に、手の届かない場所へ消えてしまうかもしれない肉親への、切実な恐怖が混ざり合っていた。
「僕、見たよ。父さんの輪郭が、一瞬だけ透き通って、消えそうになったのを。……お願いだ、一人で戦わないで。僕だってもっと、情報の処理とか、魔導計算とか、手伝えることがあるはずだよ」
「……そうね、ラルス。私たちは、ただ守られるだけの観客じゃないわ」
高嶺綾香が、ラルスの隣に並び、毅然と顔を上げた。
「ミハエル公爵。貴方のやり方は、効率的で、合理的で……そして、致命的に傲慢です。……一人で背負うのが美談だと思っているなら、それは大きな間違いよ。貴方が折れたら、残された私たちはどうすればいいの? ……次は、私たちにもその『無』とやらを殴らせなさい。手段は、アスタルロサと白緑の翼(ヴァーレンス)が、死に物狂いで用意してみせます」