過去の所業を振り返る記録

江川太洋

「第三回こむら川小説大賞」を振り返って

「第三回こむら川小説大賞」という自主企画に参加しました。

 この一月ほど、自作の執筆、応募作の全作読破、講評結果との見比べなど、企画と並走して濃密な時間を過ごせたので、最後に簡単に全体の印象を振り返りたいと思います。


(企画のページはこちら)

https://kakuyomu.jp/user_events/1177354055349935844

(結果発表はこちら)

https://note.com/violetsnake206_/n/n62efca918534



【自作のことなど】

 まずは簡単に自作執筆の経緯から振り返ります。最初から二作ホラーで行くと決めていました。

 昨年末の「第十一回本物川小説大賞」で、初めて応募企画に参加して、ある評議員の方から「小手先で勝負しても無駄」といった趣旨の講評を頂戴したことが念頭にあったので、今回は直球でやりたいことをぶつけると決めていました。

 お題は「空」です。

「乗客」、「天空の眼」の二作を応募しました。

 考えれば考えるほど、空とは空漠として捉えどころがなく、ネタを出すのが大変でした。結局は二作とも、どストレートなモチーフになりました。「乗客」は飛行機事故、「天空の眼」は幽体離脱です。考えるうちに、単純な幽体離脱から発表した形に変わりましたが、モチーフは戻って来れない幽体離脱です。ネタ自体の向上は、今後の大きな課題と認識しました。

 応募作を書き終えると、今度は他の方がどういうアプローチで「空」に取り組んだのかが気になって、僕の中でこの企画が俄かにお祭り騒ぎになったのは、実は人の作品を読み始めた瞬間からでした。一挙に企画に没頭した感がありました。

 最初は気になる作品をピックアップする程度で済ませるつもりでしたが、最初の作品から順番に読み始めたら芋づる式に次々気になって、結局最後まで読まされてしまった、というのが正直な印象です。

 今回、改めて企画を振り返りたいと思ったのは、目から鱗的な面白い作品が非常に多かったので、それらを簡単に振り返りながら改めて考えたいと思ったからです。以下、幾つかのインデックス別に、個人的に印象に残った作品や好きな作品を振り返っていきます。


「乗客」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055612598430

「天空の眼」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413914954561



【異様にシンクロを感じた作品】

 驚いたのが、状況や作風がシンクロしていると感じた作品が幾つかあったことです。

 まず、思い切り連続でネタが被ったのが、只野夢窮さんの「高度1万メートル、燃料0」です。怪現象による飛行機事故を扱ったこの作品の次が、同じく飛行機事故ネタの「乗客」です。しかも読むと事故が起きるまでの展開が非常に似ていて、途中から派生分岐するアナザーエピソードを読むような不思議な読書体験になりました。こんなことがあるんだなと思いました。

 次いで大変僭越ですが、何らかの要素が自分に非常に近いと感じた作品があり、文体、描写、イメージの組成など、まるで見覚えのない自作を読んでいると思うほど似た印象を受けたのが、@kamodaikonさんの「黒い空」です。夜の闇が意志を持って主人公を侵食するホラーですが、闇が侵食するイメージや描写、母に電話すれば外界と回路ができる、といった思考のプロセスが、自分では特に「天空の眼」に通じるところがあると感じました。これも不思議な読書体験で、よく覚えています。

 もう一作、一方的にシンクロニティを感じた作品があり、それがナツメさんの「シュレディンガーの消えた猫」というホラー小説です。アイデアの秀逸さは到底及びませんが、発端から結末まで段階的に発展させるロジックの積み上げ方や、作中人物の言動や心理に違和感がないか、といった文章レベルでの気の回し方などが、自分では「乗客」の感じに近いと感じました。やっぱり他のジャンルよりは、全体的にホラーに親和性を感じましたね。

 お前と比べんな、と思われましたら、本当にごめんなさい。


只野夢窮さん「高度1万メートル、燃料0」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055612581046

@kamodaikonさん「黒い空」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055486121707

ナツメさん「シュレディンガーの消えた猫」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218256795315



【ホラー】

 次いで、自分の庭エリアから振り返ります。

 講評でもありましたが、今回、ホラー小説は激戦区の一つでした。怖い時代です。

 民俗学的な作品が多く、中でも一つ抜けていると感じたのが、マツモトキヨシさんの「逆スイッチ」です。アイデアはお題を空(エンプティ)と見立てての発想と思いますが、とにかくアイデアが秀逸です。逗子から覗く指に夕陽が当たる、といった描写も鮮烈で怖く、一体何が起こったんだと多くの読者の頭に残るだろう終局まで、これには負けたと思いました。

 一方、ストレートに土着の恐怖を描いたのが、ドント in カクヨムさんの「そらわたり」です。年金不正受給調査に来た役場職員に老婆が語る、口語体の作品です。この語り口と、徐々に明かされる村の因習がストレートにいやで、哀しいです。

 同じ土着でも、ぶいさんさんの「よそもん」は、より直接的に土着の恐怖を描いています。怪物ホラーでもあり、いいですよね怪物。土着ものは怪異自体の怖さに、それを隠蔽・励行する人間の恐怖も加わるので、良いとこ取りのサブジャンルだと思います。人気サブジャンルの一つなのも当然と思います。

 土着とは真逆の、形而上的恐怖という変種の恐怖を扱ったのが、別項で紹介したナツメさんの「シュレディンガーの消えた猫」と、ドント in カクヨムさんの「からのつま」です。こちらも厭な話です。すさまじい異常事態がスタートダッシュで起きますが、その現象のことを何も知らないのは、その世界で主人公だけです。途中からシチュエーションホラーであることを止めて、存在論に話が横滑りし始め、もう勘弁してくれと思いました。これも相当尾を引きました。

 かような猛者たちの跋扈ばっこする弱肉強食の世界に自作も加えて戴けたのは、ほんと嬉しい限りです。


マツモトキヨシさん「逆スイッチ」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413878348025

ドント in カクヨムさん「そらわたり」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218249578241

ぶいさんさん「よそもん」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413952136100

ドント in カクヨムさん「からのつま」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055643037876



【吸血鬼】

 吸血鬼を扱った作品も多く、それが空に結び付くと思ってもいませんでしたが、そもそも朝日を浴びると死ぬ吸血鬼は、幾らでも空と結び付けられそうなのに、何故それに気付かなかったのか、素直に発想の貧困さを感じました。

 全体的にBL率が高い中、吸血鬼の扱いが非常に個性的だと感じたのが、味付きゾンビさんの「あの向こうの もっと向こうへ」です。感染症で閉鎖された区域の調査を行う吸血鬼と、AI搭載バイオロイドの交流を描いた作品で、この吸血鬼が飄々としている上に利他的で、本当にいい奴なんですよね。ハードな舞台意匠だらけなのに、この作風の優しさは印象深かったです。

 自分だったら、死を侵犯するクラシックな吸血鬼として、完全にガチホラーに振ります。介護施設なども盛り込んで(これはただの思い付きです)、かなり陰惨な話が書けそうです。他にもやりようは幾らでもあると思いますし、返す返すも残念でしたね。


味付きゾンビさん「あの向こうの もっと向こうへ」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055352299187



【異世界ファンタジー】

 ここから分類が曖昧になると思いますが、ご容赦下さい。便宜上ですから。

 自分の庭のホラー以外で真っ先に印象に上ったのが、このジャンルです。こちらも大激戦区というか、傑作揃い踏みの怖ろしいジャンルだと思いました。

 まず印象深いのは何といっても、帆多 丁さんのシリーズ第三弾、「化け猫おちる」です。これはもうガチでラノベ級ですね。この枚数でこのエンタメ度は異常だろ、と思いながら読んでました。展開のアクティヴさ、キャラの心情、世界観にガジェット、全てが高次元で詰め詰めで、スタイル的に最も憧れた一作でした。

 こちらは現代ファンタジーの括りになりますが、帆多 丁さんでは、現代版「魔女の宅急便」的な、「高校生ちゃん空を飛ぶ」も非常に面白かったです。作風が違ってもタイトで上手いのは変わらず(しかもこちらは軽やかで、なお上手い)、エンタメ寄りの方の中では群を抜いていると感じました。ファンになりました。

 それに劣らず、世界観の深淵さに打たれたのが、鍋島小骨さんの「糸の震え」です。お題のアプローチも斬新で、空を「虚ろ」と解釈する発想自体、全く浮かびませんでした。虚ろという抽象を、このような典雅な異世界に形象化させる離れ業をやっていて、世界がそのままズンと圧しかかるような重量級の読後感がありました。

 以下、SFか迷いましたが、とりあえずこちらに分類として、古川 奏さんの「空飛ぶ生き物」も強烈な幻視力と筆力のある作品でした。四章構成の前二章は比較的普通の展開ですが、後二章のクラゲが飛翔するまでの、生命を循環する巨視的なイメージと視野は、「糸の震え」に通じる雄大さを感じます。人間不在のクリーチャーな世界の中に、人間がそれらの核たる意志としてしっかり刻印されてるとは、この辺りはもうSFの感触です。


帆多 丁さん「化け猫おちる」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055451648831

帆多 丁さん「高校生ちゃん空を飛ぶ」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218258555259

鍋島小骨さん「糸の震え」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055466343578

古川 奏さん「空飛ぶ生き物」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413895257900



【造語】

 先程挙げた、「化け猫おちる」や「糸の震え」にしても、ガジェットや人名などの固有名詞がとにかく素晴らしかったです。

 特に異世界を舞台にした作品における造語や固有名詞は、描写に匹敵するほどその世界を表す効果があるんだと気付いたことが、今回大きく印象に残ったことの一つでした。

 まず、その辺りの造語感覚が抜群に感じたのが、辰井圭斗さんの「透明の記録」です。これは空中都市を舞台に古の書物を巡る物語で、言葉が重要なタームになるので、造語感覚が素晴らしいのもある意味必然かと感じました。この作品では名前を付けること、それは世界を規定するのに等しいと書かれています。著者が造語の与える効果にとことん自覚的だったことが、その文章で伝わってきます。

 造語による、ドラゴンが登場するベーシックな世界観の彩りが半端なかったのが、こむらさきさんの「Drag&Rider」です。本作はとにかく名称・ルビ含め、ドラゴンの名前がカッコ良過ぎます。「蛞鹿龍」でメルストロムとか、「大海嘯」でリヴィアタンなど、名前だけでドラゴンの性質や形状まで何となくイメージできそうです。作品もドラゴンと人間の友情を切々と描く、ほんといい作品でした。

 該博な知識による固有名詞の氾濫が、独特のグルーヴと世界観を構築していくのが、@Pz5さんの「空」と、あいささんの「天鷚」です。実在の固有名詞を修飾的に多用することもまた、造語で世界を飾り立てるのに等しいのだと気付きました。特に「空」は多視点の入り組んだ構成も含め、作品自体が繊細な構造物のような、極めて構築性の高い一作になっていて唸りました。

 極論すれば、名詞が世界を創る。いつか自分も新たな固有名詞を生み出せると良いなと思いました。今後の触発ネタストックの一つですね。


辰井圭斗さん「透明の記録」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055486355711

こむらさきさん「Drag&Rider」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055367729906

@Pz5さん「空」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218258758671

あいささん「天鷚」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218272074197



【ドラゴン】

 こむらさきさん「Drag&Rider」も含め、今回、ドラゴンを描いた作品が非常に多かったのも印象的でした。それらの作品を読みながら、「そりゃそうだよな」と思いました。だって空を統べる、空の眷属けんぞくですから。僕は迂闊にも全く思い浮かびませんでした。

「Drag&Rider」もそうですが、人間とドラゴンが心を通い合わせる感動的な作品が多く、中でも人を泣かせるマシーンのように、そのツボばかりを突いてくると感じたのが、もももさんの「ドラゴンカーのシー太」です。話題のモルカーに馴染みがないので作品の半分は捕えられなかったと思いますが、残り半分の泣きで十分お腹一杯になりました。僕もいい齢なんで、年々涙腺が緩む一方です。

 同じ泣きドラゴンネタでは、シメさんの「緑の一陣の風」も強かったです。ドラゴンの郵便配達に憧れる少年とは、昔ながらのジュブナイルの良さを全部取りみたいな作品だと感じました。僕は作中では、人命を塵芥の如く最安値でもてあそぶのが大好きですから、人の作品で友情や敬意に触れると、もう駄目ですね。

 感動的な作風が多い中、違うアングルでドラゴンを描いて印象的だったのが、綿貫むじなさんの「そらを見上げるもの」です。これは神に等しいドラゴンが、地上の各種の生物に飛ぶ力を授けていく作品で、人間というヤバ過ぎる種にも飛ぶ力を授けてテクノロジーが開花するという、生命の進化図を辿るような遠大さに魅了されました。この辺りの感触はSF的でもありますね。


もももさん「ドラゴンカーのシー太」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413934941833

シメさん「緑の一陣の風」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218252159646

綿貫むじなさん「そらを見上げるもの」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218268703895



【快活なSF】

 個人的には今回、SFジャンルが最大勢力なのではと感じました。数も多ければ傑作も多く、最も血生臭い戦場の最前線だったのではないでしょうか?

 その戦場ですが、まさに宮塚恵一さんの「アタック・オン・ザ・ドラグーン」で描かれた、殺戮ドローンと戦火拡大を阻止するサイボーグが死闘を繰り広げる殺伐とした作中世界のようなイメージです。非情に見えて実は誰よりも献身的なサイボーグなど、キャラ造形も立っており、アクティヴで娯楽性の高い一作でした。SFに登場する半機械の多くが、アイデンティティの揺らぎに直面して煩悶しがちなように思いますが、この作品のスティーヴは己の価値観が明快でブレないんですよね。そこが珍しいしカッコいい。

 一方、思い切りアイデンティティの空白に正面衝突する人造人間を描いたのが、狐さんの「エンプティ・ヒーロー」です。自動的に人の願いを叶える「空っぽ」なロボットが少年を助けるうちに、自らのアイデンティティに目覚めていくという、まるでピクサー映画並みの娯楽作です。助けられる少年側にもちゃんとフックがあり、こちらも非常にアクティヴで快活な仕上がりです。

 娯楽に拠った快活さで個人的に最も印象深かったのが、木船田ヒロマルさんの「機人の空」です。歴戦の猛者のパイロットと、アンドロイドの美女パイロットの苛烈な飛行機の模擬戦を描いたこの作品は、よくこの枚数でここまでヤマ場をてんこ盛りにできたなと思うほど密度が濃く、最後に実戦まで始まったのには「マジ?」と驚きました。性能で勝るアンドロイドの殺気を読んで勝つ人間、という展開がヤバ過ぎです。人間、勝つのかよ、と唸りました。

 海野しぃるさんの「アナザースカイ」は感染症後の近未来から、VRゲームの世界から、多彩なガジェットと真っ直ぐな作風が魅力的なSFでした。ゲームの対戦相手の意外な正体には、思わず笑いました。いいですね、この温和な世界観。

 突き抜けた娯楽作として挙げたいのが、武州人也さんの「アナコンドルVSフライング・ブルシャーク サメ狩人は挫けない」と、「アタック・オブ・ザ・ジャイアント・納豆 ネバネバのネバーランド」の二作です。この二作については、もう何も言えねえ。まさに題名通りの作品です。今回、誰が何と言おうと俺は我が道を行く、という揺るがぬ意志を最も感じた著者が武州人也さんです。僕も見習いたいです。


宮塚恵一さん「アタック・オン・ザ・ドラグーン」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413977201994

狐さん「エンプティ・ヒーロー」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218257040250

木船田ヒロマルさん「機人の空」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055352784467

海野しぃるさん「アナザースカイ」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055555018473

武州人也さん「アナコンドルVSフライング・ブルシャーク サメ狩人は挫けない」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055350702157

武州人也さん「アタック・オブ・ザ・ジャイアント・納豆 ネバネバのネバーランド」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055518861047



【濡れたSF】

 アクティヴな娯楽性を備えたSF以外にも、SF本流の、生命や人間性の境界に正面衝突する軋みが、読者の胸を激しく打つ作品も大盛況でした。

 この系統で、まず真っ先に挙げたいのが、蒼天 隼輝さんの「証明の匙」です。この作品には、個人的に五億点を進呈したいです。危険な工事に従事するサイボーグの話ですが、機械化された身体描写がとにかくメカメカしててすごいです! よくこんなメカニカルに機械を描けるなと、もうそれだけで五億点です。加えてこの作品、一方ですさまじく哀しい飯テロ小説にもなっていて、その行為に機械に侵食されつつも必死に保とうとする人間性が託され、まさにSFの大本流の主題にもなっていて、何処をどう切っても最高としか言いようがありません。文字数もタイトで、何というか、ただすごいの一言でした。このジャンルはまずこの作品を推したいです。

 続いて、和尚がガトリングガンを打ちまくる冒頭に度肝を抜かされた、神崎 ひなたさんの「テセウスの君、空っぽの空」も決して外せない一作だと思います。いきなりこの描写で始まったので、快活でパワフルな作品かと思っていたら、みるみるアンドロイドの中に残された人間性を巡る切ない話に変わって、お題の空もきっちり回収して、と多面体のように都度変わる魅力と上手さを備えた一作で、こちらもかなりノックアウトされました。

 星間を跨いだ人間とAIの通信(交流)が哀し過ぎるのが、尾八原ジュージさんの「ゾーイの手紙」です。宇宙ステーション修繕用に用意されたAIのゾーイが、地球が戦火に覆われた為、バックアップを打ち切られて放逐される話で、地球のそこかしこが戦火に赤く光るのを眺めながら綺麗だと思う場面など、胸抉るような切ない展開の連続です。これも素晴らしい一作でした。

 怪しげな小児病棟らしき施設を舞台に、二転三転する展開が魅力的だったのが、宮代魔祇梨さんの「欺瞞の匣」です。気付くと話が斜め上の方向に飛んでいて、随分遠くまで読者を引っ張っていくんだなという感動がありました。拘束下で自由を求めることや、自ら自身の道を選ぶといったことは、人間の普遍的な欲求なのだということを、読みながら改めて感じました。選択というモチーフは、ウェルズの「タイムマシン」から「マトリックス」まで、SFのツボの一つだと思います。

 

蒼天 隼輝さん「証明の匙」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413980005664

神崎 ひなたさん「テセウスの君、空っぽの空」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055470842925

尾八原ジュージさん「ゾーイの手紙」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055631919382

宮代魔祇梨さん「欺瞞の匣」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055368024877



【飯テロ】

 食事がキーになる作品は、数は少ないながらも、どれも強烈な印象の残る作品ばかりだったので、トピックとして抜き出してみました。

 まず直球で、読むうちに食欲と飲酒欲(こっちの方が断然強いですねw)が湧いて仕方なくなるのが、JN-ORBさんの「とあるサラリーマンの一日」です。若干のドラマやリンクはありますが、主眼はあくまで飯テロで、混み合った居酒屋で飲む酒とつまみの描写がこれだけ美味そうなら、もう十分意図は達成したのではないかと思います。酒が飲みたくてたまらなくなり、身体にくる小説とは普通にすごいです。芳醇なこの作品と先程挙げた「証明の匙」を比べると、そのあまりの落差に胸が痛くなってきます。ほんと「証明の匙」、何と哀しい食事なんでしょう(好き過ぎて冷静になれん)!

 次いで、普通の料理が、魔術のような筆遣いでこんなにドエロくなるのかと驚愕したのが、いりこんぶさんの「えびフライと桃色の空」です。二人の女子が飯を食べるだけの小説ですが、何で読後感がこれほど豊かなんでしょうか? 謎です。とにかく文章力と著者の世界を見る解像度が異常に高い作品で、こんな素晴らしい文章が書ければ、何を書いても面白くなるに決まっているので、ある意味最強の存在だと感じました。異形を見たという思いがあり、本作の料理場面と食事場面は深々刺さりました。真似なんて無理。僕は地道にホラーします。


JN-ORBさん「とあるサラリーマンの一日」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055357796846

いりこんぶさん「えびフライと桃色の空」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413981359815



【文章力!!!】

 すごいカテゴリです。

 先程挙げたいりこんぶさん以外にも、文章力の化け物たちがぞろぞろ闊歩かっぽしていたことが、この企画に参加して最も恐ろしいと感じたことでした。ほんと、停まれ、ここから先怪物領域、といった感じで、なれる人しかなれない諸行無常エリアだと感じました。世には才能がひしめいていると素直に感じました。どの作品も無二の破壊力を誇るので、ここは順不同で挙げます。

 まず破壊力という点で断然ずば抜けていると感じたのが、和田島 イサキさんの「理解のある彼くん vs おもしれー女 ニュートン無様敗北編」です。既に題名だけで、只者ではないと分かります。饒舌過ぎる女性の一人語りな文体がとにかくド迫力で、被弾覚悟でロシアンフックをぶん回してくるインファイター並みの突進力があります。自分がダメージを被るのを全く躊躇せず、とにかく相手の(読者の?)首を取りに行くといった、剥き出しの姿勢にただ圧倒されました。個人的には、ぶっちぎりで今イベントのインパクト大賞だと思います。

 続いて、個人的に五億点を進呈したいと思ったのが、水瀬さんの「宝石の春、歌う鯨」です。バンドの天才ヴォーカル少女と、彼女を信じ続けるベーシストの男が、一度は離れた音楽に再び目覚めていく物語で、こちらは全方位的に焦点が合った、すさまじく明瞭な文章力というか、作中で描かれる筆の可動域が尋常じゃなかったです。何故人は音楽(表現)を志すのかという話であり、天才と凡人を巡る物語でもあり、大人の事情と純粋な欲求が秤にかけられる話でもあります。人物造形も非凡で、ビジネスに徹する大人の脇役まで、どの人物も確かな実在感があります。総合力が桁外れで、個人的には最も完成度の高い一作と感じました。

 お恥ずかしながら、内容が全く理解できなかったのに、沼のように作中の世界に引き摺り込まれたと感じたのが、草食ったさんの「混線と冷笑」です。後日アップされた創作ノートを読んでも、なお分からず大変恐縮ですが、この世界観と文章力は異形ですね。分かりにくい作風や文体を意図的に狙うという発想自体が秀でていて、あえて火中の栗を拾うようなチャレンジングな姿勢に脱帽しました。もう一作投稿された「晴れ/ところどころ曇りでしょう」は、実に平明な文章で綴っていたので、あの文体は意図的に操作されたもの、ということになります。文体を自在に使い分けられることもすごいですが、「混線と冷笑」は一日で書き上げたそうで、これには目が点になりました。軽く怪物です。驚きました。

 文章の面白さに引っ張られて、読まされたなあと感じたのが、新宮すばるさんの「土を蹴る。本心の前で。」です。こちらもキャプションに一日で書いたとあり、これは何なんでしょうか? 一日で小説を仕上げる競技でも流行っているのでしょうか? いやびっくりです。日常を描きながら、様々な方向に逸脱していく展開も起伏に富んで面白ければ、それを描く文章も煌めていて、非常に牽引力の強い作品だと感じました。おまけにデビュー作のようで、これでデビューはちょっとすごいです。世には才能が溢れてますね。

 

和田島 イサキさん「理解のある彼くん vs おもしれー女 ニュートン無様敗北編」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413902754092

水瀬さん「宝石の春、歌う鯨」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055350010465

草食ったさん「混線と冷笑」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055351675877

新宮すばるさん「土を蹴る。本心の前で。」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055559410205



【百合】

 不勉強にしてほぼ未読のジャンルでしたが、鋭く尖った作品が多く、こういうエモい小説なんだと体感しました。僕には書けない世界ですが、個人的に一つ未知の扉を開いたな、という印象は確実にありました。

 中では先述のいりこんぶさんの「えびフライと桃色の空」が、図抜けた才気を発揮していると感じましたが、心情的にぶっちぎりでエモかったのが、鈴元さんの「ぬばたまの瞳、ぬばたまの心、ぬばたまの空蝉」です。無邪気にいい人過ぎる演者の女子と、ツンデレの脚本家女子の、好きと嫉妬と自己嫌悪の波を激しくドライヴする作風には、かなりの迫力を感じました。僕はどうも一歩引いたところで読んでしまい、うおお、剥き出しだなあと思いながら読みましたが、彼女たちの内面にダイブして読んだ読者の方は、本当にたまらなかっただろうなと思いました。絶対没入した者勝ちの、火球のような一作と思いました。

 その反面、何処までも素直に綴られた真っ直ぐな筆遣いが、ボディブローのような積み上げ型の遅延性で読者を悶絶させるのが、きなこさんの「ナインリッヒーズの祝福」です。僕もボディブロー喰らいました。こんなの、二人を祝福するに決まってる、と読みながら思いました。抵抗不可という感じで、ある意味反則の作品だと思います。こちらも処女作とのことで、うーん、すごいです…。何だろうなあ。総体的にすごいイベントだと思います。

 百合に加えて良いのか分かりませんが、私は柴犬になりたいさんの「ライブ・アバーヴ・スカイ」も、非常に鮮烈な作品でした。視点のスイッチが激しく、作風を把握するまで困惑しましたが、二人の女性が同時刻に違う場所で、同じ楽曲をセッションする描写の超越的な交感に圧倒されました。普段生きていて、こんなシンクロを感じることなんてないですが、そのような突き抜けた体感を読者に喚起させられるだけでも、十分にすごいことだと思います。ロック的なアディテュードを感じました。突破力の強さが印象的でした。


鈴元さん「ぬばたまの瞳、ぬばたまの心、ぬばたまの空蝉」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055554531479

きなこさん「ナインリッヒーズの祝福」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055365126275

私は柴犬になりたいさん「ライブ・アバーヴ・スカイ」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055480845702



【ドラマ】

 こちらも素敵な作品が多かったです。

 個人的にまず浮かぶのが、宮塚恵一さんの「スカイ・コネクト」です。元演劇部脚本家でニートの男と男女の後輩たちの、恩寵に満ちた日々を穏やかに綴った作品です。僕が良いなと感じたのは、派手な事件やギスギスした心象がなくても、十分興味を持って読み進められたことで、決してストーリーや事件だけが小説ではないということを、このような小説を読むと思い返しますね。人物たちも素直に応援したくなる人ばかりで、普通に筆力の高さを感じました。

 一方、血を吐くような痛みが読者の胸をぐさぐさ刺してくるのが、ラーさんさんの「生まれちまった悲しみに」です。女子高生と三十男の険し過ぎる道程を描いたこの作品は、理解や温もりを求める心と拒絶する心の壮絶なせめぎ合いが胸を打ちます。心の秘めた大事なことは、人にとっては他愛のないものに映ったとしても、当人にとってはいかに切実で、それがあるが故に後戻りを許さず、行動や思考まで規定しかねないものか、といったことを哀しく読みながら感じました。究極的な救いも絶望も訪れない、絶妙に中途に放り出される結末の余韻もたまりません。抉る作風ですね。

 上記の二作に比べると幾分小粒ですが、異様に実感を伴った文体が響いたのが、流々(るる)さんの「春は来る」です。舞台の北欧の雪景色のあまりの寒々しさと、寄る辺なき日本人の抱える孤独が、読むうちにじわじわ滲みてきて、個人的に忘れ難く、ここに挙げさせて貰いました。


宮塚恵一さん「スカイ・コネクト」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055607235913

ラーさんさん「生まれちまった悲しみに」

https://kakuyomu.jp/works/16816410413967891420

流々(るる)さん「春は来る」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055619792843



【多視点の作品】

 三人称多視点で描かれた作品が実に多かったというのが、全体を読んだ印象の一つでした。正直に言うと、三人称多視点の形式を選んだこと自体に、明確な意味なり効果なりを感じた作品はあまりなかったのですが、多視点を用いることへの強い必然性を感じたのが、先に述べた@Pz5さんの「空」と、君足巳足さんの「引き抜かれた空が叫びを上げる」です。

 奇しくも、いずれの作品も非常にテクニカルな仕上がりで、視点が変動しないと全体像が明らかにならない構造になっている点が共通しています。加えて、「引き抜かれた空が叫びを上げる」は、「空」「マンドラゴラ」「太宰治」の三題噺という変態的な(失礼致しました。褒め言葉です)縛りを課したアクロバティックな作風で、しっかりオチているのが驚異的でした。

 僕が言えた義理でもないのですが、多視点を用いたい方の一つの目安になる小説なのでは、と感じました。


君足巳足さん「引き抜かれた空が叫びを上げる」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055362965768



【その他の作品】

 これは決して寄せ集めとか、そのような意味ではありません。便宜上、上記のカテゴリに入らなかっただけで、作品の仕上がりに遜色があるわけではありません。

 こんなネタがあるのかと素直に驚いたのが、かねどーさんの「リターントゥスカイ」です。何と、小規模飛行機会社の再起を描いた経済小説です。つくづく懐の深いイベントです。僕も長年社会人をやっていましたが、とても自分には書けそうにありません。それをラノベ的なライトな乗りと、類型化されたキャラで軽快に描いていることが特徴だと思います。読後感の良い、面白い作品でした。

 最後に、個人的には反則級に涙腺を刺激されたのが、妹さんの「天使の妹である私がオギャっと生まれる少し前から今日までの話。と見せかけて大体お姉ちゃんの話」です。天使に生まれた姉を持った妹の生涯を描いた、口語体の作品ですが、とにかく最後にはやられました。泣きますね、これは。オチは殆ど最初の時点から分かったのに、それでも関係なく泣かされるので、これには参りました。

 以上、急ぎ足ですが、印象に残った作品たちを振り返ってみました。


かねどーさん「リターントゥスカイ」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055389399725

妹さん「天使の妹である私がオギャっと生まれる少し前から今日までの話。と見せかけて大体お姉ちゃんの話」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218272935221



【極私的五億点賞ベスト11】

 大変僭越ですが、あくまで個人の感想として、好きな作品を挙げてみたいと思います。順不同です。最初はベスト10に五億点賞一つと思いましたが、すると五億点賞が大賞みたいになりそうなので、全て五億点進呈ということにします。10作に絞れませんでしたので、11で。


・きなこさん「ナインリッヒーズの祝福」

・木船田ヒロマルさん「機人の空」

・帆多 丁さん「化け猫おちる」

・神崎 ひなたさん「テセウスの君、空っぽの空」

・鍋島小骨さん「糸の震え」

・和田島 イサキさん「理解のある彼くん vs おもしれー女 ニュートン無様敗北編」

・草食ったさん「混線と冷笑」

・いりこんぶさん「えびフライと桃色の空」

・蒼天 隼輝さん「証明の匙」

・水瀬さん「宝石の春、歌う鯨」

・マツモトキヨシさん「逆スイッチ」


 こちらが僕の選んだベストイレブンです。どれもつえーな。自作はまあ、ベンチウォーマーA、Bというところでしょうか。勿論、次回は虎視眈々とレギュラー入りを狙います。



【総括】

 改めて振り返ってみると、WEB小説の裾野すそのの広さをほぼ初めて実感して、圧倒されたというのが、正直な実感です。

 作品を書くだけではなく、全作品を追いかけて講評とも照らし合わせられたことが、今回参加した最も大きな体験だと感じました。この一月ほどで、小説レベルが二つほど上がったんじゃないでしょうか? 

 未読だったジャンルや作風に触れたこと、アイデアへの様々なアプローチを網羅もうら的に見てきたこと、個々の著者の資質や作風を見てきたこと、自分にとって活かせるものと活かせないものが見えてきたかなということなど、非常に濃い勉強ができました。

 初参加ながら今回はご時世柄もあって、新型感染症を扱った作品が数え切れないくらいあったことが、強く印象に残りました。創作はその都度の時代の空気や状況を、意識的にも無意識的にも反映しているんだなということを、総体的にひしひしと感じました。大袈裟に言うと今回のイベントには、二〇二一年初頭の日本のある姿が確かに刻印されている、ということだと思います。後年読み返す機会があったら、「ああ、あのコロナの時ね」という感慨が蘇ってきそうです。

 自分にとっての大きな気付きの一つは、直接お題からアイデアを探らなくても良かったんだなということです。

 今回は直接「空」から発想を考えて、その枠の中だけでアイデアを探していました。例えばですが、先に「吸血鬼」やりたいなあと思って、そこから「空」を繋げても全然良かったんです。お題をアイデアの起点にする必要は全くないということで、何処かのタイミングで戻ってくればいいんだと。この気付きがあるだけで、アイデアの可動域がだいぶ拡張できそうです。次回から早速、その発想法を試したいと思います。

 最後になりますが、主催者のこむらさきさん、並びに評議員を勤めたみなさまに改めて感謝したいと思います。今回初めて参加させて戴き、本当に参加して良かったと思いました。また次回も参加したいと思います。読んでくださった方も含め、ありがとうございました。

 現場からは以上です。



 

 

 






 

 

 

 




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