「第一回川辺の創作怪談会」を振り返って

「第一回川辺の創作怪談会」という、小説公募の自主企画に参加しました。

 先月参加した「第三回こむら川小説大賞」で、自主企画に参加する喜びにすっかり目覚めてしまったので、今回も作品投稿、全作読破、講評との比較など、企画を楽しんだ上で自分なりに思うところがあったので、考えを整理したくて企画を振り返ることにしました。


(企画のページはこちら)

https://kakuyomu.jp/user_events/16816452218507668648

(結果発表はこちら)

https://note.com/frogfrogfrosch/n/nb8b8a28014a2



【自身の近況など】

 まずは自身の近況から振り返らさせて下さい。

「第三回こむら川小説大賞」が終わった後もすぐに小説を書き始めましたが、そこでけっこうなスランプ状態に陥りました。毎日書いても上手くいかず、書き直すほどドツボに嵌まって、二月の一週頃には文章を書くどころか、文章の組成も分からなくなるほど混迷していました。

 一端書くのを止めていたところに、折良く今回の企画の告知を見て、このスランプを脱するには今しかないと思いました。下限が八百文字の文字数と、創作怪談というレギュレーションがリハビリに最適だと思いました。怪談は必ずしも小説らしい文章に準じる必要がないし、いざとなったら口語体に頼ればどうにかなると見当を付けて、最終的には怪談を三作書けました。一作書く毎に小説の文章の組成や、自分なりの書き方などを取り戻せたことが自身としては何よりも大きく、そういう意味で今回の企画は立ち直るきっかけを与えて貰えた、契機の一つになる企画だったと感じています。率直に助かったというか、感謝しかありません。

 怪談はリアルさを担保する性質上、文語体と口語体のあいのこのような、とても奇妙な叙述構造の拘束性が強い形式だと、かねて感じていました。ですが、今回のレギュレーションは創作怪談です。創作怪談の「創作」性を重視するのか、「怪談」特有の語り口や生な感じを重視するのか、この辺りをネタを考えるきっかけにしたいと思いました。

 最初に書いた「隙間」という作品は、とにかくスランプ脱却が最優先だったので、難しいことは狙わずにシンプルに書くことを意識しました。典型的な怪談の語り口に乗っかって、幽霊に起因しない話を書こうと思いました。

 怪談の形式自体について考える意図で書いたのが、「怪談を創作する」という作品です。書きながら面白いと思ったのは、本作が怪談の叙述について考える作品だからこそ、怪談特有の叙述の拘束から自由に抜け出れたと感じられたことでした。これは暴力抑止を目的とするが故に、反面的に暴力描写が頻出する映画と同じような構造だと思います。作中の「私」の叙述は、典型的な怪談の語り口には則っていないと思いますし、劇中劇っぽく作中で語られる怪談は、捏造だとはっきり謳っています。

 部分的な欠点もありますが(劇中劇パートが盛り上がらないこと、結末の方向性など)、全体的には面白い作品に仕上がったと自分では思っています。

 その反面、試みに失敗したと感じたのが、「禁足地」です。創作怪談なので、怪談向きではないB級ホラー的な題材を、怪談の語り口で再現するという狙いがあったのですが、最後まで適切な語り口を摑めなかったようです。

 特に描写面が中途な小説紛いの文章になってしまい、描写が肝な作品なだけに、これは致命的だったかなという思いがあります。B級ホラーネタを怪談の語り口で書く試みは、またいずれ何処かでリベンジしたいです。

 全体的には、創作怪談の創作性を重視して、典型的な怪談の話法から逸脱した作品を書くことを念頭に置いて、一連の作品に取り組みました。書く時にそのようなことを念頭に置いていたので、人の作品を読む時も、どのようなスタンスで怪談を書いているのかはかなり意識しました。


「隙間」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218689400944

「怪談を創作する」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218734203477

「禁足地」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218772577895



【怪談の語りから遠い作品】

 ホラー小説と怪談の違いは、今回の企画に参加する間、絶えず考えていたことでした。結論から言うと、「分からん!」という身も蓋もないものですが。

 基本的に怪談が重視する、実話という触れ込みで担保されるリアルさは、創作怪談の場合は別に無視して創作に拠っても構いませんし、多分条件面で明確に線引きできる要素はないと感じました。一つ、作中に何らかの「語る」という状態を取り入れるかどうかはポイントになると思いましたが、それも絶対条件とは言えないと思います。

 その一例ですが、@rarara_brahminさんの「彫像」は、仏像を彫刻する仏師が遭遇した怪異を描く作品で、「語り」の要素のない三人称形式の作品です。ところが、江戸辺りの百物語を記した現代訳本を読むと、大半が本作のような「語り」の要素のない伝聞の形式になっています。「彫像」自体は、短くてしっかりオチたアイデアストーリーで、読んで「なるほど」と思いました。

 個人的な印象では、家庭訪問に訪れた家で地獄を見る教師を一人称視点で描いた、電楽サロンさんの「ワタヌキさん」は、作中に「語り」の要素が一切なく、この作品までくるともうホラー小説かなという印象がありました。「悪魔のいけにえ」の殺人鬼一家みたいな、殆ど人間を止めた両親や人間で作った家具などを、細密なグロテスク描写で描いたこの作品は、逆に叙述が小説的だからこそ活きていて、これが口語体ならここまでのインパクトを与えられなかった気がします。

 作品の形式自体が一般的な怪談の話法から離れた作品の一つに、QAZさんの「日記」があると思います。日記帳やWEB上のデータなどから、生きた人間の恐怖がじわじわ炙り出される作品ですが、形式的には書簡形式の変種と見るのが妥当かと思います。

「日記」同様にシークエンスを分割し、章毎に視点が変わる形式の作品は幾つか散見しましたが、全貌を俯瞰ふかんする話者の欠如は、一般的な怪談の話法からは乖離かいりしていると感じました。一般的な怪談らしさからは離れつつも、多視点ならではの展開の上乗せが積み重なって、総体的にはかなりグロい共同体の因襲が浮かび上がって印象深い作品に、大塚さんの「スケープゴート」がありました。個人的に厭だったのが、性別を偽る要素が作中に含まれていることで、どうにも生々しい印象を受けました。

 今回の応募作でおそらく最も一般的な怪談の作風から遠い作品が、テクノロジーの暴走を扱った、私は柴犬になりたいさんの「Log. 2020/2/18」だと思います。題材はもはやSFホラーの範疇ですが、一般的な形に捕われない攻めの姿勢はかなり印象に残りました。

 意外と強制力の強い怪談の語り口から、いかに自由になるかという点を興味深く読んだ作品群でした。


@rarara_brahminさん「彫像」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218557606928

電楽サロンさん「ワタヌキさん」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218770592460

QAZさん「日記」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218766044693

大塚さん「スケープゴート」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218656966234

私は柴犬になりたいさん「Log. 2020/2/18」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218693878621



【怪談に密着した作品】

 逆にある種の生さを感じた、怪談本来の特性が強い作品として印象深かったのが、宮塚恵一さんの「祟り梅」です。温泉旅行をした旅館で、曰く付きの木に関わる心霊体験を描いた作品で、読んだ時は「これはマジでガチ」と確信しましたが、後に著者御本人がツイッターでフィクションだと明言していました。僕の確信などこの程度だったわけですが、この作品の何処にリアルさを感じたかというと、投げっ放しの素っ気ない展開に対してです。この作品には絶妙な按配の、「え、終わり?」という素っ気なさがあり、これは狙って再現できるものではないと感じました。よくこう書けたなあと思います。

 同じくリアルな印象を受けたのが、尾八原ジュージさんの「実話怪談と電話」で、流石に今度は実話だと思います。別に外れたからどうということもないのですが、ただそれが起きたというだけで、後に残るもののなさに、かなり濃厚なリアルを感じました。創作怪談を募集する企画ですが、生な「怪談」の持つ説得力は、作品にビハインドを与えるものだと改めて感じました。

 作品自体は創作と分かりますが、事態を書いたきり放置する姿勢に共通するものを感じたのが、小丘真知さんの「家族の思い出」です。この作品は短さも良い方向に作用した、不思議な印象の残る作品で、一緒に映った写真などの物的証拠もあるのに、実は全て別の女性と記憶を共有した妻との結婚生活を続けている話で、真相も不明なら状況を維持するだけという投げっ放しな感じが、読了後も厭な尾を引きます。

 細部の整合性を統一せず、展開も盛らない素っ気なさは、それが小説だとマイナス要因になりかねないのに、怪談となった途端にプラス要因に転化するのはつくづく不思議だと感じます。ただそれは起きたという現象を前に、取っかかりもなく途方に暮れる感じが、僕たちの知る現実のどうしようもなさを喚起させるからか。

 いずれにしても、作中の余白や抜けが喚起する生な感触を再認識しました。

 

宮塚恵一さん「祟り梅」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218686061973

尾八原ジュージさん「実話怪談と電話」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218645554953

小丘真知さん「家族の思い出」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218540869629



【アイデアストーリー】

 応募作品を読む前から、ショートショートの延長線上にあるようなアイデアストーリーの宝庫だろうと思ってはいましたが、予想通りこのカテゴリに作品がだいぶ集中していた印象を受けました。短く顛末を綴って、切れ味鋭いオチでスパッと終わらせるのは怪談の一つの定型なので、この結果には納得です。

 今回の応募者の中で群を抜いてアイデア型に特化していると感じたのが、ドント in カクヨムさんです。因みにドント in カクヨムさんと尾八原ジュージさんのお二人は、五作品ずつ投稿されています。よくそんな書けるなと感嘆しました。。

 僕が言うのも恐縮ですが、ドント in カクヨムさんは怪談の感覚が身体に滲み付いているように思われて、水を得た魚のような印象を受けました。中では、素直にこのアイデアは浮かばないと思った「トイレの花子っくりさん」(いい題名)、小松左京の「牛の首」路線に新たな捻りを加えた「ともだちの実家」辺りが、アイデアの面白さに拠った作品だと感じました。

 一つの優れたアイデアで勝負するのではなく、複数の細かいアイデアやリンクを短い枚数に凝縮させたのが、尾八原ジュージさんの「乗客」です。この作品はかなり好きです。文字数は下限ギリギリの八百文字で、その中に病院の不吉な検査結果、事故現場の供え物を持ち帰る老婆、供え物に憑依した幽霊、当人以外知り得ない検査結果を耳元で囁かれるといった、細かくて不穏な超常現象が一挙に綴られます。この密度とギリギリまで絞った筆遣いが素晴らしいです。

 同じく短い作品ながら、一瞬の切り返しの鮮やかさが読後も尾を引いたのが、朧(oboro)さんの「いない猫」です。昼寝していた男が猫の幽霊に遭遇し、それは飼い猫かと思えば、という話で、もう一段引っ繰り返されるオチが見事だと感じました。するとこの話自体が一体何なんだと思うのですが、本作に寄せられた川谷パルテノンのレビューが秀逸で、猫を飼っていた誰かの存在を指摘しています。その観点は浮かばなかったので、読んで「なるほどなあ」と感心しました。

「いない猫」は、短い文字数で一つの怪異を描くことで、読者の認識をさらっと引っ繰り返すことに成功していると思います。特にオチが秀逸な傾向の怪談には、幾分大袈裟に書くと、たった一発の怪異で読者の立ち位置や現状認識をぐにゃりと歪ませる効果があるように思います。それは、僕たちの知る現実とは異なる、異界へと続く回路に触れてしまったことによる歪みだと思います。ある種の怪談には、小さな観点や視野から世界の一端を覗くことで、考えもしなかった世界の認知を促す、童話や絵本にも見られる特性があるのではないか、といったことを意識させられた作品がありました。

 それが惟風さんの「今晩は」です。この作品がアイデアストーリーとは思いませんが、短い文字数で読者をさらう手口が鮮やかだったので、この項に挙げました。友人との電話の内容を綴っただけの作品ですが、この作品でもたらされる歪みはたったの二文字、「ばあ」だけです。この二文字だけで、僕は急に自分の立ち位置が歪むような印象を受けました。当たり前に認識していた世界の違う面をいきなり見せられるような感触があって、個人的には非常に記憶に残りました。

 オチ重視のアイデアストーリーの多くが、Aと見せかけBだった、というミスディレクションを基調にした作品だった印象がありました。その為には、作中の何らかの対象を、AかA以外に区別する必要があります。この対象の選別を怪談に寄せて考えた場合、それまではフラットに存在していたものに何らかの括りを当て込んでAかA以外かに区切り、強引に諸要素の一端を分類化するその干渉の及ぼし方が、呪いの作法とほぼ同等ということになるように思います。呪いとは対象を厳密に規定して、規定された対象に対して何らかの力を及ぼす作法のことです。最も簡単な呪いは、対象に名前を付けることです。

 それが怪談やホラー小説だった場合、作中である対象をAかA以外かに区別化する描写そのものが、読者に向かって著者が仕掛けた呪いと拡大的に解釈することも可能だと思います。そう考えると、怪談やホラー小説は読者に対してより生々しく迫ってくると思えるので、良い解釈かなと思っています。また、万物を二元論的に区切るロジックで、ある種のメタフィクション的なアイデアも発想できそうです。

 話が逸れたので戻しますと、Aと見せかけBだったというアイデアの好例が、白木錐角さんの「視える先輩の話」だと思います。この作品では人を、心霊が視える人と視えない人で区別化することで恐怖に繋がります。視えるか視えないかを考えさえしなければ、作中のような出来事は起きていないのですが、そのようなことを意図的に起こして読者に投げ付けるのが、怪談やホラーといった表現様式です。

 白木錐角さんのもう一作品、「叩く者」(聞き流して貰って構いませんが、僕なら「ノック」という題名にします)も同傾向の作品だと思います。この作品は、部屋をノックする何かが、入るか入れないかで世界が区別されます。主人公が強迫神経症に罹った時点で既に呪いに当てられたと見るべきで、入る・入らないという区別に繋がるオチが用意されています。このオチはかなり厭でした。

 同じく、道の両端に立つ幽霊が道路を横断する、見えない線を引き、線の手前と先で世界を区切ることで呪いが発動するのが、坂崎かおるさんの「メイクライン」です。勝手に線を引いて、現実と異界に分断するなんて止めてくれと思いますが、怪談とはそのような理不尽を読者に強いるものです。

 上記で記した区別化とは別に、単純に面白いアイデアだと思ったのが、草食ったさんの「なんとなくで生きてゆく人」です。ネタばらしは避けて内容の言及は控えますが、作中の存在は野放しに歩く災厄ともいうべきで、もし自分が人生でうっかりそれと遭遇してしまったらと想像してしまう、あっけらかんと厭な感じがあります。

 

ドント in カクヨムさん「トイレの花子っくりさん」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218695568262

ドント in カクヨムさん「ともだちの実家」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218528799704

尾八原ジュージさん「乗客」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218560001544

朧(oboro)さん「いない猫」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218527733927

惟風さん「今晩は」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218659768199

白木錐角さん「視える先輩の話」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218621681824

白木錐角さん「叩く者」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218756330062

坂崎かおるさん「メイクライン」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218781768389

草食ったさん「なんとなくで生きてゆく人」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218778919097



【曰くの分からない怪談】

 怪異の真相が比較的究明されがちなアイデアストーリーとは対照的な、曰くの全く分からない怪談も数多くあり、僕は曰くが分からない話の方が個人的には好きです。それが何かはっきり分かる作品よりも、分からない作品の方が単純に怖いと思いますし、読者の中でより長く尾を引くように思います。原因が分かるとそこで話が閉じて、作品の力(呪い)を失ってしまうことが多いですが、曰くの分からない話には、その安寧を赦さない頑なな悪意を感じます。怪談は呪いを広める為にあるので、僅かでも読者に精神的負荷を強いる方策を選んだ方がいい、というのが僕個人の考えです。

 この系統の作品には、融通無碍ゆうずうむげな力のある、強烈な印象の作品が多かったと思います。ドント in カクヨムさんの「客の来る家」は、一見怪異の由縁が分かりそうでいて、やっぱり最後には突き放して真相をうやむやにする著者自身の黒い悪意(失礼致しました。褒め言葉です)が充満していて、それが非常に厭です。話を意図的に閉じない進め方に、怪談の特性を知悉されているという印象を受けました。純粋に話の筋を追っても、勘弁してくれという怖さがある作品だと思います。

 超常現象自体にインパクトがあり過ぎて強く印象に残ったのが、蒼天 隼輝さんの「耳が見えるよ」です。壁から耳が生えた山小屋に行った男の話で、それが何故耳かには解答らしきものが明かされますが、すごいのはその耳から吐瀉物が零れ出てくることです。何故吐瀉物? と思いますが真相は読んでも分からず、吐瀉物がフックになる作品とは強烈だと感じた次第です。理屈じゃなくて残る作品ですね。

 次いで現象から顛末まで全てが謎で、どす黒く屹立していると感じたのが、川谷パルテノンさんの「回転」です。失明したのに勝手に眼球が回転し続けている男を描いた作品で、その目を切除しようとした人間は全員死を迎えます。作中に理由は全く記されておらず、問答無用で人が死ぬ話自体の殺傷能力の高さも相まって、殺伐とした印象を受けます。この剥き出しでこちらに飛びかかったきそうなトーンが、とても素晴らしいと思います。僕は殺気の漲った話が好きです。

 一志鴎さんの「地の底へ」も同じく、曰くが分からず、殺気の漲った凶暴な一編だと感じました。ロダンの「考える人」の銅像から校庭を見下ろすと、そこはとんでもないところに繋がっていたという作品で、明確に触れてはいけないものに触れた感触があります。この禁忌に抵触するような感触は、恐怖を扱った話においては、非常に大事な感触だと思います。


ドント in カクヨムさん「客の来る家」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218707526145

蒼天 隼輝さん「耳が見えるよ」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218641590341

川谷パルテノンさん「回転」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218751591892

一志鴎さん「地の底へ」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218775523134



【生きた人間の怪談】

 恐怖は超常現象の専売特許ではありません。生きた人間はある種、究極の恐怖とも言えると思います。怪談やホラーで生きた人間の恐怖を扱った作品特有の、普通の人かと思っていたら、ずるりと表皮がけて真っ黒い内面が露わになるような怖さは、とても素晴らしいと思います。人の皮を被ったまま別の何かになってしまった人が、目の前に立っているのを見るといったような。

 また、生きた人間を扱った作品の多くが、超常現象と生きた人間の間を行き来することも多く、双方の恐怖が味わえるお得感もあると思います。そのような境界線を自在にシフトする作品の好例が、尾八原ジュージさんの「幽霊なんかいない」だと思います。霊感があると欺いて、人目を惹きたがる女性に纏わり付かれた女性を描いた作品ですが、霊感があることを欺く人は、霊的にも非常に危ないと何処かで聞いた記憶があります。それの何が危険かというと、本作のように自らがその欺瞞に取り込まれることもありそうです。この作品は、夜に自室で何かに遭遇する描写も含め、王道の怪談を読む魅力があると思います。

 人を呪う人間も恐怖の対象でしかありません。白身さんの「爪」も、ある家系に代々伝わる呪いを扱った作品で、そこからほの見えるのは、人間そのものの不可解さです。本作の登場人物が行ったことの裏には相当な思いが籠ってそうですが、それは他者が決して共感できない領域に違いないと思います。この断絶が胸を打ちます。

 ただ単純に意味不明な人間の挙動が怖いのが、シメさんの「歌う男」です。こういう人は本当にいるかもと思うような、現実的な恐怖のある一編です。行動原理が不明な人間はいつだって、何をしでかすか分からない恐怖を内に秘めていると思います。僕も駅のホームで一人怒鳴り続ける女性などを見ると怖いので、急いでその場から遠ざかりたくなります(暴力が苦手です)が、そういう物騒な怖さですね。

 同じく剣呑な生きた人間の粗暴さを、露悪的なドギつい筆遣いで描きつつ、結末で明かされる真相の揺れ幅の大きさに、読んで「ひえっ」となったのが、三谷一葉さんの「K田」です。作品から漂う粗暴さがとても良い感じです。

 

尾八原ジュージさん「幽霊なんかいない」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218512190365

白身さん「爪」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218542068403

シメさん「歌う男」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218578593885

三谷一葉さん「K田」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218782089488



【土着的な怪談】

 個人の生きた人間の恐怖を扱った作品だけではなく、共同体全体が歪つという土着的な恐怖を扱った作品にも、印象深い作品がありました。

 夜の竹林に現われると言われる妖怪を扱った、佐倉島こみかんさんの「カンザシメ」は、民俗学的な妖怪譚かと思えば、次々と真相の一端が推測されて、それが村の因襲にまで行き着く、推理小説並みのロジックが面白いテクニカルな一編でした。本作に顕著ですが、このような土着的な作品は、生きた人間の共同体の恐怖にも伝承される怪異の恐怖にも話を振れるので、一石二鳥の恐怖を描ける欲張りなサブジャンルだと思います。僕もその双方が一挙に襲いかかってくるような、凶暴な作品を一度書いてみたいものです。

 因襲的な作法を描写し続けて、底冷えがするような恐怖を淡々と植え付けてくるのが、百舌鳥さんの「みがわりのまつり」です。民俗学的なフィールドワーク補助のバイトで、ある地方に逗留した男の体験談である本作は、地元民から強制される諸々の作法の描写がとにかく忌まわしく、人の写真を拡大したコピー用紙でできた仮面という、勘弁して下さいとしか言えない呪物も登場します。これを強要する地元民の底知れぬメンタリティも恐怖としか言えず、全体を通じて禁忌に触れる厭な感触に満ちた作品だったと感じました。


佐倉島こみかんさん「カンザシメ」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218747639006

百舌鳥さん「みがわりのまつり」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218779769448



【テクノロジーの恐怖を扱った怪談】

 考えると面白いもので、「リング」のVHSテープを例に取るまでもなく、怪談は都度の時代のテクノロジーを積極的に取り込み、呪力に転化する特性があるようです。今回の企画でも、テクノロジーが怪異の顕現を助長する作品が幾つか見受けられて、興味深く読みました。

 一番槍作品である淡海忍さんの「勝手に開く」からして、テクノロジーを扱った怪談でした。知人の怪談を聞いたことで着いてきた霊体を観測する為に、主人公は自室にWebカメラを仕掛けますが、一言で言うと、そんな怖い真似は止めろ、ということになります。案の定、カメラが不可思議なものを認知しますが、面白いのは映像には何も映らないのに、動体センサーが複数の何かを検知する認知のズレで、これはカメラというテクノロジーが怪異を助長する典型的な一作だと思います。

 アプリ、文字化け復元サイトなどの現代的テクノロジーが、全ての怪異を補強する怪談が、かねどーさんの「ガタンガタン」です。文字化けを復元するサイトを活用するアイデアには、素直に感心しました。機械全般に疎い僕には、全くできない発想です。スピーカーから響く異音もおそらくイヤホンを通じて力を増大させたはずで、テクノロジーによって怪異もアップデートされていくのは面白い限りです。

「ガタンガタン」と同様に、複数人がチャット越しに会話することで、怪異が生まれてしまったのが、@dekai3さんの「七人」です。本作はツイッターを拝見する限り、著者の環境に近いある種の楽屋オチを楽しむ作品でもあり、一般的な怪談の語り口からはだいぶ離れた、WEB投稿サイトに見合った作品の形式に面白さがある怪談だと感じました。本作は章立てを複数に区切ったことが非常に効果的で、再生のクリック音が記された箇所のような、タイポグラフィが効果的に使われたWEB小説の作品は、初めて読んだ気がします。あの「カチッ」というクリック音に続く長い空白が、そのまま空間の断絶を示していて、見て「やばっ!」となりました。珍しいテイストの怪談です。

 そして、この分野を扱った作品の(というか、個人的には今企画の全作を通じて)真打ちとも言うべき作品が、マツモトキヨシさんの「マルチトラック」だと個人的には感じました。リモートワークを嫌がる後輩とリモートした主人公を描いた作品ですが、まさにコロナ禍の今を描いた話です。

 リモート会議が始まる前段階で、不審な女が玄関前に立つ後輩の怪談の嫌な先制ジャブがあり、そこからリモート会議の場面に移りますが、このリモート上での映像と音声の描写がとにかく圧巻です。描写における生々しい当事者性を最も強く感じたのが本作で、それを描く筆力もさることながら、そこで起きる出来事のいちいちが不吉で、怪異描写とは、筆力+ことの起こし方の両輪が噛み合って、初めてその力を発揮することを痛感しました。この感触はよく覚えて、自作にも活かせるようにしたいと思います。

 この話のすごいところは、部屋で何かが起きても、話がそこで終わらないところです。部屋で倒れたはずの後輩が外でぴんぴんしていて、しかも部屋にいた事実すらないという、今見たもの自体を否定する事象に、登場人物同様に読者も正面衝突して、途方に暮れる感触を味わわされます。

「第三回こむら川小説大賞」で投稿された「逆スイッチ」もそうですが、マツモトキヨシさんの作品には、結末に読者の理解を阻む断絶が横たわっていて、底の見えない亀裂を覗き込んだような印象を受けます。感銘を受けた作品なので、長々と書いてしまいました。


淡海忍さん「勝手に開く」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218512367866

かねどーさん「ガタンガタン」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218565010778

@dekai3さん「七人」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218712036938

マツモトキヨシさん「マルチトラック」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218714872400



【話術に長けた怪談】

 怪談は語りの雑さや粗暴さが、生々しさを生む場合があると先に述べましたが、綿密に練られた語りの妙が引き寄せる怖さも確実にあります。このような精緻な語り口を持つ怪談は、まず自分から下手を打って怖さを台無しにすることがなく、怖さに繋がる厭な楔を淡々と打ってくる印象があるので、最も容赦のない種類の怪談(書き手)だと思います。

 ナツメさんの「廃神社の管理人」は、真っ直ぐに怪異を語らず、最初に殆ど違和感のない出来事を示し、しかもそれを重複させ、出来事を比較させることで一挙に落とすという、作中の緩急の巧みさに唸った一編です。究極的な真相究明は成されないのに、現象として何が起きたかという厭な情報だけは盛り込まれていて、叙述から安易に解決を示さない按配まで含め、かなり細かいところまで配慮して書いたことが窺えます。一端違う方向性を示して逆を突く手法は、不意打ちの左ボディみたいなものでかなり効きました。

「廃神社の管理人」に匹敵する高い完成度を誇っていると感じたのが、御調草子さんの「誤呼」です。これはかなり怖いと感じました。社内での新人いじりに始まり、苛めを傍観することに付きまとう諸々の感情をなぞる展開を迎えるかと思えば、突然思わぬアングルから怪談が飛び出し、その怪談自体も次々予想を覆され、展開やフックが最も積み重なった一作だと感じました。この作品も真相は明示されず、それが読者の中で様々な憶測や恐怖を生むことに繋がると思います。

 所謂怪談としての「語り」が、分かれたシークエンスの一節で入れ子構造的に記されていて、その辺りにもテクニカルさを感じました。


ナツメさん「廃神社の管理人」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218734712359

御調草子さん「誤呼」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218756021215



【その他の怪談】

 他にも印象に残った作品を、幾つかピックアップしてみます。

 曰く付き物件を使ったオーセンティックな怪談ながら、登場する不動産屋の女性が、どっちが本業なんだと思うほど除霊に精通し過ぎていて笑ったのが、小丘真知さんの「格安物件」です。この作品はお仕事小説としても面白いと感じました。相当スキルフルな不動産屋ですし、そこまでしないと食えないのかとか、色々考えてしまいました。

 全作品を読む中で一つ面白く感じたのが、勝手に部屋を片付けてくれる怪異を扱った作品が重なったことです。ライオンマスクさんの「益虫」と、白身さんの「独居」です。いずれの作品も部屋を片付けてくれること自体が怪異なので、極悪な禍を及ぼすわけではありませんが、何処かで見返りを要求されたらと考えると嫌ですね。


小丘真知さん「格安物件」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218660612108

ライオンマスクさん「益虫」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218673685241

白身さん「独居」

https://kakuyomu.jp/works/16816452218721473108



【個人的なベスト10】

 今回の企画には賞はないとのことでしたので、最後に僭越ながら、個人的に好きな作品をベスト10で挙げてみます。順不同です。


・マツモトキヨシさん「マルチトラック」

・ナツメさん「廃神社の管理人」

・御調草子さん「誤呼」

・@dekai3さん「七人」

・佐倉島こみかんさん「カンザシメ」 

・百舌鳥さん「みがわりのまつり」

・三谷一葉さん「K田」

・川谷パルテノンさん「回転」

・一志鴎さん「地の底へ」

・惟風さん「今晩は」


 改めて見ると様々な種類の怪談が網羅された、素晴らしいラインナップだと思います。人によって恐怖のポイントは様々だと思いますが、僕は描写や臨場感に反応し易いタイプなんだなと、上記のラインナップを見るとそう感じます。



【総括】

 今回は書きたいことは全て書いたので、最後に御礼を述べさせて下さい。

 主催者のナツメさんに改めて感謝したいと思います。リハビリの契機を与えて貰えましたし、ここ半月ほど怪談のことばかり考えて過ごす、濃密な期間を過ごせました。次回もあれば是非参加したいと思います。怪談を書いてて霊障を喰らった方は、どなたかいたのでしょうか? いたら是非話を聞きたいです。

 読んで下さった方やコメントを下さった方にも、心から感謝したいと思います。

 現場からは以上です。

 

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