「第一回厨二病小説大賞!!」を振り返って

「第一回厨二病小説大賞!!presented by藤原埼玉」という、小説公募の自主企画に参加しました。

 今回も自作を書き、人の作品を読む中で、色々と思うところがあったので、企画を振り返りたいなと思いました。ネタバレを多く含みますので(なるべくネタバレを避ける努力はしましたが、ネタに触れずに言及できない作品がかなりありました。ごめんなさい)、できれば気になる作品は先に実作をお読み下さい。


(企画のページはこちら)

 https://kakuyomu.jp/user_events/16816452219814560873



【企画について】

 まず、企画の勝利だと思いました。

「一番かっこいいもの又は一番美しいものを」を、「【厨二モチーフ】の使用必須」で描くとは、力強いレギュレーションです。この告知を見てすぐに思ったのは、自作がどうのこうのということより、これは面白い作品が集まりそうだ、ということでした。

 所謂川系と称される一連の自主企画には、筆力の強い書き手がごろごろひしめいていることが、二度の自主企画の参加を経て分かったので、この方たちの内なる炎に油を注ぐマッチポンプ的な良企画だと感じました。多めの文字数設定も、力のある作品が集まった要因の一つになったと思います。

 実際に参加作を読むと、最大三万文字のボリュームに見合った規模の話が並び、中には三万文字でもまだツメツメに感じられる作品もあったので、やっぱりこの界隈の方々はすげえなと感じました。僕もそういう荒波に揉まれて、筆力鍛えるかというつもりで参加しました。



【自作について】

 簡単に自作について振り返らさせて下さい。

「撤退戦」という題名です。剣で魔物を斬る夫婦の話です。

 ネタ出しは知能ゼロ、パッションのみに従いました。「かっこいいもの又は美しいもの」ということもほぼ考えず、どの「厨二」感で責めたろうかという考えで頭が一杯でした。とにかく忠実に厨二感を追っていけば、必ず何処かで自分にとってのカッコ良さに行き当たる確信がありました。

 人の作品を想像した時に、冒頭からフィクション度マックスでスタートする作品が多そうだと思ったので、①逆に序盤は静かに始めて徐々に離陸させたかった、②剣で魔物を斬る話(僕のカッコ良いです)が書きたかった、③しかもそれをしつこく描きたかった、ということで作品のような形になりました。

 最初は現実に近いところから始めるということで、西洋風の異世界を描けなかったので、和物のガジェットを用いました。

 提出が最終日ギリギリになったのは(ごめんなさい!)、数日前に初稿が上がった時に四万一千字近くあったからで、一万文字以上削るのにひーひー言ってました。新たに書くよりよっぽど大変なんだなと、今回身に滲みて感じました。三人称多視点を単視点に変え、複数のシーンをくっ付けたり章ごと全削除しましたが、それでもオーバーしているので、文章レベルでちょこちょこ数文字ずつ削っていって、どうにか完成させました。

 自作についてはこんなところですが、それぞれの書き手の人がどのような物語で「厨二感」を描いたか、翻って厨二感とは何か、ということが読む際の最大の興味でした。

 

「撤退戦」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220604134341



【拙作に似た要素のある作品】

 大変僭越ですが、雰囲気や要素が拙作に似ていると個人的に感じた作品があったので、まずそちらからピックさせて下さい。

 一つ目が惟風さんの「剣と魔法とお姉ちゃん」です。剣や魔法を用いた魔物との闘い、人の為に身を挺すること、家族愛など、拙作と要素がかなり共通していると読みながら感じました。

 拙作はスロースタートですが、この作品は冒頭いきなり半魚人に追われるという、坩堝に叩き込まれる出だしが面白かったです。作品全体を通すとかなりのペースで飛ばしているのに、溜めの展開もしっかりと作って、最後の最後で最強お姉ちゃんがドーンと登場、という緩急が素晴らしかったです。お姉ちゃんの決め台詞が最も映えるように全体が構築されていて、読んで「カッケエ!」となりました。

 人に優しく快活なトーンが、また拙作の重苦しさとはだいぶ違って、それも相互的に良い対比になっていると感じながら読みました。

 もう一作は、宮塚恵一さんの「泥の殻々/骸の相承」です。こちらも妹を護る為に、剣を用いて魔物との死闘を繰り広げる兄とその弟子の物語で、和風のガジェットを用いた構造に多くの共通項を感じました。

 最も印象的だったのが、著者と作品の姿勢の強さです。主人公の憂悟を描くことで堂々とヒロイズムに対峙していて、一本背骨の通ったハードな作品だと感じました。個人的印象ですが、ヒロイズムは心の突っ込みや照れが邪魔して、貫徹するのがなかなか難しいと感じました。それで僕は「撤退戦」になっちゃうんですが、本作は憂悟が己の意思を貫徹して英雄であり続けます。そこが最も厨二精神に溢れた熱いところだと思いました。

 ビザールな身体損壊感覚も特徴的で、憂悟や妹の由李歌の身体の蝕まれ方ですが、あれはチラリズムに近いのでしょうか? 蝕まれて黒くなった身体の一部が残っているところに、ある種のフェティシズムを感じました。それを最も体現した平田という医師が、かなり強烈な造形になっていて面白かったです。

 似通った要素などを感じた分、逆に違いも際立って見え、読みながら面白いなと思っていました。

 

 惟風さん「剣と魔法とお姉ちゃん」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219819841321

 宮塚恵一さん「泥の殻々/骸の相承」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220052409214



【異能バトルを描いた作品】

 間違いなく今企画の花形だと思います。いやーもう、厨二と言えばバトルじゃないの、と僕などは素直に思ってしまいます。拙作や先に挙げた二作品もこの括りに含まれまると思いますし、実際に作品数も多ければ、力の籠った作品も多かったので、順次振り返りたいと思います。

 まず印象深かったのが、ポストマンさんの「日がまた登るまで」です。作中で人名と殺害人数が示される辺りが完全に厨二ですが、主人公クラスは二百万人超えという尋常じゃない数値になっています。ほぼ神に近い強さで、間違いなく今企画屈指の強さが設定された小説だったと思います。強さの希求は厨二マインドの証です。

 殆どMCU並みの超人合戦に説得力があったことが、本作の素晴らしい点だと思います。読むと確かに、「あ、これは二百万殺れるわ」と思えますし、黒い外殻に覆われたフォルムも素敵です。最も説得力を感じさせたのが、どの超人もまるで悟り切ったかのように死地に赴くことで、常人の遥か高みに超越している感覚がひしひし伝わってきました。この凪ぎの如き不動心に最も異能ぶりを感じ、「いやいやカッケエよ!」となりました。

 一晩の異能バトルに大きく振り切った、ドント in カクヨムさんの「Kindful Devil/Evil Angel(s)」も、相当にキャラが強く設定されています。マンハッタンの摩天楼を舞台に、天使と悪魔のコンビが、あらゆる呪力を身に付けた男と闘うという話で、ハリウッド映画を見るような読み心地でした。描写が非常に視覚的で、読者に映像を喚起させる力がすごいと感じました。やったことはないですが僕のイメージは、「デビル・メイ・クライ」です(映画じゃない)。

 キャラ造形が非常に魅力的なのも、大きな魅力の一つだと思います。お人好しの悪魔と、有事の際は悪魔を殺す密命を帯びた天使の二人が、実に厨二的魅力に溢れていると思います。思惑を超えて助け合う少年ジャンプ的友情を基調にしつつも、BL要素もほんのり絡めて、キャラ付けの按配が見事だと思いました。大天使ガブリエルも麗しい女性として描かれ、ギャップ萌えが素晴らしかったです。

 蒼天 隼輝さんの「深淵断罪牙 ファントム・ルージュ」は、題名からして厨二マインド炸裂の力作でした。この小説の素晴らしいところは、厨二マインドの表出ぶりに全く躊躇いや逡巡が感じられなかったことです。一度演じたら最後まで演じ抜け、と言わんばかりの強い意志を感じました。素晴らしいマインドです。

 個人的には主人公の造形は、今企画のビジュアル大賞候補と思いました。黒ずくめの衣装に赤髪赤マスクで、銃把が刀になった二丁拳銃を駆使する男とは、相当なビジュアルインパクトです。この男が死者で、密約を交わした悪魔の力で動いているという背景も素晴らしいです。死者である設定や、相棒になる気の強い女性記者の存在がアイデンティティの確立という、ヒーローもの直球のドラマ要素に密接に繋がっている点も素晴らしいと感じました。

 連綿と人外のものが闘争し続ける世界観が僕は大好きで、現世での闘い(小説で描かれる闘い)もその一局面に過ぎない、という遠大な世界観もツボでした。

 同じく、てらうことなく厨二マインドを貫いた爽快な一作が、狐さんの「オウマガリ」です。映画的に感じた作品が多かったですが、この作品から感じたのは、多くの方も指摘されていたように、少年漫画の読み切り感だと思います。

「——逢魔狩り、曽兌彼方。特命を以って、罷まかり通らせてもらう。シンプルに言や、アンタらをぶん殴って此処から追い出すってことだよッ!」

 この名乗り! この台詞回しは日常的もなければ映画的でもなく、漫画的だなあと感じます。この「俺は己が厨二マインドを貫く」という意思が素晴らしいです。言い方を変えればリアリズムに喧嘩を吹っ掛ける台詞回しでもあるので、「そりゃカッケエよ」と思ってしまいます。

 古墳の出土する由来の土地だったり、主人公の得物がスコップだったり、職業が官吏だったりといった意匠の中に、厨二的な世界像を軽快に駆け回る運動神経の良さを感じました。巻き込まれ方の主人公とのやり取りや、饅頭で和ませたりと、その辺りの緩急も少年漫画を彷彿とさせました。

 この作品の素敵なところは、とにかく明るいトーンを貫徹させたことにあると思います。過去の怨念を顕現させたがる敵に対し、俺は先しか見ないという主人公の在りようが既に明るいと感じます。作品に重さを取り込むのも意思の力なら、それを排除するのも意思の力だと感じた次第です。個人的嗜好としては重い作風が大好きなので、却ってこの明るさが眩しかったです。

 ぎざさんの「ひょんなことから日本統一」も同じく、非常に漫画テイストの強い作風だと感じました。こちらは完全にバトルシーンに特化した、連載漫画という感じです。設定が遠大で、「四十七つの大罪」とも称される、各都道府県の謎の武器を持つ敵キャラを(第三勢力で宇宙人付き)一人ずつ倒していくという設定の、最初の一人との対決を描いた作品です。本当に実現するかは何とも言えませんが、もし実現したら量的にとんでもないことだと素直に思います。

 本作の売りは間違いなく、詳細な戦闘場面にあると思います。超絶異能同士の対決がこれでもかと描かれますが、たった一つの戦闘でこれほどの技を詰め込むアイデア量がすさまじいです。サイコロの目に従って技を発動させるという敵の武器、「吉凶剣 塹魂枷あなたまかせ」のアイデアが秀逸です。その特性の陥穽を付く味方側の連携も見事ですし、個々のキャラの性格付けに即して戦闘が描かれているところが見事だと思いました。本当にこういう漫画がありそうです(漫画に全く詳しくないので、どの作品に近いとは言えませんが)。

 造語や展開にちょこちょこギャグを挟んでくる緩さも特徴の一つで、「不詳ふしょう武将ぶしょう」の造語には笑ってしまいました。主人公のいつわもかなりズレていて、陰のない快活な作風が読んで心地良かったです。

 余談ですが、著者は所謂川系の自主企画圏とは違う圏内から参加された感じがあって、読んでいて非常に新鮮に感じられたのも印象深かったです。

 淡海忍さんの「現役兼業魔法少女(29)深夜の公園でクレープを喰らう」も題名通り、魔法少女同士の異能バトルを描いた一作です。この作品を読んだ率直な印象は、やたら殺伐としてるなということでした。

 作風や展開はかなりラフで半ばギャグ的といっても良いのに、あっさり魔法で強盗の首を切り飛ばしたり(後でくっ付きますが)、強盗の首をぼこぼこに殴打したり、随分荒れてるなという印象を受けました。無闇に触れると傷付きそうなヒリヒリ感というか、殺気が漲っていて、僕はこういう緊張感は好きです。仮に僕が殺気のある作品を、と書いたら作風もシリアスになると思いますが、それをこのラフな世界でやっているから、一層凄みが感じられました。

 また、懐の深さを感じさせるのが、逼迫した派遣社員の生活感が感じられるところで、ぱっと見の印象一辺倒の作風ではないという印象を受けました。それでいて先輩女子との濃厚な百合要素も含むなど、可愛いやら殺伐としているやら、単一な印象ではない読後感がかなり独特の、面白い小説だと思いました。

 背景の舞台と設定の面白さが目を惹くのが、小辰さんの「偽りの蓮花」です。本作は中国を舞台にした魔界武狭小説です。「天空の剣」だとか、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」だとか、ワイヤーアクションを駆使した魔界武狭映画を見た往時の興奮を呼び覚ます、僕的にはドンピシャな厨二マインド炸裂の一作でした。

 どの文化圏でもゴーストハンターはすべからくカッコ良いですが、わけても中華のゴーストハンターのカッコ良さは格別なものがあります。羅盤とか陣といったガジェットのカッコ良さ! そのカッコ良い仙士の兄弟子と弟弟子の骨肉の争いを予期させる、中華式調伏メインの小説なので、それはもう「カッケエに決まってんだろ!」となると思います。

 骨肉の争いはドラマ部分の盛り上がりが鍵だと思いますが、その点本作は予想できる悲劇の匂いがぷんぷんです。読みながら分かっているのに、「ああ、やっぱりこうなってしまうのか」と胸が軋む出自や顛末が描かれる、リーダビリティの高さも感じました。他の方の感想でも続編を望む声がありましたが、それも納得の一作と感じました。

 厳密には人外の異能ではありませんが、そのずば抜けた強さは異能としか考えられないのでこの項に挙げたいのが、偽教授さんの「戌の陣内」です。全作品を読み返して意外に思いましたが、この作品が実は今企画内で唯一の時代劇です。

 まずこの作品は、主人公の戌の陣内のずば抜けた強さに震える作品だと思います。強いものはカッコ良い、強いものは正義だ、強いものは厨二だ、これは厨二マインドにおける普遍の一つかなと個人的には思います。人の身にありながら人を超越した激強さで、僕は読みながら思わず笑ってしまいました。盲目で聾者で言葉も通じない異国の地で闘うハンディキャップ付きで、この強さです。その激強い侍が、「推参おしてまいる」と名乗って斬り込んでくるなんて、これはもう素直にカッコ良いです。

 加えて、本作は短い枚数にカッコ良いエッセンスがぎゅっと凝縮していて、オランダが舞台であることや、語り部の意外な正体もそうですが、何より陣内が旅に出た動機のどす黒さが強く印象に残りました。怪物は内面も怪物ということが端的に分かる、素晴らしいどす黒さだと思います。陣内に対峙する側にも爛れた独自の矜持があり、人の皮を被った怪物対決的な作風である点も、殺伐とした印象が強い要因になっていると感じました。

 他にも異能バトルを扱った作品はありますが、別の括りで紹介したいので、それらの作品は後述します。区分は全く厳密ではなく、紹介順を決める便宜程度にお考え下さい。

 

 ポストマンさん「日がまた登るまで」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220604581214

 ドント in カクヨムさん「Kindful Devil/Evil Angel(s)」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220578059242

 蒼天 隼輝さん「深淵断罪牙 ファントム・ルージュ」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219992237511

 狐さん「オウマガリ」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220209420113

 ぎざさん「ひょんなことから日本統一」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219696979379

 淡海忍さん「現役兼業魔法少女(29)深夜の公園でクレープを喰らう」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219796735969

 小辰さん「偽りの蓮花」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220295143135

 偽教授さん「戌の陣内」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219841777497

 


【異世界ファンタジー】

 異能バトルを描いた作品と並んで、今企画の今一つの花形だと思いました。異世界ファンタジーを書ける方は、筆力が強い印象があります。独自の異世界を構築する一方、骨太な物語性も備わっていることが多く、個人的な印象では、この括りが今企画の最激戦区だったという印象です。

 この分野で真っ先に挙げたいのが、五三六P・二四三・渡さんの「地図と錬金術の魔女と橋男、あるいは僕たちのエンドロール」です。これは文句なしに傑作だと思います。個人的にはぶっちぎりの五億点です。

 まず素晴らしいのは、世界観と作品構成が緊密に結び付いているところだと思います。不死の存在が自らの種族を滅ぼす為に魔女の力を借り、方々を放浪しながら悪逆の限りを尽くし、その結果として我々が知る現在に転生しているという遠大な背景が、現在のパートと異世界のパートを交互に綴る中で、徐々に浮かび上がってきます。非常にテクニカルだし、情報の開示の仕方もむちゃくちゃ上手いと思います。作中に散りばめられたディテールのアイデア量も半端ではなく、通常の小説の二作分のアイデアが詰め込まれているのではないかと思います。

 そしてそれ以上に素晴らしいのは、主人公たちは相当殺伐とした行いを繰り広げているのに、生きることや存在することを丸ごと肯定してくれるような、不思議な温かさが作品に満ちているところだと思いました。この辺りの感覚は本当に独特で、なかなか言葉にし難いものがあると思います。

 永劫に在る苦痛という、決して分かり得ない感覚を喚起する力があればこそ、逆に主人公がその瞬間を生きる刹那性を強く実感したり、かつての記憶や交流に想いを馳せたりする心象が、胸に深く刺さってくるのだと思います。自ら詠んだ詩を自虐的に貶す主人公に対し、その詩を私の前で貶すことは許さないと魔女が答えるなど、個々の場面も本当に素晴らしかったです。

 厨二感がどうとかいう以前に、小説そのものの素晴らしさにノックアウトされた一作でした。

 同じく世界観の遠大さに打たれたのが、鍋島小骨さんの「アニヤ、その目を見せて」です。ぱっと見の題名が素晴らしく、読む前から気になっていた作品です。

 こちらも異世界からの転生を扱った一作で、太陽と月と星を巡る巨視的な神話的背景が、読むうちに徐々に開示されていきます。面白いのは、その世界観の開示がホテルの一室での対話劇で明かされていくところで、これは後に他の方の感想を読んで「あ、確かに」と思ったことですが、本作の世界観は三万字でもまだ足りなそうな遠大さです。対話劇で情報を開示したのは狙いだったのか、枚数の制約上そうなったのかは気になるところです。いずれにしても、ミニマムな環境でとんでもなく遠大な対話を繰り広げるギャップが面白かったです。

 自動的に特定の人物を殺し続ける主人公の出自や、突然現れたアニヤという謎の美少女(厨二だ!)の存在などが開示される一方、一見電波系に見えかねないアニヤと徐々にシンクロが深まっていく物語性もきっちり兼ねていて、牽引力の強い一作だと感じました。

 これも他の方の感想で「なるほど!」と思ったことですが、改めて題名が素晴らしいですね。読むにつれてアニヤの瞳の印象が次々と移り変わってこの題名なので、本当に作品全体を象徴している題名なんだなと気付きました。

 作中に漂う空気感が既にファンタジーだったと思うのが、灰崎千尋さんの「風歌姫─ハルピュイア─」です。この作品も素晴らしかったです。

 本作が素晴らしいのは、読者を異世界に誘う力だと思います。設定構築が優れているとか、視覚的描写に長けているといったことを超えて、この作品はもう漂う大気がファンタジーしているといったような。冒頭、風が吹き抜ける渓谷描写の中にはや風を感じ、視界に景観が拡がるような感覚を喚起されました。

 それ以上に異界の感覚が色濃いのが、ハルピュイアの存在自体だと思います。これは声を大にして言いたいですが、このハルピュイアの造形が本当に素晴らしいです。まず外見が素晴らしいです。鳥は個々のパーツを接写するとかなりグロテスクで、鱗に覆われた細い脚などの醜い箇所をしっかり描きつつも、全体としては人にも天使にも見えて、しかも美しいという造形が本当に秀逸です。

 外見以上に素晴らしいのは、明らかに人とは相容れない存在だと読んで分かる点です。それが分かっているので、ハルピュイア側も決して人間と交わってはいけないという掟がありますし、ハルピュイアがたまたま人間と接してしまったことが原因になることが、まさに悲劇だと思いました。

 それにしても素晴らしいのは、ハルピュイアの歌う歌です。歌で会話を交わす種族という設定が素晴らしいですし、その歌で疎通が取れてしまったことが悲劇を呼ぶとは、読んでいて胸抉られる思いでした。恋焦がれて、最後には歌すら歌えなくなったハルピュイアの姿! かといって知り合った人間にも罪はなく、誰も悪くはないのに全員が等しく地獄に落ちるとは、まさに正しい悲劇の形だと思います。それを独特のファンタジー世界の中に描き切った、紛れもない傑作だと思いました。本作も個人的には五億点だと思いました。

 こむらさきさんの「琥珀の花と緋色の眼」も、かなりダークな夜の眷属の世界がきっちりと描かれた面白い作品でした。

 この作品はまず、主人公の吸血鬼が素晴らしいです。本作を読むと、吸血鬼とはどれだけ見目麗しかろうと、基本的には人間と相容れない夜の眷属なんだよなと改めて実感します。本作の吸血鬼はきっちり邪悪かつほぼ最強で、彼が夜の眷属と密命を交わす細部なども読み応えたっぷりです。こむらさきさんの作品は、作中の造語やルビのセンスが抜群だと思います。造語一発で読者を異世界にぶっこ抜くキマり具合で、読みながらあれよあれよという間に異世界に入っていく印象がありました。

 そんな激強い吸血鬼が、かつて惚れた女性に似通った女性の為に、わざわざ密命で生命を削ってまで、衣装を用意したり部屋を大掃除したりするギャップに、読みながら悶死しました。周囲から忌み嫌われることに慣れ過ぎて、殆ど感情を表に出せなかった少女が次第に心を開き、次第に結ばれていく王道の展開にも心を引っこ抜かれる牽引力を感じました。

 総じてリーダビリティが高く、がっつり大文字の物語を読んだ満腹感がありました。まさに厨二病大将の企画にふさわしい、物語性と地力の強さが存分に発揮された作品だと思います。面白さでは、頭一つ出ていた印象がありました。

 快活な物語性や明るさとは異質な、ごつごつした岩塊のような重たさが印象深かったのが、垣内玲さんの「神の代理人」です。どうしても充足願望的な傾向が強い作品が集まりがちな中、ごつごつした岩塊のような重さのある本作は、逆に大きなビハインドがあると感じました。かなり現実の要請が色濃い作風だと思いますが、その姿勢にシンパシーを感じました。

 本作は中世西洋的な世界観に則った、ごりごりの政治劇です。本書を読んで感じたのは、「人間は延々同じことやってんな」というげんなり感です。権力に近い場で集団が形成されると、どうしてもある種の集団力学が発生して、全ての行動原理が権勢維持の方便にすり替わることは、人間の永遠普遍の哀しい性なのかなと思います。それこそ現実でも、枚挙に暇がないほど繰り返されている愚行です。

 体制に流される人間は多々いても、本書が哀しいのは、強い理念を持った人が結果的に誰よりも体制に奉仕する皮肉にあると思います。主人公の女性が卑しいならまだしも、理想的であるが故に不寛容になり、結果的に他の考えを持つ人は弾圧しても構わないという傲慢に向かうのも、また本当にありがちなことです。こういう考えに染まる人は、大きな意味で不誠実で、自らを欺くのが上手いんですよね。

 ちょっと厨二感からは突き抜けた、現実に通じるヘヴィな作品だと感じましたが、垣内さんが理念に邁進する主人公のさまを厨二病と捕えたのなら、かなりシニックな見方ながら完全に当たっているとも感じたました。いずれにしても、罪や弊害といった負の側面から厨二感に迫った、珍しいアプローチの一作だと思いました。

 まさに題名通りに、過酷な形に運命を描いて印象深かったのが、常盤しのぶさんの「Schicksal」です。上げてまた落とすといった作風が特徴的で、それが最後にドーンと振り被ってきます。孤児の主人公と血の繋がらない妹が職業訓練を受けに街に出る序盤部はけっこう緩くて、途中で登場するウルフや占星術師もいい味を出しているので、このままいい具合に進むのかなと思っていたところに、一挙に落とす急降下ぶりが衝撃でした。

 この作品も先に挙げた「神の代理人」同様に、独善的な宗教観念を語っており、それが作品に重みを与えています。その宗教観ですが、完全に誤っているのに、当人だけは善き行いをしていると心から信じているところが、どうにもやり切れない部分でした。これも悲劇の一つの形です。一方で剣と魔法といった、西洋中世的世界観に基づくガジェットや物語の面白さもあり、幾つかの読後感がマーブルに混じり合った、独特の印象を持つ作品だったと思います。

 他にも異世界ファンタジーに該当する作品はありますが、例によって別の括りで挙げたいので、ここでこの項を終えます。


 五三六P・二四三・渡さん「地図と錬金術の魔女と橋男、あるいは僕たちのエンドロール」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220338449247

 鍋島小骨さん「アニヤ、その目を見せて」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219833415687

 灰崎千尋さん「風歌姫─ハルピュイア─」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452218494776340

 こむらさきさん「琥珀の花と緋色の眼」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219860089504

 垣内玲さん「神の代理人」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220547501625

 常盤しのぶさん「Schicksal」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220499963503



【現実改変を扱った作品】

 読みながらまさに「厨二!」と感じたのは、当該の作品群です。この括りの作品が多かったことは、今企画の大きな特徴の一つだと思います。

 現実に何らかの問題があり、それを解決したり消化したりする為に、現実の範疇で問題に対峙するのではなく、異世界に飛ぶなり現実そのものを改変するなり、問題を異世界の障害に仮託して、また現実へ還るという共通した特徴がありました。現実の範疇で問題に当たらないことは逃げではなく、厨二病小説の中においては、それはむしろ積極的な対峙なのだということを、読みながら感じました。

 面白いのは、個々の作品には明確な個性があるのに、それでも俯瞰すると途轍もなく大きな「往きて還る」物語の一部を、個々の作品が語っているように感じられたことでした。「往きて(違った自分となって)還る」話は物語原型の一つなので、大いなるものに帰属する感覚を喚起されたのかも知れません。

 まずこの括りの作品で印象深かったのが、多分この企画にエントリーした誰もが共感したに違いない、椎葉伊作さんの「♰ STILL DREAMING ♰」です。

 本作も題名が素晴らしいです。まさに作品通りの内容で、漫画家の夢を諦めたハローワークの派遣社員と、未だ漫画家の夢を追いつつもハローワークを訪れた友人が、想ったことが具現化する世界に放逐されて、そこで異能バトルを繰り広げる作品です。てっきり「バクマン」みたいな方向に話が進むのかなと思ったので、「ウィングマン」的な展開は予想外でした。

 クリエイターの夢と現実という、身に覚えがあり過ぎる題材がぐっときます。夢を諦めた主人公の気持ちも痛いほど分かりますし、一方で夢を追い続けつつも、不安でハローワークを訪れた友人の気持ちも、さらに言えば怪獣化した年配者たちの妬みも分かるのが、単に絵空事とは片付けられない琴線に触れる部分だと思います。

 ここでの異能バトルは、主人公たちの現実の問題と完全に対応しています。主人公たちは、夢を見ることを阻害してくる怪獣たち(同調圧力)を前に、夢を信じる力を試されます。イメージが具体的であるほど能力もより強く発動するので、確かにこんな世界から生きて戻ってきたら、「よし、俺、漫画家になる!」と思うだろうなと思いました。結果がどうなるかは知りませんが、是非主役の二人には漫画家になって欲しいと思いました。翻って自分もまた小説を書こうと後押しして貰えるような、琴線直撃の一編でした。

 同じ現実改変を扱った作品では、姫路 りしゅうさんの「今から一緒に」も素晴らしかったです。本作は作品に含むものが素晴らしいと感じました。

 主人公の男子高生には現実を思った通りに改変できる能力があり、女子高生には人の思念を思い通りに改変できる能力があります。それらの能力を授業中に乱入するテロリスト、という形で作中に顕現させる辺りが、非常に厨二的だと思いました。テロリストをクラスメートが撃退する場面はさらに厨二テイストが強く、この場面自体が非常に面白かったですが、本作の最も厨二的なマインドは、主役二人の煩悶に体現されていると感じました。

 主役二人の能力は殆ど神にも等しく、作中で示された通り、最初から最強の武器を装備したゲームのように映るのも無理はないと思います。言わば主役二人の悩みは神の悩みですが、その悩みの遠大さと思春期真っ盛りの常人レベルの悩みの折り合いが付かないところが、非常に厨二的だと感じました。僕も思春期の頃は情緒不安定で怒ってばかりでしたが、何に怒っているのか結局自分でも殆ど分かっておらず、読みながら当時の不安定感を思い出しました。それで女子高生は一挙に、「ミー・アゲインスト・ザ・ワールド」状態に飛んで、世界を滅ぼせ! となるのですが、このゼロか百かという世界観が、まさに思春期だと思います。そういう物騒なんだけど、生きる上で必須な時期なんだと思います。ただ、そう思うと本当に世界が滅びてしまうので、主人公の折り合いの付け方はとても良かったなと読みながら感じました。

 また、冒頭に出てきた何気ない描写が、本当に最後の最後に落ちていて、その辺りの爽快感もありました。世界を滅ぼす事態に対して過度にシリアスにならず、適宜抜けも交えつつ、作中でしっかり回答を提示したことが素晴らしいと感じました。紛うことなき厨二マインドを体現した一作だと感じました。

 ビザールでマッドなアリスの世界に一挙に読者を引き摺り込むのが、佐倉島こみかんさんの「黄昏の国のアリス」です。この作品にも家庭不和の過酷な現実があり、主人公の不良少女がバイク事故の昏睡で迷い込むゴシックなアリスの世界は、来るべき現実への対峙に向けての通過儀礼として機能します。

 本作の面白さはまず、このバッキバキに厨二な世界観と、そこでの暴れっぷりにあるのは間違いないと思います。ゴス衣装を纏い、大鎌で行く手を阻むものの首をばっさばっさと刈り落とすアリスの暴れっぷりには、かなりのテンションを感じました。強い世界観に強い描写が頻出しますが、その描写だけで押し切らず、一方の現実にもしっかり対応したことが、個人的には本作を読んで最もぐっときたところでした。

 特にこれまで嫌悪の対象にしか映らなかった母が、実はギリギリの状況下でできる限り自分を助けようとしていたことに気付く場面は、非常に胸熱な展開だと思いました。それ故に、母の顔をした女王を斬れるのかという展開が、作劇上のクライマックスとして機能するのだと感じました。この一連の展開は非常にエモーショナルで、非常に読み応えがありました。

 清く正しく力強い、「往きて還る」物語だったという読後感がありました。素晴らしかったです。

 

 椎葉伊作さん「♰ STILL DREAMING ♰」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219930271224

 姫路 りしゅうさん「今から一緒に」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220364839602

 佐倉島こみかんさん「黄昏の国のアリス」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219986202095

 


【いい話】

 雑な括りですみません。本当にいい話だなあ、と感じた作品が幾つかあったので、表層のジャンルとは別にこういう括りを設けてみました。いい話とは、いい話のことです。読めば分かるさ、迷わず読めよ的な、素晴らしい作品が幾つかあったので順次振り返りたいと思います。

 まず、滅びゆくものの儚さと、その記憶を留める残された側との交流が激しく胸打つのが、尾八原ジュージさんの「ミリアム」です。レギュレーションが厨二ということもあって、最初のシークエンスを読んだ時はてっきり戦闘アンドロイドがバッキバキに闘う話と勘違いしたのですが、それがまさかこう来るとは!

 開発した祖母の逝去と共に、自らも回収されゆく運命にある戦闘アンドロイドのミリアムと、孫の梓との最後の数日間を描いた本作は、その静謐さが忘れ難い一編です。

 尾八原ジュージさんは「ゾーイの手紙」もそうでしたが、機械にも感情が芽生えているのか単なるプログラムなのかという、被造物の存在の淡いを描くのが抜群に上手いと思います。この非生命のアイデンティティを巡る問題は、確実にSFの本質の一つに触れていると思います。僕はSFに憧れがあるので、それだけで素晴らしいなと思ってしまいますが、本当にミリアムに哀しいという感情があるのかどうかは、読者一人一人に委ねられているところが、この作品に複雑な彩と陰りを与えていると思います。

 機械にすら有限があって、あと数日でそれが訪れる刹那性や、最後の数日を共に過ごすことで、祖母からミリアムへと継がれてきた何かが確実に梓にも継がれていくだろうと思える終局も非常にエモーショナルだと思います。様々な感情を喚起する力が素晴らしく、ラストの時間が静止したような静謐さはただただ美しいです。各シークエンスの章題の記号にも、ちゃんと意味があります。

 本当に良い話なのでみんなも読もうね! ということで、この作品を挙げさせて貰いました。

 同じくSFのサブジャンルでもあるスチームパンクな世界観の中に、少年たちの普遍的な友情を描いて素晴らしかったのが、志々見 九愛(ここあ)さんの「アーバナイトの長い夜」です。

 この作品はとにかく登場人物が素晴らしかったです。常にガスマスクを付けた主人公のスチューの造形が、まず秀逸だと思います。ガスマスクはコロナ禍を嫌でも連想させますし、ガスマスクで物理的に自らを覆い隠すこじらせっぷりがまさに厨二そのものですが、読むとそうなったのには哀しい原因があることが分かってきます。そして題名にもなっている友人のアーバナイトが、本当に素晴らしいです。粗野なやんちゃキャラかと思えば、むちゃくちゃ情に厚くて、スチューがマスクを外して”外に出る”のを後押ししてくれる、本当にいい奴です。自己規律的に「納得」に拘り、そのせいで少々ズレた会話を延々続けるところも、非常にキャラが立っていると感じました。そればかりか、身寄りのないスチューの庇護もしている、アーバナイトの父親も劣らずいい奴で、親子で競い合うかのようにスチューの身を案じていています。三人の結び付きは単なる友情を超えた疑似家族的な連携にまで高まり、作品を読みながら確かにスチューは不幸な少年ですが、同時にとても幸運な少年だとも感じました。

 この優しい世界観の中に、蒸気と工学のスチームパンク意匠が妙にマッチしています。背景として合っているだけではなく、スチューは工学の成績が抜群なので、アーバナイトと新型の蒸気機関を作ろうという話にまでなります。「バクマン」的な共同創作を匂わせて、声高ではなく希望をすっと差し出すような、素晴らしいエンディングでした。いい話でした。

 続けていい話だと思ったのは、三谷一葉さんの「仮面の真実」です。この作品は、先に挙げた「アーバナイトの長い夜」に共通する部分が多いと感じました。いずれの主人公も肉親絡みの痛ましい過去を背負い、その苦しみに未だ捕われながらも、周囲の心からの献身を受けて、自己肯定を育んでいくという共通項です。その過程が壮絶な異能バトルの中で描き出されているので、全体の何処を取っても何かしらエモーショナルな要素のある物語という印象がありました。読者をかなり強く揺さぶる作風と感じました。

 この作品は、何より主人公の仮面の境遇が胸を打ちます。このように幼い頃から絶えず自己否定を強要させられれば、自らを仮面で覆うようになるのも納得できますし、加えて他人に見える印象操作の能力も自分を隠すという行為にかかってきます。本作が面白いのは自らを遮蔽するのは仮面だけではなく、相棒の美少女の黒猫にも、他人の声を出せる能力を持たせている点です。二重三重に遮蔽のモチーフが散りばめられており、自己肯定のカタルシスに繋がる構成になっていると思います。

 悪役と善人がきっちり分かれているのも、本作の大きな特徴の一つだと思います。元奴隷商のフラハティとその取り巻きは徹底して下衆な一方、主人公の周りの人たちが皆献身的で、人が人に手を差し伸べようとするシンプルな想いが作品に溢れています。特に献身を感じさせるのは、仕事を辞めた後も身を挺して仮面を助ける元お手伝いのマリーだと思います。

 その他、やたらと仮面と黒猫が窮地に陥り、いっそ淫らにも見える拷問場面が頻出する点も厨二的だなと感じました。作品自体も周囲の助けを経て自己肯定へと至る、まさに王道の厨二マインドを体現した作品だと思いました。


 尾八原ジュージさん「ミリアム」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219892290374

 志々見 九愛(ここあ)さん「アーバナイトの長い夜」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220409697125

 三谷一葉さん「仮面の真実」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220011858312

 


【恋愛を描いた作品】

 甘酸っぱい恋は厨二の証ではないでしょうか?不器用だったり歪つだったりで、一筋縄ではいかない恋愛話が多かったというのも、全体を敷衍しての印象でした。

 恋愛を扱った作品で、そのどうしようもなさがめちゃめちゃ心に刺さったのが、川谷パルテノンさんの「恋のカマキリ」です。相当に破壊力のある作品だと感じました。

 この作品はどうしようもない事象の雨あられ状態で、まず最強に面倒臭い上に連続殺人鬼でもある彼女のサヨちゃんが、本当にどうしようもないです。読むと主人公が嵌まってしまうのが何となく分かるほど魅力的でもあるのが、一層救いがないなと思いました。付き合ったらむちゃくちゃに振り回されるどころか、死体遺棄などの犯罪幇助の罪に問われる状況なのに、主人公は惚れた弱みでどうしようもありません。恋故にどうしようもないのは傍から見れば馬鹿の限りですが、当人にとってはその人だけが外界を計る物差しになってしまっているので、本当にどうしようもないんだと思います。

 その恋に引き摺られる感覚を、死体をバラバラに解体する「冷たい熱帯魚」的な世界の中で描いていることが衝撃です。痴話話の馬鹿っぽさと行為のえげつなさの高低差が激し過ぎて、読んで頭を攪拌されるような危ない感覚がありました。

 個人的に読んでいて最もやり切れなかったのは、主人公が恋に盲目になっていることすら、そう演じたいからそうしているのであって、実は状況が見えているんだなという素が時折作品を過る瞬間があることです。

 医師の家庭に育った抑圧とコンプレックスから自我を喪失したままの主人公は、その隙間をサヨちゃんを使って自らのことのように埋めたがる汚い打算の心象も透けて見えるのに、一方で本気で惚れてもいる。だから後半になるにつれて判断基準も行動もしどろもどろになるという、厨二的安寧に唾を吐きかけるような胸抉る展開が続きます。心から陶酔しているようで、実は何処かで演技に過ぎないと分かっているという、人に発覚したら舌を噛んで死にたいほどの羞恥の極致を平然と日の目に晒すところが、この小説の怖ろしいところです。そんな主人公がボロボロになって下した最後の決断に対しても、ああ、やっぱりサヨちゃんは天性のトラブルメーカーなんだなと思わせる無常のラストが、本当にどうしようもねえなと胸打たれました。

 この在りようの全てが厨二的とも言えるし、同時に理想的な厨二感に唾するような逆張り精神もあり、足元が震える読書体験でした。この作品も頭一つ抜けていたという印象がありました。

 続いて火球のようなこじらせ恋愛が全方位的に飛び火した作品が、只野夢窮さんの「メアリー・スーと非常勤講師の熱い物語 全焼編」です。この作品がまず面白かったのは、シークエンスの緩急が極端なところだと思います。特に冒頭から二章目への移行で驚いた読者は多いのでは、と思いました。僕も驚きました。続く三章目でも落差で驚きを作り、三章仕立ての中できっちり話を落としてある、構成の練られ方が素晴らしいなと感じました。

 アップダウンの激しい三章構成の中から見えてくるのは、主人公の少女が置かれている家庭不和の哀しい現実の姿と、自己を肯定してくれた教師への燃えるような恋です。恋が建設的に育む方向に行かず、世界を燃やし尽くして好きな人と心中するという破滅の美に傾いてしまう心象の幼さが、それ故に切実で厨二マインドを直球で体現した作品だと感じました。全体に炎のモチーフが散りばめられ、作品全体を通じて紅蓮の炎の橙色の情景が浮かぶのも素晴らしいと感じました。

 三万字ぎっしり書かれた大作が並ぶ中、枚数は短いながらも一瞬の燃焼率が高い、強いインパクトを持った作品だと感じました。切ない話です。

 転がる石のような恋愛話が続く中、数ヶ月に渡って育まれる長い時間の移り変わりが素晴らしかったのが、ぷにばらさんの「小惑星日和」です。

 この話の骨格は緩いディザスターSFですが、同時に部活の先輩女子との交流が恋愛に発展する過程を綴った恋愛小説でもあります。四月から十二月の一ヵ月毎に章が分かれて、そのロングスパンの中で一つの話を語る構成が好きです。同じような構成で、何か全く別の話が書ければなと触発されました。

 この話はまず、とぼけていて何を考えているのか分からない糺谷先輩の魅力なしには考えられません。ドの付く天然キャラという設定で、部活の後輩の主人公との、噛み合っているんだかズレているんだかスレスレの会話の応酬を微笑ましく読む一方で、月日が経つにつれて徐々に隕石衝突は避け難い事実となってきます。

 読みながら一つ危惧感を抱いたのは、幾ら糺谷先輩がド天然キャラでも、この破滅が忍び寄る状況下でそのキャラを貫徹するのは、流石に無理がないかということでした。ですが、危機的状況に怯えたりふと心が弱くなったりという、感情の変遷のリアリティラインの保ち方が絶妙で、破綻すれすれのところで踏み留まらせた力業が、この作品の成功の要因だと思います。僕も書き手なので何となく想像が付きますが、このような想定できる状況の人物の心理をなぞりながら書いていくのは、かなり神経を使うし、成立させるのに相当な力が必要な部分だと思います。

 それ故に、先輩との緩い会話と、徐々に切迫していくディザスター小説ならではの危機感の高低差が説得力を持って読者の胸に迫ってくるのだと思いました。一端危機的状況が確定すると、最初の方は何気なく読んでいた緩いやり取りも、もう二度と得られない一回限りの経験として、途端に眩しく映りますし、ただのやり取りの中にも緊張感が芽生えてきます。

 後半の破滅が確定してからの、世界の崩壊ぶりと物語の加速ぶりは目が離せません。最終章である十二月の迫りくる感動はひとしおです。最後の月は日替わりで章が分割されます。糺谷先輩が両親に主人公を紹介するくだりも、両親が糺谷先輩を主人公に託す場面も、両親との別離も、全てが胸打ちます。そして破局という一点に向かって全てが収斂していくような、圧巻のラスト。後半の追い上げが本当にすさまじく、ちょっと不安なるほどゆるゆるな前半部と見事な対比になっていると感じました。そのゆるゆるも破局へ突き進む性急さも全てひっくるめてのこの作品で、フェイントや時間差を用いて幅広く揺さぶられる感覚が非常に素晴らしく、また純粋に人の繋がりが感動的な一編でした。ほんと良かったです。

「小田急が好きなので書いてみました」という紹介文だけで好きになってしまったのが、おなかヒヱルさんの「小田急恋物語」です。僕も思い切り小田急沿線在住の人間なので、単純に知っている場所がばんばん登場するだけで、「わー俺も知ってる!」と嬉しくなりました。

 この「俺の厨二感を見ろ!」と胸倉摑む勢いに満ちた作品揃いの中、この穏やかな一作はまさに一服の清涼剤ではなかったでしょうか? もう理屈抜きに好き。好きなもんは好き。そんな作品でした。どのくらい好きかというと、もう最初の二文目の「手裏剣シュッ。」で、「あ、これもう好きだ」となりました。

 読むと親が亡くなって孤児院育ちだったり、貧困と金持ちの格差(といっても主人公は食べ物を恵んで貰ってますが)があったり、険しい現実がちらちら覗いてはいますが、それでも全体的にはいい話だなという印象の方が強く残ります。

 この作品に関しては、全体の緩さが良い按配に働いていると思います。小田急線も単なる舞台背景かと思えば、最後の対決場面にもなっています。ドの付くハッピーエンドで作品は幕を閉じますが、それもまた良し!です。僕は殺伐として重苦しい話が好きですが、ほんわかしたこういう作品もいいなと思った次第でした。二人に幸あれ。


 川谷パルテノンさん「恋のカマキリ」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220051586699

 只野夢窮さん「メアリー・スーと非常勤講師の熱い物語 全焼編」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220162993772

 ぷにばらさん「小惑星日和」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219816707597

 おなかヒヱルさん「小田急恋物語」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220566124818



【性癖を描いた作品】

 恋愛が発展すれば性欲に繋がります。性欲真っ盛りなのも、燦然と輝く厨二病の証ということで、その要素が強かった作品をここでは挙げていきます。

 まず性欲を扱った作品でインパクト抜群だったのが、和田島 イサキさんの「大臣の策謀により王国を追放されたUMA姫ですが、なぜか最強の少年魔剣士に懐かれ悠々グルメ旅をしています。でも最近なんだか彼の私を見る目がおかしい気がして、その疲れからか黒塗りの高等竜に衝突してもう遅い」です。題名からして、「でも最近~」以降は全部おかしなことになっていると思います。「その疲れからか」が一体何にかかっているのかが全く不明ですが、読むと確かにそのような話になっていることが相当に変です。

 今企画の全作品中で「こんなんありなの?」と思った作品が二つありますが、その一作がこちらの作品です。もう一作は神崎 ひなたさんの「スカムバック・アウトソーシング!」ですが、どちらも著者のキャラが強過ぎます。

 読んだ方ならどなたも納得戴けると思いますが、和田島 イサキさんの小説は文章が反則です。読めば一発で和田島 イサキさんの文章だと分かりますし、これほど分かり易く伝家の宝刀感を持った文章を書けるのも、やはり神崎 ひなたさんと双璧かなと思います。普通に地の文を書いても上手いと思いますが、口語体で綴られた箇所はたいてい面白く、話が面白い以前に文章で魅せられるというのは、書き手にとっては相当な武器だと思いました。

 下半身が馬になった姫と少年剣士の冒険行自体は極めてシンプルですが、そもそも普通の西洋風ファンタジー自体を狙っていないと思います。ゲボ(!)を吐く竜との闘いという活劇的要素もありますが、主軸になっているのが、姫と少年剣士のリビドー全開の青い関係性です。

 少年には随分気の毒な冒険だと、読みながらつくづく感じました。下半身が馬で上半身が半裸の美女という普通じゃない姫は、言動も普通ではないので、悪気なく性欲を刺激する行動ばかり取ってくるところが罪深いです。かと思えば、そのうち自分の行動が性欲を刺激することを把握した上でスキンシップを取り始め、まごつきながらも少年が従う辺りのこそばゆさが、非常に良い按配で描かれていると思います。僕はおねショタは全く詳しくないですが、その辺りの甘酸っぱさやもどかしさが、厨二的な性癖だということなのかなと思いました。饒舌な文体ではちゃめちゃに飛ばしつつも、二人のもどかしい距離感とその変遷にしっかりフォーカスしたところが素晴らしいと感じました。いずれにしても反則級の、相変わらず面白い一作でした。

 一方、こちらは正統派(?)のぬめっとした性癖全開だったのが、武州人也さんの「追憶の水底へ……」です。

 幼馴染みの美少年の幻影に導かれて、婚約者がありつつも契りを結んでしまった女性の性欲絡みの怪異譚ですが、決しておねショタやNTR(全て詳しくなく、語るに全く適任ではありませんが)一辺倒になっておらず、和風の怪奇趣向や後半には伝記小説的な雄大さを持つ異能バトルにも発展するという、様々な要素に移行していく展開のスムーズさに驚かされました。文章も平明で読み易いのでするすると読んでしまいましたが、よくよく見事な処理能力だと思います。文章自体も殊に情景描写が素晴らしく、読ませる文章だと感じました。

 本作は読む人によって好きな要素が分かれる好例だと思いますが、ホラー派の僕はやはり序盤の怪異が迫ってくる恐怖描写が印象深かったです。この一連の場面だけを抜いてもきっちり怖く描かれていて、ぱっと取って付けで加えた場面になっていないことが素晴らしいと感じました。武州人也さんはBLには定評があるだけあって、セックス描写のねっとり具合に手練れ感を感じました。

 主人公の女性は、幼馴染みの外見を持った人外の存在の子供を孕んで出産もするので、異類婚姻譚フェチというか、その趣味の方にも満足度の高い作品なのかなと推測しました。

 BL嗜好全開で、ストレートに性癖を描いたのが神澤直子さんの「魔王誕生」です。この作品はいきなりサディスティックなBL場面が挿入されたり、思いの外ドス黒い終局を迎えたりと、次に何をしでかすか分からないようなすごみがあって、ひりひりした緊張感を感じながらの読書でした。そのひりひり感は殺気と言い換えても良いと思います。ぶっきらぼうな作風だとも思いますが、何でもかんでも丁寧にやれば良いというものではないとも思うので、刃をちら付かせてくるような剣呑な感じは、小説や創りものなら大歓迎です(実生活では勘弁して欲しいです)。

 のっぴきならないBL展開の中から見えてくるのは、意中の者に振り向いて貰えるなら世界を滅ぼしてもいいと思えるほどの感情の極点です。覚醒した魔女が一挙に世界を滅ぼす暗いカタルシスがこの作品にはありますし、その閉じた一方的で尖った感情が本作で最も厨二的なところだと思いました。まさに自分の都合の良いように世界を創り替えてしまうわけで、発動させてはいけない厨二的能力を全面的に開放してしまった作品として、僕はこの小説を読みました。その前に歯止めがかかる作品が多かっただけに、それをあっさり踏み越える感覚がちょっと怖かったです。


 和田島 イサキさん「大臣の策謀により王国を追放されたUMA姫ですが、なぜか最強の少年魔剣士に懐かれ悠々グルメ旅をしています。でも最近なんだか彼の私を見る目がおかしい気がして、その疲れからか黒塗りの高等竜に衝突してもう遅い」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220596453243

 武州人也さん「追憶の水底へ……」 

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219608316115

 神澤直子さん「魔王誕生」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219933069977

 


【個性的な厨二感の作品】

 この項では、厨二感の表出の仕方が個性的だと感じた作品を取り上げます。

 この括りで一際印象深かったのが、草食ったさんの「完全無敗のトラブルメーカー」です。大文字の物語を力強く歌った作品が並ぶ中、BL要素満載の異能麻雀バトルとは、厨二感のチョイスとして個性的過ぎます。

 この作品の厨二感は、とにかく主人公を麻雀の代打ちバトルに巻き込む雛噛の造形にかかっていると思います。長髪、粗暴に見えて笑顔が優しい、こてこて広島弁、他人の能力を吸う異能持ち、麻雀無敗故にトラブルメーカーであり続ける男、といった具合に厨二感の寄せ集めなのに、異様な存在感のあるこのキャラは本当に魅力的でした。

 雛噛に劣らず胡乱さがセクシーですらある主人公の日下部が、悪い予感しか感じないのに、ついつい雛噛のペースに乗せられて同行してしまうのも納得できます。本作を読んで、トラブルメーカーは人たらしだから性質が悪いんだと感じました。日下部が小説家志望だったり、雛噛もかなりの読書家だったりする小説絡みのディテールも面白かったです。「夢野久作全集」とか持ってるんですね(僕は持ってません)。

 この二人のバディ的な関係が本作の軸ですが、鬼凍会なる謎の組織や、麻雀の代打ちの世界や、藤原や滝見といった敵の異能代打ち(しかもキャラが楽屋落ち!)などといった全ての要素が、絶妙に厨二感を醸し出しています。

 こう言ってしまっては本当に身も蓋もないですが、草食ったさんの素晴らしいところは総じてセンスかなと思いました。先に挙げた厨二感を出す要素のチョイスもそうですが、とにかく文章が素晴らしいと思います。読み易いだけではなく、音感やリズム感も抜群で、文章の素晴らしさだけでも僕はするする読めました。文章はある段階から先はもうセンスかなと思いますが、草食ったさんの小説にはそのセンスがあると思います。総体としてあまり例を見ない作風なので、純粋に先を読む面白さもありました。麻雀のルールを知らない方が麻雀場面を楽しめるのかは何とも言えませんが、多分誰が上がったといった状況はしっかり分かるので、問題なく読める気がします。個性的かつ面白い小説ということで、まずこの作品を挙げさせて貰いました。

 著者のキャラが勝ち過ぎて、ジャンル的には分かり易くSFに収まるはずなんですが、それを突き抜けた読後感が残るのが、神崎 ひなたさんの「スカムバック・アウトソーシング!」です。もう笑うしかないし、反則だし、表層的には現代の社会問題にも通じる無限下請け構造の未来像が描かれていますが、何かそういったことも遠くに霞むインパクトです。

 文体同様に展開も非常にアクティヴで、あっさり背景説明が終わると即座に、強過ぎる敵キャラとの異能バトルに突入します。読みながらすごいなと感じたのは、この文体にこの物語なのに、主人公である天才少女のエグゼキューターとその庇護者のメタルヨロイの性格や過去、二人の友情が深まる過程がしっかりと描かれているところです。人物への共感やカタルシスといった、基本的な物語性をきっちり描く屋台骨あってこその、この剛腕だと思いました。

 しかもこの文体はアタッチメント式に近いというか、基礎的な物語を構築する力があるので、作品によっては一般的な文体も選べそうで、それこそめちゃめちゃ強力で着脱可能な武器を持っているようなもんだよなと考えると、やっぱり反則だよなと感じました。なかなかこれほどの個性は確率できないと思います。僕もできる気は全くしませんが、そのような手法もあるということは覚えておきたいと思いました。単に面白い物語を書くだけではなく、ご自身のキャラも売る(?)至難の業に挑んで、見事に結果を収めた作品だと感じました。勝負している地平が一段高いと感じました。

 同じく、厨二感の表出ぶりが一段抜けていると感じられたのが、ナツメさんの「KSK」です。多くの作品がジャンルやガジェットやエモーションで厨二感を表出する中、夢野久作的文体を用いて厨二感を表出する発想がまず斬新でした。思い返してみれば、漫画好きな人でお気に入りの絵柄を模写したは少なくなさそうですし、模写という行為自体がそもそも愛の表明なんだよな、と読みながら感じました。

 読んでつくづくクールな作品だと感じました。多くの作品からその話を書く著者自身の高揚がはっきり伝わってくるのに対して、ご自身の厨二感の出自や効果を冷静に推し量りつつ、この小説を書かれたのかなという印象を受けました。この小説全体から感じた個人的な印象は、作品の背後から冷徹に対象を観察し、適宜変更を加えていく著者の視線らしきものです。その感触が個人的には、他の作品にないクールさに繋がっているように感じました。

 この小説がクールだと感じたところは、単に夢野久作の文体のパスティーシュで作品が終わっていないところです。胎児や相似性(総じて分身)というモチーフ自体、夢野久作が繰り返し用いてきた主題でもあり、しかもそのモチーフが一見夢野久作から最も遠そうな、無限ループものの時間SFに横滑りしていく展開が素晴らしいです。厨二感の表出に対して、さらに二段ほど展開を飛ばしていて、目指す射程が一段抜けていた印象がありました。

 西部劇という珍しいジャンルで厨二感を表出したのが、あきかんさんの「カン・ジ・エンプティはまた負ける」です。

 この小説のパルプ誌らしさは、小説の何処を切ってもジャンルのクリシェに忠実である点にあると思います。まず主役のカン・ジ・エンプティの造形が、完璧にパルプ誌の主人公然としていると思います。誰よりも負けの険しさを知りつつも、飄々と事態に取り組むその佇まいに、かつて読んだ様々な作品の主人公の地続きの末裔なんだなという印象を強く受けました。負けの死線を何度も潜り抜けてきたということは、逆に言えば相当に優秀ということです。飄々としつつも、危機的な事態を一つずつ確実に切り抜けていく英雄譚として、面白く読みました。

 酒場、カード賭博、娼館、転がる藁、ファムファタールに敵のギャングたちといった具合に、意匠である西部劇的なガジェットが満載だったところも、読んでいて面白いところでした。

 総じてこの小説の面白さは、ジャンル意匠をなぞる忠実さにあるのかなと感じました。様々な要素がかつて見た何かを連想させ、その肝を外さない再現力の高さが、安定した読み心地に繋がっているように個人的には感じました。パルプ誌や西部劇といった大文字のアメリカ娯楽文化は僕も好きなので、読みながらかつて見た様々な西部劇映画の印象が頭の中を過りました。僕もアメリカンテイストの娯楽を書いてみたいものです。

 

 草食ったさん「完全無敗のトラブルメーカー」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219874057787

 神崎 ひなたさん「スカムバック・アウトソーシング!」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219985982189

 ナツメさん「KSK」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220365324715

 あきかんさん「カン・ジ・エンプティはまた負ける」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219750738240



【期間終了後に投稿された作品】

 失礼な括りでごめんなさい。期間内に投稿された作品と同じ俎上に上げるのは違うと思ったので、この括りを付けました。

 まずぶっちぎりで強烈に印象に残ったのは、宮古遠さんの「我楽多島の傀儡」です。強烈なのは、何と言っても結末です。あの結末は禁じ手以外の何物でもないと思います。こんな形で盛り上がられて心外かと思いますが、それでも腹抱えて笑ってしまいました。ごめんなさい。だって可笑しくてつい。下手したら今企画で一番笑ったかも知れません。

 途中までは、人体をバラバラに解体してしまうという造形が秀逸な傀儡師と魔術師の異能バトルを描いた、ごく普通に面白い作品だったことが、結末の投げっ放し感を一層強調して、それがものすごく可笑しかったです。

 宮古遠さんさんのツイッターを拝見すると、いずれちゃんとしたバージョンの物語も書かれるようですが、願わくば完全版とは別に、こちらのゴリラバージョンを残しておいて戴けるととてもありがたいなと思いました。こんな反則はそうそう起こらないでしょうし、落ち込んだ時にはこのバージョンを見て癒されたいです。過度にゴリラの話を推してしまって、申し訳ございません。

 @Pz5さんの「アサシンズ・ブルース」は、精緻なテクニカルさに唸った一編でした。本作は全体の構成から細部に至るまで、全てが丹念に描かれていると思いました。

 二つの異なるパートが徐々に交錯し、最後で合流する全体の流れもシンメトリックな機能美があり、途中で挟まれるフラッシュバックによる断片的な情報提示も順列がしっかり考えられ、リーダビリティの促進に繋がっていると感じられました。未来に再び租界と化した魔都上海の舞台も含め、全体の背景や構成に、入念に計算された建築図のような機能性を感じました。

 僕がこの作品で最も素晴らしいと感じたのは、圧倒的なディテールの再現力です。面や線で構成された3Dモデルに、あたかも詳細な表面の質感を加えていくような感じで、室内の描写にせよ、衣装や小道具にせよ、固有名詞を無数に羅列していくことで世界に確かな実在感を与えていく筆致が独特で、単に文章力だけでは決して書けない書き方なので、素直に感心してしまいました。該博な知識が作品のレベルを引き上げる好例だと思います。

 この精巧な時計のような精緻な作風だからこそ、主人公の探偵と交錯する殺し屋の交流場面などを読むと、「機械に感情が!」的な、他では味わえない質の感慨が感じられて面白いところでした。尾八原ジュージさんの「ミリアム」が、機械に宿る人間性にフォーカスした作品だとしたら、本作は作品自体からそのような感動が立ち上がってくる、というような。

 様々な物品がそうですが、機能的なものはすべからく美しい。その真理に触れる手触りのある作品だと感じました。

 ご自身をガジェット化させて厨二感を体現させる、その押しの強さに痺れたのが、@dekai3さんの「驕る盛者はエクスマキーナーに久しからず虧く」です。読んだ時は「この手があったか!」と驚きました。厨二小説の多くに、「俺の厨二感を見ろ!」という押し出しがあるのなら確かに、「厨二感の塊と化した俺を見ろ!」という発想はあり得るなと思いました。よく思い付いたなと素直に思いましたし、それ以上にその押し出しの強さに痺れました。

 そのガジェットの造形自体がえらいカッコ良いので、まさに厨二病小説の企画を体現した作品だと思いました。どうでしょうか、主人公のデカイの変身のカッコ良さ! まるでトランスフォーマーの如しです。@マークすらデザインの一部と化すとは、本当に素晴らしいです。

 主人公のデカイだけではなく、不死身の相棒の女性セブンを介して、堂々とご自身の性癖を披露していることがまた非常に潔いと思いました。半ば楽屋落ち的に「おっぱいは正義」と言わせたり、頭蓋ファックを楽しげに語らせたりと、堂々と性癖に言及する姿勢に厨二的な強さを感じました。このぶっきらぼうさというか、大らかに堂々と生きている感じというのは、なかなか狙って出せるものではないと感じました。いずれにしても、「細かいことは気にすんな」といった作品のテンションが、デカイやセブンの気質に非常に合っていると感じました。個人的にはそこが一番印象深かった部分です。

 勢いだけではなく、宗教的教義に凝り固まることの欺瞞に触れたり、プロローグとエピローグで作品を膨らませたりといった、物語構築もしっかり兼ねているところが素晴らしいと感じました。読むと風通しの良い気分になり、己が足で堂々と立つ人物の背中が眩しかった一作でした。

 作中に含まれた繊細さや優しさが印象深かったのが、村崎 紫さんの「鳥と魔女と中二病な私たち」です。この作品も来たるべき現実へ備える修練の場として、異世界が機能していますが、はっきりと交流目的で異世界が存在していると言及した作品は初めてで、そこが非常に記憶に残る部分でした。

 他にも現実改変を扱った作品はありましたが、この作品から強く感じられたのは、ある種の揺らぎでした。他の作品からは感じられない感覚なので、明確な個性に繋がっていると思いましたし、揺らぎもまた書く上では武器に転化できるというのが、本作を読んで感じたことでした。ネガティヴな状態として捕えられがちなことに共感させて、そこに光を与えるのは創作だからできることです。その揺らいでいるという状態自体が、まさに厨二的な時間を扱っていると読みながら感じました。何というか、全体から優しさが漂う作品だなと感じました。

 連れられた鳥の種類によって発動能力が変わるなどの、異世界の造形も面白かったです。


 宮古遠さん「我楽多島の傀儡」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220403368280

 @Pz5さん「アサシンズ・ブルース」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220613807414

 @dekai3さん「驕る盛者はエクスマキーナーに久しからず虧く」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452218721473108

 村崎 紫さん「鳥と魔女と中二病な私たち」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220363887686



【個人的なベスト10】

 最後に僭越ながら、個人的に好きな作品をベスト10で挙げてみました。順不同です。


 ・五三六P・二四三・渡さん「地図と錬金術の魔女と橋男、あるいは僕たちのエンドロール」

 ・尾八原ジュージさん「ミリアム」

 ・ポストマンさん「日がまた登るまで」

 ・椎葉伊作さん「♰ STILL DREAMING ♰」

 ・ぷにばらさん「小惑星日和」 

 ・灰崎千尋さん「風歌姫─ハルピュイア─」

 ・惟風さん「剣と魔法とお姉ちゃん」

 ・こむらさきさん「琥珀の花と緋色の眼」

 ・草食ったさん「完全無敗のトラブルメーカー」

 ・川谷パルテノンさん「恋のカマキリ」


 ちょっとどの作品も素晴らしいとしか、僕には言えないです。面白かったです。

 


【総括】

 全てを読み終えての感想ですが、予想通り渾身の力作揃いで、僕が今まで参加した自主企画では最も熱量の強い企画だった印象がありました。

 各作品を読む中で、厨二感とは何かと常に頭の片隅で考えていたわけですが、自分なりの答えは、実は各作品を読む前からもう分かっていました。

 厨二感とは何か? それは、「Don't think! Feel.」ということだと思います。いや、小説を書くのに「Don't think」ではいられないので、勿論展開なり狙いなりは色々考えますが、源泉は常に「Feel」にあるということです。

 それぞれの書き手の方が、「俺の厨二感はこれだ!」と力強く自身の厨二感を打ち出す作品を読む度に、「やっぱりそうだよね」という意を強くしました。今回の企画に参加して得たことは、その核心の再確認だった気がします。

 それは厨二感に限らず、小説を書くこと自体の核心だと改めて感じました。細かいテクニックなどは色々あるのでしょうが、自分の好きなものを、自分が好きなように書くことが執筆の本質で、その本質を「厨二」の概念で端的に示してくれたこの企画は素晴らしいと思いました。参加して良かったし、企画参加中、まだまだ自分には書きたいことがあると感じていました。

 最後に主催の藤原埼玉さんと、企画に参加された全ての方、拙作を読んでくれた全ての方に心からの感謝を捧げます。本当にありがとうございました。

 現場からは以上です。

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過去の所業を振り返る記録 江川太洋 @WorrdBeans

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