第9話: 6-3: 修道会へ3
多少は不満気な、あるいは不信が表情に現われているものの、教団の人々は静かだった。拠点の中は山をくりぬいてあることもあり、電源がわからないのかもしれないということもあり、歩く人は松明を持っていた。薄暗い中、足音が響く。
教祖に連れられ、拠点のなかの様子を見て回った。その中に、倉庫があった。おそらく、無事に残っているものとして、そして既知のものとして最大級の倉庫だ。目薬の元、つまりナノ・マシンの乾燥パックも山ほどある。バンドも。電池と通信器も。そして大量の武器も。もし教祖がこれを考えなしに開放していたらと思うと、背筋が寒くなる。
「これらを私たちが管理してかまわないのでしょうか?」
教祖は不安気に尋ねてきた。
「これ程とは…… おそらくあなたと幹部の方々には、学院と教会から派遣される者から研修を受けてもらうことになると思います。私がここで口頭で簡単に済ませられるものではありません」
アーサーとタックマンは私のすぐ後から教祖に続いている。最初に交渉することになってしまった私に任せるというふうだ。
ハルダーソンとジェフリーも後ろで口笛を吹き、驚いている。普段なら、ちょっと目を離せばくすねて行く二人だが、驚いているためかそっちを考えてはいないようだ。あるいは、これだけあればいつでも手に入ると思っているのかもしれない。
倉庫から出るとき、たまたまアーサーが最初に扉を抜けた。
その時、アーサーの体が光った。アーサーが倒れる。
拠点の中に声が木霊する。
「裏切者! 略奪者! 我々は教祖と言えど許さない!」
皆、一瞬呆然とする。誤解だ。見間違いだ。
私とタックマンはすぐにアーサーの様子を見る。腹に穴が。かなり大きい穴が。その穴は焼け焦げており、出血は少ない。だが、穴がでかすぎる。
「まずいよ、デュカス。治療用ナノ・マシンは外だ。急いで外に出ないと」
タックマンがそう言う間もアーサーは呻いている。
「外? それなら倉庫の奥から天井が落ちている場所に出られる。私もそこからここを見付けたんだ」
私とタックマンはアーサーを担ぎ、「こっちだ、こっち」と言い続けて早足で進む教祖を追った。足音からハルダーソンとジェフリーもついてくることがわかる。
倉庫を抜け、少し行ったところで上からかすかに明かりが差し込んでいる。
「街の広場にSt. Lwという像があっただろう。私がこの山に来たとき、ある老人がこの上にあった岩に"LW"と書いたんだ。意味はわからなかったが、岩をどかすと、ここに通じていた」
教祖が息を切らせながらまくしたてた。
「そして、さっきあなたは、私たちが使っているものはあなたたちのマニュアルに載っていないとも言った。こういう機能もあるんだ」
そう言うと、私たちを集めてから叫んだ。
「転送 起点-私 修正-前方 距離-2m 半径-2m 目標-城」
それを聞くと、風景が変わった。
薄暗かった岩やコンクリートではなく、白い、少しクリーム色がかった壁に囲まれていた。清潔な感じのする場所だ。呆然としていると声がした。
「いらっしゃい。ここにこんなに大勢の人間を迎えるのは何年ぶりだろうね」
男性とも女性ともわからない声だ。いや、声の質がモーフィングをかけているようにゆらゆらと揺れている。
「重症者が一名います。青いラインに沿ってお進みください」
別の、落ち着いた柔らかい声が指示した。それと共に、床と壁に青いラインが浮び上がる。
さっきの声が促す。
「早く。急いで」
アーサーを担いで青いラインに沿って進むと、すぐにベッドのある部屋に着いた。ベッドの枕のある側には、何かアーチ状のものがある。
「ベッドに怪我人を寝かせてください」
柔らかい声が指示する。
指示どおりアーサーを寝かせると、そのアーチ状のものが頭から足へと移動する。
「現状の医療機器での治療は困難です」
柔らかい声が報告する。
「再構成を行ないますか?」
再構成? 私とタックマン、ハルダーソンとジェフリーは顔を見合わせる。状況も意味もわからない。
それに揺らぐ声が答えた。
「そうだ。その方がいい」
「これより再構成を行ないます」
柔らかい声が答えた。
一回足元まで移動したアーチがアーサーの頭のところに戻る。アーチから何かが出てきて、アーサーの頭にくっつく。ベッドからも何かのケーブルや管が出てくると、アーサーの胸に貼り付く。
「しばらくかかりますので、緑のラインに沿ってラウンジでお待ち下さい」
柔らかい声がそう促した。
床と壁に浮き出した緑のラインにそってラウンジに移動した。
そこには大きなディスプレイがあった。一人の顔が映る。いや、一人なのだろうか? 声と同様に顔もモーフィングが次々とかかり、別の顔へと変わっていく。
そこで分かった。これが第三世代が封印した疑似人格だ。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私はマックス。君の想像のとおり、第一世代に用意された疑似人格だ。なぜマックスなのか。何人かの人格が混ざっているが、その限界になっているから。そして幸運なことに、何年か前、一つの人格が消えた」
消えたことがなぜ幸運なのかはわからない。消えた人格にとって幸運だったのだろうか。
疑問を持ちつつも、さっきまで一緒にいた教祖について尋ねてみた。確かに彼はここに来たことがあった。だが、あまりにシステムについて無知なので、疑似人格は相手にしなかったそうだ。教祖はただぶらついて、帰って行ったらしい。
また教祖たちが使っていたものについてのマニュアルもダウンロードできた。
そしてマックスへのアクセス・キーも。
「連中が使っているのは、かなり不安定な機能なんだ。実用前の奴だな。君たちが使っているのも衛星群の軌道に影響されるだろ。でもそういう話じゃないんだ。ただ不安定なんだ。マニュアルは渡したけど、安易に使うなよ。でも、封印されてから暇でさ。だから不安定だとしてもそれを使って何か起こしてくれたら面白いかなと思うんだ」
マックスはそう言った。
そんな危なっかしい機能はできれば使いたくない。
「不安定というと、例えば…」
「んー、対消滅とか、ヒッグス場の相転移とか、まぁその程度のものかな」
理解はできないが、それはシャレにならないことだけはわかる。
二時間ほど経った頃、柔らかい声が告げた。
「再構成が終了しました」
「オッケー。こっちに回して」
マックスがそう言うと、ディスプレイの右上にアーサーが映し出される。
「ここは… どこなんだ?」
「これから説明してあげるよ。ゆっくりと。時間はあるんだから」
「それでは、他の方にはお帰りいただきます」
柔らかい声が告げると、どこからか犬のようなロボットが現われた。私たちを囲むと、あたりが光りだした。
「私の名前はアーサー・ゲールだ」
「やぁ。私はマックス。慣れるまで時間がかかるかもしれないけど。よろしく」
光に飲まれる前に聞こえた最後の声はそういうものだった
****
目を開けると、薄暗いところにいた。崩れかけた天井から明りが溢れている。教祖に何かしてもらった場所だ。目の前には教祖がいた。二時間もいたのか。だてに教祖ではないのかもしれない。
「あぁ。帰ってきた」
教祖は私たちを見回した。
「怪我をした人は?」
「あー、上に残ったらしい」
私は人差し指で上を指した。
「残った?」
訝し気な顔で、もう一度私たちを見回す。
私もタックマン、ハルダーソン、ジェフリーに顔を向けるが、皆、首を振ったり、肩をすくめている。どういうことなのかはわからないのだから。
「ともかく謝罪させてくれ」
教祖が頭を下げる。
「さっきの者はもう捕えてある。君たちの処分に任せようと思う」
「いや、それはあなたの仕事でしょう。それより…」
私はタックマンに向き、少しばかり話し合った。
「それより問題なのは… 通例、いや通例と言っても私たちがこういう状況に出会ったのははじめてなのですが、通例こういう場合、代表者に教会と学院で話を伺います」
教祖は黙って聞いている。
「ですが、こういうことが起こってしまうと、あなたが私たちと一緒に来てもらうのはどうしたものか」
教祖はしばらく目をつむってから答えた。
「幹部の二人は契約者、あなたがたの言い方だとユーザです。離れていても連絡は取れる。それに私は彼らを信頼している」
その信頼が若干不安なのだが。その表情を読んだのか読まなかったのか教祖は続ける。
「何より、ここがどういう経緯で見付かったか。そしてどういう物があるか、それは私しか把握していません」
それはそのとおりだろう。
「加えて、私が言っていたことがどう誤っていたのかを確認して、教団の者を説得したり」
そこで教祖は一旦言葉を区切った。
「牧師や街の人との関係を修復するのは私の仕事です」
またタックマンと話し合った。ハルダーソンとジェフリーは少し離れて、バックパックから湯沸しとつまみを出し、お茶をしている。
「わかりました。ではあなたに来てもらうことにしましょう」
****
拠点の外に出ると私たちは馬車に乗り込んだ。教祖は乗り込む前に信者に言っていた。
「私たちには学ぶことが沢山ある。まず私が彼らと一緒に行って学んでくる。これまでの教義が間違っていたわけではない。だが、正しくもなかった。私たちは学ばなければならない」
そして教祖は堂々と馬車に乗った。
アーサーはいなくなった。アーサーが座っていた場所に、今は教祖が座っている。これが未来なのだろう。
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