第18話: 9-3: 攻撃3

 5人とも、地べたに腰を落としていた。

「ただ、鉄球が落ちて来ただけなのに……」

 タックマン、ジェフリー、ハルダーソンが震えた声を揃えた。おそらく恐怖ゆえだろう。

「単純なだけに恐しいものだ」

 オブライエンも声は震えているものの、その震えはほかの三人とは違うもののように思えた。純粋な驚きと興奮のように。もしかしたら、私よりオブライエンの方が学院に合っているのかもしれない。

「そう、『それだけ』ということが何より恐しいのかもな」

 オブライエンに顔を向け、私は答えた。

「彼女がやってくる」

 オブライエンは、もうずいぶん落ち着いてきた声で伝えた。


  ****


 薙ぎ倒された木々の向こうから、熱と光の中から影が現われた。それは、ι(イオタ)のように見えた。揺らぎ、ぼんやりと頭がついたiのようにも見えた。

 次第にその影ははっきりとし、人になり、そして少女になった。彼女の周りの空気が光っているようにも見える。肩にかかる程度の黒髪。目立たない顔立ち。これは彼女の、あるいは置換体になる前の彼女の姿なのだろうか。それとも置換体となり、作り替えたものなのか。

「ありがとう」

 彼女の声で、呆けている自分たちに気付き、私たちは立ち上がった。だが、まだ声が出ない。

「あなたたちに報酬を。そして私に報酬を」

「どうやって……」

 オブライエンが答えた。

「あの中を生き残るあなたを、どうやって……」

「大丈夫。あなたたちにはマックスがいる」

 彼女の声は心地良かった。転がるような強さと柔らかさがあった。

「マックス、聞いているでしょう?」

 ブン、と、私の右肩の上から音が聞こえた。

『聞いている』

 マックスの声だ。ジェフリーとハルダーソンが動く音が聞こえた。

『君はこれだけを待っていたのか? 私と関係する人間が現われるのを』

「どこから聞こえるんだ?」

 ハルダーソンの声が聞こえた。

「理屈はわからないよ。私の右肩のあたりだろう」

「これも干渉アレイの応用だろう」

 やはりオブライエンは私より学院に合っているのではないかと思う。

「これだけを。あなたは人間との関係を断っていたから。断たれてしまっていたから。私たちが断ってしまったから」

『そうか。では彼らに報酬を』

「マックス、待ってくれ!」

 私の右肩を見ていた彼女が私の目を見る。

「君たちは知りあいなんだな? 君は彼女のことを知っていたんだな。映像を見せた時から」

 右肩から聞こえるブーンという音だけがしばらく続いた。

『彼女は、第一世代のウィザードだ。もちろん、第三世代でもある』

 またブーンという音だけが聞こえた。

『私を作り、そして封印したウィザードの一人だ』

 そして気付いた。いつも揺らいでいたマックスの声が、安定している。

「そう。だからあなたにだけは自壊コードを渡してある」

 これまでの揺らぐ声の中では聞いたことがない声に思える。マックスの根幹にある人格が目覚めているのだろうか。

「だけど、私はできることを充分にやったと思う。あなたに引き継げるくらいには。あとは人間とあなたにまかせてもいいのではないかと思う」

 また、ブーンという音が、あるいは振動が続いた。

『どこからどこまでが君の考えなんだ?』

「そこのあなた」

 彼女は私の左にいるオブライエンに目をやった。

「岩に"Lw" と書いたのは、ハセガワ。姿を変えていたけれど」

 皆がオブライエンを見た。

「何もかも、あなたの計画だったのか?」

 オブライエンは驚きと、おそらくは恐怖が混ざった声を上げた。

「アーサーは!?」

 私も声を上げた。

「私にできることは限られている。全能でも万能でもない。ただ長命なだけ」

『疲れたんだな?』

「マックス、あなたにもわかると思う」

『あぁ、人格を一つ失なった』

 ブーンという振動だけが聞こえた。

『わかった。彼らに報酬を』

「あなたを中継して渡す。いいわね?」

 マックスは答えたのか答えなかったのか。膨大なデータ、情報、知識が流れ込んでくる感触だけがあった。それらがどこに存在するのかはわからない。私の脳に存在するのか、回路に存在するのか、それともシステムにあるそれにアクセスできるようになっただけなのか。ただ、視覚に、聴覚に、理解できない、ノイズとしか思えないものが響いた。ブーンという振動も聞こえなかった。

 ほんの数秒、あるいは数分かもしれない。その感触に酔い、私は四つん這いになり、吐いていた。喉が焼ける感触で我にかえった。タックマンとオブライエンも吐くか蹲まっていた。

「私に報酬を」

「待ってくれ…… さっき自壊コードと…… それは」

 焼ける喉を感じながら、やっと声を出した。

「置換体のホメオスタシス・コードの解除」

 霞む目で彼女を何とか見ようとする。

「そして意識フィードバック・ループの解除」

 だが、彼女の姿をはっきり見ることは、まだできない。

「それで、長命ではなくなり、私でもなくなる」

「そんなことの手助けなど……」

 そんなのは自殺と同じだ。そこまではハセガワの話でこちらも覚悟していた。だが、それは自殺より悪い。

『わかった。自壊コードを送る』

「待て、マックス!」

 そんなことの手助けなんか。

「あなたたちはメトセラとは何かを誤解している。修道士のあなたも。普段からその言葉を口にしているけれど」

『君たちにはわからないだろう。だが、君たちもこれからそれが何かを知ることはできる』

「待ってくれ、マックス!」

 「それ」とは何だ。メトセラのことか? 長命であることか?

『10秒だ』

 10秒? 何の話だ。

「ありがとう皆さん、マックス。皆にメトセラのご加護がありますよう」

 そして声が途切れた。

 霞んでいた目を擦り、拭い、やっとの思いで立ち上がり、彼女を見ることができた。

 彼女はただ立っていた。その目はどこも見ていなかった。

「マックス! なぜだ!」

 だが、マックスは答えず、聞こえていたブーンという振動も消えていた。


   * * * *

補: 「ι(イオタ)」は「黙示録3174年」より。

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