第六章: エピローグ

第19話: 4-1: エピローグ1

 学院の私の居室で、リンカを起動する。起動時に実行されるプログラムにより、大記録への新しい記録の中からニュースとして価値がありそうなものが脳内に投影される。いくつかニュースがあったが、私の気を引いたのは連邦の西域において帝国との戦争が始まったというものであった。帝国は、旧大陸の南大陸を除き、広く西方を版図に納めている。帝国、あるいは第五帝国。第四帝国は知性革命からその後において、おおむね内外のユーザたちによって敗退の憂き目にあった。私はそれを大記録でしか知らないが、それが繰り返されるのだろうか。

 この事態そのものは、予想されていたものだ。この20年弱の間、微力ながら私も少しは動いた。いや、巻き込まれていた。問題は、帝国がどの程度の技術と物量を持っているのか。そして帝国内にどの程度のユーザがおり、大記録システムをどの程度使えるのかだ。

 30年前、帝国の行動は危険だと判断し、他地域のユーザたちは帝国内のユーザが利用可能な機能を制限し、リンカでの接続先を、実際のシステムではなく、それが機能しているかのように思えるエミュレータに変更した。帝国内のユーザ数の推定のために、ハニートラップも設けた。あくまで推定だが、帝国内におけるユーザ数は多くない。技術力も私たちに比べると幾分低いようだ。だが、それは彼らがシステムを用いることが不可能ということではない。またシステムの使用を全く認めないということもできない。利用ログを大記録の一部としたいからだ。また少数ではあるが内通者もいる。彼らによる記録も必要なものだ。

 では、大記録システムの攻撃機能を止める必要があるだろうか? もし、帝国の昔のユーザたちが大記録システムの一部を分離し―― 第一世代がやったことの逆だ――、攻撃機能を持っていたら? あるいは、帝国内のユーザたちの技術力は外部より低めだという推測が間違っていたら?


 アラームが頭の中で軽く鳴る。近くの地域にいる、学院の他のキャンパスに所属する教授からの通信だ。

 「デュカス、帝国のニュースは読んだか?」

 私はうなずきながら答える。セルフイメージからの合成による私の映像も送られている。彼には私がうなずいた様子が見えただろう。

 「あぁ、読んだ。だが、不確定な要素が多い。帝国に大記録システムを実際に使えるユーザが数人いれば、通常の軍など相手にならないだろう。だが…… ユーザがいることは確かだ。だが、ユーザが何人いるのかも、そしてその技術的程度がどの程度なのかも分からないんだ。もちろん、こちらと連絡を取っているユーザはいる。だが、その彼らが帝国の思惑に沿って行動しないとは、あるいは行動していないとは限らない」

 「それなんだがね、君、行ってみないか?」

 私は視線を少し上げ、答える。

 「だが、遠いな」

 彼が少し笑ったように見える。

 「遠くても、君ならすぐに行けるのだろう?」

 「どういうことだ?」

 「長い付き合いだ。何となく予想はついている。君は私たちよりも多くの機能を使えるんじゃないか? そうだな、たとえば擬似人格やダーク・キューブを」

 私はしばらく答えられなかった。もちろん、秘密を守りきれているとは考えていなかった。だが、これは秘密だ。秘密のままにしておきたい。それらに触れた結果として、先人たちがそうせざるを得ないとした判断は、やはり今も同じだろうと考えていたからだ。だが、私自身、多少なりとも迂闊な面があったことも確かだ。

 今が、ダーク・キューブが予測していた分岐点の一つなのかもしれない。現在、ダーク・キューブに過去からの状況を分析させると、分岐点はいくつかあった。比較的最近の分岐点は、私が関係した事柄に――それが直接的なものではないとしても――集中していた。タイラ教授が結社と関係を持った時点。結社、あるいは帝国がリエ・チェンに関心を持った時点。リエ・チェンが疲れてしまった時点。そこから派生した、ハセガワがオブライエンに接触した時点。私たちがマックスと関わった時点。そして、まさに今、帝国が戦争を始めた時点。

 科学技術は一定の復活をなした。ユーザたちによる、それとはわからないほどの助力によって。ダーク・キューブは予測している。ユーザが科学技術に積極的に関わるようになる時期がやって来たかもしれないと。大記録システムの存在そのものも明らかにする時期がやって来たのかもしれないと。そして、ユーザたちはそれらに備えよとも。

 「私のチームを連れて行くぞ。チームには教会の者もいるが、他に学院と教会から出したいユーザがいれば、推薦してくれ」

 「まぁ、考えている人選はあるが。少し時間をくれれば助かるな」

 「分かった。メールででも投げておいてくれ」


 私は深呼吸をした。まったく、こんなことに、こんな時期に、私が関わることになるとは。私は歴史の鍵でも糸巻でもない。私に関係した人について言う限り、リエ・チェンとマックスが鍵であり、糸巻なんだ。私はたまたま、この時代の、この地域にいたにすぎない。たまたまクロダ教授に誘導されて研究をしたにすぎない。

 まったく、こういう事には私は向いていないんだ。

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