Methuselah

宮沢弘

第一章: プロローグ

第1話: 3-2: 誓い

 戦争が始まった。この難民キャンプに何人避難しているのかは分からない。だがかなり多いと思う。

 だがこの扱いはまったく我慢できない。大学の上層部に居た私が、このような扱いを受けるのは我慢できない。

 兵士たちは外骨格を身に着けている。ロボットと思える者もいる。

 兵士たちがヘルメットをとると、その下の頭に金属のリングを着けている。いや、埋め込んであるのだろうか?


 翌日、このキャンプに砲撃があった。あちこちで悲鳴と怒号があがる。

 その時、目の前の兵士が叫んでいるのを見た。

 「位置特定 起点-私 パイプ ティー 別名 私 パイプ 熱追尾 対象-始点 起点-私 パイプ ティー 別名 熱源始点 パイプ 位置特定 起点-熱源始点 パイプ 攻撃 手段-ミサイル パイプ 地表表示 視点-高高度画像 位置指定-熱源始点 実行」

 その後、どこからか炎がいくらか離れた場所に飛んでいき、爆発が起こった。その兵士は頷いていた。

 あの兵士はシステムに命令を与えたのだろう。だがその命令は私にとっては呪文と同じだ。

 頭に金属のリングを着け、あるいは埋め込み、呪文を唱える。その結果は破壊だ。軍事技術だろう。だが、悪魔の技術だ。悪魔と契約しているとさえ言えると思った。

 おそらく、この悪魔の技術があちこちで使われているのだろう。科学技術が人類の幸福と発展に貢献するだって? 冗談じゃない。科学技術なんか人間に不幸をもたらすだけだ。この戦争がその証明だ。

 人間の知性は、そんなことに使われるべきではない。知識と技術を求めるなど、破滅をもたらすだけだ。


 私は生き残った。私は啓示を受けた。私が成すべきことを知った。科学技術という悪魔を打ち倒し、科学者とエンジニアという悪魔との契約者を打ち倒す。大学に勤めていたのも、そのための準備だったと確信できる。神は私に悪魔との契約者を見つけ出す方法を教え給うたのだ。

 悪魔から人間を開放するべきだ。

 人間があるべき姿は、秩序に従い、幸福であることだ。

 キャンプに居た、同じ大学に居た学位持ちが言った。

「そんなことは悪い冗談だ。『ユートピア』を知らないのか?」

「『すばらしい新世界』を知らないのか?」

「『われら』を知らないのか?」

「『1984年』を知らないのか?」

「『1985年』を知らないのか?」

「『華氏451度』を知らないのか?」

「『未来世紀ブラジル』を知らないのか?」

 私は死んだ兵士から奪った銃で、学位持ちを撃ち殺した。

 あぁ、そんなものは知らない。だが学位持ちがそういうのなら、それこそ人間が実現すべき世界に違いない。

 私たちは革命を起こす。人間の知性が輝く世界を創るべきだ。人間が人間であるような世界を創るべきだ。

 知性革命だ。その名前がふさわしい。秩序こそが知性の証だ。正しい知性に基づく、正しい秩序。その正しい秩序に従う正しい人間。そういう世界であるべきだ。

 私は――いや、すぐに我々になるだろう――、時の神クロノスである。時を巻き戻し、正しい世界へと過たず分岐を選択する。また私は――我々は――、復讐の神ネメシスである。過ちをもたらした悪魔に、そして過ちをもたらす悪魔とその契約者に鉄槌を下す。

 正しい世界に向けて、私は宣言する。


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補: 兵士のコマンドについて。「パイプ」は、続く命令のオプションをもっと省略できるのですが、それで書いてみると分かりにくくなるので、冗長ですけどオプションを書いてあったりします。「ティー(tee)」の使い方は忘れてしまいました。とはいえ、上ではteeの結果が、その後のコマンドに影響を与えています(変数名みたいな感じで)。実際のteeは、そういう副作用はなかったと思います。その点はご容赦を。


補2: 「黙示録3174年(A Canticle for Leibowitz)」, ウォルター・M・ミラー・ジュニア(Walter M. Miller, Jr)では、ここでの「知性革命」に相当するものを「単純化運動」と名づけています(創元SF文庫、pp. 90–92)。


補3: 「黙示録3174年」との関係について。Methuselahの設定は、大昔にオリジナルRPGの世界設定として作ったものです。それを作っている最中に、創元SF文庫から「黙示録3174年」が復刻されました。その時の気分としては「がちょーん」という感じでした。教会が知識を保存しているという設定までまったく同じです。違いは、Methuselahでは「黙示録3174年」より計算機とテクノロジーが重要になっているとか、ある程度残っているとかという程度です。これは、単に書いた(作った)時代の違いのみによるものでしょう。ミラーが私と同時代に書いていれば、同じような設定をしたと思います。それと、「黙示録3174年」では教会と学院は別物ですが、Methuselahでは戦後教会と学院が別物だったのですが、ちょっとあって教会と学院が教会に統合され、その後にまた教会と学院が別れることになり、必ずしも無関係であったり別物であったりという状況ではないという辺りかと思います。あえてそれに付け加えるなら、「黙示録3174年」は教会からの視点と言えると思いますが、Methuselahはどちらかというと学院からの視点と言えると思います。ぜひ「黙示録3174年」を読んでください。面白いです。


補4: 自分ルールですが、「べき」や「正しい」という言葉は、できれば使うのを避けようと考えているものの筆頭です。この小作は、もちろん意図的に構築したものです(意図的というのは正確ではないかもしれません。他の小作と同じく、全体がパッと思いついており、それを打ち込んでいるので。むしろ補の方に時間がかかっています)。ですが、「べき」や「正しい」を使うと、簡単に狂気を作り出せることが伝わればと思います。それは、「べき」や「正しい」という言葉や概念が、とても危ういものであるからなのかもしれません。

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