第11話: 7-2: タイラ教授2

 給湯室で冷めかけたお湯を汲んで来てから、お茶を淹れていた時、ノックの音がした。タックマンだろう。

「どうぞ」

 先に連絡を貰ったその時刻にタックマンはやって来た。茶色の修道服。短かく刈り揃えた髪。いかにも修道士然とした見ためだ。だとしても、もう少し融通がきく性格ならいいのだが。タックマンに合うたびに、どうしてもそう思ってしまう。

「そっちの椅子にでも座ってくれ。今、お茶を持っていくから」

 タックマンは無言でうなずくと、静かに座った。

 私は、カップをテーブルに置き、自分のカップを取って一口飲んだ。タックマンも同じように一口。

 いつものことだが、このままでは話もせずに時間だけがすぎていきそうだ。

「それで? 様子は連絡を貰っているが」

 タックマンはまだ黙っている。無言の行にでも入ったのだろうかと思ってしまうが、これもいつもの事だ。

 私はリンカを起動し、タイラ教授に連絡を入れた。それを見たタックマンは大きく目を見開いている。「そんなことに使うなんて」 そういう目だ。それもいつものことだが。タックマンはユーザになってまだ日が浅い。教会ではリンカの使用にどういう条件を付けているのかは知らないが、タックマンの反応が普通なのだろうか? 私がユーザとして承認された時の事を考えると、そうでもないだろうと思える。

 二人とも無言でお茶を飲んでしまった。

「もう一杯分くらいはお湯もあるな」

 私はそう言ってテーブルから離れ、今度は三杯のお茶を淹れた。それをお盆に載せている最中にノックの音が聞こえると、タイラ教授が無造作にドアを開けて入ってきた。

「こんばんは。失礼するよ。私の分はあるのかな?」

 すぐにお茶に気付いたようだった。

「もちろん。どうぞ、そちらへ。持って行きますから」

 そう答えている間に、タイラ教授はテーブルの方へと足を進めていた。

 私がカップを二人に渡そうとする前に、タイラ教授は横から手を伸ばし、一つは自分の前に、もう一つをタックマンの前にと置いた。

「さて、それで被害者なんだが。驚いたことに知人だったよ」

 タックマンは口へと運ぶカップを止め、タイラ教授を見た。私も同じだった。

「そんなに親しいわけじゃない。学院のユーザだったというだけだ」

 そこまで言うと、タイラ教授は私を見た。

「ヒューバートだったよ。デュカスは名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

 聞いたことがある…… というよりも、先にクロダ教授が亡くなった後に、ここの学院でのユーザの代表としてタイラ教授を承認するために別のキャンパスから来る予定だった人だ。タイラ教授の承認は、少なくとも数日は遅れそうだ。

「学院の関係者だということがわかったから、このキャンパスに連絡が来た。そうしたら、手続き上、私が招いたことになっていたので、私が確認してきたよ」

 何となく気まずい数秒がすぎた。

「私もツタのあたりを見てきました」

 タックマンは少し安心したように私に目を移した。

「ツタと言っていますし、見ためもツタなのですが、どうもツタではありませんね。ナイフで切ろうとしましたが歯がたちませんでした」

「で、ですが…… ツタが人を殺すわけでもないように思いますが」

 タックマンが細い声で言った

「小さな棺というのも…… どういうことなのか」

「そうだな。ツタが殺したようには見えなかったな。喉を切られ、心臓も突き刺してあった。仮にツタの葉などでそれ自体は可能だとしても、ツタがそんなに動くかどうか。デュカス、地下の方は見てきたのか?」

 ツタの話をすればそうなるあろうとは思っていた。何とかしようとは考えてはみたのだが。

「それが、地下への入口がどうも見付からなかったもので。今夜にでも上から探査してみようと思っていますが」

「じゃぁ、そっちはまかせるよ」

 タイラ教授はそう言うと、椅子の背にもたれ、一回溜息とも気を抜いただけともわからない息をはいた。

「しかし、これはまいったな。下手をすると、このキャンパスの代表者は更に一ヶ月ほど不在ということになるぞ」

 そこでふと思った。ヒューバートが襲われたのは偶然なのか。

「タイラ教授、思ったんですが。昨夜、ヒューバート先生と会う予定なんかはありませんでしたか?」

 タイラ教授は驚いたように私を見た。

「いえ、狙いはタイラ教授だったのではないかと思って」

 タイラ教授は眉をひそめていた。

「いや、そういう予定はなかった。キャンパスの代表を承認する際には、基本的には面識がないことが条件になっている。そうは言っても、昔みたいに空を飛べるわけじゃないから、地球の裏側からやって来れるというものでもない」

 私とタックマンはうなずいた。

「だが、慣習として、承認の場の前には会ったりしないようになっているんだ」

「そ、そうすると、ヒューバート先生を狙ったのか…… それとも誰でもかまわなかったのか……」

 相変らずタックマンが細い声で話す。

 この承認の時期に、承認を行なうヒューバートが殺されている。偶然だろうか。だが、クロノス、ネメシス、結社、帝国、どれもそういうことをしそうには思えない。あえて言うならネメシスか結社か。だが、目の前に私たちが居るのにも関わらず、ヒューバートを殺す理由が分からない。

 また、少しの沈黙がやってきた。

「ともかく、今夜その地下の道について探査してみます。明日の昼でも、また三人で会うということでどうでしょうか」

 やはり気になる。だが、ここで話していてもどうにもなるものでもない。ともかく、少し時間が必要だ。

「そうですね…… 今はまだ何かをできる状態ではないように思います」

「確かにそうかな。私もね、ヒューバートの件でまだ用事があるしね」


  ****


 タックマンから聞いていたバルへ行ってみることにした。多少、知り合いがいないわけでもない。

 カウンターで飲んでいると、背中に人がぶつかって来た。

「タイラを代表者にさせることはできない」

 背中越しに、その声が聞こえた。

「理由くらいは教えてくれてもいいなじゃないか?」

「言っても信じないさ」

 背中の声が誰なのかは知らない。何を知っているのかも、私は知らない。そういう関係の知り合いだ。

 そして、私の背中をトンと叩き、その声は姿勢を直す足音を立て、どこかに消えて行った。

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