第5話: 2-1: デュカスにとってのはじまり
学位審査。教室には指導教授、見慣れた教授が二人、見慣れない教授が二人。そして明らかに場違いな、修道服を着たおそらく教会の修道士が二人。
私は黒板の上にある引っ掛りに次々と説明用のポスターを掛けかえながら説明をする。
そして、オフェンスとディフェンスの議論。
それが終ると、私と、見慣れない教授が二人、修道士が二人、部屋を出る。
****
審査が終わった。指導教授と見慣れた教授たちが部屋を出てくる。
指導教授――クロダ教授――が、私の方に歩み寄って来る。
「おめでとう。学位の授与が決定したよ」
クロダ教授は、他の見慣れた教授たちが離れたのを確認すると、言葉を続ける。
「さて、ここからが本番だ。皆、また部屋に入ってくれ」
見慣れない教授が二人、修道士が二人、無言で部屋に入る。私も続く。最後にクロダ教授が部屋に入り、扉を閉める。
「あの、本番というのは?」
発表と審査は終った。それなのに「ここからが本番」というのはどういうことなのだろう。
「うん、実はね、君の研究は、近づいてはいけない――少なくとも今はまだ――ところに近づいてしまった。まぁ結果として誘導したのは私だが。そこでね、そういう人物をどう扱ったらいいだろう? ほら、例えば行方不明とか」
「クロダ、からかってもしょうがないだろう」
そう言った教授がこちらを向いて続ける。
「タイラだ。一応、はじめましてかな。どっかですれ違ってはいるだろうが」
もう一人の教授が手を差し出す。
「私はスミスだ。もっとも、実際、近づいた君をどうするかを、ここで決めるのだがね」
私は握手した。
クロダ教授が、二人の修道士に手を向ける。
「彼らは、予想出来ているだろうが、教会の人たちだ。学院と教会は、協力するとともに、相互に監視している。例えば、こういう場とかね。新人をどうするかなんてのは、大きな話題だからね」
修道士の一人が発言する。
「私は、その新人をあまり認めたくないのだが。認めるとこの地域での学院のユーザは4人になる。言いたくはないが、こちらとのバランスが…」
クロダ教授がその言葉を遮る。
「かと言って、彼を野放しにして構わないと思うのかね?」
二人の修道士はしばらく黙り込むと、何やら手を動かした。手話だろうか。しばらくパタパタと互いに手を動かしてから、一人が思い切ったように答えた。
「ならばこちらで引き取っても構わないが」
クロダ教授が教会の人たちに微笑む。
「『引き取っても構わない』ということは、彼がユーザとなることには異論はないのだね?」
修道士たちは、またも答えに詰まる。沈黙の後、答える。
「それについては異論はない。実際、野放しにするのはかえって危険だろう。わかった。彼を承認する」
クロダ教授がこちらに向き直る。
「というわけだ。おめでとう」
クロダ教授がポケットからガラス瓶とスポイトを取り出し、窓際に行く。
「さて、これにはアレが入っている。皆、確認をして欲しい」
タイラ教授は帽子をかぶり、スミス教授はバンダナをつける。二人の修道士はフードをかぶる。
しばらくの後、全員が各々答える。
「確認した」
クロダ教授がこちらに戻ってくる。
「座りなさい。これから君に目薬を注す。一時間ばかり頭痛がするかもしれない。一週間ばかり、頭痛や目眩がするかもしれない。そういうものだと思って、それについては諦めてくれ」
私が椅子に座り、教授に顔を向けると、クロダ教授はポケットからヘッドバンドをとりだし、私の頭に着ける。その先には何か箱が付いている。その後、スポイトを使ってガラス瓶から目薬を私の両目に注した。
何が起こるのかと思ったが、何も起こらない。
教授たちと修道士たちは雑談をしている。軽い頭痛がする。
そうしている間に一時間が経った。タイラ教授がふいに言った。
「未確認コアと未確認ユーザの発生を確認した。座標もここであっている」
他の人たちも答える。
「未確認コアと未確認ユーザの発生を確認した」
クロダ教授が教授と修道士というおかしな組合せの集団から歩み出し、私の前に立った。
「では、君をユーザ登録しよう。ユーザ名は、面倒だし慣例から、君の名前にする。頭の中で音がしたら、適当な言葉を思い浮かべなさい。単語でも文でも、文章でも、数字列でも構わない。そこからキーになる何かをコアが作る。それで実質的にそのコアの機能は君にしか使えなくなる。仮に君の脳からコアを取り出したとしてもね」
それから数秒後に頭の中で音がした。私はある言葉を思いうかべる。
すぐにタイラ教授が話す。
「コアとユーザの登録を確認」
他の人たちも各々答える。
「コアとユーザの登録を確認」
クロダ教授が頷き、私に話し始める。
「学位授与の後は助教になってもらう。というわけで、一週間程度はゆっくり過ごしなさい。酒は控えて。さっきの目薬の中に入っていた、あー何というか、小さな機械――いやむしろ生き物に近いのだが――が、君の脳内に充分な回路を形成する。君の研究の中にあった計算機、あるいはその端末が、君の脳内に組み上げられると思えばいい。充分に回路が形成されれば、通信が可能になる」
「通信ですか? 誰と?」
「誰とというより何とだな。あれとだよ」
と言い、教授は上を指さす。思わず私は上を見上げるが、眼に入るのは当然天井だ。
「伝説に、空の城というのがあるだろう。そんなようなものだ。衛星軌道上にだがね。ただし、今、君を確認したのと同じように道具が必要になる」
教授はカバンから、金属光沢を持つヘッドバンドを2つとりだす。
「今、着けているのとこれらを君に渡しておく。実を言うと、将来のことも考えると、あまり在庫はないのだがね」
私はヘッドバンドを手に取り、眺める。金属光沢はあるが、手触りは布のように思える。
教授が続ける。
「それをそのまま頭に着けるのは、あまり勧めない。金属光沢があるだろう。それを頭に着けているとなれば、周りからどう言われるかは分かっているだろう」
悪魔との契約者。魔法使い。あれは昔話ではなかったのか。
「それから、そのヘッドバンドを動かすには通信機と電池が必要だ」
教授が鞄からいくつか箱を取り出す。
「純度の高いアルコールで、その通信機と電池は動く。酒を使うのはあまり勧めないが、可能ではある」
通信機と電池は組になり、一つの箱となっているらしい。
疑問が浮かぶ。
「悪魔との契約者はとんでもない破壊をもたらしたとのことですが、これは…」
教授はうなずくと、注意しろというように人差し指を立てる。
「うん。回路が形成されればマニュアルを読める。そうすれば分かることだが、ほぼ君が聞いているだろうとおりのことが可能だ。だから無闇矢鱈にユーザとして認めることはできない」
教授は鞄からまた何か取り出す。何枚もの円盤だ。そのうちの一枚を手に取り、私の前にかざす。
「これはリピータだ。あれと通信できるとは言え、魔法で通信するわけじゃない。電波ってやつだ。場合によっては通信に障害がでる。そういう場合、だいたい電波の通りが悪い。リピータは電波を中継してくれる。そうだな、地下に入るような場合には使うと思いなさい。ただし、動かすには電池を動かすためにやはりアルコールが必要だ。魔法ではないのだからね」
****
一週間後、クロダ教授の指示でリンクを行なった。
しばらくの後、基本操作が私の頭のなかにインストールされていることに気づいた。これは私の脳に記憶されたのだろうか? 形成された回路に記録されたのだろうか? 区別して考えることに意味があるのだろうか?
だがそこで気づく。これを大規模破壊に使うのはつまらない。大規模破壊は、ただ命令を出すだけだ。これはもっと面白いものだ。
その考えが表情に出ていたのだろうか? クロダ教授が話す。
「面白そうだろう。これを大規模破壊なんかに使ったって面白くない。そう思う人を、私たちは選ばなければならない。だが、大規模破壊以外にもいろいろな意味で破壊的行為に使うことは可能だ。君はそういう事にも使わないと願っている」
視覚に投影されるシステムの概要を見ながら、聞いていた。疑問が浮かぶ。
「これらが全て1つのシステムに統合されていたのですか? 現実的にいくつも隔離されたシステムからなっていないとおかしいと思うのですが」
教授は自分の椅子に戻りながら答えた。
「もちろん分断されていたさ。だが戦後、ウィザードたちがそれを統合したんだ。まだスキルが失われていない時代にね。世界の回復にはそうする必要があると考えたからだ。そのウイザードたちの末裔が、学院の一部と教会の一部だ。歴史の講義は、それを使って記録を読みなさい」
教授は椅子に座り、向こうを向いた。
だが、一つ気になっている事がある。
「先生、先週、私の意思の確認をしませんでしたが。もし私が断っていたらどうなっていたのですか?」
「行方不明と言ったのは冗談ではないよ」
そう言うと、教授は私に退室を促した。
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