第14話: 8-2: ハセガワ2
デュカスの部屋に着くころには、その男は自分で歩けるようになっていた。
デュカスの部屋のドアをノックし、開けた。デュカスがちょうど椅子から立とうとしていた。
私とハルダーソンは顛末を話した。それを聞くとデュカスは、「失礼」と言いはしたが、実のところ大してそうは思っていない様子で、男のジャケットとシャツを捲り上げた。
「ノスフェラトゥ、あるいはイモータルか! ジェフリー、ハルダーソン、この傷跡を見てみろ!」
その声につられて男の体を見た。まだ傷は残っていたが、見ている間にも傷は蠢き、次第に消えて行った。
「興味を持ってくれるのは嬉しくないわけでもないが。そのあたりを知っているということは、君がこのキャンパスでの歴史講座の代表でいいのかな?」
男のその声で、やっと来客だったことをデュカスは思い出したようだ。男の顔を見上げ、姿勢を直し、そして右手を差出した。
「失礼しました。若僧ですが、いろいろあったので、そういうことになっています。ダニエル・デュカスです。イモータルに会えるとは思ってもいなかった」
男はデュカスの右手を取った。
「何か、それと確認できるものを見れたらと思うのだが」
「あぁ、そうですね」
デュカスはそう言うと、ジェケットの内ポケットから小さな箱を取り出し、また、ベルトに挟んであったハンチング帽を引き抜き、その内側を男に見せた。
それで納得したようだ。男はうなずいた。その後、顔をソファーとテーブルの方に向ける。
「あぁ、失礼。体力の消耗があるはずですね。どうぞ」
デュカスはソファーとテーブルに手を向けた。男は「ありがとう」と言うと、ソファーに腰を降ろした。デュカスも私たちも続いた。
男はゆっくりと話し始めた。
「私はジェイソン・ハセガワと言います。親はリエ・チェン。彼女はおそらく大厄災の頃から生きています。イモータルとして」
デュカスは身を乗り出すように聞いている。私とハルダーソンはゆったりとソファーに身を預けていた。
「見た目は、10代半ばていどでしょう」
「ちょっと待ってください。そんなに若い人がイモータルになるとは……」
「彼女は例外でしょう。何か病気があって、臨床試験としてナノマシンが投与されたようです」
その言葉を聞いて、デュカスは少し考えこんだ。
「それが、始まりのナノマシンだったのですか?」
ハセガワは静かにうなずいた。
「細胞をイモータルのそれに置き換え置換体に作り替えてしまう、始まりのナノマシン。あなたの親は、始祖の一人なのか」
ハセガワはまた静かにうなずいた。
「そう、彼女は始祖の一人です。ですが、彼女は自分自身を罪人(とがびと)だと言っています。そして、驚くほどの知識を持っています」
デュカスはこめかみに指を当ててる。
「始祖と、あなたが襲われたことと、どういう関係が?」
「彼女は死を望んでいます。死を報酬として、彼らに協力して……」
デュカスは掌をハセガワに向けて突き出した。
「彼らとは?」
「帝国です。背後に何がいるにしても」
しばらく沈黙が漂った。
「あなたの親を助けだしたい、そういうことですか?」
ハセガワは首を横に振った。
「彼女には安らぎを。彼女は帝国の求めに応じるように知識を提供しています。実際にはできるだけ隠そうとしているようですが。彼女の人生と、彼女のその抵抗への報酬として、彼女に安らぎを」
「なぁ、なぜこの街に来たんだ?」
私は思い浮かんだ疑問を訊ねた。
「帝国なんざかなり遠いだろ。なぜこの街に?」
ハセガワは口を閉じたり開いたりを2、3度繰り返した。
「しばらく前に、このキャンパスの代表者候補が亡くなったでしょう?」
デュカスがうなずいている。そういうことがあったのだろう。
「誰がそれをやったと思いますか?」
デュカスは首を横に振っている。
「ネメシスですよ」
「代表者候補を殺し、このキャンパスのユーザの崩壊を目指して、ですか?」
腑に落ちない。デュカスはそういう顔をしている。
「いや、そうじゃない。その候補は結社と繋がっており、結社が帝国の背後にいる。ネメシスと言えど、結社や帝国を快く思っているわけではありません」
「こっちは、そんな情報は知らなかった……」
ハセガワはうなずいた。
「そう、彼女はそれを知っていた」
また沈黙が漂う。
「あなたの親は、置換体は、イモータルはアクセスできるのか? メモラビリアや衛星群に」
「彼女はね。脳もそういうふうに置き換えられている。彼女はそういう置換体だから」
ハセガワはポケットに手を突っ込むと、黒い小さな、ガラスのように見える小さな立方体を取り出した。それをテーブルに置き、何やら手を動かした。すると、その箱の上に少女が映し出された。その少女は、ハセガワと同じようなことを言った。そして最後にどこかの地図や見取り図が現われた。
「今のをもう一度再生できるか?」
デュカスは帽子を被りながら言った。
「もう一度だけなら」
ハセガワがまた手を動かすと、先程と同じ映像が見え、声が聞こえた。
映像と声が終ると、その小さな立方体は黒さを失ない、透き通った青いガラスのようなキューブになった。
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