第8話: 6-2: 修道会へ2

 揺り起こされて。目が覚めた。アーサーが私を小突いていた。

「ちょっとまずかいもしれない」

 アーサーは窓際に向かう。私も後について行き、外を見る。

「いくつか明りが見えるだろう? 松明だと思うが。連中の仲間が来たのかもしれん」

 私はハルダーソンとタックマンを起こすと、身支度をした。その間にも揺らめく明かりは近付いてくる。

「だからって、大したことはできんだろ?」

 ハルダーソンも身支度を終え窓から外を見る。

「だといいのですが」

 タックマンもやって来た。

 その時だった。突然教会が揺れた。

「まずい。ユーザ登録のバックドアの資料があったのかもしれん」

 アーサーは寝室から飛び出して行った。私とハルダーソンとタックマンも教祖と取巻きを繋いでおいた馬屋へと向かった。バックドアの資料なんか、そうそう残っているはずがないのだが、さっきの教会の揺れを考えると、そう考えた方がいい。

 だが、そこにはもう教祖たちはおらず、ケーブルだけが残っていた。おそらく松明の連中は注意を引くための囮だったのだろう。教会が揺れたのも、終った後だったのだろう。

 ケーブルを手に取り眺めると、解かれたわけではないことがわかる。何かで切られている。そのあたりの鋏や剪定鋏では切れるものではない。ということは、コア用のナノ・マシン、ユーザ登録のバックドアの資料だけでなく、何か遺物があるということだ。

 「まいったな」

 私はそう呟いた。これだけ質的に大規模な遺跡なんか、そうそう見付かるものではない。

 隣ではアーサーが渋い顔をしている。考えていることはわかる。簡単に済ませることができないということだ。

 遅れて牧師がやってきた。

「あぁ…… 本当に異端だった……」

 牧師は膝をつき、掌を合わせ祈りを唱えはじめた。

「おい、連中の本拠地は分かっているんだろうな?」

 アーサーが牧師の胸倉を掴み尋ねた。尋ねたというより、脅している者と許しを求めている者にしか見えないが。

 語気に押されたのか、牧師は無言でコクコクとうなずいている。

「なら、朝になってからだ」

 アーサーは手を離し、教会の中へと戻っていく。

 牧師は私たちを見るが、三人とも溜息を吐くと、牧師を残して教会の中へ戻ることにした。


  ****


 翌朝、食堂へ行くと、タックマンとアーサーが連中の本拠地について牧師から話を聞いていた。タックマンは、私とハルダーソンが来たのを見ると、牧師にしばらく席を外してもらうよう頼んだ。

「街の西に山があって、そこに洞窟があるそうです」

 アーサーは肘をテーブルに着いて頭を抱えている。

 私たちも席に着くが、気分はアーサーと同じだと思う。今頃になって、こんなでかい遺跡が見付かるとは。しかもそれが開放されている。


  ****


 朝食を摂り、ジェフリーが残っている馬車へと戻った。ジェフリーはコーヒーを飲みながら私たちが歩いてくるのを眺めていた。

「何かまずそうだね」

 皆、黙ってうなずく。

 とりあえず、ジェフリーに山へ向かうように頼み、皆、馬車へ乗り込んだ。

 これだけの遺跡だ。一気に潰してしまうわけにもいかない。それに何人がユーザになっているのかもわからない。教祖が冷静な人物なら、ユーザの数は押さえてあるだろう。だが、そうでなければ、何人いるかわからない。まず、そこを確認しなければ。教会からも街からも離れれば、やっと気兼ねなく使える。

「アーサー、ユーザは何人いる?」

 アーサーはジャケットの内ポケットに手を入れ呟いた。

 ハルダーソンは突然口笛を吹きはじめた。そういう面倒事には興味がない。そういういつもの態度だ。

「位置 起点-私 半径-5km パイプ ピン 方法-ブロード 対象-ユーザ パイプ 表示 方法-マップ」

 アーサーの目がサッカードする。ユーザの反応を数えているのだろう。

「うん。やはり山に三人の反応がある。反応しないように設定していなければだが」

「三人ということは、おそらく教祖、昨夜なにかをして者、それともう一人ということでしょうか」

 タックマンが答えた。

「案外、話が通じるかもしれないな」

「デュカス、だが遺物が開放されていることを忘れるなよ」


 しばらく馬車に揺られていたが、ジェフリーの声とともに馬車が止まった。

「着いたけどさ、何かまずそうなんだけど」

 御者席からジェフリーが振り向いて、声を大きくして言った。

 幌の中から四人とも前を覗いてみる。教祖と、ほかに何人かが少し先のところで道を阻んでいる。頭にバンドを着けているのは教祖とその左右の二人。

 こちらの馬車が停まったのを見ると、教祖が大声を挙げる。

「ここは私たちの聖地だ! お前たちを入れるわけにはいかない!」

 私は馬車から降り、やはり大声で答えた。

「君たちに危害を加えたくない! 中を調べさせてくれ! 私たちのことはもう分かっているだろう!?」

 だが、私の言葉を聞いたのか聞かなかったのか、教祖の左右の二人が何やら手を動かしながら叫ぶ。

 その様子を見ていたアーサーとタックマンが急いで叫ぶ。

「フィールド 起点-私 半径-5m」

 一瞬目の前の光景が揺れた。その直後、昨夜の教会と同じようにあたりが揺れた。

「効いてないぞ、アーサー、タックマン」

「まずい。俺たちが知っているのとは別の方法かもしれん」

「そういうことなら、俺たちの出番か?」

 ハルダーソンがそう言いながら、馬車から降りてくる。両手には拳銃が握られている。ジェフリーも御者席の横に置いてあったマシンガンを手に取り、降りてくる。

 だが、意外にも続く攻撃はなかった。

 教祖が一人でこちらに歩み寄ってきた。

 フィールドはもう消えている。教祖に注意を集め、その間に攻撃があったら、対応できるかわからない。

 だが何も起こらず、教祖は静かに近付いてきた。

「君たちは… 契約者なのか?」

「契約者? あぁ。私たちはユーザと呼んでいる」

 後ろを振り向くが、皆、私を見ている。教祖に近かった私が答えることになった。

「全員?」

「いや、私と修道士ともう一人だけだ」

 親指を立て、頭の横から後ろを指差す。

 教祖は馬車の周りと中を見た。

「教会が一人。君ともう一人は学院か?」

「そうだ」

「これが、この近くでの全員か?」

 教会と学院の悪巧みというのを気にしているのだろう。

「あー、いや。私のキャンパスと、彼の教会にそれぞれあと2、3人いる。全体として見ると、異常に多いくらいだ。あぁ、後ろにいるもう一人の学院のユーザは、私とは別のキャンパスに所属している」

「その程度なのか?」

 教祖は少し気が抜けた顔をしている。

「理由はあんたにもわかるだろう。そうそう増やすわけにはいかないんだ。おかしな奴がこれを使えたらどうなるか」

 教祖は静かにうなずいた。

「それに…」

 これは言った方がいいのだろうか? いや、むしろ言っておいた方がいいだろう。

「あんた方が使っているものは、私たちのマニュアルに載っていないものの可能性がある」

 教祖顔が曇る。

「ならば、やはり拠点を奪う方がいいということか?」

「実はそこが問題なんだ。もしあんたらがおかしな連中なら、拠点ごと破壊することも厭わない。しかし、あんたらに任せられるなら、任せたいんだ」

「なぜ奪わない?」

「簡単な話だ。人が足りないんだよ。ここに新たに誰かを常駐させるより、あんたらにここを任せられるならその方が助かるんだ」

 教祖はしばらく黙っていた。

「私もこれを知ってから、契約者を増やすことが望ましいのか悩んできた。遺物を守る方法も。これらは、今はあまり表立って広めるわけにはいかないと思う」

「よし。それなら話は簡単だ。あんた、教会の一部になれ。新しい修道会でも、宗派でも立ち挙げたことにして。それとも学院の方がいいか?」

 また教祖はしばらく黙った。私は後ろのアーサーとタックマンを見る。二人とも無言でうなずいた。

「一つ聞きたいことがある」

 教祖が依然落ち着いた声で話す。

「教会と学院との関係はどういうものなんだ?」

 あぁ、そこか。説明は面倒だが。メモラビリアの記録を見てもらえば早いが。

「教会と学院は歴史的に少しあったが、現在では相互に監視し、協力もする。ここに学院の私だけでなく修道士が来ているのもそういう理由だ。新勢力、つまり君たちを見定めるような場合、教会と学院の代表が確認することになっている。どちらかが有利にならないように」

「では共謀してということはないのか?」

「知識を集め、保存し、復元するという点については利害は一致している。だがそれだけだ」

 また教祖はしばらく黙った後、呟いた。

「ウォール 対象-教団 メッセージ-"武装解除。客人を案内する"」

 馬車の周りの緊張が解けた。教祖の後ろでは、先程の二人が走りまわり、その後からは人々が手にした獲物を下していく。

「では、拠点を見ていただこう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る