message

風が吹く。

地獄の合宿もあと今日と明日。

これからは作詞の時間。

例の如く、私は何も浮かばずにぼんやりと外を眺めていた。

鼻をくすぐる夏の匂い。

舞達が素敵なメロディーを考えてくれた。

アルストロメリアと同じように。

だから私はあの時と同じように、いや、あれ以上の言葉を紡がなければいけない。

これは使命だ。

魂を込めて作曲してくれたなら、私も魂を込めて作詞をしないと失礼だ。


思いつかない時は、外へ行こう。

夏の風に当たって、花と海を眺めて心を幸せで満たそう。

「うん。思い立ったら吉日!」

ノートとペンを持って立ち上がり外に出る。

向かう場所はあの海が見える丘。

どうしてもあそこは普通とは思えない。

何かがある。

インスピレーション的な何かが。

細い砂利道を歌いながら歩く。

暫く歩いていると、あの丘が見えた。

「うん。やっぱり。」

ここから見る海はやはり違う。

真っ青な海が太陽の光に当たって銀色に光っている。

ベンチに座ってノートを広げる。

テーマはもう決まっていた。

溢れかえる言葉を零すことなく綴る。

私の大切な仲間に送る言葉。

私が辛い時には勇気をもらった。

だとしたら、次は私が元気付ける番。

精一杯のメッセージを、この約5分の中にギュッと詰め込むのだ。

儚くて美しい時間を、彼の為に取り戻そう。

枯れた花は再び咲くことはないけど、そこにはまた新しい花が咲くかもしれない。

なんてらしくないことを考えながらシャープペンをクルクルと回す。


元気付ける、とか。

勇気付ける、とか。


口で言うのは簡単だけど。

実際には難しい。


本当はそっとしていて欲しいかもしれない。

きっと、そう思っている。

自分の領域には入らないで欲しいという気持ちもよく分かる。

それでも私は最後まで手を伸ばそうと思う。

だって、無責任だ。

私の高校生活を、人生をこんなにも変えたくせに、自分のことは放っておいて欲しいだなんて。

そんなこと言わせない。

碧音だって嫌だというほど、私の心の中を荒らしてきたのだ。

私だって荒らして荒らして、綺麗にしよう。

辛いとか、そんなの知らない。

碧音の過去は私の想像を超えていた。

本当は虐められていたというのも疑ったりもしていた。

あんなに素敵な人が虐められるわけがない。

しかし、私が見ている碧音は、碧音であって碧音ではない。

本当の碧音はもっと私に似ていた。

正確には似ているようで、全く違う。

上手く言葉に表せれないけど。

碧音の話しに出てきた女の子。

千春と言ったか。


あの子はどんな想いで生きたのだろうか。

どんな想いでその命を絶ったのだろうか。


辛かったんだろうな。

鳥に憧れた少女。

会ったこともないのに悲しくて辛い。

もし、私がその子に会えたなら。

その時は歌でも1つ歌うだろう。

その子と一緒に。


スノードロップの花言葉は"希望"、"慰め"。


会ったこともない人に思いを馳せる。

この広い青空に向けて手を伸ばしてみる。

届くはずもない。

小さい拳を握る。


ちっぽけだな。


なのに、人はすぐに傷付けようとする。

何故だろう。

どうして人は上に立ちたがるのだろう。

儚くて美しい世界のはずなのに。

どうしてこんなにも汚れているのだろう。

碧音が哀しみに暮れる必要はあったのか。

千春がその身を投げる必要はあったのか。

どれだけ考えても答えは出ない。

でも、1つだけ分かること。


この世界は腐ってしまった。


理不尽を繰り返す世界。

傷だけが増えていく世界。


そんな世界に、私が光で照らすことが出来たら、どれだけ素敵だろう。

勇者みたいでカッコ良い。

世界を変える理由なんてそれだけで充分だ。

なんてカッコつけた厨二病チックな思考に思わず頬が緩む。

自分のキャラが最近分からなくなっている。

本当に私は世界を変えられるのだろうか。

私達の歌で、この矛盾だらけの世界を照らせるだろうか。

そんなこと、何年経っても無理だろう。

それでも私は見て見ぬフリはしたくない。

しっかりと向き合って。

綺麗に生きていきたい。

私が歌うことで何かが変わればそれで良い。

些細なことが変われば、世界は変わる。

そう信じているのだ。

単語で埋まったノートに目をやる。

もう1度、前みたいに笑って欲しい。

それだけだ。

「守りたいもの全て、守れたら良いのに。」

鳶が頭上で回っている。

波のさざめきを聞きながら、たった1人で言葉を紡いでみる。

「皆が救われれば良いのに。」

誰だって願っているはずなのに。

それはいつだって叶わない。

誰だって傷付きたくないのに。

いつだって人は傷付く。

何故だろう。

そんな単純な疑問を持って、私はこれから生きていくのだろう。

涼しい湿った風が私の髪を揺らした。


きっと、千春がいなくなっても、皆何とも思わなかったのだろうな。

いつものようにヘラヘラ笑って。

新しい標的を見つけて。

同じことを繰り返す毎日で。

生きる意味などあるのだろうか。

もし私が消えても、誰も気付かないのかな。

そんなの、悲しすぎる。

人はもっと愛し、愛されても良いはずだ。

ただ淡々と孤独に生きるだなんて、ナンセンスだろう。


全く知らない人だけど。

千春に生きて欲しかった。


♪♪♪


少しだけ気まずかった。

僕の過去を話した後、僕達はパフォーマンスを考えたり、練習をしたりした。

春架はどうやら散歩に行ったらしい。

今まで溜め込んでいたものを吐き出せて、スッキリしたものの、メンバーには重いものを背負わせてしまった。

僕だって話すつもりはなかったのだ。

でも、隠す方がメンバーに悪い気がした。

「新しい曲でも作っちゃう?」

ソワソワしている舞を見て笑う。

心の底から笑っているわけではない。

まだ脳裏で泣いている千春がいる。

「そうだね。」

目の前には天才が2人。

僕は凡人。

そんな小さなことで孤独を感じてしまうくらいに、今の僕は惨めだ。

天気が良いのに心は晴れなくて。

どうやったら千春を頭から消せるだろう。

そんなことしてはいけない。

分かってはいる。

でも、どうしても苦しいのだ。

彼女が脳内で笑う度に。

彼女が脳内で泣く度に。

僕の胸は締め付けられる。

「どんな曲にしようかな。」

2人は何もなかったかのように接してくれる。

でも、春架は違うだろう。

きっと、歌詞を考えている今も僕のことを、千春のことを考えているに違いない。

彼女は優しいから。

本当はそういうのは嫌だ。

春架もそれは分かっているはず。

それでも考えるのは、前までの僕がそうだったから。

僕が春架の手を引っ張ったから。

結果的に彼女を救った。

そして自滅した。

「思いっ切り明るくしてみようよ。」

僕は相変わらず、この胡散臭い笑顔を貼り付けている。

こんなピエロみたいな。

2人とも気付いていないのだろう。

でも、春架はきっと気付く。

期待しているわけではない。

そういうわけではないけれど、春架は僕に似てきたから勘が鋭い。

いや、前からだった気もする。

彼女には嘘がすぐ分かってしまうから。


ねえ、千春。

僕はしっかり生きていられてるかな。

僕は君に誇れるかな。

どうして会いに来てくれないよ。

僕、寂しいよ。

もう1回笑ってよ。

もう1回だけで良いから。

僕の名前を呼んで。

お願い。


「碧音?どうしたの?」

泣きそうになるのを堪えなから振り返る。

「ん?何でもない!さ、やろ。」

もう嫌だな。

消えてしまいたいよ。

そんな想いも隠して。

僕は音を奏でた。


「ただいま!」

ドタドタと音がし、その音の正体が一瞬で分かった。

「春架。心配してたんだよ。」

2時半に別荘を出ていって、今は5時半。

約3時間も外にいたことになる。

流石の僕達も心配になって、探しに行こうかと話していたところである。

「ごめんごめん。」

へらっと笑う春架。

疲れたのか、ふにゃりと座り込む春架を見下ろして腕を組む。

「僕達がどれだけ心配したと思う?」

笑顔を貼り付ける。

僕が怒る時の笑顔。

「······ご、ごめんなさい!反省しますひゃら!許してくらさい!」

久しぶりに登場した、焦り春架。

焦ると噛んでしまう彼女の頬を抓る。

「え!?いひゃい!」

涙目の春架を見つめる。

その間抜けな顔に、僕は笑ってしまった。

「はははっ!」

お腹を抱えながら笑う僕を見て春架は不思議そうに首を傾げた。

「さあ、ご飯でも作ろうか。」

「あ、じゃあ私作るよ!」

「やめて。」

腕まくりをしながら立ち上がる春架を舞は腕で制止した。

僕も春架のご飯は食べたくないかな。

「酷い·····。」

春架が拗ねると面倒臭い。

困ったように目を合わせていると、舞がニッコリと笑った。

「じゃあ春架」

「ん?」

座り込む春架に舞がしゃがんで目線の位置をを合わせる。

「山城先輩と遊んでなよ。」

すっかり忘れていたが、そういえばここには山城先輩がいる。

ずっと本を読んでいた。

「先輩いたんだ·····。」

春架の呟きに先輩は反応する。

「うん。酷いね。俺、料理しようと思ったけどやらせてくれなさそうだし。春架ちゃん、遊ぶか。」

「何で皆、子供扱い······。」

春架はぶすっと俯く。

確かに本人は不本意だろう。

元々こんなキャラではなかったのだから。

「ごめんね、だから拗ねないで。」

「拗ねてません。」

懐かしいな。この感覚。

僕は本当に離れてしまっていたんだ。

「はいはい。さあ、駿と碧音も行くよ!」

舞ってこんなんだっただろうか。

もっとお淑やかな感じだった気がするけど。

まあ、良いか。

笑ってくれているのだから。

キッチンへ向かう時、申しわけなさそうにこちらを見る春架と目が合った。

また千春のことを思い出してしまった。


今日の晩ご飯はカレーライス。

僕の好物。

自分で作るのは初めてだった。

特にジャガイモを切るのが大変で、指を少し切ってしまった。

絆創膏が巻かれた人差し指を見る。

痛いけど、頑張った証だ。

それと。

「おお!美味しい!」

「そうだね。」

目を輝かせながらカレーを頬張る春架を見ていると、作った甲斐があったと思う。

どうやら春架と先輩はなんだかんだ言って仲が良いらしい。

ご飯も隣に並んで食べてるし、待っている時も相当楽しかったらしい。

何をしたかは教えてくれなかった。

「春架、口に付いてる。」

そう言ってさり気なくティッシュを渡す駿は流石だ。

「おかわりあるからね!」

本当に家族みたいだ。

温かい。

1人で暮らしている僕には懐かしい感覚。

「あ、そうそう。」

スプーンを片手に、先輩が思い出したかのように口を開いた。

「今日はイベントがあるんだよ!」

ニコニコと笑う。

「お祭りでもあるんですか。」

「違うよ。」

否定したのは春架。

何だ。春架も知っているのか。

2人のことだから、待っている時間にそのイベントとかいうものを調べていたに違いない。

「春架ちゃん、言っちゃって!」

「はい。実は······」

変な緊張感。

僕も息を呑む。


「今日は流星群なんです!」


ドヤ顔で決め込んだ春架。

「あ、そうなの?」

僕を含め、それを聞いた人はそれほど興味があるわけではなさそうだった。

今日は色々あったから疲れているのもある。

そう考えると春架の体力は凄いと思う。

「何で皆そんなにドライなの·····。先生はどう思いますか!」

「え?俺?」

今まで黙っていた先生が突然話しかけられて驚く。

「別に観なくて良いかな。」

「·····意味分かんない。」

また拗ね始めた春架。

一緒に観てあげたいけど、明日も朝早いから早く寝たい。

「もう良いよ。·····先輩と観るから。」

それはそれで嫌だ。

「じゃあ俺と一緒に観ようね。」

春架の頭を撫でる先輩。

それと嬉しそうに笑う春架。

どこの兄妹だ。

「どーせ皆疲れてるからって観ないんでしょ。あーあ。折角の流星群なのにあの感動も知らないだなんて。」

春架はどうやら皆で観たいらしい。

こんな合宿なんて滅多にないから、星を見るくらいなら良いかも。

「じゃあ、皆で観ようか。」

僕がそう言うと春架は目を輝かせ、逆に舞と駿は死んだ魚のような目をした。

そんなに嫌だったか。

「春架、星好きだもんね。·····その代わり明日寝坊しないでよ。」

「うん!分かった。早く行こうよ!」

まだカレーが残っているのに立ち上がる春架の腕を咄嗟に掴む

「まだだから!気が早い!」

まだ19時だし。

夏の19時はまだまだ明るいだろう。

それに、流星群って夜中から明け方では。

それまで起きていることになるのか。

いや、春架に起きておいてもらって、起こされるまで寝れば良いのだ。

そうだ。そうしよう。

「楽しみだなあ。」

鼻歌でも歌いそうな春架を見て、僕達は笑い合った。


夜21時。

すっかり辺りは暗くなってしまった。

先程まで流星群を楽しみにしていた春架は夕食後、すぐに寝てしまい、今は舞に起こされている。

寝不足だったらしいから無理もない。

「春架起きて!」

「んー·····」

うっすら目を開けたと思いきや、状況が分かったのか、バッと目を開けて飛び起きた。

「行こう!」

起きたばかりなのに随分と元気だ。

それだけ楽しみにしていたのだろう。


別荘から少し離れた丘。

春架が見つけた所らしい。

目の前には黒い海が広がっている。

微かに感じる潮の臭い。

そして空には·····。


「わあああ!綺麗。」


満天の星空が広がっている。

まるで星が降り注いでいるよう。

あまり乗り気ではなかった舞や駿、先生までもが感動したのか目を細めている。

「来て良かったでしょ?」

目を細めて僕を見た春架はまた千春と重なってしまう。

「うん·····。凄いね。」

悟られないように隠す。

「あれが夏の大三角形!あれは北極星。」

楽しそうにはしゃぎながら指をさす春架を横目に、僕は考えた。

織姫様と彦星様は1年に1度しか会えない。

あんなに愛し合っているのに。


だけど。


僕はもう2度と会えない。


大切な人なのに。

もう1度も会うことはない。

星よりも遥か彼方へと行ってしまったから。

「あ、人工衛星。」

春架は相変わらずはしゃいでいる。

聞こえる無邪気な声に泣きそうになる。

近くにあったベンチに腰を下ろした。

空を眺めるが、流星は見つからない。

まだ時間ではないのだろうか。


もしここに千春がいたら。

どうなっていたのだろう。

春架と一緒遊んでいただろうか。

まず僕は春架を見なかったかもしれない。

でも、今僕の目に映るのは儚く笑う春架。

はしゃいで騒いでいたはずの春架はいつの間にか静かになっていた。

周りを見ると舞と駿は2人で何やら話しているし、先生と先輩も話している。

春架だけ取り残されたようだ。

彼女を1人にしてはいけない。

入学当初と比べれば強くなった方だけれど、それでもまだ脆くて儚いのだ。

気を緩めたら消えてしまいそうな。

1人で柵に寄りかかって星空を眺める彼女の姿を見つめた。

何を考えているのだろう。

この素晴らしい空を見て、春架は何を感じるのだろうか。


そういえば流星って願いを叶えてくれるのだっけ。


僕は何を願おうか。

部活の成功?

成績の向上?

きっと僕は"千春を返して"と願うだろう。

間違いなくそうだ。

僕の願いなんてそれしかないのだから。


悲しげに空を見上げる春架を見つめる。

今日、彼女の中に千春が存在してしまった。

だから言いたくなかったのだ。

そんな性格しているから悩んでしまうのだ。

本当に馬鹿な人だと思う。

馬鹿で優しい。

星が流れた時、春架は何を願うだろうか。

僕と同じ願いだったら良いな、なんて。


「碧音。」

「うん?」

春架がこちらに来て僕の隣に座る。

「はい。」

春架の手にはポッキー。

先生が隠していたのを持ってきたらしい。

「あ、ありがとう。」

僕はそれを受け取り、口に入れる。

チョコの甘い味が口内に広がる。

「·····やっぱり外は寒いね·····。」

身震いをする春架。

どうして薄いパーカーで来たのだか。

冷やすと喉にも悪いから僕のウインドブレーカーを掛けてあげる。

春架はえへへ、と笑ってお礼を言った。

「·····星、流れないね。」

「きっと、まだ時間じゃないんだよ。」

「そっか·····。」

ぽつりぽつりと言葉を発する。

少し遠くからメンバー達の楽しそうな笑い声が聞こえる。

「碧音、ごめん。」

突然の謝罪に僕は春架を見る。

春架が謝った訳は何となく分かった。

春架は悪くないって言ったのに。

「春架は悪くないって言ってるでしょ。」

星空を見に来たはずなのに、ずっと俯いている春架の頭を撫でる。

「本当に馬鹿だね。」

「だって······。」

僕の目を真っ直ぐ見る春架は何か言いたげ。

「私、何も知らなかった。なのに泣いてばかりで。申し訳ないよ。」

その訴えに僕は息を止めた。

だってあまりにも違ったのだ。

いつもの春架とはかけ離れた顔。

哀しそうな顔。

「·····そんなことない。僕だって·····春架を、皆を傷付けるんじゃないかって。抱え込ませてしまうって思って何も言えなかった。強がってばかりで。ごめん。」

春架は悪くない。

ずっと隠していた僕が悪いのだ。

「で、でも。」


春架の声を聞いていると思い出してしまう。

あの子の笑顔を。

あの子の声を。

あの子の涙を。


会いたいな。会いたいよ。

ねえ、会いに来て。


「碧音。泣いても良いよ。」

凛とした声に、僕の肩が揺れる。

「な·····んで·····。」

震える声。

どうして僕にそんなに優しくするのだ。

「碧音、言ったよね?私が千春に似ているって。······それを聞いて、私を千春と重ねてるって思った。それで苦しんでいるって。だから碧音は1人なんだって。」

確信している声。

「そんなこと·····ない!」

それでも誤魔化そうとする僕。

不自然なくらいに震える声を振り絞る。

「じゃあ、何で!」

苦しそうな声が響く。

幸い、遠くで話しているメンバー達には聞こえていないらしい。

「どうして、そんなに泣きそうなの?」

今、分かった。

僕は自分が思っている以上に泣き虫なのだ。

「どうして瞳が揺れてるの?どうしてそんなに震えてるの?ねえ、どうして?」

降りかかる質問攻めに僕は黙り込む。

「······教えてよ。」

哀しい声がぽつりと静かに落ちる。

「じゃ、じゃあ。僕はどうすれば良いんだよ!取り戻せない過去をどうすれば良いんだよ!いつだって、誰も教えてくれやしないんだよ····。」

春架は驚いたのか目を見開いて、再び俯いてしまった。

少しきつく言いすぎてしまった。

こんなの八つ当たりだ。

春架は何も悪くないのに、僕が自分に対しての苛つきをぶつけてしまった。

こんな僕にリーダーをやる資格なんてない。

「はあ·····。」

もう、呆れてしまっただろうか。

嫌われただろうか。

謝りたいけど、怖くて声が出ない。

「そんなの·····教えてくれるわけないよ·····。」

「え······。」

響く重い声。

「そんなの、たかが人間に分かるわけないじゃん。何、馬鹿なの?」

冷たい声が僕の思考を止める。

「だって·····。千春はもういない。でも、僕にはやっぱり千春が必要なんだよ!」

神様、返して。

僕達の千春を返して。

「どうして·····?」

春架に腕を掴まれた。

とても力強く。

振りほどくことは出来ない。

「私じゃ駄目?私が歌うだけじゃ、碧音の世界は救われないの?千春はきっと誰よりも良い人だった。想像で分かるくらいにね。」

僕には春架が怒っているように見えた。

「私なんて勝てないから。誰も、千春に勝てないから。悔しいけど。」

僕は黙っているしかなかった。

かかる吐息が生きているのだと感じさせる。

「でも。千春はもういない。ここには。会える日なんて来ない。一生。」

容赦なく僕に現実を突きつける。

残酷だ。

耳を塞ぎたいが、春架の手の力は強くなり塞げない。

「何が言いたいのさ。」

今の僕は春架に対して敵対心しかない。

子供っぽいと自分でも思う。

春架の言うことは正しいではないか。

「碧音が愛した人なら、よっぽどの人だと思う。忘れられないのも理解出来る。私は同じ境遇にいたわけではないけど。」

本当に何が言いたいのだ。

もうやめて欲しい。

これ以上僕のココロを抉らないで欲しい。

「でも、私は辛いの。私は碧音が好き。恋、じゃないけど1人のバンドメンバーとして好きなの。 なのに。碧音は私を星野 春架として認識してくれない。私は碧音にとって歌うだけの人形なんでしょう?」

光のない瞳に怖気付く。

「ちがっ·····。」

「違くない。そういうことだよ!私はただの操り人形なんでしょ?もし千春が生きていたら私は勧誘されていなかった。だって、私は千春の代わりのなんだから。利用されていただけなんだ。」

僕は肯定も否定も出来なかった。

彼女の言っていることは少し合っていた。

でも違う。

違うのだ。

確かに僕は今でも千春が大好きで忘れられなくて、春架と重ねてしまう。

千春の代わり、というのもあながち間違いではない。


だけど。

僕は単純に星野 春架という人間を欲した。

初めて会ったあの日から。

歌を愛する彼女に歌って欲しいと思った。

「違う。違うよ。」

「何が違うのさ!私だって······ずっと1人で苦しんでいた毎日で。そんな日々を照らしてくれたのは碧音で。自分が少しだけ好きになれた。······でも、見捨てられるのが怖い。嫌われたくない。そんな気持ちもあって。努力した。力の限り歌っている。」

春架の手に雫が落ちる。

泣いているのだ。

「ねえ。お願い。お願いだから·····。どうか私達を捨てないで。千春を忘れろとは言わないから。だから、1人で抱え込まないで?」

暗闇でも分かるくらい潤んだ瞳。

「春架·····。」

「我慢なんてしないで·····。まだ、まだ。私を千春だと思ってて良いから·····。」

震えた手は僕の腕を掴んだまま。


「千春に、会いたいんでしょう?」


そう笑いかけた春架に僕は涙を流した。

春架の肩に顔を埋めて。

みっともないと思う。

男のくせに。

でも、今は春架に縋るしかない。

この哀しみを理解してくれている。

今はそれだけで泣けてしまうのだ。

優しく背中を叩く小さな手が余計僕の涙腺を緩ませる。


「辛かったよね。苦しかったよね。」


クリームに溶かされたような甘い囁きに僕の涙腺は崩壊した。

「うっ·······うぅ····。」

コクコクと頷く。


ああ、会いたいな。

会いたいよ、千春。


「あ、流れ星!」

どれくらい経っただろうか。

流れ続けていた涙ももう止まってしまい、僕はすっかり疲れていた。

その隣で春架が空を指さした。

「え!どれどれ?」

春架の叫び声に最初に反応したのは先輩。

「もう消えちゃいましたよー!」

嬉しそうに笑った春架を見て、そういえば僕達は流星群を見に来たのだと思い出す。

「でも、ここから一気に始まるんじゃないですかね。」

どうやら春架と先輩は星好き仲間らしい。

「今流れた。」

次に声を上げたのは舞。

「やっぱりこれからだ。」

舞と駿はもう眠そうだった。

「空を走る流れ星ー」

突然歌い出す春架を僕達は見つめる。

「ど、どうしたの。急に。」

「ははっ。歌いたくなっちゃって。そうだ。星空ライブも良いよね。」

「あ、確かに。」

名案だ、と皆が笑う。

僕もつられて笑った。


星空ライブか。

良いかもしれない。


「見て見て!沢山流れてる。」

「おー、本当だ。」

広い星空を沢山の流れ星はとても神秘的で美しいものだった。

こんなのは初めてかもしれない。

春架は持ってきていたノートを広げ、何やら書き始めた。

「おお。歌詞が!歌詞が思いつく!」

駿に終わってなかったのかよ、と呆れられながらペンを走らせる。

「歌詞がぁ!」と叫ぶ春架に苦笑いをしながらもう1度空を見る。

今日はペルセウス座流星群だったっけ。

神話とかは分からない。

わからないけど、ロマンに溢れている。

千春と一緒に見たかった。

もしその時は、目を輝かせてずっと流れる星を見つめるだろう。

その姿が容易に想像出来て口元を緩ませた。


「ん。」

暫くぼんやりと空を眺めていると、首元に冷たい感触が走った。

「お茶。喉、乾いたろ?」

先生がお茶の入った缶をくっつけていた。

「ありがとうございます·····。」

それを受け取り、お茶を口に流し込む。

冷えていて気持ち良い。

「よっこらせ。」

先生は隣に座り、珈琲らしきものを飲む。

「中岡、泣いただろ。」

「え?」

「鼻声。」

そう言われると恥ずかしくなる。

男子高校生が泣くだなんて。

「やっぱり中岡は間違っていなかったな。本当にお前は良い仲間を持ったよ。」

「はい······。でも、僕はそんな仲間達を傷付けてしまいました。」

へらっと笑う。

涙こそ出てこないが、罪悪感が襲う。

「んー。そんなことないと思うけどな。」

先生は悪戯っぽく笑う。

「人っていつも孤独なんだ。悲しみを分け合うなんて不可能だ。でも、いつだって1人で戦ってるわけではない。この世界の約70億人がそれぞれの悩みを抱えて生きてんだよ。」

先生にしては良い言葉に唖然とする。

「それぞれの······悩み。」

「まあ、重度は違うけどな。でも、神様は人に乗り越えられない試練は与えない。」

喉を鳴らしながら珈琲を飲み干す先生を、ただただ見た。

「·······何だよ。」

「先生からそんなこと聞けるだなんて思ってもいませんでした。なんか、ありがとうございます。」

会釈をする。

すると先生は照れたようにそっぽを向く。

この人はこの人で色々考えてくれているのだと感じた。

「後悔、したか。春風高校に来たこと。」

「いえ。してません。先生や春架、他の仲間に会えて良かったです。」

きっぱりと答えた。

この選択に悔いはないから。

「そ。じゃあ下ばっか見てんじゃねーよ。」

優しく微笑む。

先生なりの不器用ながらのエール。


僕は幸せだ。


「わあ。綺麗。」

春架は手を合わせる。

それに習って僕も同じことをした。


"もう、何も失いませんように"


大きな流れ星が頭上を通過した。

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私たちの春日記 仙人 @sennin

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