第10話 余韻・始まり

「学祭、お疲れ様でした!乾杯!」

『かんぱーい!』


今、私達は学校の近くの焼肉屋で打ち上げをやっている。

私はサイダーを、舞と碧音はお茶を、駿はコーラを飲んだ。木下先生はビールを手にしながら財布をチラチラと見ている。

今日は先生が奢ってくれるらしい。

決して私達が頼んだのではなく、先生自らが言ってきた事なのだ。私達は悪くない。

「楽しかったね。」

この打ち上げで反省会や、今後の事も考えようと話し、集まった。

ライブ自体は大成功で終わったが、やはり初ライブだったから反省点も多かった。

「大成功だったね。」

今でも夢だったのでは、と思うがあのライブは確かに現実だ。

ライブが終わってから沢山の友人や先生方、先輩にも褒められた。

高畑先輩にも頭を撫でながら褒められたし、りっちゃんもすぐに抱きついてきた。

クラスメイト達は写真まで撮っていたようだ。恥ずかしい。

先生達からも大量の写真を貰い、家で整理しているところだ。

「間違えた所もあるけど、それは練習不足だな。あとは何かあるか。」

「衣装はどうだった?」

「最高だった。着やすいし。生地も良い。デザインも好きだよ。」

舞の作る服は本当に可愛いし、動きやすかった。飛び跳ねても平気だったのだ。

クラスメイト達から話を聞くと、観客の間でも結構な好評だったらしい。

舞の先輩にも感謝だ。

後から聞いた話だと、舞は作曲も無意識に出来てしまったらしい。

それに加えて、初めてだというのにこんなにも素敵な衣装を作って。

多分、天才なのだろう。

ベースやドラムも素晴らしくて、きっと、このメンバーは天才なのだと感じた。

そうなると凡人は私だけ。

前まではそう思うだけでネガティブになって悩み込んでいたけれど、今では違う。

私も負けないように頑張ろう、と思えるようになった。

約3ヶ月でかなり成長したと思う。

「音が悪い時はあったかな。マイク事故がなくて良かったよ。」

「演出も素晴らしかったよね。僕も聞いてなかったからびっくりした。」

あの大量の綺麗な紙吹雪は木下先生と春谷先輩が色々な人に呼びかけて、忙しい中用意してくれたものらしい。

私はもちろんだが、他の3人も知らなかった。

歌っている時に一瞬見えた、春谷先輩の顔は今でも覚えている。

明らかに何か企んでいるような顔だった。

片付けが大変だったのはまた別の話。

「春谷先輩にもお礼言わないとね。あんなに素晴らしい演出してくれたんだもん。」

碧音曰く、相当腹立つ先輩らしいが、これからもお世話になるに違いない。

私から見るととても良い先輩だった。

でないと、あんなに素晴らしい、心のこもった演出は出来ない。

ライブが終わると私達の所へ来て「応援してる」と言ってくれた。

「次のライブは夏祭りだよね。」

「そうだよ。」

それから、あのライブが終わってすぐに、私達は役場の人から夏祭りライブの依頼を受けた。

もちろん即了解し、これからはパフォーマンスや衣装、新曲を考える事になる。

夏休みは夏祭りに向けて活動していくのだ。

「夏祭り楽しみだね。新曲も考えないと。」

「笛の音とか入れたいね。」

「あー、それ良いかも。」

たった1度のライブを見ただけて依頼されるだなんて思ってもいなかったから、私達は驚きと喜びでいっぱいだった。

今思い出しても顔がにやける。

「じゃあ衣装は着物とか·····。和服だね。」

「おお!和服!」

今日はそれぞれテンションが高い。

そんな私もかなり機嫌が良い。

「和服良いね。楽しみだよ。あ、扇子持ちながら歌うとか。演奏組はヨーヨーやりながらやるとか!」

「何それ、やりにくい!」

碧音の冗談に私達は笑う。

「新曲は夏をイメージだろ?しかも祭り。切ない路線でいくか、楽しい路線でいくか。」

「楽しい方でしょ。」

「いや、切ない方でも····。」

駿もあの日から、目を合わせてくれるようになった。

まだ嫌われていたとしても、私は駿の事が嫌いではないから別に良い。

いつか認めてくれる日が来るまで、私なりに努力をするしかない。

「パフォーマンスも考えないとね。今度は先輩に丸投げしないで、僕達も一緒に考えようか。」

「悔しいからね」と付け足す。

「夏祭りはちょうどライブが終わる頃に、花火が上がるんだよね。それに合せられたら最高だよね。」

「それ良いじゃん。役場の人と打合せしてさ。かっこいいじゃん。」

考えるだけでもワクワクする。

最近まではライブをするのが嫌で嫌で、仕方がなかったのに。

人は1度の出来事で、こんなに変わるものなのだろうか。

何だかんだ言って、私をここまで引っ張ってくれた碧音には感謝するべきなのかもしれないと思う。

「てか夏祭り、駿行くよね?ライブだけじゃなくてさ。」

「え、行かないけど。」

「えー!何で?行こうよ。」

そんなやり取りを見ながら、ふと茜ちゃんの事を思い出した。

毎年茜ちゃんと一緒に行っているけれど、今年は彼氏もいるから一緒に行ってくれないかもしれない。

その可能性の方が高い。

そうなると私はどうすれば良いのだろう。

1人で行って誰か見つけるか、ライブの時間まで家にいるか。

どうせお祭りに行っても友達と遊んで、ろくにお金なんか使わないし。

だったら行かなくても。

「春架。」

「ん?」

なんて考えていると、舞がお肉を箸で掴みながら心配そうに見ていた。

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫!それよりもお肉全然食べてないじゃん。もっと食べなよ!」

その細い腕を見て舞のお皿に沢山お肉を乗せる。これくらいは食べないと。

迷惑そうな顔をしているが、気にしない。

この子が倒れたりでもしたら、私達は身動きが取れなくなる。

もっと力を付けてもらわないと。

「え、あ····。結構食べてるんだけど。」

私はサイダーを飲み干し、注ぎ直す。

「そんなにサイダー飲んで···体に悪いよ。」

「えー。大丈夫だよ。」

サイダーは私の精神安定剤と言っても過言ではない。それくらい好きだ。

サイダーを目の前にした私を止める事は、誰にも出来ない。

そして、お皿の上のお肉に箸を伸ばす。

「全く·····。ところで春架は?お祭り、茜ちゃんと行くの?」

「無理ひゃな。茜ちゃん、彼氏いりゅひ。」

「食べながら喋らない。」

理不尽だ。

そっちから質問しておいて。

それに、様子がおかしい。

いつもよりテンションが低い気がするし、やけに大人しい。

具合悪いのだろうか。

それとも、お肉を入れたのに怒っているのだろうか。

「舞、大丈夫?具合悪いの?サイダーでも飲む?」

サイダーを差し出すが拒否される。

「大丈夫。大丈夫だし、炭酸飲めない。」

だからお茶なのか。

それにしても、どうしたのだろう。

今日は暑いから、熱中症かもしれない。

「あのさっ!」

「へ?」

隣を見ると舞が顔を赤く染めて、こちらを見つめていた。

舞の張り上げた声に、お祭りについて語っていた碧音や駿は黙った。

「お祭り、行く人いないならさ、私と一緒に行かない?」

「え?良いけど。」

何だそんな事か。

「え?良いの!?」

「良いに決ってんじゃん。逆になんでダメなのか分からないんだけど。」

誘われたからには行くしかない。

意味もなく私達は笑っている。

それは心の底から楽しいと思えるからだ。

夏祭りもライブも、楽しみ。

今までにないくらい、心が踊っている。

「良かった·····。」

「どうしてダメだと思ったの?」

私が断れるわけないのに。

「私と行っても楽しくないと思って。」

しゅんとする。

どうしてそんな考えになるのか。

「どうして?」

「え·····?」

単純に不思議に思ったから訊いたのだが、舞も、碧音や駿まで唖然としている。

何かしただろうか。

「何でって······。」

「舞と行って、楽しくないわけないじゃん。てか、このメンバーで楽しくない人なんていなくない?」

「春架······。」

「成長したね。」

何故か温かい目で見てくる。

「は、はあ?私は普通に、正論を言っただけなんだけど?」

でも、自分でも今の言葉はらしくないと思った。良い方で。

3ヶ月前まではそんな事絶対言わなかった。

私はこれからも変われるだろうか。

いや、きっと皆がいるから、大丈夫だ。


「春架·····。」

散々食べて、もう何もお腹に入らなくなってきた頃、急に碧音が真面目な顔で見てきた。

それに合わせて、私達も黙る。

これから言いたい事は何となく分かる。

「春架の意思は本当にあれなんだね?僕達に気を使ってるんじゃないよね。辛いなら言ってくれて良いんだよ。」

「あれ」とは学祭の時の宣言の事だろう。

あれだけ大胆に宣言したのだ。

言ったからには実現しなければ。

本当は怖いけど、だけど。

私はもう、逃げない。

「嘘じゃない。もっと、歌いたい。私、このメンバーで、もっと輝きたい。」

私の想いをしっかりと、目を逸らさずに前を見て、伝える。

ひたすら歌っていれば、認めてくれるかもしれない。見てくれるかもしれない。

あの日、やっと分かった。私が望んでいたのは、見られないことではない。

私は。

ずっと、認められたかったのだ。

見下されて、笑われるのが嫌だったのだ。

貪欲すぎるかもしれない。

欲張りだと言われても仕方がないと思う。

それでも、私はもう、妥協したくない。

1度きりの青春時代なのだから。

「そう·····。そっか。」

碧音は嬉しそうに微笑む。

舞はもちろん、駿も微笑んでいる。

「じゃあさ、ハルノートの始まりとして。一緒に、写真を撮ろう。」

「写真?面倒くさっ!」

食べすぎて動けないのだが。

「まあまあ。早く会計済ませて撮ろうよ!」

「どこで撮るの?」

「え?それはもちろん·····」



「じゃあ、撮るぞー。」

黒板の前にはだるそうにカメラを構える木下先生。その目の間では私達がポーズを取る。

私と舞が座っている後ろでは、男子2人が肩を組んで笑っている。

周りを見れば、綺麗に整頓された空間。

つい3ヶ月前までは何もなくて、埃まみれの教室だったのに。

今では楽器や本棚が並べてある。

入学したての頃は、軽音部のボーカルになるだなんて想像していなかった。

人生、何が起こるか分からないと改めて思った。

目を閉じて、川辺で1人で泣いたあの夜を思い出す。

よく分からない無力感と、ぐるぐると渦巻く黒い感情。それと嫉妬。

そんな自分が大嫌いだった。

でも、救ってくれたのはこのメンバー。そして、出会った人。

優しく笑ってくれた。

話を聞いてくれた。

だから今、ここに自分がいる。

全てこの人達のおかげだ。

駿には最初怒られて傷付いたけれど、あれも1つの優しさなのだと思う。

今まで、よく分からない、ドロドロとした感情に呑み込まれていた。

ただ、誰かの何かになりたくて、1番になりたくて、嫉妬し続けた。

馬鹿にされるのが怖くて、自分と向き合えていなかった。

1人で勝手に泣いて、悩んで。

今思うと最高にダサいと思う。

周りには自分が思っている以上に見てくれている人がいて、頼れる人達がいた。

本当は私は幸せ者だったのだ。

それに気付かずに過ごしてきた自分は、馬鹿だと思った。

今まではネガティブ思考で、人に嫌な思いをさせてしまったけれど、これからは誰かの光になれるように歌おう。

やり場のない無力感と苛立ちは全て消して。私はこの3年間は、笑って、歌い続けよう。

2度と後悔しないように。


「はい、チーズ」


シャッター音が鳴る。


気が合って、いつも見てくれる舞。

静かで、私を嫌ってるけど優しい駿。

少し変人だけど頼りになるリーダー、碧音。

この田舎の町で、私は輝いた舞台せいしゅんを歩んでいく。


それは、いつまでも忘れられない記憶を記す、人生の日記帳に深く刻まれる事だろう。


そう、つまり私達が開いたのは青春ハルを記す為の白紙のノートなのだ。

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