第6話 欲しがり
今日もまた。
私は友達にも親友にもなれないでいる。
「春架、ちょっと衣装着てみて。」
「あ、うん。」
「春架ー。こっちの予算の事なんだけど。」
「今行く!」
活動が本格的になって、茜ちゃんといる時間が極端に減った。
部活が忙しくて、学級の活動にもあまり顔を出せていない状態。
学級委員長でもある私は、本当に申し訳ないと思っているが、クラスメイト達は優しく応援してくれる。
今日は久しぶりに部活が休みで、学級の方に来れたのだが。
私が来れない間に、状況は驚くほど大きく変化していた。
委員長として、なかなかやれていない仕事も多く、私もさっきからあちこちに顔を出しては予算の確認やらをやっている。
忙しくて目が回りそうだが、そんな私はさっきから気になっている事がある。
「あのね!」
私の隣を駆け抜けて行く女の子。
茜ちゃん。
前までは私がいればうるさいくらいに、くっついてきたのに、今では彼氏にピッタリ。
それに仕事もあまりやっていない。
前までは働き者だったのに。今日は何だろう。遊んでばかりだ。
他の人は忙しそうに駆け回っているし、まるで私は空気みたい。
まあ、私もやる事が多すぎて慌ただしいのだけれども。
楽しそうに笑っている様子を横目で見ながら、計算機を高速で押す。
好きな作業だから苦痛ではない。
でも、数学が嫌いな私にとって、長時間数字を大量に見る行為は、好ましくない。
頭痛が襲ってくる。
この教室で1番忙しそうにしているのは、衣装作りのメンバー。
手伝いたい気持ちもあるが、私の技術では無理だ。しかも、自分の仕事も終わらない。
心細い。
こうなる前に朝早く来てやれば良かった。
そっと、気付かれないように教室を出る。
息が苦しい。
いや、きっとこれは胸が痛いのだ。
どこか······どこか静かな場所へ行きたい。
仕事も頑張れているし、少しくらい休憩をとっても良いだろう。
今、空いている教室はどこだろうか。
ほとんどの教室が作業で使われている。
進路室は鍵が開いていないだろうし。
高校生の憧れでもある屋上なんか、開いている日などないし。
「部室か·····。」
部室しか開いていない。
活動もないし、皆クラスの事で忙しいだろうから1人になれる。
「あれ?春ちゃん?」
聞き慣れた声に振り返ると、クラスメイトの美鈴ちゃんが笑って立っていた。
その手にはいくつかの布と裁縫セット。
「どうしたの?」
「え、あ、いや·····ちょっと部室に忘れ物。」
笑って誤魔化す。
「そっかー。すぐ戻って来てね?なかなか春ちゃん教室にいないからさ、久々に来て嬉しいよ。」
その言葉を言われ、嬉しさのあまり跳ね上がりそうだったが、今教室に戻っても辛い思いをするだけだ。
教室に戻ったら手伝おう。
「すぐ戻るよ。」
そんなに長居するつもりもない。
折角部活が休みで、学級活動の方に力を入れれる日なのだから。
「うん!すぐ戻ってきてねー。」
それだけ言って美鈴ちゃんは走っていった。
その後ろ姿はまさに青春で、輝いていた。
「はあ······。」
やはり1人は落ち着く。
皆でワイワイはしゃぐのも楽しいけれど。
隅にある椅子に腰掛け、壁に寄りかかる。
自分にはこれが性に合う気がする。
「もうやだ······。」
ポツリと声を出す。
脳内で蘇ってくる光景。
今まで散々振り回されて、嫌だと思った日もあったけど、何だかんだ言って私は茜ちゃんがいないと何も出来ない。
結局は私は茜ちゃんのオマケである。
あんな風に笑えたら。
あんな風に色々な人と仲良くなれたら。
大事な友達だから幸せでいて欲しい。
でも、それが嫌だと言う自分もいる。
羨ましいと、狡いと。そう思ってしまう。
つくづく最低な人間だ。
茜ちゃんは何も悪くないのに。
────ナニモワルクナイ
違う。
茜ちゃんにだって、悪いところくらいある。
それぞれ感じ方が違うだけで。
彼女が原因で、私はこれまで辛い思いをしてきたのだから。
短所など挙げればきりがない。
自己中心的な性格。
何でも分かっているような言い草。
止まらない自慢話。
上から目線。
そして、最近は欲を持ちすぎている。
彼氏がいるくせに、男子と絡む機会が増えているし、特別仲の良いわけではない人達のトラブルに自ら入っていく。
それは誰かの何かでいたい欲だと思う。
良い人でいたい。目立ちたい。
そんな人が1度は持つ欲。
まるで昔の私を見ているような感覚。
私は過去に、その欲のせいで壊れたのだ。
茜ちゃんは親友のように"たった1人の存在"なんて必要ない。
彼女が欲しがっているのは、ある程度仲の良い沢山の人や自分だけを慕ってくれる人。
だから私と一緒にいる。
私は仲良くしてくれる人は沢山いるが、茜ちゃんだけを慕っている。
慕っているというより、居場所がそこにしかない、と言うべきだろうか。
とにかく私は彼女に依存しなければ、すぐにこんな関係壊れてしまう。
彼女の隣にいない私は皆の望む私ではない。
あの教室を見て、そんな私だけの場所を取られた気がしたのかもしれない。
友情と恋愛は別なのに。
もう、私の事が嫌いなのだろうか。
何かしたかな。
そういえば、昔から私はよく嫌われていた。
駿にだって嫌われているし。
私にだって嫌いな人はいる。
存在している限り嫌われない事はない。
生きている限り、誰かに嫌われ、批判を浴び、傷付け傷付けられる。
そんな当たり前を私は受け入れられない。
だって、怖いではないか。
嫌われるのは。
自分の居場所がなくなるのは。
どうして周りの人は素直に笑って入れるのに、私にはそれが出来ないのだろう。
どうして、親友ができるのだろう。
私はどれだけ隣にいても、友達にすらなれていないのに。
本当はどんな時も隣にいてくれて、話を聞いてくれる、無二の親友が欲しい。
量より質。
だけど、私が親友になりたいと思っている相手は質より量。
正反対。
相性は最悪。
よく考えれば、あの子とは何もかもが逆だ。
明るい性格も、運動能力も学力も全て。
今更、考えが違うだけで私は、何を悩んでいるのだろう。
今だってただ嫉妬しているだけではないか。
全く違う世界にいる友人に。
1番の友達はいないけれど、美鈴ちゃんのように、私に構ってくれる人だっている。
私がいないと出来ない仕事もある。
つまり、今の自分は必要な存在。
何も辛くはないのでは······?
先程までのネガティブ思考は、ただの錯覚だったのだろうか。
私は今まで何に悩んでいたのだろう。
ぐるぐると回る思考を止める。
考えすぎて、逆にポジティブ思考になってきているのかもしれない。
時計を見ると、5時を少し過ぎている頃。
とにかく、そろそろ教室へ行かないとクラスメイトに怒られそうだ。
「あれ、春架?」
ガラガラと扉が開く音がして、驚きながら声のした方を見る。
「舞······。どうしたの?」
舞は申し訳なさそうに立っている。
「少しやる事があって。春架は?」
「······忘れ物。」
何故か気まずい。
喧嘩をしたわけでも何でもないのに。
暫く続いた沈黙を破ったのは私。
「じゃ、じゃあもう行かないと。舞も頑張ってね!」
今すぐに、この空気から抜け出したい。
「あ、あの!春架!」
私の予定だとこのまま何事もなく、部室を出るはずだった。
だが、今はどうだろう。
私は咄嗟に腕を掴まれた。
「·····え?」
また何かしてしまっただろうか。
不安になり、黙って彼女を見つめる。
「えーと·····」
舞は顔を赤くしながら、何かを伝えようとしている。
「な、何かあったら何でも言ってね!」
その言葉の意図が私には理解出来なかった。
何故このタイミングでそんな事言ったのか。
そして、私は何と返事をすれば良いのか。
困惑していると、ずっと力強く掴まれていた腕が開放された。
それと同時に、ずっと強く縛られていた私の気持ちも開放された気がした。
「ちょっと疲れてるみたいだったから·····。」
「あ、ありがとう。大丈夫だよ。」
また心配かけてしまったのか。
ああ、私にはちゃんといるではないか。
こんなに良い友人が。
なのに、茜ちゃんにこだわって、親友にこだわって。
馬鹿みたい。
「本当に大丈夫だから。」
どうやら欲しがりは、あの子だけではなかったみたいだ。
♪♪♪
それは偶然だった。
たまたまクラスでやる事がなくなり、作曲をしようと思った。
そろそろ作ってしまわないと、学祭に間に合わない。
碧音と駿は他の仕事で忙しそうだった。
だから、出来るか分からないが、やってみようと部室に向かったのだ。
誰もいないはずなのに扉が少し開いている。こっそり覗くと人の気配がした。
ここからはそれが誰なのかは見えない。
しかし、私にはその人物の正体が分かった。
────春架だ。
また、辛い事があったのだろうか。
本当は今すぐにでも入っていきたかった。
話を聞いてあげたかった。
でも、足が動かない。
きっと、怖かったのだ。
私が首を突っ込む事で、彼女の心の中を荒らすのが。
下手に手を出せば、傷付くのは相手だ。
春架は約20分、ずっと部室にいた。
私もずっと教室の外で待っていた。
中で何をやっているかは分からない。
けど、きっと1人で蹲っているのだろう。
もう少しここで待っていようと思ったが、これでは時間がもったいない。
深呼吸をし、扉を開く。
そこには案の定、春架がいた。
目を丸くして立っている。
本人は忘れ物をしたと言っていたが、そんな嘘。バレバレ。
何となく、このまま教室に行っても、彼女は辛い思いをする気がした。
気付けば、部室を出ようとする春架の腕を力強く掴んでいた。
春架はもちろん驚いているが、私も自分で驚いた。
本当に無意識だったから。
「な、何かあったら何でも言ってね!」
思考が回らない。
自分でも何て言ったか理解出来なかったが、春架もその言葉の意味が分からなかったのか、驚いている。
「ちょっと疲れてるみたいだったから····。」
咄嗟に言葉を付け足す。
少し変に見えたかもしれない。
「あ、ありがとう。大丈夫。」
本当は大丈夫ではないくせに。
春架はやはり強がりだ。
もう一言言おうと口を開いた瞬間、
「本当に大丈夫だから。」
背筋が凍った。
一瞬笑った顔が、恐ろしく黒くて、何にも例えられないような笑顔。
春架が出ていってからも、私は暫く呆然としていた。
それから、何も考えないで私の相方であるギターの方に手を伸ばす。
無意識のうちに弾いていた。
それも私の知らないメロディ。
······私の知らないメロディ·····?
知らないメロディを弾けるわけがない。
でも、今私はそれを弾いている。
つまり、これは自分で作った曲。
止まらない指。溢れ出すメロディ。
考えられない事だが、私は無意識のうちに作曲をやってしまっていた。
信じられない。
今日の私は何かおかしい。
無意識に行動するのが多い。
1通り弾き終わり、急いで部室を出た。
一刻も早く、忘れてしまう前に、あの2人にこの事を知らせなければいけない。
長い廊下を走り、階段をかけ登る。
きっと、教室にいる。
「碧音!駿!」
勢い良く教室の扉を開く。
一気に注目の的となったが、今は関係ない。
「え!?な、何?」
目を白黒させている2人の腕を引っ張り、教室を出る。
「今すぐ部室に!作曲が出来たの!」
今後ろを見る事は出来ないが、きっと、驚いているだろう。
「そ、それじゃあ春架も呼ばないと····!」
不思議と春架を呼ぼうとは思わなかった。
学級活動の方でも忙しそうだし、サプライズで出来上がった曲を聴かせるのもありだと思ったから。
それに、先程の事もあるし。
「春架は今度!とにかく今は楽器組で!」
開きっぱなしだった部室に入り、またギターを持つ。
「弾くね。」
良かった。忘れていない。
演奏している間、駿は目を見開いて、碧音は目を輝かせていた。
作曲の本は読んでいたけれど、実際に出来るとは思わなかった。
今まで何も役に立てなかった私がやっと、部活の役に立てるのだ。
「凄い、凄いよ!」
弾き終わると、碧音が近付いてきた。
駿は顎に手を当て、何かを考えている。
きっと、どうやってドラムを入れようか等を考えているのだろう。
「僕ベース考えるね!駿はドラム。」
「分かってるっつーの。」
頭を掻きながら、駿はドラムのスティックを手にする。
「え?」
どうやら、私が弾いてる間に考えていたようで、呆気なく完成してしまった。
「これでどうだ?」
そんな事訊かれても。
ドラムに関してはど素人の私達だから答えられるはずもない。
でも、確かに分かるのは
「良いんじゃない?」
とても良いという事だ。
自家自賛になるが、かなり良いメロディだ。
これは自信を持てる。
「僕も出来そう。ああ、これは学級活動に戻れない系のやつかな。」
困ったように言うがその顔は嬉しそうだ。
それを見て、安堵の息が漏れた。
「じゃあ、録音できる?てかいきなり弾ける?録音明日にする?」
「今日は楽譜を書く。終わり次第録音するつもりだけど。舞は?書かないのか。」
「そう·····。私も書く。」
音楽ノートを取り出し、音符を並べていく。
覚えているせいか、スラスラと書けた。
これはもしかすると天才かもしれない。
他の2人も同じようにかけていて、駿は驚いているようだった。
無意識のうちに作曲をしてしまった私自身にも驚いているが、1度聴いただけで自分の担当楽器の音符を書いてしまう2人にも驚きだ。
もしたしたら、私達は天才の集まりかもしれない。と、馬鹿な事を考えている間も、2人の五線譜には音符がはめられていく。
碧音は鼻歌を歌っている。
それぞれ机に向かっているのを見ながら、考え事をしていた。
春架は何の為に部室に来ていたのか。
彼女は学級委員長でかなり忙しいはず。
それでも1人でここにいた理由は?
活動を抜け出してまで、部室に来た理由は?
もし悩み事だとしたら、春架なら泣いていただろうに。
だけど、すれ違いざまに見たあの笑顔は恐怖心を植え込むものだった。
まるで、壊れているかのような笑顔。
思い出すだけでも身震いがする。
一体、何を抱え込んで、何を考えていたのだろう。
深まる謎に頭が痛くなる。
「舞、終わったのか。」
「ああ、うん。」
どうやら駿が終わったらしく、私を見つめていた。きっと、険しい顔をしていたのだろう。
碧音はまだ終わっていない。
「で、舞は何で急に浮かんできたんだ。」
「え·····作曲をしようと部室に来て、ギターを持ったらいつの間にか弾けていて。」
「え、それ天才じゃね?」
褒められて、ついニヤけてしまう。
もっと褒めて欲しい。認めて欲しい。もっと、もっともっと。
「不思議だよね。急に作れるだなんて。」
きっと、理由は1つ。
春架の顔を見たから。
私の音が鳴ったキッカケは先程の出来事。
あの顔が離れなくて、もっと、春架に近付きたいと思ったから。
だから、この曲は彼女へのものだ。
「駿はさ······春架の事嫌いなんだよね?」
「んー?ああ、嫌いだよ。大嫌い。」
調子に乗って言ってしまった言葉だが、駿は怒らずに静かだ。素直に答える。
「何で?」
「むかつくから。」
まあ、そうだろうとは思ったけれど。
駿は感覚的に、合わないタイプなのだろう。
でも、私は責めないし、それで駿を嫌いになったりなんかはしない。
ただ、知っておきたいのだ。
駿が彼女の事を嫌う理由を。
「うーん。何ていうかさ、悲劇のヒロインぶってるとこが気に食わない。あと、いちいち批判的になるのも。」
私はそう思わないけれど、彼にとってはそう見えてしまうのかもしれない。
ネガティブな人を嫌う人も、少なくない。
実際、認めたくはないけれど、春架を嫌う人だって何人かはいるのだから。
別に、私が駿が春架を嫌う理由なんて知ったって何もならないけど、知っておくべきだと感じた。
同じ仲間だし。
春架の事大好きだし。
「いつか、好きになれると良いね。」
「そうだな。」
その言葉は駿の本心のように聞こえた。
私達は何も知らない。
春架が抱えるものも、悩んでいる事も。
何をしたいのかも。
でも、きっと春架は歌いたいのだと思う。
歌が大好きだというのは、伝わってくる。
だから、私達が彼女に出来る事は歌わせてあげる事。
ステージに立たせる事。
そして彼女が、私達が、輝くステージで何の躊躇いもなく歌を届けられた時は。
欲張りかもしれないけれど。
春架の親友になりたい。
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