第7話 日曜日の閃き

部室内に聴いた事のない音が響く。

私は真ん中の椅子に座り、碧音、舞、駿が演奏しているのを見ている。

まだ、言葉が宿っていないメロディ。

最初の音が鳴った瞬間、私は別世界に引き込まれた。

輝いた世界に来たみたい。

そのメロディは素晴らしくて、私には合っていなかった。

舞達が魂を込めて作ったものだから、何も言えなかったけれど。

「·····凄い。凄いよ!」

嘘はつきたくないから、本心で言えるところまでを精一杯褒める。

舞がキラキラした目で見てくる。

きっと、この曲はヒットするだろう。

でも、それはこのメロディに相応しい歌詞をつけた場合。

「あとは、春架が歌詞を好きなように考えてくれれば。」

その期待を込めた視線から目を逸らせない。

「分かった。頑張って考える。」

ただ、そう言うしかなかった。


とは言ったものの、 思い付かない。

全く、良い単語が出てこない。

先程から舞に貰ったデモテープを流しているが、歌詞が1フレーズも思い付かないのだ。

「うーん·····。これはヤバイ····。」

学祭まであと1ヶ月ほどだというのに、歌詞が出来ていないとは。

メンバーには何度も謝って、その度に笑って励ましてもらっているのだが、そろそろ考えないと迷惑をかけてしまう。

駿も苛立ってきてるし。

だからといってすぐに思い付くものでもないから困っているのだ。

とことん、キラキラした歌詞にしたいとは思っているのだが、ただ綺麗事を並べるのは嫌だという謎のこだわりと、輝いた未来が見えない私の乏しい想像力のせいで私の手は止まっている。

これからは学級活動も忙しくなり、部活に費やす時間も減るから今日中に考えて、明日にはメンバーに見せたいのだが。

この部屋はあまりにも静かすぎて、逆に思い浮かばない。

聞こえるのは時計の針が時間を刻む音。

そして、外を走る車の音。

そういえばこんな日、久々だ。

最近は学校でも走り回ってばかりだから、休む時間などほとんどなかった。

バイトも学祭が終わるまで休まなければならない決まりがある。

お昼ご飯に炒飯を作って心置きなく食べたあと、久しぶりに昼寝でもしようかと思ってる時に作詞の事を思い出したのだ。

先程から、流れ続ける音に酔いながら小説を捲っていく。

作詞のヒントがあればどんな所からでも引っ張ってこよう作戦だ。

と思い、小説を漁ってはいるがミステリー小説ばかりて参考になるものなどない。

このままでは暗い曲になってしまう。

曲の中で殺人事件が起きてしまう。

漫画を読もうと思い本棚を見るも、全て貸してしまっていて、広い空間ができてしまっている。まさに絶望。

何かキッカケがあればものの5分で書き上げられるのに、そんなキッカケすらない。

家に篭っていれば、キッカケなどあるわけないのだが。

「はぁ·····。」

もういっそ、寝てしまおうかとベッドに乗った瞬間、インターホンが鳴った。

居留守を使おうとしたが、気になってしまい、しぶしぶ玄関へ向かった。


「はーい·····って、碧音!?」


そこには碧音の姿。

住所など教えた事ないのに。

そうか、これは夢か。

夢の中に碧音が出てくるのはあまり良いものではないと思い、そっと扉を閉めた。

「え!何で閉めるの!?おーい。」

扉が叩かれる。

老朽化が進んでいて不安になったが、暫くすると音は止んだ。

帰ったのかと思い、そっと開けると足元で碧音がしゃがみ込んでいた。

「え!お腹でも痛いの?」

「え?違うよ。花が可愛くて。」

まるで女子のような回答。

足元には、ピンクの小さな花が咲いていた。

確実に目の前にいるのは碧音なのだが、わざわざ私の家に来るだなんて珍しい。

「あ、遊びに行こうよ。」

「···········は?」

急に押しかけてきて「遊ぼう」だなんて。

それに、遊びに行く場所なんてこの町にないだろうに。

「ダメ?」

上目遣い。

不覚にも、一瞬ときめいてしまった自分が悔しい。何故そんなに女子力が高いのか。

女子の私よりも女の子らしい。

というよりもあざとい。

そんな言い方されては断れるわけもなく。

「しょうがないなぁ。どこ行くの?」

私がそう言うと勢い良く飛び跳ね、立った。

そのジャンプ力に唖然としていると、顔を覗き込んできた。

本当にあざとい。

「どうしたの?」

「何でもない。で、どうするの?」

「近くの公園でも行こうよ。」

「え、小学生?·····まあ、良いか。じゃあ、準備するから待ってて。」

そう言って外に碧音を残し、部屋に戻った。

あの瞳を見ればすぐに分かった。

私が作詞で悩んでいるのを知っている。

そして、キッカケを作ろうとしてくれているのだ。私だって鈍感ではないから、それくらいは分かる。

わざわざ近くの公園に行く為に家に来るなんて、そんな事普通しないだろう。

鞄を取り出し、筆入れとノートと母から貰ったチョコレートを2つと、ついでに財布も詰め込んだ。

パーカーを羽織り、外に出る。

「お待たせ。」

「·····ん。あれ?鞄なんて持ってるの?」

分かってるくせに。

リーダーはこういうところがある。

基本、意地悪なのだ。

「暇になった時の暇つぶし用道具!とお財布!別に特別、何を入れてるわけでもないから。何でニヤニヤするのさ!」

いつまでもニヤニヤしていているが、もう何も言わない事にした。

なにか言えば、墓穴を掘ることになる。

「ほら、行くよ。」

碧音を置いて歩き出す。

「あ、待ってよ!」

私達は並んで歩いた。

こんなところ誰かに見られれば、馬鹿にされるだけなのだが。

でもまあ、恋愛感情だなんていう女々しい考え方などないから、緊張などは一切ない。

それに、作詞の為だからか楽しみだ。

「何で急に来たの?」

「近くにいたから。」

素っ気なく返されるが、これは碧音なりの優しさだと知っている。

「あ、ほら、着いたよ。·····誰もいないんだけど。何で?公園なんだから子供くらいいたって良いじゃん。」

私としては落ち着いて良いけど。

でも、何故か気まずい。

作詞の為の話と言っても、こちらから相談するのは気が引けるし。

どうしようか考えていると、碧音は目を光らせてブランコの方へ走っていった。

「えー·····。」

「春架、乗らないの?楽しいよ!」

楽しそうにブランコに座って揺れる碧音を見て苦笑し、隣のブランコに座る。

「天気良いねー!」

「そうだね。」

平和だ。

争いも何もなく、初夏の風が吹く。

「·····酔ってきた·····。」

「え!早っ!」

隣を見るとゲッソリとした碧音が、膝を抱えていた。

可哀想になったので、支えてあげながら、木陰に連れていった。

「うぅ·····面目ない·····。」

弱々しく寝転がっている隣で、私は静かに青く広がる空を見上げた。

眩しく照りつける太陽を睨む。

このままだと日焼けしてしまう。

「·····飲み物買ってくる。」

かなり酔っているようで、飲み物を飲ませないといけないと思った。

まだ碧音の顔は真っ青だ。

一体どのような乗り方をすれば、そんなに酔えるのか。彼の三半規管を疑う。

「ごめん·····。スポーツドリンク良いかな。」

「分かった。」

近くの自動販売機に駆け寄り、碧音の為のスポーツドリンクと私のサイダーを選ぶ。

ガランガランと音を立てて落ちてくる。

両手で冷えたそれを持ち、先程までいた木陰に戻ると、碧音は気持ちよさそうに眠っていた。

「え····。寝ちゃうの?」

飲み物を置き、そっと座る。

サイダーを飲みながら寝顔を覗く。

その幼い寝顔からは疲れが見えた。

学祭関係で学級の事や部活の活動、打ち合わせなど走り回っていたのを思い出す。

いつも笑っていたが、実は疲れていたのだ。

私達のリーダーは頑張り屋だから。

「気持ちよさそうに寝ちゃって·····。」

私は暇になってしまった。

起こそうとも思ったが、寝息を立てている碧音を見ると起こす気もなくなる。

何故こんな外で寝れるのだか。

パーカーを脱ぎ、かけてあげる。

私ってこんなに優しかっただろうかと笑いながら、またサイダーを1口飲んだ。

半袖でも暖かいと感じれるくらいに、夏が近づいていた。

遠くで聞こえる車の音と鳥のさえずりが私の眠気を誘い、いつの間にか瞼を閉じていた。


「春架!起きて!」

体を揺すられるのを感じて目を開くと、目の前には必死に私を起こそうとする碧音の姿があった。

「うん?」

目を擦り、上半身を起こす。

まだ脳は目覚めていなくて、ぼんやりとしている。

「起きたら春架も気持ち良さそうに寝ちゃってたからさ。幸せそうだった。」

寝顔を見られていた事実に顔が赤くなる。

間抜けな顔を見られてしまった。

「今何時?」

「3時だよ。」

眠気はなくなり代わりに空腹感に襲われる。

チョコレートの存在を思い出し、鞄の奥から取り出した。

「これあげる。」

「良いの!?ありがとう。」

嬉しそうに袋を開ける姿を笑いながら見て、私もチョコレートを1つ口に入れた。

少し溶けてしまっていたが、高いチョコレートだからか甘すぎなくて美味しい。

「僕このチョコ好きなんだ。」

「それは良かった。」

「もうすぐ夏だね。」

「そうだね。」

夏が来る前に学祭だけど。

でも、そんな言葉も隠す。

ふと横を見ると、空を見上げる碧音はどこか遠い目していた。

かなり疲れているのだろう。

きっと、寝る時間も取れていない。

本当は私とこんな所にいないで、休まなければいけないのに。

「碧音、無理しないでね?」

「してないよ。·····それに、それは春架の方でしょ?」

頭に手を乗せられ、彼の顔を見る。

驚くほど優しい顔だ。

たまに見せる大人っぽい顔。

「私はっ·····何も·····。」

私は何も出来ていない。

3人のように楽器が弾けるわけでも、衣装を作れるわけでも何でもない。

私は何も出来ていないのだ。

おまけに唯一の役割である作詞だって、この有り様だ。

「見てれば分かるよ。作詞とか、歌の練習とか、友人関係とか。色々な場面で抱え込んじゃってるんだよね。」

全て見ているかのように言う。

頭に置かれた、私より少し大きな手が恥ずかしくて俯いてしまう。

「君が何をどれだけ溜め込んでいるのかは分かんないけど、同じ仲間なんだからさ、もう少し頼ってくれても良いじゃない。」

それを聞いて、ずっと縛られていた縄が解けたかのように、心が軽くなった。

そしてやっと、私の心の全てを伝える気になれた。きっとこの彼なら大丈夫だろうと、脳が合図する。

「······私の話し、聞いてくれる?」

「もちろん。」

またサイダーを一口飲んでから、ゆっくりと話し出した。

「あのね。私は昔から自分の顔や声のせいで傷付いてきたの。沢山の人に馬鹿にされて過ごしてきた。何度も1人で泣いて暮らして。それで、やっと出会えた気の合う人·····誰かは言わないんだけどさ、ずっと親友だと思ってたの。」

きっと、それが誰なのかも碧音には分かってしまうのだろう。敏感だから。

それでも、名前を出せば負ける気がして、その名前を言えば私はまた、辛くなる気がして名前を言えなかった。

「親友だと思ってたのに、相手はそんな事なくて。はっきりそう言われた時から、どんな反応をすれば良いのか分からなくなった。悪い所ばかり見つかっちゃって。」

前までの私だったら、この話をするだけで思い出して泣いていたのだろうけど。

私は雪乃さんの前で泣いたあの日から、1度も涙を流していない。

凄い進歩だと思う。

雪乃さんにとっては、迷惑だったのだろうけれど、それはいつかお返ししたい。

「自分でもダメだって思ってるんだけど、どうしてもネガティブ思考になっちゃって。そして、駿のように怒らせちゃうんだ。」

今思い出しても、あれは確実に私が悪い。

なのに、私が泣いたせいで駿が悪者になってしまった。私のせいだ。

あの、一瞬見せた悲しそうな顔が離れない。

そんな最低な私の話を、碧音は相打ちを打ちながら聞いてくれている。

「ただでさえ嫌われ症なのに、自分でも嫌っちゃうんだ。おかしいよね。」

自嘲の笑み。

自分にすら好かれない私は本当に、つくづく残念な人間だと思う。

「ツッコミどころは沢山あるんだけどね。1つずつ言ってくよ。まず最初に言いたいのは」

何を言われるのだろうかと、不安げに彼を見つめる。

そんな事で傷付いているのかと、馬鹿にされるだろうか。罵られるだろうか。

彼の呼吸する音が聞こえて、ぎゅっと目を瞑り、手を握る。


「よく、頑張ってきたね。」


予想もしていなかった。

暖かくて優しい言葉。

そうか、碧音はとことん優しいのだ。

誰かを傷付ける言葉は言わない。

ずっと、褒めて欲しかった。

雪乃さんは優しいからすぐに褒めてくれたけど、身近な人に褒められるのを今か今かと待ち望んでいた。

悪戯っぽく笑う彼の隣で私の顔も緩む。

「馬鹿にされて散々傷付いても、それでもなお、純粋に真っ直ぐ生きてる春架は本当にかっこいい。」

「そんな事ない。ひねくれ者だし。」

「えー?かなり純粋だよ?」

純粋な人に純粋と言われても、説得力がないというか何というか·····。

嬉しくはならない。

でも、悪い気にもならない。

「それに。」

彼はペットボトルのキャップを外し、スポーツドリンクを飲む。

「悪い所ばかり見えるって、それはちゃんと見て上げているという証拠だろう?」

流石ポジティブなリーダー。

すぐに、長所を見つけ出してしまう。

私もこうなりたい。

「ネガティブなのも悪いわけではないし。···まあ、なりすぎるのもダメだけど。だって、長所ばかり見ていても、その人自体の本当の良さが分からなくなってしまう。」

その意味はまだ私には理解出来ない。

頭が悪いからというのもあるが、それを言った本人もあまり意味が分からないらしく、考える素振りをしている。

「それから。君は嫌われてなんかいないんだけどな。」

「だって。皆私の事キモイって、嫌いだって思ってる。私もそう思う。こんな自分が嫌いで嫌いで····。」

笑顔を絶やす事はない。

もっと女の子らしく可愛く生まれてこれたらなんて思ったが、それを言えば母は悲しんでしまうから言えない。

内面もダメだ。

これは私のせい。自業自得。

「それでも。僕は君の事嫌いじゃないし、むしろ好き。舞だってそう。」

「そっか。最初はそうでもさ。」

天邪鬼だと思った。

折角、自分の事を肯定してくれているのに。

途端に申し訳なくなった。

喜んでいるはずなのに、それを素直に口に出来ないのが悔しい。

「ははっ。やっぱりネガティブだなー。」

碧音は楽しそうに笑っている。

最後の一口を飲み干し、もう1度隣を見ると一瞬で雰囲気が変わった。

真面目な横顔から、目を話せなくなった。

「ちょっと、相談事があってさ·····。」

「な·····に?」

穏やかな口調。優しい瞳。

でも、そこには不安が混じっている。

「僕さ、これから部長としてやってく自信がないんだよね。」

「え·····?」

予想外の言葉に耳を疑った。

いつもおかしいくらいに、自信に満ち溢れていた碧音が、そんな事言うだなんて想像も出来ない。

「うん。分かる。おかしいと思うよね。僕ら しくないよね。」

胡散臭い笑顔に心が痛んだ。

まだ初めて会ってから2ヶ月ほどしか経っていないから、"彼らしい"はよく分からないが。

でも、彼にとっての"彼らしい"はきっと、私達がイメージしている、明るくてポジティブで、馬鹿で優しすぎる人。

きっと、それはそれで辛いのだろう。

「僕は昔、虐められていた人間なんだ。」

突然の爆弾。

「はっ·····!?え!?」

こんなに優しくて良い人なのに?

「中学生の頃、虐められてたんだ。それでこっちの学校に逃げてきてさ。」

頭に手をやって困ったように笑う。

話の流れを掴めない。

混乱して何も言えない私を見て笑っている。

勧誘の時といい、今といい、本当に彼の話は流れが速すぎる。

「ちょっと、混乱が·····。」

ただ、言える事碧音は私よりも辛い思いをして生きてきたという事。

「無理もないよ。·····中学生の頃は暗い性格でね、パシられて過ごしてたんだ。それがいつの間にかエスカレートして、毎日落書きや悪口が絶えなかった。酷い時は殴られたし、物を隠されたし·····その·····万引きだって····。」

「まっ·····!?」

住む世界が違いすぎる。

この人が万引きをしただなんて、考えられない。でも、この人が過ごしてきた世界では、それをやらざるを得なかったのだ。

「まあ、お店の人が優しくて。謝ったら許してくれたけどね。」

本当にラッキーだよ、と舌を出す。

飄々としているが私には分かった。

声が震えている事に。

「碧音·····。」

また、押し寄せる申し訳なさ。

「その····ごめんね?」

何が、とは言っていないのに碧音は私が謝った理由が分かったらしく、ああ、と声を漏らした。

私は虐められていたわけではない。

友達もそこそこいて、毎日構ってもらえて。

でも、そこに物足りなさを感じていた。

勝手に悪い方ばかりに考えて、自己嫌悪に陥っていた。

そこには何も、苦痛に思う事はなかったはずなのに。

「確かに僕は虐められてたし、かなり辛かったよ。いつ死のうかとかも考えてた。」

私が辛くなってきた。

今までの生活を考えると、段々と恥ずかしくなってくる。

碧音はそんな私の気持ちを察してか、空を仰いで苦笑した。

「辛いのは自分だけなんだって思ってた。···でもね。春架に会ってそれが変わったんだよ。人にはそれぞれ考え方があって、悩み事がある。それの大小や感じ方は違うんだって。」

何も言えない。

申し訳なさと悔しさが入り混じって、何を言えば良いのか分からなくなっていた。

「虐められてなくても人は傷付く。1つの言葉で喜ばす事も、傷付ける事も、壊す事も出来るんだと知った。·····春架だってそれで傷付いたんだろう?」

静かに頷く。

確かに私は言葉で傷付いてきた。

馬鹿にする言葉も、親友だと思ってた人の一言にも。

「虐められてても、違っても。傷付いたという事実は同じでしょ?だから、痛みを知っている僕が、春架を支えたかったんだ。」

「それで部長になって、私を勧誘した?」

だったら、私は最初からこの性格を見破られていたのだろうか。

「察しが良いね」なんて笑う。

「でもね。それは無理なんだ。誰かの痛みを分かち合うなんて出来ない。人間は皆、孤独だからね。」

ガッカリだった。

孤独だなんて悲しすぎるではないか。

綺麗事でも良いから、分かり合えるって言って欲しかった。

「それに、僕は誰かを助けれるほど出来た人間じゃないからね。」

そんな悲しそうな顔をされたら、こっちだって何も言えない。

碧音は立派な人なのに。

「だからね、部長の位置は駿に譲ろうかと思ってさ。僕じゃ、力不足なんだ。」

その時私が、何を思ったのかは分からない。

でも、きっと怒りがこみ上げたのだと思う。

「何でそんな事言うの?駿は碧音が部長だからついてくんだよ。私もだけど·····。碧音が軽音部を作って、私達を勧誘してくれたから!だがら私は今変わりつつあるの!碧音が私を変えてくれているんだよ?」

恥ずかしいけれど、これは事実。

目の前に悩んでいる人がいれば、放っておくわけにはいかない。

「春架·····」

「私、変わるから····。だから、そんな顔しないで。お願いだから·····。」

私が困るから。

「うん。ごめん、ありがとう。僕も本当は弱い人間なんだ。·····だからさ、弱い人間同士変わっていけるように一緒に頑張ろうよ。」

頭を優しく撫でてくる。

「·····子供じゃないんだから止めてよ。」

「まだ僕達高校生だよ?子供じゃん。」

「義務教育は終わってるし····って、碧音だって子供じゃん!」

「あはは、確かにそうだ。」

ケラケラと笑い出す彼を見て安心したのか、私も笑みが零れた。

仲間が出来たようで嬉しい。

「·····で、作詞のヒントはあった?」

「ん?」

「いやだって、ノートとペンを、持ってきたってそういう事でしょ?まあ、僕もそのつもりで誘ったんだけどさ。」

「ああ、そっか。」

やっぱりか。

しかし、残念ながら今までの会話で思い浮かんだものはない。

あまりにも話が重すぎて。

「まあ、あんな話参考にならないよね。うんうん。確かにね。」

1人で頷いている碧音を不思議に見ると、いきなり目の前で手を叩かれた。

「うへぇっ!?」

間抜けな声が公園に響く。

誰もいなくて良かった。

「僕達、これからどんなハプニングが待ち受けているんだろうね。」

アニメ主人公のような台詞。

「さあ。けど私はきっと、今までのようにネガティブな自分を嫌って。ハイスペックな親友に嫉妬するんだろうとは思うよ。」

「変わるって言ってたばかりなのに、もうネガティブ発言?」

「あ、いや····だって····。」

ずっと笑っている隣で私は口を尖らせる。

だって、そう簡単に変われるわけでもないではないか。

それでも自分は変われていると思うけれど。

「まあ、ね。でもさ、春架は軽音部のボーカルなんだよ?そこら辺の人とは違う青春を歩めると思うんだけどな。」

「そういうもんかな。」

白紙のノートを見つめる。

ここにこれから、沢山書き込まれていくのだろうと思うと不思議な感覚になった。

「確かに軽音部ってそうそうなれないと思うよ。特にこういう田舎では。それでも、私達は皆と同じ高校生だよ。·····ただ、まぁ·····。」

これは理想でしかないけど。

「見返してやりたい、とは思うかな。」

今まで馬鹿にしてきた人達も。茜ちゃんも。碧音を虐めた人達も。

「僕も同じだよ。」

歌を歌う事によって何かが伝わるのなら、いくらでも歌おう。

怖いけど。

駿に言われた事は間違っていない。

だから、もう怒らせないように、逃げないで歌おう。

「もう4時だよ?帰る?」

「そうだね。」

そろそろ麻冬も帰ってくるだろうし。

家に帰ったら、もう1度テープを聴いて作詞を再開しよう。

今なら明るい歌がかけるような気がする。


「·····ありがとね。」

帰り、聞こえないくらい小さな声でお礼を言った。

「え?何か言った?」

「何でもない。」

やはり、碧音が部長で良かった。


「姉ちゃん、どこ行ってたの?デート?」

「お散歩。麻冬は?」

「花子ちゃんとデート。」

むかつく。

帰ると私の部屋で、弟の麻冬が雑誌を読み漁ってた。

「何で勝手に部屋入ってるの?」

1発げんこつを落とす。

「いってー····。暇だったからだよ。」

「勉強しなさいよ。」

「姉ちゃんだってテスト近いだろ!?」

「私は良いの!」

椅子に座り、ノートを広げる。

「作詞やってるんでしょー?」

「何で知ってるの?」

「舞ちゃんが言ってた。」

麻冬は私の知らないうちに、クラスメイトや友達と仲良くなっている事が多い。

その持ち前の明るさと、フレンドリーさがあるからなのだろう。

「そう、作詞をしてるの。だからさ、今すぐに部屋から出てって。」

とにかく目障りだ。気が散る。

「えー。良いじゃん。」

「良くない。」

「作詞、一緒に考えるよ?思い付かないんでしょ?」

力ずくで追い出そうかと思ったが、ポジティブな麻冬からなら、何かヒントを貰えるのでは、と思った。

「いて良いよ。」

「やったー。」

心のこもっていない喜びの声に引っかかったが、今は関係ない。

「テーマは?」

「あ、決まっていない。」

それすらも決められていない私に呆れたのか、深いため息を吐かれる。

「決まってないんじゃ、何も出来ないよ。今すぐ決めて。」

脳天気なくせに、そういうところは私よりもしっかりしているから頼もしい。

「でもなぁ·····。」

決めろと言われてもすぐには決めれない。

「初めてのオリジナルなんでしょ?じゃあそれっぽいのにすれば良いじゃん。」

「それっぽいって·····。」

「自分の思ってる事とか、伝えたい事を書けば良いんじゃない?」

「思ってる事·····伝えたい事·····。」


目を瞑り、考えを巡らせる。


────見返してやりたい、とは思うかな。

────弱い人間同士変わっていけるように一緒に頑張ろうよ。

────1人じゃないから。

────この花の名前はアルストロメリア。花言葉は確か、未来への憧れ



変わっていけるように······。見返す······。

未来への憧れ······。


一瞬で沢山のフレーズが頭を埋めた。

急いでノートに書き込む。

「歌詞が浮かんでくる!不思議!麻冬、ありがとう!」

「いえいえ。あ、アイスはバニラ味が良いかな。」

これは本当にアイスの1つくらい、奢ってあげようと思った。

ペンが走る。埋まっていくページ。

気付くと麻冬はもう部屋にいなかった。

気を使ってくれたのだろう。

そんな弟に感謝をしながら、夕飯を食べるのも忘れて、深夜まで歌を書いた。


これは、私の今までの人生全てに対する宣戦布告だ。


♪♪♪


「ここはこうした方が·····。」

「なるほど。」

学祭が1ヶ月後に迫り、私は焦りを感じていた。

作詞も、衣装も、演出も決まっていない。

作詞は春架の事だ。きっと一生懸命考えてくれているに違いない。

演出も協力を得てると聞いた。

何だかんだ言って間に合わせてくるだろう。


だが、問題は衣装だ。


衣装は私が担当になっているのだが、デザインすら出来上がっていない。

羽山さんも協力してくれているが、違う方のデザインもあり、忙しそうだ。

店内の服を見て研究しては机に戻るという動作を繰り返しているが、ぱっとする案は浮かばない。

「桜田。こっちは終わった。」

羽山さんの方のデザインは私も一緒に考えたが、すぐに案が固まった。

「こっちはまだか·····。」

「すみません·····。」

店内の仕事もあり、今は夜の8時だ。

外はすっかり暗くなっている。

「全然大丈夫だけど、桜田は大丈夫なのか。学生だろ?」

「家近いので大丈夫です。」

とにかく今日中にデザインだけでも終わらせて、明日からは造り始めたいのだ。

「ライブだから動きやすくないとダメだよなあ。デザイン性も大切だし。男子2人に女子2人か。」

それぞれどのような服が似合うのかも分からない。

「そうだなあ。それぞれのイメージカラーみたいなのはないのか。」

「ありませんよ。」

「じゃあ今決めて。」

「えっ。」

イメージカラーだなんて、勝手に決めてしまっても良いのだろうか。

しかし、助けてもらっているからには指示には従わなければいけない。

「うーん·····駿の方は緑、碧音の方は青でしょうか。駿はいつも寝てるし、碧音は頭良さそうだし。」

碧音は名前に青が入っているから、というのもあるが。

「ふむふむ。女子は?」

「は、春架は絶対赤です!私は·····分かりません。」

春架は赤以外ありえない。絶対。

「桜田は薄ピンクだと思うけど。ふわふわしてそうだし。桜田、だしな。」

地味に失礼な言葉が入っていた気もするが、第三者から見るとそうなら確かだろう。

「俺、男子の方考えるから、桜田は女子の方頑張れ。」

「ありがとうございます。すみません。」

いつもは自由奔放で呆れてしまうが、いざとれば頼りがいのある人だ。

「サイズはこれで問題ないな?」

「あ、はい。」

誰もいない店内で2人机に向かう。

「バンドの方はどうだ?学祭に向けて活動してるんだろう?」

「え?ああ、まあ。」

いつもの練習風景を思い出す。

演奏は完璧なのに、メンバーの雰囲気はどこかぎこちない。

春架と駿は目も合わせない。

このままで大丈夫だろうか。

朝練も必ず遅刻する人がいるし、放課後も学級の活動がありなかなか集まれない。

日が進むにつれ、不安が募る。

「まあ、何とかなるだろうな。人生そんなもんだ。それよりも今回のライブはテーマとか決まってるのか。」

「え?いや、決まってないです。」

「そういえば決めてなかったなあ」と1人で呟く。別に決めてなくても良いと思った。

テーマの決まっていないライブなど、世の中には沢山ある。

「決めないのか。」

「ええ、まあ。あ、でも初のライブなので始まりって感じはしますね。」

「ふーん。分かった。」

今の会話で一体、何が分かったのだろう。

羽山さんの前にある紙に書かれていく。

それを呆然と見ていると「お前も考えろ」と怒られた。

ラッキーカラーは使える気がする。

きっと羽山さんもそうするし。

あと、ライブだから動きやすくはしたい。

でも、どうすれば良いのだろう。

チラリと横を見ると、羽山さんはもうデザインを書き出していた。

「早っ·····」

悔しい。

でも羽山さんは慣れているし、天才だから、こういうふうに出来るのだろうか。

「自分が着たい、もしくは着せたいと思うのを書けば良いんだよ。」

「······なるほど。」

そう思うと、アイデアが溢れてくる。


夜8時半。

私のペンが走り出した。

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