歌花火

1話 影のプロローグ

暗い街の中を歩いていた。

誰も歩いていない夜に。

もう、日にちが変わるくらいだ。

何となく夜風に当たりたくて歩いていたら、結構遠くまで来てしまったようだ。

僕の家から離れた商店街。

不気味な街に響く僕の足音。

カラカラとした空気に塗れる。

パーカーのポケットに手を突っ込んだ。

見上げた夜空には星1つない。


「帰ろうかな。」

明日も学校だ。

寝坊しないように早く寝ないといけない。

それに、校則というものもあるし。

警察に保護でもされたら·····考えるだけでも背筋が凍る。

成績だけは維持していきたい。

とにかく早く帰らなければ。

誰かに見つかる前に。

まあ、こんな黒いパーカーに黒いズボンじゃあ、誰かに見つかることもないだろうけど。

今のところ車なんて1台も走っていない。

早足で誰もいない商店街を歩いていく。

昼間は店が開いていて車も多く通る、街で1番賑わう場所がこんなに静かだと何だか不気味だ。

ついつい後ろを振り向いてしまう。

足が動くスピードは早くなるが、なぜか帰りたくないと思った。

あわよくばずっと、1人で暗い夜の世界を楽しみたい。

家に帰っても誰もいなくて1人だが、家と外はやはり何かが違うもので。

この生暖かい空気が結構好きだったりする。

随分と黒く染まったものだ、と鼻で笑った。

昼とは違う僕。

どちらが本当の自分か分からない。

街頭で照らされた薄暗い夜道を1人でフラフラと歩いていく。

赤い首輪を付けた白猫が僕を見つめる。

威嚇されないようにゆっくりと歩き、猫が逃げていくのを見届けた。

涼しい風が頬を撫でる。

昼は輝いている緑林も今は真っ暗だ。

全てが暗くて、朝なんて来ないのではと思ってしまうほど。

それはそれで良いのだけど。

昼よりも夜の方が好きだから。

「ははっ·····僕にお似合いだ·····。」

乾いた笑い。

太陽の下で偽物の笑顔を貼り付けているよりも、こうして夜空の下で1人で散歩をしていた方がよっぽど楽しい。

僕は人殺しなんだから。

星があったら最高なんだけど。

別に昼の生活が楽しくないわけではない。

好きなこと出来るし、友達だっている。

恵まれた生活は送れている。

なのに、虚しくなるのだ。


いつからこんなにも、僕は枯れ果ててしまったのだろうか。

ずっと前からのような気もするし、最近のような気もする。

とにかく今の僕には、昔のような純粋さというものはなくなってしまっていた。

僕の目には「疑い」と「警戒」が宿るようになった。

その代わりに失ったものは「信じる力」。

気付いている人はいないだろうけれど、僕は信用出来る人がほぼいないに近い。

1度傷付けば、失うものは大きい。

沢山の苦痛を乗り越えて手に入れた、自分の勘と人選びの才能。

僕は他の人とは違うものを持っている。

僕は強い。

自惚れしていく。

そうすることで心が安らぐから。

それでもキズというのは簡単には癒えない。

傷付いた心を癒すために、無意識に夜の街をほっつき歩いていることが多い。

それは僕が自分に求めたSOS。

本当に辛い時、苦しい時。

本当は僕は強くなんかない。

それを分かっていながら、昼の僕は強がって飄々とするのだ。

仮面を被るかのように。

もうこんな生き方は飽きたが、僕はこうしないと生きていけない人間。

本当の自分を見せてしまえば、また酷い目にあうだろう。または、今まで散々刻まされた心の傷を誰かに見せてしまうかもしれない。

弱くない僕は僕じゃない。

いつも余裕を持って、時には人を笑顔に出来る、完璧な人間。

それが僕だ。

それ以外の僕になるだなんて考えられない。


そういえば最近、「君は1人じゃない」なんて言ったっけ。

フッと口元が緩む。

何が1人じゃないだ。

1番孤独を感じてるくせに。


「その通りだよ。」


横断歩道を渡ろうと足を伸ばすと、ぞくりと寒気が走る。

誰かいるのだろうかと周りを見ても、静かな空間が広がっているだけだ。

先程まで微かに感じた風の動きも、今では止まっている。

さわさわと歌っていた木々も停止したように、ただ恐怖に溺れる僕を見つめていた。

「君は強がって、誤魔化しているだけ。本当は怖いんでしょ?また傷付けられるのが。」

「いや······やだ······。」

空から降ってくるように、嘲笑っているような声が響く。

立っていられなくなり、しゃがみ込んで耳を塞ぐ。頭が酷い頭痛に襲われる。

破りたくなるその声はまだ聞こえてくる。

「本当に情けないねぇ。君は弱いんだよ。強くなんてなれない。一生ね。」

「や、やめろ!」

物音一つしない空間の中で"誰か"の声と僕の叫び声が反響する。

すぐに街中だと思い出し、唇を結ぶ。

それが真実だとしても、僕の知らない誰かに言われるのは嫌だ。

震える身体を丸めて信号の下で蹲っている。

涙目の僕を"その声"は追い込む。

「君は何をしたい?誰かを傷付けてまで輝きを手に入れたいのか。辛い思いをさせてまで栄光を手に入れたい?」

「僕は·····」

ぐるぐると回る思考。

何も言えずに躊躇う。

だったら、どうすれば良いんだよ。

どうしようもないから、こうして仮面を被ってるんだろ。何も知らないで言うなよ。

込み上げる怒りが僕の冷静な脳を動かす。

頭に響く高笑いが街を包む。

頭痛がより一層増し、吐き気も伴ってきた。

ぐらぐらと揺れる視界に耐えられなくなり、膝まずく。


この際、誰かに見つかっても良いや。

もう、近所の人でも警察でも先生でも。

誰でも良いから助けて。

「お前が何をやっても変わらないさ。」

ぽたぽたとコンクリートに落ちる涙。

止まることなく流れるそれは僕の頬を伝っていく。

響き渡る高笑いを聞きながら、もうダメだと思った時。


「お前、何してるの。」


聞き慣れた優しくてぶっきらぼうな声が、僕の涙を止めた。

ぼんやりとした視界には僕が1番信頼していて、尊敬している人物。

先程までの声は聞こえなくなり、よろけながら立ち上がり、彼に縋りつく。

「まっ·····本当にどうしたんだよ!?」

「助けてっ·····ください!」

そう言うと僕は意識を手放した。



目を開くと、週に2回は見ている景色。

薄暗い中で、ふわふわとした温かい感触を感じた。

それが僕に巻きついている毛布なのだと理解し、動かずにいる。

僕はどうしてここにいるのだろうか。

確か1人で散歩をしていたら、変な声が聞こえて、辛くて·····それで····。

横になったままキョロキョロとしていると、奥の黒闇からゆらりとした影が寄ってくるのを感じる。

頭がぼんやりとし、自分が置かれている状況が分からず、つい体を強ばらせる。


緊張と恐怖。


「あ、目覚めた?大丈夫か。」

「はぇっ?ああ、だ、大丈夫です。」

声を聞いた途端、その正体が分かり、口元を緩ませる。

パチっと電気をつけられる。

「こんな夜中に何やってんだよ。」

その人物は苦笑いで困ったように僕を見下ろしてくる。

「お散歩してたんです·····。」

壁にかけられた時計を見ると、丑三つ時を過ぎようとしていた。

この人は今まで寝ずにいてくれたのだろう。

疲れているのがすごく分かる。

申し訳ないな、と思う。

この人もかなり忙しいはずなのに。

でも、独りぼっちの僕に優しくしてくれるのが嬉しくて、フフッと笑った。

ぶっきらぼうだけど優しい。

そういう生き方って良いなって思ったり。

やはり、僕の尊敬する人なのだと思った。

「お前、校則はしっかりしろよ。学生なんだからな?怒られるの俺だし。」

呆れたように言ってくるが、その顔はどこか嬉しそうだ。

「分かってますよ。」

いつもの雰囲気に安心したのか、瞼が重くなってきた。

「ん、眠くなってきた?」

そんな様子を察してか、僕の頭を子供をあやすかのように頭を撫でてくれる。

久しぶりに感じた温かさに涙腺が緩む。

「学校は休め。少し疲れてるんだろ?」

「·····はい。」


優しい声で囁かれながら、僕は再びゆっくりと眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る